華麗なる新たな世界
違う世界でやり直せたら、とは思っていたけれど。
これは流石に予想していなかった。
【7時35分から3分間、お願いします】
電車の中、通知が来た。参加に○を入れて送り返す。
するとすぐに、楽譜とダンスの図解が送られてくる。初見で覚えるのも段々慣れてきた。
指定まであと数分。中心は誰だろう。
そう思っていると、電車が駅にたどり着いた。
「君が悪い」
「いいえ、あなたのせいよ」
電車に乗りながら、周りを気にしてか小声で言い争う男女二人がいた。一目で分かる。なるほど、主役にふさわしい。
電車が駅を出る。さあ、あと十秒だ。
始まり。
車内アナウンスに続いて、音楽が流れ出した。先ほどまでは機械越しのよくあるなのに、急にまるで目の前にオーケストラが現れたかのような高音質になるのは何故だ。
『二人はいつもそう♪』
車内の全員が歌い出す。
首を向ける角度も指定されていたから向けたけど、冷静に考えたら電車の壁しかない。違和感におかしさも感じるけど、突然見知らぬ人達と歌える面白さには変えがたい。
『会えばいつも喧嘩ばかり♪』
視線を、車内の中央に立って喧嘩していた二人に向ける。音楽に合わせてにらみ合う表情がくるくる変わる。凄い、見習いたい。
おっと、見ている場合じゃない。私もまた、他の乗客の皆さんも、音楽に合わせて腕を振りだした。
電車は動いているので、安全優先の為、ダンスは左右の人とぶつからない範囲の上半身の動きだけなのはありがたい。先日、スポーツもので、坂道をかけ降りてから、先にある公園を走りながら踊れと指示があった時は目が遠くなった。
そう、ここは突然ミュージカルが始まる世界で、私は主役を彩る合唱と舞踊の要員である。
(やり直したい)
そう思ったら、気付いたらこの世界にいた。ルールは同様にやって来たという周りの人や、通りすがりの人までもが丁寧に教えてくれたので困った事はない。
下手でも失敗しても、それが正しい歌と踊りだという思いで堂々と。そんな気構えを知る時が来るとは思わなかった。
いつ指示が来るか分からないので、喉と身体も常に鍛えるようになった。特に理由なしでも不参加は許可されるけれど。
どうせなら、生きる事を楽しみたいじゃないか。私がなるべく参加しているのはそういう思いからだ。
『はっ!』
最後の盛り上がりと共にポーズを決めると、数秒経って、何事もなかったかのようにそれぞれが元に戻った。
「もう」
「ふん!」
今の主役の二人は折よく顔を背ける。けれどすぐ気まずそうに、俯いた。後で折を見て仲直りするのだろう。
私も、主役になる日はくるのかなあ。
それまでにもっと鍛えないと。
この世界と未来に思いを馳せつつ、次の駅へと走り続ける電車に乗る今日だった。
サイト「お題.com」より「風景」にまつわるワードから「フラッシュモブ」をお借りしました。
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