馬車の中
馬車乗り場〜
同行する宰相様に王子様がレシピとハーブを渡した。
「テラー、これをデスピーナさんに作ってあげてくれ」
「これは?」
「薬膳ミルクスープのレシピとスープに入れるハーブだよ。ウタカタリーナが提案してくれたんだ」
王子様の笑顔が嬉しいし、照れる。
「病み上がりのデスピーナ様に、何か体に良いものを食べてもらいたいと思いまして」
「デスピーナのために……」
「コックに作ってもらって食べてみたけど、おいしかったし胃にも喉にも良さそうだったよ。作ってあげてくれ!」
「お心遣い、ありがとうございます!」
宰相様はレシピとハーブを胸に抱き肩を震わせた。
「これを飲めば、デスピーナの歌声にもさらに力が宿ることでしょう――!」
チカラ……
王子様と視線を交わしていた。
「宿るといいですね」
「そうだね」
必ず、宿ることでしょう!
「じゃあ、行こうか。あ、そうだ、テラー」
「はい」
宰相様は冷徹さを取り戻した。
「スタジオに行く前に、昨日行ったレストランに寄りたいんだけどいいかな?」
「レストランに?」
「うん。あそこで食べた料理を」
パクっ――て言いそうになった!
口をパクパクさせてる……
「パクパク食べれておいしかったからさ」
王子様がヒヤリとした笑顔をこっちに向けた。
セーフですわ。
「えっと、だから、料理の、アイデアを」
アイデアを――
「さ、参考に!」
「そう! 参考にしたくてね! していいかどうかシェフに聞こうと思うんだ」
「わかりました。では、レストランに寄るよう御者に伝えてまいります」
ふう。
「あぶなかったね」
「はい」
「でも、異世界人はパクりなんて言葉知らないかな?」
「そうですね、でも、油断はできません」
「だね。パクリも――しないでおこう!」
王子様の決断! 英断だ! 偉いですわ。
「はい!」
宰相様が戻ってきた。
「伝えました。ご乗車ください」
無事、馬車に着席。
四人乗りの馬車。私は王子様と隣同士で。宰相様は王子様の前に座り、隣にはフィナンシェの入った箱。
「フィナンシェも味見したけど、おいしかったよ。ね?」
「おいしかったですわぁ」
バターの効いた味でホロホロとした食感だった。
あぁ、箱の全部食べたい……
食欲に支配されたところで馬車出発――
今度は眠気が来た。朝、早かったから……
「馬車に揺られていると、眠くなってきました」
眠気覚ましに小窓から景色を見ていたけど、思わず呟いていた。
「寝てていいよ」
王子様の優しいほほえみ。
心のどこかで、そう言ってくれると思ってた!
「いいですかぁ!?」
「肩、貸すよ!」
肩まで!?
これも、実は期待してたんですわぁ。
期待通りの王子様ですわぁ〜
「ありがとうございますっ」
お言葉に甘えて。
は!?
宰相様が私たちのイチャイチャを冷徹に見てる。
「あ、の」
「どうぞ、おやすみください」
宰相様のほうが、スッと目を閉じた?
「寝顔を見たりいたしませんので」
そういうこと。
「殿下の大切な方ですから」
「テラー、またそれか! からかってる?」
「口癖になりつつあるだけです」
良い口癖だ……
「では、お言葉に甘えて」
私も目を閉じよう。
王子様の肩にもたれて揺られて。
幸せ……
つかの間の。
「テラー、スタジオでみんなを激励する言葉を一緒に考えてくれる?」
「かしこまりました」
スタジオ、みんなが待ってる――
「まず、出だしだけど」
「そうですね――まずは、皆が日々、オペラに身を捧げていることをねぎらうのがよろしいかと」
「よし」
「この国を作り繁栄させてきた国の宝であるオペラに身を捧げ盛りたてていること、感謝していると言ったところでしょうか」
「国の宝か。重い言葉だね」
ですねぇ。
「言葉は殿下の思いのままに。感謝しているも、ありがとうのほうが殿下の親しみやすさが出てよいのではないでしょうか」
「そう? じゃあ、そうしよう。国の宝って言葉はそのまま言おうかな。そう思ってるし」
「殿下、やっと目覚めてくださったのですね」
「それも口癖になりつつあるな。次は?」
「そうですね――オペラを観た感想をのべて皆の気持ちを盛りたてましょう」
「よし――素晴らしかったしか出てこないんだけど。いいかな?」
「一言に込めるのもよいと思います」
「だよね! じゃあ、次は」
「パトロンになることを知らせましょう。オペラを援助し支えていくと。それを聞けば、皆、安心してオペラに専念することができるでしょう」
「わかった」
「以上を、殿下のお言葉でお伝え願います」
「よし。えっと、皆さん、日々、国の宝であるオペラに身を捧げてくれてありがとう……」
練習してる。王子様って大変なんだなぁ……
私も何か言ったほうがいいのかな?
せめて、隣でニコニコしてよう。
笑えるかな……
馬車が止まった。
「レストランにつきました」
宰相様がドアを開けた。
「行ってくるから、寝てていいよ」
王子様の優しさ。甘えてしまおう。
「はい、お願いします……」
半目しか開かないまま、笑顔で見送る。
ドアが閉まった。
目を閉じて、すやすや。
静か。馬車の中で、ひとり――
ひとり?
ヤバい!!
いきなりドアが開いて――
暗殺か誘拐される状況じゃん!!
犯人はもちろん、オペラ劇場の支配人!
メト•ダンザイン!!
断罪の時だ! ウタカタリーナ•ジュディチェルリ!
悪党の娘め!
とか言われるんだ。怖い!
はぁ、気づいてよかった……
しっかり起きてと。
ドアから離れて座席の真ん中に移動。
何か武器ない? 拳銃でもあればな。ドアが開いた瞬間、拳銃を向けて "あなたの考えはお見通しよ" とかカッコよく言えるのに。はぁ、憧れるわ。
でも、私にできるかな? そわそわしてドアいつ開くかドキドキしてる。そもそも、拳銃ないし。
降りて、御者さんのそばにいようかしら?
いや、外は危険だ。鍵閉めとこう。鍵あるの? どこどれ? わからん。完全にパニクってますわ。
王子様、宰相様、早く戻って来て――!
ドアが開いた!?
王子様と宰相様だ。
助かったぁ!
「起きてたの?」
「は、はい」
王子様が隣に座った。もう安心ね。
「ソースのかけ方の許可もらえたよ。光栄だって喜んでくれた!」
はじける笑顔。私もなんとか笑顔を返せた。
「よかった!」
喜んでパクらせてくれたんだ。
問題にならなくてよかった。私も無事だったし。
馬車も無事、動き出した。
「次はスタジオだね」
「はい……!」
もう、寝る気にはなれない。
緊張感を保ったまま。
いざ、スタジオへ――




