第14話 新生・難舞高校
試合後、トレーナールームでマッサージを受けていた小前の元に、主将の飯島茂が訪れる。飯島は三塁ランナーコーチとしてグラウンド外からチームを支える頼れる主将だ。
飯島「小前、なんで本気で勝負しなかったんだ?」
小前「…見ての通りだよ。あの1年坊主たちに恥を上塗りされたくなかったからね。お前も見たろ?アイツら2人は、もう既にうちのレギュラーだ。そう言えばあの沖田も3回までだったんだろ?マウンドから下りた後、すぐに引き下がったのか?」
飯島「いや、マウンドから降りた後、アイツはショートに行った。正直鳥肌立ったよ。あんなに上手いショート、日本じゃプロ野球でも見れないぞ」
はじめはマウンドを降りた後、ショートとして出場し続けていたのだ。柔らかいグラブ捌き、的確な送球、打球判断、ポジショニング……そのどれもが、赤木監督も驚くほどだった。
赤木監督「ピッチングとバッティングは知っていたが、ショートの守備も素晴らしい、、、これは嬉しい誤算だ、なぁ飯島よ」
赤木監督が嬉しそうに語る様子を小前にも伝える。
小前「ふっ!頼もしいな。うちの奴らの守備は本当にザルだから、正直うんざりしてたからな。川瀬も馬鹿ですぐにテンパるし。お前がショートにいてくれた頃が懐かしいよ。お前もランコーなんかやってねぇで、怪我治して俺のバック守ってくれよ」
小前はそう言いながら飯島の胸を叩き、トレーナールームを後にした。実は飯島は左手首に怪我を負っていたのだ。
その後飯島は帰宅しようとするが、室内練習場に明かりがついているのに気が付く。
飯島「消し忘れたか?しかし、今日は室内なんて使ってないぞ。誰か練習したのか?」
飯島が室内練習場に近付くと、何やら物音が聞こえてきた。
飯島「ん?誰だこんな時間に」
そして室内練習場の扉をこっそり開けると、そこには慎太郎と田中、そしてはじめの姿があった。
慎太郎は素振り、田中が転がすボールをひたすら捕球するはじめ。
はじめは今日慣れない硬球を投げた為に送球はせずに、ゴロの捕球の際の入り方と投げるまでの格好を練習していた。
慎太郎「気が付いたか?」
はじめ「……何に?」
慎太郎「あいつら、全然全力じゃなかった。いくらはじめの球が速いからって、真っすぐだけしか投げないのわかってるのに一回も手が出せないなんてあり得るかよ!センバツ準優勝だぞ?…ナメやがって!あの川瀬さんだってそうだ!あれが本気なら、守備なんて負ける気がしねぇぞ!」
田中「いや、あれ本気やったで。タイミング全く取れてへんかった。早くしたり遅くしたり。とにかく沖田の球には全くタイミングが合ってないように見えたわ。俺のは簡単にはじき返されたけど……」
はじめ「関係ねぇよ。本気だろうが手抜きだろうが。俺が感じたのは小前さん以外大したことはないって事だけだ。もし小前さん以外の人が余裕ぶっこいてて手を抜いてたんだとしたら逆にチャンスだぞ。センバツ優勝できてねぇクセに居残りしてるヤツらは俺らの他にいないんだからな。余裕ぶっこいてる内にレギュラー奪ってやろうぜ」
田中「お前らはそれができるやろうけど、俺ははっきり言って自信ないわ…」
はじめ「自信つけたきゃ頭使って練習するしかねぇだろ。大丈夫、ピッチャーも小前さん以外大したことねぇし、外野だって守備はザルみたいなもんだったから」
田中「そうか?バッティングは苦手やねんけど……まぁでも、やるだけやってみるか!」
一連のやりとりを隠れて見ていた飯島は、黙ってその場を後にした。
飯島「なるほど…ただの天才ではないみたいだな。これは俺らの夏は一波乱ありそうだ…」
翌日、難舞高校野球部で新入部員の紹介が行われた。
はじめ「沖田一。右投げ左打ち、ポジションはピッチャーと、、、昨日はショートやりました。よろしくお願いします」
慎太郎「武市慎太郎。右投げ右打ち、ポジションはキャッチャーです。よろしくお願いします」
田中「田中重久。右投げ右打ち、ポジションはピッチャーです。よろしくお願いします」
それぞれ元気よく自己紹介を済ませた。
キャプテンの飯島が場を仕切る。
