お弁当、お勉強
キッチン〜
スーにキッシュの材料も頼んで見送ってから。
オニギリ用のコメを土鍋炊飯器で炊いてもらっている間に、
「タマゴヤキを作ってみますね」
気合いを入れて言うと、
「お願いします」
メゾも先生も力強くうなずいた。
「では、まず、タマゴとサトウとショウユを――」
タマゴは3個にしよう。
サトウとショウユは……そういえば、タマゴヤキをレシピ通りに作った記憶ない。いつも目分量だ。
それに、王子様はどんなタマゴヤキが好きなんだろ?
甘め? 明日聞いてみよう。
とりあえず、今日は、
「サトウは大さじ1、ショウユは大さじ半分くらいにしてタマゴに加えて混ぜます」
泡立て器で一生懸命カシャカシャ!
「次はフライパンを――」
丸いのしかないけどいいか。
「弱火で、薄く油を引いて」
説得しながら作るのも初めてだ。
これでいいのか感が半端ない……
それに、ここからだ。
二人共、めっちゃ注目してる。
失敗は許されない。
王子様と一緒に料理してる割に下手ですわね〜みたいな、ざまぁは嫌だ!
「フライパンが温まったら、タマゴを少しずついれて」
フライパンをユラユラ。
「タマゴを薄く伸ばして……焼けてきたら焦げないうちに巻いていきます……」
フライ返しで慎重に――
「そしてまた、タマゴを足して――焼いて巻いての繰り返しです。それから、軽く押さえて形を整えます」
こんなに緊張感を持って丁寧に作ったのは初めて!
それだけに、上手にできてる!
「綺麗にクルクル巻きますね、お嬢様」
メゾが感心してくれた!
「フフッ、ありがとう」
気分良く、クルクルですわ。
「ほんと、お上手ですこと。王子様と、お料理なさっているだけはありますわね」
先生、そのお褒めの言葉を待っていた!
「ありがとうございます、先生」
さらに景気よく、クルクルですわよ。
「それに、なんとも繊細な料理ですよ。タマゴヤキ」
「ほんと、繊細ですこと。お城のお料理かしら?」
「あ、はいっ」
先生の質問につい、そういうことにしてしまった。
まぁいいか。さらに突っ込まれたら、お城にいた旅の料理人から教えてもらったとかそれっぽく誤魔化そう。
「さぁ、できましたわ。お皿にのせたら食べやすい大きさに切って――完成ですわ!」
真っ白い皿にのった、黄色いタマゴヤキ!
「まぁ!」
メゾも先生も感嘆の声を上げる、完璧な出来!!
ハァハァ、よかった――達成感!
「綺麗な出来栄えですこと」
「素晴らしいですよ。お嬢様」
「ありがとうございます!」
さて、肝心のお味は?
「オハシか、フォークでいただきましょう」
先生はオハシを使いこなし、メゾはフォークを使いこなし。
タマゴヤキをためつすがめつ見ている。
「クルクル巻かれた切り口が綺麗ですわね」
「オムレツとはまた違いますよ」
見た目の評価が終わると、二人とも食べた!
私も、パクッ。
おいしいですわ! 少し甘いかな……
二人の反応は?
「おいしいですわね」
「おいしいですよ、お嬢様」
「よかった!」
泣きそう。
「タマゴの柔らかさにサトウの甘さが加わって、優しいお味ですよ」
「ショウユも良いアクセントになっていますね――ウタカタリーナ様、さすがでございます。王子様にお作りなさるだけありますわね」
「ありがとうございます!」
長年料理してきたメゾと貴族の料理を食べている先生に褒められたら自信がついた!
きっと、王子様にも――
そうだ、その前に。
「お母様にも食べていただきましょう」
リビング〜
「お母様〜、タマゴヤキというお料理を作りましたの。食べてくださいませ」
ソファーに座ってオペラの本を読んでいた、お母様が顔を上げた。
メゾが皿をテーブルに置く。
「まぁ、タマゴヤキ? 変わったお料理ですこと」
「タマゴにサトウとショウユを混ぜて、フライパンで焼いてクルクル巻くんですわぁ」
私の説明を聞きながら、フォークでパク。
「――おいしいですわ。ウタカタリーナ、お料理が上手なのね」
「はい! これは、明日、王子様に食べていただくのですわ」
「まぁ、王子様に……」
お母様の顔色が変わった気がする。評価も変わる?
「どうでしょうか? 王子様に持って行っていいでしょうか?」
お母様の冷静な顔に笑顔が――!
「ええ、もちろんですわ。きっと、喜んで召し上がってくださることでしょう」
「ありがとうございます!」
自信が満タンになった!
さて、次は。
「タマゴヤキを作ったら、後はスーが帰ってくるまでできませんわね」
「そうですねぇ」
メゾと困った顔を交わす。
「それでしたら、帰るまで座っていたら?」
お母様の有り難い提案。
「先生もよろしければ、ご一緒にこちらのオペラの本をお読みになりませんか? ウタカタリーナがオペラスタジオから持って来てくれましたの」
「ありがとうございます。それでは、ぜひ読ませていただきますわ」
「では、お茶をお淹れしてきますよ」
それじゃあ、私も先生と一緒に座ってメゾの淹れてくれたお茶を飲もう。
ここは大人しく、お母様と先生の会話を聞きながら。
「先生はデスピーナ様とルバート様が主演のオペラ『王国誕生』観まして?」
「いいえ、まだですの」
「私もですのよ。ウタカタリーナが観ておりますけども」
「そうでしたわね、ウタカタリーナ様」
「えっ、はい!」
もう、話振られた!
