カツ丼で勝つ! けれど……
私たちはカツ丼作りを開始した。
「豚肉と卵、それから、小麦粉とパン粉と油と米もあります」
無さそうと思った米は、リゾットという異世界っぽい料理があるおかげであった。
「問題は味付けだね」
「はい。出汁は干し魚やキノコからとれます。お酒と砂糖もあります。みりんは無くてもできますが、なくてはならない醤油がありません……」
「やはり、おれ達の食べたいものには醤油が必要だな。なんとかならないか。おれは、王子なのに……」
「殿下! 大変です!!」
大臣が飛び込んできた。
「どうしたんだ!?」
「隣国真面目な王国の王子が我が国に攻め入ろうとしているとの情報が入りました!」
「隣国の王子が!?」
私と王子様は同時に叫び、顔を見合わせた。
「凄い、ざまぁをするつもりか……? カツ丼作りは後だな。すまないが、私は行くよ」
「行くって、どこに!? 隣国の王子と戦うんですか!?」
「戦うさ」
それだけ言うと、王子様はキッチンを出ていった。
カッコいい……
そうじゃなくて。隣国の王子と戦うならますますカツ丼を食べたほうがいいんじゃ……
でも、私にできることはカツを揚げるまで。
トンカツソースならあるから、とりあえずトンカツを食べてもらおうかな。
数日後〜
私は王子様と兵士のために、トンカツの他にも栄誉のある料理を作り続けていた。
戦いの日は刻一刻と迫っている。どうにか、カツ丼ができないものかと悩みながら。
「あったぞ! 醤油が!!」
王子様が飛び込んできた!
その手には、醤油の瓶っぽいものが!?
「王子様! 醤油があったんですか!?」
「ああ、隣国の王子と戦うと聞いて味方してくれる国が現れたんだが、届いた援助物資の中にあったんだ。その名もショーユ!」
「ショーユ!」
そうか!
「その味方してくれる国って、異世界ファンタジーによくある日本をモチーフにした和風の国ですか!?」
「そうそう、そんな感じ! いやー、そんな国がここにもあるなんてね。料理ばかりしてないで外交もちゃんとしないとなぁ」
「ですねぇ。ショーユの味見させてください」
指にちょっと垂らしてもらって、
「舐めてみて。まさしく醤油だよ」
ペロッ、これは醤油!!
「やりましたね!」
「こんな風に簡単に醤油が手に入るとは思わなかったな。王子様だからできたショートカットってことでいい?」
「いいですよ! 醤油があるなら味噌もありますかね?」
「あるよ。あるけど」
「あるけど?」
「作り方だけ聞いて、おれ達なりの味噌を作ろう? 発酵中の豆を無駄にしたくないからね」
「王子様……」
私たちのしてきたこと、大事に思ってくれてるんですね……
「そうしましょう!」
「味噌も醤油もおれ達で作ろう。今は時間がないから、この醤油を使ってさっそくカツ丼を作ろう!」
「はい!」
「ところで、カツ丼作ったことある?」
「何回か」
「よかった! 凄いね。じゃあ、おれは手伝う形で」
「お願いします!」
私が率先して、王子様がついてくる形になった。
それにしては、
「豚肉は厚めに切ろう」
「王子様が切りますか?」
「うん、それじゃあ――」
豚肉の塊を切る包丁使いは手慣れている。
「綺麗に切りますね」
「一人暮らしで料理は時々してたから、これくらいはね」
包丁さばき以外も、小慣れた手つきで。
卵を泡だて器で混ぜる手つきはプロみたい……
まさか、覚醒した!?
「ふぅ、卵を混ぜるのだけは自信あるんだ」
「そうなんですね……凄いです!」
覚醒じゃなかった、得意なだけか。
「泡だて器じゃなくて、箸がいるな」
「そうですね! 箸がない――」
キッチンを探しても、箸はなかった。
「後で、コックか誰かに頼んで作ってもらうよ」
「お願いします」
揚げるときは……トングがあった。
カツはサクサクが命。うまく揚げないと。
こんなに真剣に手心を込めて料理したのは初めて。
だけど、私も覚醒しそうにはない。
そのまま――
私たちはカツ丼を完成させた!
