第3話 衝撃的野球デビューと初めての友達
特訓を終えると、一目散に帰ったはじめがやるのは手洗い、うがい、そして姿見の前でタオルを持ち、カッコいい投げ方のチェックだった。
これはシャドーピッチングと言って、実際に練習に取り入れてる選手はたくさんいる。
一方その頃、1人息を切らせながら台所で食材たちと戦ういおこの姿があった。
いおこ「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、で出来た」
そして料理の匂いを嗅ぎながら特訓に励むはじめ。
腹を減らしながらの特訓は、ご飯を美味しく食べるというはじめの中ではこの上ない“おかず”の役割も担っていた。
特訓を終える頃、はじめの胃袋は激しい空腹の音を鳴らし食卓へと腰を下ろす。
いおこ「さぁ、食べなさい」
はじめ「いただきま~す」
はじめは欲望のまま食べた。
食べて、食べて、食べて、食べて、、、、、
やがて、はじめの胃袋が落ち着いた時にいおこは“これから”の事についてはじめに語りかける。
いおこ「ねぇ、はじめ。あんたももう小学生になったんだし、そろそろ野球道具揃えないといけないね」
はじめ「え?買ってくれるの?」
いおこ「ええ。ただし、これだけは約束して。無理だけはしない。やめたくなったらいつでも言いなさい」
はじめ「わかった!」
はじめは嬉しそうに返事した。
翌日野球道具を揃えに野球用品店に足を運ぶいおことはじめ。
そこで初めて本物の野球用品を目にしたはじめ。
はじめ「うわー。すごいや。僕が作ったのと全然違う」
いおこ「ふふっ当たり前じゃないの。今日は好きな物選びなさい。いくらでも買ってあげるから」
はじめ「ほんと?じゃあ、グローブは、、、これがいい!」
はじめが持ってきたのは安い軟式グラブで、軟式用にしてはかなり硬いグラブだった。
いおこは少し驚いた。野球用品はもっと高価な物だと思っていたからだ。
いおこ「これでいいの?あっちにもっと良いものがあるよ」
はじめ「これがいい」
店長「お!君野球始めるのかい?どこのチームに入るんだ?」
店長がはじめに尋ねるといおこがそれに答える。
いおこ「それが、まだ決めてなくて。どこか良いチームがあれば良いんですけどね」
すると店長は食い気味に、チームを紹介してくれた。
店長「だったら加古熊ドルズなんてどうですか?あそこはかなり良いチームですよ。指導も丁寧だし、年齢も関係ない実力主義のチームです」
いおこ「加古熊ドルズ、ですか」
店長「はい、今週の土曜日に練習ありますよ。場所はここから近いです。僕監督と知り合いですから、よかったら連絡しておきますし、一度見学に行ってみてはいかがですか」
いおこ「はぁ、ありがとうございます」
こうして加古熊ドルズの練習を見学する事になったはじめ。
加古熊ドルズの練習を見に来た、いおことはじめ。
そこでは軍隊の様に引き締まったしんどそうな練習が行われていた。
いおこ「どう?はじめ。ついていけそう?」
はじめ「しんどそう、、、」
はじめは練習の過酷さを見て素直な気持ちを答えた。が、はじめの次の言葉にいおこはまたも驚かされる。
はじめ「このチームがいい!ここだったら野球上手になれるよ!絶対!!!」
いおこ「え?大丈夫なの?」
不安そうないおこだったが、はじめはやる気に満ち溢れていた為止めることはできなかった。
見学に来た翌日、はじめは晴れて加古熊ドルズに入団するのだった。
練習初日、はじめはいきなり目立ち始める。悪い意味で。
ウォーミングアップ開始早々、はじめの息が切れ始めた。
はじめ「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ。」
“なに、あの太った後ろの子。全然ついていけてないけど、大丈夫なの?”
はじめは絶望的に足が遅かった。
この光景を見ながら監督も
武市監督「おいおい、あの子大丈夫なのか?現時点で同級生は25人いるんだぞ?これは辞めるのも時間の問題だな」
という気持ちになった。
ウォーミングアップが終わると、次はキャッチボールに入る。
そのキャッチボールで、はじめはその場にいた全員を驚かせる事になる。
はじめは、キャッチボールの相手を見つけられなかった。
斉藤コーチ「おーい、沖田くん。俺とキャッチボールしようか」
はじめ「はーい」
はじめのキャッチボールの相手を務めるのは斉藤コーチだった。
そしてキャッチボールがはじまる。
はじめ「いくよー」
斉藤コーチ「よし、来い」
はじめはボールを軽く投げた。
“シューー”“パーン!!”
