第13話「逆流する記憶と、時戻しのサシミ」
──時が、巻き戻る音がした。
神獣を求めて辿り着いた古の湖《リーヴェの鏡池》。その中央に現れた巨大な魚――神獣《時魚ヴォルフィッシュ》。
鱗が水面に反射するたびに、周囲の景色が“過去”へと変わっていく。
ユウトが次に目を開けたとき、そこはかつての実家の厨房だった。
「……弟?」
目の前には、幼いころの弟・カズマ。まだ包丁の持ち方すら覚束ない、小さな背中。
ユウトは悟る。
これは記憶の迷宮――**自分が最も後悔した“あの日”**に閉じ込められている。
あの時、弟に無理やり包丁を握らせて、指を切らせた。
それ以来、弟は料理人を目指す夢を閉ざした。
「兄ちゃんのせいじゃないよ。でも、俺……もう、怖いんだ」
震えるカズマの声が、過去の傷となってユウトを責める。
ヴォルフィッシュの声が響く。
「汝の料理、時間に耐えうるか? 記憶の味で、我を満たせるか?」
ユウトは迷いの中で鍋を握りしめ、言った。
「後悔を、味に変える。それが料理人ってもんだろ!」
彼は、過去の“素材”――カズマの思い出、家族の記憶、初めて作った味噌汁の味――を一つずつ蒸留していく。
火も水も使わず、記憶だけで作られる幻の料理。
完成したのは――
《時戻しのサシミ~記憶のソースを添えて~》
白銀の皿に並んだのは、切っていないのに切り揃えられた刺身。
味は、過去に口にした“最も懐かしい味”。
それを口にしたヴォルフィッシュは、ぽつりとつぶやいた。
「これは……母の温もり……私がまだ、時の流れを恐れていなかった頃の……」
神獣は湖へと静かに沈み、三つ目の封印が音を立てて解けた。
カズマの記憶は、少しだけ変わっていた。
“兄の背中を見て、自分も包丁を握りたくなった”――そんな記憶が、未来に書き換わっていた。
アルカスの声が響く。
「神獣を料理するたびに、世界そのものが“味の形”に変わっていく。
さあ、ユウト。君はどんな“世界のレシピ”を作るつもりだ?」
■ 時魚ヴォルフィッシュ
・世界の時間を泳ぎ渡る神獣
・「味わうことで、記憶の時間をさかのぼらせる」能力を持つ
・姿は虹色の鱗に覆われた巨大な古代魚で、全身から“時の水”をまき散らす
・捕らえられると、自分が“最も後悔した味”の時間に引き戻される




