平和と恐怖の交差するテーブルマナー!
玄関の扉の向こうに居たのは――!
テーブルマナーのポプリ先生だった……
そうそう、もうそんな時間か。
気を取り直してシャキッとして、
「先生! ごきげんよう〜」
「ごきげんよう、ウタカタリーナ様」
怖い顔に笑顔が。
先生もいつも通りみたい。
「さ、今日もレッスンのお時間ですよ。準備はよろしいですか?」
「先生、それなんですが」
「何かしら?」
「近々、セリアー王国の王族様方が招かれるのをご存知ですか?」
「ええ、知っています」
先生の顔つきが厳しくなった!
「セリアー王国とは……セレナード殿下率いる我々オペラーラ王国の騎士団とセリアー王国のテノールード殿下率いる騎士団が戦ってしまった過去があります。それで両国に生じた亀裂を塞ぐためにお招きするとか」
「はい、その通りです」
貴婦人でもある先生は知ってたのね。
「その大事な出来事がどうしたのかしら?」
「実は、私、両国の王族が並ぶ "おもてなしの食事会" に参加することになったのです。セレナード殿下と一緒にお料理も作って振る舞って」
「なんですって!? あなたが!」
フフッ、先生までびっくらこかせてしまったわ。
「ううむ! ウタカタリーナ、あなたは……!」
私の姿を上から下まで見つめてる。
初めて会った時みたいに……
「あなたは殿下と相当深い仲になっていらっしゃるようね。王族同士の食事の席に並ぶなんて」
先生まで勘違いさせてしまったわ……
「いつか、そんな日が来ると思っていましたわ」
先生、笑った!
「あなたなら……そんな気がしていました!」
「先生!」
初めて会った時とは違う。
信頼と誇りに満ちた眼差しを向けてくれてる!
王子様との仲はともかく、レッスンについては応えられる!
応えたい
だけど、
「先生、私っ、大丈夫でしょうか!? テーブルマナー! ! 先生のレッスンを受けたなら自信はあります! ですが……」
緊張が解けない!
「王様とお妃様、隣国の王族と食べるのは初めてのことでっ」
もし、やらかしたら――!
義両親になるかもしれない王様とお妃様、よく知らない隣国の王様とお妃様、完璧なテーブルマナーを披露するであろうソプラノーラ様とテノールード王子。
全員の冷たい視線を浴びちゃう!?
王子様も "君のテーブルマナーは最低だな。食事会は終わりだ。君との仲もね"
なんてフォークとナイフを突きつけられながら冷たく言われるかも!
怖い!!
「落ち着きなさい」
「せ、先生……!」
力強い手が肩に!
震えが止まってく――
「大丈夫です。ウタカタリーナ、あなたなら」
「っはい!」
先生は信じてくれてる!
私も自分を信じて、冷静になって先生の話を聞こう。
「幸い、セリアー王国と我が国のテーブルマナーに違いはありません。今までのお食事の仕方そのままでいいのです」
「はいっ」
新たに覚えなくてよかった!
「気をつけなければならないのは、今のあなたのような緊張です。いつものように手を動かせず、ミスをしてしまうかもしれません。大きな音を立てたり、お料理を口に入れる前に落としたり、よく噛めず喉につっかえて咳き込んだり」
全部やらかしそ……
「そうならないためには、いつもの食事と同じように平静でいることが大事です。お食事の最中のお話に参加できるくらいの余裕のある状態でいることが」
「はい」
「両国の関係に関わる大事なお話もされることでしょう。しっかりと参加せねばなりませんよ。陛下もそのおつもりで、あなたを同席させるのでしょうから」
「はい……!」
下手に食べて、むせてる場合じゃない!
「先生っ、平静でいるには!?」
「場数をこなしなさい、と言いたいところですがそうもいきませんわね。ならば、イメージトレーニングですわ」
イメトレか、それよね!
「参列者に、お会いしたことは?」
「陛下とお妃様、隣国のテノールード王子様とソプラノーラ様にはお会いしたことがあります」
「では、その時のことを思い出して」
一人一人を思い出してと。
「ご一緒に食事しているイメージをして、心と体になじませて緊張を解いていくのです」
「はい!」
みんなとテーブルを囲んで食事して。
緊張を解いて――
ソプラノーラ様と食事……緊張が解けない!
緊張するするする!!
イメージだけど、向こうは取り澄ました怖い顔してるし!
怖い! この食事会!!
「あなたらしくありませんね」
はっ!? 先生の冷静な声!
「 顔が強張ったと思ったら泣きそうな顔になって」
「実は……」
先生には話しておこう。
「ソプラノーラ様とはセレナード殿下を巡って色々ありまして……」
「ううむ、女同士のいざこざがあったのね」
「はい」
「殿下とソプラノーラ様との婚約破棄、あなたが絡んでいたのね?」
「は、い」
先生の目つきが鋭くなった!
私が浮気して王子様を寝取ったと思われてる!?