ボールは音を立てて斉藤コーチのグラブに収まる。
斉藤コーチ「え?!な、何だ今の球は!」
そしてどんどん距離を離れていくにつれて、はじめは注目を集めていった。
はじめの投球フォームは、力感は見られないが、無駄のない美しいフォームをしており、球筋もかなり低く、球威とキレもかなりのものだった。
そして何より驚きだったのが、はじめが投げた球は全て斉藤コーチの右胸に集まっていた。
斉藤コーチ「信じられない。これが小学1年生が投げる球なのか?草野球でも滅多に見られないぞ、こんな伸びのある球!」
斉藤コーチのグラブが鳴らす捕球音に武市監督も気がつく。
武市監督「ん?あ!あれは!!なんて球筋だ!それに何なんだあの握り変えの速さは!?あれが本当に未経験の小学1年生なのか!?!?とても信じられない」
武市監督ははじめの投げる球だけではなく、ボールを受ける際にグラブを全く閉じずに、グラブでボールの衝撃を殺して瞬時に右手に握り変える技術の高さにも驚いた。
武市監督「予想外だ!あれほど足の遅い子が、これだけレベルの高いキャッチボールをするとは、、、」
すると武市監督は、突然はじめを呼ぶ。
武市監督「沖田一君!マウンドで投げてみろ!!」
はじめ「え?はい」
はじめは斉藤コーチに連れられて、グラウンドのマウンドに立つことになった。
するとキャッチャー役には監督自らが買って出た。
そして数球はじめの球を捕球した武市監督。
武市監督「まさか、これほど速く、そして球が重いとは!」
そして、武市監督はまさかの行動に出ます。
武市監督「おい!レギュラーチーム!こっちこい!」
武市監督はレギュラーチームを集めたのだ。
武市監督「よし!じゃあこの間の全国大会で優勝した時のメンバー、あの子相手に打ってみろ。手加減などするな。全力で相手してやれ!」
なんと武市監督はレギュラーチームにはじめを投げさせるというのだ!
いきなりレギュラーチームを相手に投げる事になったはじめ。
はじめ「ん?バッター?」
はじめには相手がどんなチームなのか理解は出来ていない様子だった。
しかし周りの大人達は全員心配そうにマウンドに立つはじめを見守る。
すると、はじめは全力投球で相手打線を封じ込める、わけもなく、滅多打ちにされた。
当然の結果。
周りのはじめに対する目は心配そのものだったが、マウンドを下りるはじめの気持ちは意外なものだった。
はじめ「よかった!僕にボールが当たらなくて!あんな硬いボールが当たったら痛いもんね!」
はじめは痛い思いをせずにマウンドを下りれて満足だった。
何故なら、はじめの目的は野球で成果を上げたいわけではなくて、あくまでも痩せたいからである。
次に行ったのはバッティング練習だった。
小学1年生のバッティング練習は、バットを上手く振ることができずに、バットの重さに体が振られる選手ばかりだった。
ところが、はじめはバッティングでも一際存在感を放っていた。
はじめ「なんか、僕が作ったバットよりも少し重いな」
右打席に入ったはじめはそう思いつつもバッティング練習に取り組んでいた。
はじめ「やっぱりボール打つのって手が痛くなるな」
はじめは自分的には苦戦していた。
しかし周りの反応は違った。
バッティングピッチャーを務めた斉藤コーチは、コースもスピードもバラバラに投げているのに、はじめが打ち返す球は全て芯で捉えてセンター前へ運ばれているからだ。
斉藤コーチ「本当にすごいぞ!この子がウチで4番打つのも時間の問題か、、、なら少し”意地悪”してみるか」
斉藤コーチは試しにカーブを投げてみると、はじめは巧みにタイミングを合わせて、また、センター前へ弾き返す。
次はスライダー、シュート、、、斉藤コーチは意地になり、投げられる全ての変化球をはじめに投げるが、全て芯で捉えられ、センター前へ弾き返される。
斉藤コーチ「俺の変化球が、全部弾き返される」
斉藤コーチは小学1年生に完敗した気分だった。
そんなはじめを食い入る様な目で見ている一人の選手がいた。
慎太郎「すごい、、、、僕にはあんな事できない」
彼の名前は武市慎太郎。武市監督の長男だ。
続いて、慎太郎の番になり、慎太郎も右打席に入る。
すると慎太郎は来た球を素直に弾き返していた。打ち損じは少し多いが、バットはしっかり振れており、斉藤コーチも「やるな、あの子も」と絶賛していた。
続いて守備練習。まずは内野のゴロ捕球の練習から始まった。
ここでもはじめは全員の度肝を抜くことになる。
斉藤コーチ「次、沖田くん!」
その肥満体型とは裏腹に、軽快なステップと柔らかいグラブ捌き、捕ってからの送球の速さとコントロール、肩の強さ、打球判断、、、いずれにしても小学生にしては規格外。
間違いなく全国優勝した加古熊ドルズのレギュラー獲得間違いなしのレベルだった。
それに対抗するように、慎太郎もレベルの高いグラブ捌きを見せる。
この2人の守備を見た指導者や保護者は、驚きを隠せない。
練習終わり、慎太郎がはじめに声をかける。
慎太郎「ねぇねぇ!沖田君!君野球上手いね!僕もいっぱい練習したけど、敵わなかったよ!」
はじめ「君は、武市くんだっけ?僕は上手くないよ。走るのだって遅いし、下手くそだよ」
慎太郎「そんなことない!走る事以外では僕全く敵わなかった、、、お父さんといっぱい練習したのに、、、」
慎太郎ははじめの手を見て言葉を失った。
ボロボロで血だらけ。
その血だらけの手が何を意味するのか、幼いながらにわかっていたのだ。
慎太郎の両手もマメだらけだったが、これは才能じゃなくて努力の量が違う、そう感じさせられた。
慎太郎「沖田君は、やっぱりすごいよ!これから僕と一緒にいっぱい練習しよう!2人で上手くなろうよ」
はじめ「え!?僕と練習?いいの?」
慎太郎「嫌かな?」
はじめは、感動した。
初めて友達ができた気がして嬉しかった。
はじめ「嫌じゃないよ!じゃあ、明日練習終わったら公園で特訓しよう!慎太郎君!」
これが、沖田一と武市慎太郎の運命の出会い。
後にこの2人が甲子園を沸かせ、世界を熱狂させる事になるのは、まだ先の話。