どんぶり風のうつわに盛られたカツ丼。
カツはサクサク、たまごは半熟とろとろ、ダシは濃過ぎず薄す過ぎず、ほかほかごはんにのせることができた。
「見た目は完璧だ!」
「食べてみましょう!」
テーブルについて、急遽作ってもらった箸をとった。
「最初に食べる日本食が、カツ丼とは予想外だよ」
「そうですねぇ」
味噌汁だと思っていた私たちは、数奇な運命に思いを馳せながらカツ丼を一口食べた。
「おいしい!!」
同時に叫び、次々口に運んでいく。
王子様は王子様ということを忘れたように、がっついていて。作ってよかったと嬉しさが込み上げてくる。
私も気が済むまで黙々と食べることにした。
箸が止まらない! 箸休めに漬け物と、やっぱり味噌汁が欲しくなる。
お茶を飲んで、二人一緒に一息ついた。
「おいしすぎて箸が止まらないよ。それに、力がみなぎる――! やっぱりカツ丼だね!!」
「カツ丼ですね!!」
私たちは、とびきりの笑顔を交わした。
「兵士たちの口にも合ったようだ」
兵士たちも、私たちとコックさんが手分けして作ったカツ丼をガツガツ食べてくれている。
「よかったですね!」
「ああ、よかった! カツ丼も国に広めよう」
うなずいた私は、またカツ丼をほおばっていた。
このおいしさなら必ず国中に広まる!
完璧なカツ丼を完食して、私たちは満腹になった。
王子様と満たされた食後の一時を過ごす。
なんて、幸せな時。いつまでも続けばいい――
丁度その時。
大臣が駆け込んできた!
「隣国の軍隊が! 我が国との国境に向けて進軍を開始したと報告が!!」
王子様は真剣な顔つきになり、勢いよく立ち上がった。
輝く瞳は隣国の王子を見据えているかのよう。
戦いが始まる――
「カツ丼を食べたら勝てる気がしてきた! 皆、行くぞ!!」
王子様と共に兵士達も鬨の声をあげた。
前世日本人の王子様にカツ丼でバフがかかるのはわかるけど、異世界人の兵士まで勝てる気になっているのはなぜ? 王子様のやる気が凄いからつられた?
王子様も元会社員が戦場に行くのに怖くないの?
カツ丼食べたくらいで……
「王子様、戦いは初めてですよね? 大丈夫ですか!?」
「ああ! どんなチートスキルを持ってるか確かめてくる!!」
チートスキル、それを使うのが楽しみなんだ。
異世界恋愛の王子様にチートスキルなんてあるの?
料理にスキルを全振りした激弱王子様じゃないよね?
まぁ行ってみないとわからないし。
見送るしかない。
少しはヒロインらしく、しおらしく……
「いってらっしゃいませ、王子様。ご無事で……」
「行ってくる。待っていてくれ!」
「はい!」
カツ丼を食べた王子様と兵士たちは隣国を攻め返すことに成功した。
城の玄関〜
城中の人や貴族たちが、王子様一行を出迎えてる。
私は端っこのほうで待機。コックさんたちのそばが落ち着く。
馬を降りた王子様は、一番に私のところに来てくれた!
「ただいま!」
「王子様っ、ご無事でよかった! チートは!?」
「なかった! けど、この王子様はスペックが高くて助かったよ。それとやっぱり、君と作ったカツ丼のおかげだ。隣国の王子と剣の打ち合いで接戦になった時、カツ丼を食べたから勝てる!って気持ちの強さで勝てた。ありがとう!!」
「よかった、よかった!」
「前世日本人だから勝てたのかも。異世界人の王子は負けた……」
負けた。黙って引き下がるのかな。
「そうだっ、悪役令嬢は!?」
「わからない……」
嫌な予感しかしない。
悪役令嬢のほうがチートスキルを持っていて私たちに復讐ざまぁをするのかも……




