六
……けれど、いくら待てども予想していた痛みはやってこなかった。
一秒……二秒……三秒……――何も起こらない。
どうして?
ついに感覚がおかしくなったのかな?
確かに痛みを感じさせない方法を心得ているけれど。
でも、こんなに何も感じないなんてありえないだろう。
いや、手に縄を縛りつけてはいるようだけどね。
けどこんなのなんの役にも立たない。
獣人なんだからこんなのすぐちぎろうと思えば千切れるし(※)、魔力封じの縄でもない。
こんなので逃げ出せなくなると思うほど私は弱いと思われているのだろうか?
あの用心深い組織が?
私は魔力が豊富なことは誰もが知っていることだろうし―――こういう裏組織的なところは特に、ね―――武術も近衛隊の隊長になるくらいには強い。
だから余計、何もしてこないあいつらに疑心が募ってゆく。
体に突き刺さるはずの痛みも、目を覚まさせるためにぶっ掛けられるはずの冷水の冷たい感触も、何もない。
殺されてないのなら、きっと拷問だろうか。
じゃなかったとしても鎖で繋いでおくぐらいはしかねない。
あそこの組織は皆残虐と聞くから……
……なのに、やはり何も起こらない。
その時、今更私は今までの血なまぐさい匂いがなくなり、木と畳とちょっぴり汗の匂いがするようになったことに気が付いた。
――――何か、おかしい。
ふと、嫌な予感がして、私は唇を歪めながら呟いた。
「…………殺すなら、さっさと殺してよ。」
そう言いながら、ゆっくりと目を開けた―――
すると、目に飛び込んできたのは、見覚えのない天井。
嗅ぎ覚えのない部屋。
木目の美しい天井がぼんやりと視界を埋める。
……なに、これ?
どこ……?
私は確かに殺される寸前だったはず。
それなのに――――
体を起こそうとすると、薄くて硬い、布団の感触がした。
――――あの、何故私は布団に寝かされているのでしょうか?
というか…………
「え、ちょっと待って。どこ、ここ……?」
そう、反射的に呟いた時。
人の、気配がした。
まずい、誰か来る……!?
足音が、ゆっくり。
でも、確実に、近づいてくる。
しくった……喋らなきゃ良かったか……?
その時、束の間の静寂を切り裂くように、隣の部屋の襖が音を立てて開かれた。
おと、こ、の……ひと……?
……じゃあ、これから拷問、だろうか?
いや、でもそうならわざわざ布団などに寝かせたりしないよね……?
でも、手、一応縛られてるし……
……でも、その人からかけられた言葉は、予想とは全く異なる内容だった。
「あ、目、覚めました?大丈夫ですか?」
………………は?
※そう思っているのは蒼月だけ。生まれた時から規格外なので前世の記憶も相まって勘違いしている。だが騎士団に入っている者や肉食系の獣人はちぎることが可能。