「違うんです!! 王子様とはお料理をしていただけでっ、そうしたらソプラノーラ様に勘違いされてそれであれよあれよという間にテノールード王子が登場してそれでパーティーで盛大にざまぁされてっ」
「ざまぁ?」
危ないっ
転生者しか知らない異世界用語をうっかり!
「落ち着きなさい」
「は、はい」
「その辺りのいざこざについて、私は深く追及いたしません」
よかった!
「男女のことですから、特に王子様を巡ってはいざこざが無いほうがおかしいでしょう」
ですよね!
「その事について、ソプラノーラ様はテノールード殿下と結ばれて一応決着がついているように見えますけど?」
「はい……」
だけど、私とは……
「ですが……その事について私、ソプラノーラ様とは何も話してなくて。いきなり食事をすることに」
「それは気まずいですわね。緊張したままになるのも仕方ありません」
ですよね!
「ですが、水面下でどんな想いがあろうと食事はなごやかに平和になさるべきです」
「はい」
「冷静にナイフとフォークを動かすのです。にこやかな笑顔で。でなければ、ナイフとフォークが凶器に変わり、お酒をぶちまけあい、テーブルがひっくり返る、もてなしのテーブルがそんな恐ろしい惨状になりかねません。そのきっかけは一瞬で訪れますよ」
経験者は語る!?
さすが、テーブルマナーの先生は色々見てきてるわ。
「緊張してはいけませんが、気を抜いてもいけません」
「はい!」
怖い!!
もてなしのテーブルが惨状に。
そんなことになったら――
ひっくり返ったテーブル、まき散らされた料理、王様とお妃様の怒号と叫び声。
"セレナード!"
倒れた王子様の首にはフォークが!
"剣での決闘には負けたがナイフとフォークでの決闘では勝ったぞ" 返り血のようにワインを浴びて笑うテノールード王子!
いやあぁあーーー!! 王子様ーー!!
え? あれ、私の胸にもナイフが刺さって……!?
いやあぁあわわわーーー!!
"一緒に地獄へいきなさい!" 高笑いするソプラノーラ様!!
これが最大にして最後の、ざまぁ? 意識が遠のいていく……
「ウタカタリーナ様! しっかりなさい!」
「はっ、先生っ!?」
思わず縋り付いてしまった!
「怖いですわ〜!」
「落ち着きなさい、大丈夫です」
優しく抱きしめて背中を撫でてくれてる!
先生にこんな優しさがあったなんて! 感動!!
「あなたなら大丈夫です。テノールード殿下をお迎えしたパーティーで食事を美味しそうに食べて皆さまの心を惹きつけていたではありませんか。あの調子でいきなさい」
食レポね、あの調子でいっていいのかな?
「いいんでしょうか?」
「もう少し、お行儀よく」
「はい」
「ですが、あんな風に食べたらきっと美味しいでしょうね。王子様と作ったお料理ならなおさら、テノールード殿下とソプラノーラ様の心も今度はきっと掴むことでしょう」
「はい……本当はあの時のことが悔しくて、見返したいと思っていました。でも、今はただ美味しい料理を食べて二人と仲良くなりたい、王子様と一緒にそう思っています」
「その気持ちは必ず伝わるはずです。伝わればテーブルマナーにもそれは現れますよ」
「はい!」
ナイフとフォークを凶器にはさせない!
「できれば、先にソプラノーラ様とお話して誤解を解いてからテーブルにつくのが理想ですけどね」
「はい……」
そうなればいいけど。
話せるかな? それも怖いけどもう逃げられない!
「当日、どのような事になるかはわかりませんが」
全くもってわかりませんわ。
「無事に食事を楽しめるように祈っていますよ。あなたらしく堂々と臨みなさい」
「先生には私が堂々として見えるんですか?」
意外だわ……
「最初は小生意気にも見えましたが、あなたは王子様との交際の証を見せてくれました」
みすぼらしい男爵令嬢が王子様と料理してるわけないと疑われて、
「王子様の手紙とドレスを見せた時ですね」
「ええ」
先生が驚いて、ざまぁだわ! なんて思ったっけ。
「あの時の私は確かに小生意気でした」
反省のお辞儀。
「ですが、その後も、あなたはお城で王子様とお料理をなさり陛下とお妃様にも認められるまでになりました。私も、私だけでなく皆さまが、あなたこそセレナード殿下のお相手だと認めて噂しています」
そうなんだぁ、みんなが。えへへ!
「隣国の王族との食事会でも堂々としていなさい」
「はい!」
「ううむ、いいお返事。胸に響きますわよ」
オペラ向きの良い声してるからね、キレが良いのよ。
「その調子でおいきなさい!」
「はい! 先生のお話を聞いて自信が持てました! ありがとうございます!!」
心の準備は着実にできてる!!
ソプラノーラ様の前で食べることになっても
にっこり笑顔でいける――!
堂々と王子様のパートナーとしてやりきってみせますわ!