「観ましたけども。素晴らしかったとしか言えなくて……」
もうそれ以上の感想出てこんよ。
「歌は、どれが良かったかしら?」
お母様がパンフレットを差し出してきた。
歌……確認。
なるほど――舞台でデスピーナ様たちが歌った歌の題名が載ってる。
「――全て、良かったですわ。最初の『旅立ち』も船に乗っている時の『嵐』も応援したくなりましたし、デスピーナ様とルバート様が一緒に歌った『出会い』も『恋の芽生え』も『私達の新天地』も素敵でしたし、妖精たちが加わった『オペラをしろ』は迫力満点で……『国と城を建てよう』も楽しかったですし、最後の『オペラよ、永遠に』は胸にきましたわぁ!」
ハァハァ、ふう。どう? 私の感想は?
「早く聴きたいわねぇ」
「私もですわ」
お母様も先生も期待に満ちた笑顔!
「早く、お母様と先生にも観ていただきたいですわぁ―!」
二人共、そうですわねとうなずき合って本に戻った。
ふぅ。
なんとか、乗り切ったけど。
もっと、オペラの勉強して語彙力をつけなきゃ。
私も本を読もう――
『オペラ用語集』
これだ。
ソプラノ、メゾソプラノ、あ、レチタティーヴォ。確か、お母様の名前レチタだったよね。なになに、レチタティーヴォは話すような歌い方。劇の展開や進行状況を説明する。お母様に似合ってる。なんとなく――
あ、リリック様もある。リリックは叙情的な歌い方という意味か。叙情的?
「あの、お母様、先生」
「なにかしら?」
「なんでしょう?」
「叙情的とは、どういう意味でしょうか?」
二人共、本から顔を上げてこっち見たまま。
固まってしまった。
「……そうね、叙情的……心を表現する、感情を込めて歌う、とか、昔オペラの先生から教わった気がしますわね」
お母様が遠い日を思い出すように答えてくれた。
「そうですわね、ムードとかそういうことですわね」
先生が付け足した。
「なるほどですわ、ありがとうございます」
本に目を戻そう。
心を感情を込めて、ムード、リリック様に似合う言葉ですわね。
そんな風に歌ってもらえていたら――ふぅ。
いけない、王子様、王子様。続き、続き。
あ、ルバート様の名前もある。テンポを変える歌い方という意味か。デスピーナ様と私の間をウロウロしてたルバート様にお似合いかな?
宰相様の名前アクートもある。高音という意味かぁ。悪人とは真逆の綺麗な意味ね。鋭いという意味もあるのね。冷徹な宰相様に似合ってますわ。
デスピーナ様は……ない。
私と同じ。
もしかして、転生者?
それならずいぶん真面目にオペラやってらっしゃる。オペラ経験者かしら? そこに、ちょっとズルい言って悪役妹の役目も忘れずやってみたりしてて。偉いですわ。ソプラノーラ様に観てもらう大舞台も控えてるし、もうお任せして放っておくべき? その、ソプラノーラ様も転生者? テノールード王子は?
切りが無いですわ。それにまた、こんな読み方して。
真面目に、お勉強、お勉強。
あ、ビブラート。
ビブラート、ビブラートって友達みたいに言って効かせてきたけど、よくは知らない。
なになに、声を揺らす歌い方。音の高さや強さを揺らし、歌声に表現力や深みを持たせる。なるほど。
理解を深めたら、やってみたくなりますわね。
今は人がいるから我慢。
ん? ソリスト?
独唱者、役のある人のことか。私が役者さんと呼んでた人たちね――これからは、ソリストと呼ぼう! カッコイイから!!
次は、歌う人数ね、
ドュエット、2人。トリオ、3人。カルテット、4人。クインテット、5人。セクステット、6人。オペラの妖精はもっと増えてた気がするけど……気のせいか。
次は、オペラができるまで。
オペラは歌だけでなく音楽も重要な要素です。
作曲家、指揮者、オーケストラ、合唱団――そうなんだ。スタジオにいたっけ? ソリストしか気にしてなかった……
なになに、そんな歌と音楽が織りなす舞台には多くの人が関わっています。演出家、演技指導、舞台監督、舞台道具、照明、衣装、メイク――なるほど。確か、スタジオに舞台監督はいたよね。確かに、ソリストと監督以外にも沢山の人がいた……これからはちゃんと、全体を観ませんとね。総合芸術を味わわねば。
「スーが戻りましたよ」
あ、メゾ。
「それでは――」
お勉強はここまでにして。本をパタン。
「お母様、私はキッチンに戻りますわ」
「私も失礼いたします。大変楽しい時間でしたわ」
先生と一緒に。さぁ、行きましょう――
「今度は私がそちらに行こうかしら」
お母様も仲間にいれてと。
「タマゴヤキの他に、どんなお料理を作るの?」
「キッシュとチキンボンボンとジパングのオニギリというものですわ。お弁当にして明日、王子様に持って行きますの」
「まぁ、お弁当」
「お母様は、お弁当といえば何ですか?」
「私は……サンドイッチかしらね」
先生と一緒にうんうん。
「王子様にお持ちする、お弁当は見たこともないものでしょうね。楽しみですわ」
再び期待の笑みを浮かべた、お母様とともに――