飯島「俺はキャプテンの飯島だ。皆も分かっていると思うが、うちはセンバツで優勝できなかったチームだ。1年だからって遠慮しなくていい。全力でレギュラーを取りに行け。春にレギュラーだったやつも浮かれてるとすぐに背番号を剥奪する。全員危機感持って死ぬ気でレギュラー掴みに行くんだぞ。くだらない逆恨みで邪魔するやつは、俺が追い出すから、絶対に報告するように。以上」
飯島は新入生を鼓舞しつつ、チーム全体に厳しい檄を飛ばした。
その言葉からは、彼のチームに対する強い責任感と、勝ちへの執念が感じられた。
投球練習のためブルペンに入ったはじめ。
相手キャッチャーは現時点でのレギュラー捕手、川瀬だった。
しかし、はじめの剛速球を受けるミットの音がブルペンに響き渡ることはなかった。
川瀬は打撃には優れるものの、肩やブロッキングは平凡で、特にキャッチングと配球の評判が悪く、短気な性格のため、他の投手は彼とバッテリーを組みたがらないという。
はじめはそんな状況も気にすることなく投球練習に没頭する。
はじめ「ラスト、シンカーお願いします」
はじめは淡々とメニューをこなす。
投球練習を終えると、川瀬ははじめの肩を軽く叩いた。
川瀬「お疲れさん」
はじめ「ありがとうございました」
しかし、その様子を見ていたエースの小前は不満そうな様子。
小前「チッ!あの不細工が!カッコつける前にちゃんと音鳴らしてやれよ、下手くそ!」
川瀬のキャッチング技術の低さに苛立ちを隠せない。
続いて、小前の投球練習の相手は慎太郎だった。
慎太郎がミットを構えると、ブルペンに響き渡るのは、まるで銃声のような破裂音と、慎太郎の張りのある掛け声。
慎太郎「オッケー!ナイスコース!」
慎太郎「さぁ来い!よいしょー!いいボール!」
巧みなリードと力強いキャッチングで小前の球を受け止める。
小前「よし、ラストストレート真ん中!」
小前は満足げに投球練習を終える。慎太郎が近づす。
慎太郎「ありがとうございました」
すると小前は満面の笑みで答えた。
小前「こんなに楽しくピッチングをやらせてもらえて、感謝するのはこっちだよ。ありがとう。また受けてくれよな。試合でもバッテリー組もうぜ」
小前は慎太郎の胸を叩き、ブルペンを後にした。高校No.1投手の心を掴んだ慎太郎のキャッチング技術とコミュニケーション能力は、チームに新たな風を吹き込むだろう。
その後、バッテリー組のバッティング練習が行われた。はじめは左打席から鋭い打球を飛ばし続ける。しかし、慎太郎は目を細め、そのバッティングに疑問符を浮かべた。
慎太郎「なにしてんだよ、アイツ」
はじめは、なんと全ての打球をセンターからレフト方向に集め、一球も引っ張ることなくバッティング練習を終えたのだ。
広角に打ち分ける技術を持つ彼が、あえて打球方向を限定するその意図は、慎太郎にも計り知れないようだった。
続く慎太郎は対照的に、いつものように広角に打球を打ち分ける。
彼のバッティングは安定しており、打者としての才能も改めて示された。
そして翌日、はじめはショートの守備につくよう指示され、ノックを受けることになった。
現時点でのショートのレギュラーは2年生の永倉だ。
永倉「よう、スター選手」
はじめ「宜しくお願いします」
永倉「こっちから見てても痺れたぜ。本当すごかったよ。このレギュラー組に合流してきた1年はお前と武市だけみたいだな。ま、そりゃそうだよな、お前ら噂以上のヤツだったからな」
はじめ「褒めてもらえるのは嬉しいですが、関係ありませんよ」
ひたすらノックに集中するはじめの守備は、その技術の高さで永倉を圧倒した。
身のこなし、打球処理の正確さ、肩の強さとコントロール、広い守備範囲、打球が来た時のスタートの早さ、そして適切な指示出し。
全てにおいて永倉より遥かに上だった。
永倉は、はじめの守備を目の当たりにし、自身の実力との圧倒的な差を悟る。
永倉「まじかよ……これは勝てねぇ」
投手として、打者として、そしてショートとしても規格外の才能を見せつけるはじめ。
慎太郎も捕手として小前の信頼を勝ち取り、その存在感を強めていく。
難舞高校のレギュラー争いは、彼らの登場によって一気に激化するだろう。




