パトロン
「フフッ――」
私じゃない。
デスピーナ様が笑った。
少し得意げに、それ以上に嬉しそうに楽しそうに。
「ウタカタリーナ様あなたと、こんな風にお話できるなんて。思いませんでしたわ」
「私もですわ――!」
私も同じように笑った。
そうしたら気持ちがほぐれてきて。
物凄く緊張してたのがわかった。悪役令嬢と対峙したときのような修羅場とか命の危機とか、何も無くてよかった、よかった!
「また、王子様とオペラを観に来てくださいませね」
「はい! 喜んで!」
王子様を引きずってでも行かねば……
一応、他にできることも考えておこう。
そうだ、お父様が言ってた。
後ろ盾――
オペラをするとき王子様が後ろ盾になってくれたら怖いもんなしってやつ。あれを、提案してみよう!
「オペラをするなかで何か困っていませんか? よろしければ、王子様に後ろ盾になってもらえるように言ってみましょうか?」
「後ろ盾、パトロンになってくださるんですの?」
パトロン――
金銭援助したりする人のことよね。
お金――王子様なら、大丈夫か。
「そう、それです!」
お金じゃんじゃん頂戴ませね! とか言わない。
思いの外、デスピーナの顔つきは真剣だ。
「パトロンになっていただけたら光栄ですわ。私とルバート様だけでなく、一緒に舞台に立つ者達、オペラ全体を支えていただけたらと思いますわ」
自分と好きな人のことだけじゃなく。
仲間やオペラのことまで……
本当にさっきまでズルいズルい言ってた妹か?
良い子で、泣けてきた――
「ご立派な方ですね、デスピーナ様」
「ありがとうございます……実は、お兄様やルバート様や仲間達が話していて不安になっていましたの」
「どんなことをですか?」
不安がうつって、また緊張してきた――
デスピーナ様も視線を下に向けたまま、話し始めた。
「この国はオペラ大国ですから、オペラをする者は代々王族がパトロンになり支えてくれています。けれど、王子様は、お料理ばかりしていてオペラへの関心が薄く――」
薄いどころか無かったもんねぇ。
今夜オペラを観てやっと興味持った? って感じ。
楽しかったね! って反応は、いい感じだったけど。
「オペラへの援助に影響がでるのではないかと、皆様心配していますの」
そうだ。援助とかパトロンとかも知らなさそ。
「いずれ王様になる方がそれでは不安だと皆様話していますし、お兄様はオペラ大国の王子としてパトロンとして自覚を持っていただくよう訴えていくしかないと苦悩していますし、私も心配で心配で不安になっていましたから。パトロンになっていただけることがはっきりすれば安心ですわ」
「そうですね!」
お兄様の話辺りで涙が出だしたデスピーナの濡れた瞳をしっかりと見据え、力強く同意した。
「なんとしても、王子様にパトロンとしての自覚を持っていただきましょう!」
そうだ――
オペラしなくてもオペラには関わり続けなきゃ。
パトロンとして!!
それが――
私と王子様のオペラ大国での立ち位置なんだ!!
これは料理ルートと平行してオペラルートでもハッピーエンドに進めそう――
「オペラ、王子様と一緒に全力で応援しますわ!」
「ありがとうございます! 王子様とウタカタリーナ様が後ろにいてくださると思うと、とても安心ですわ。実は、もう一つ不安に思うことがあって――」
デスピーナの笑顔がまた、不安に曇った。
な、なに?
怖い。今度は嫌な予感がする……
「な、なんですか?」
「実は、今宵のオペラの初演が成功したので、もうすぐ隣国の王族方々がいらしたとき、お招きして公演することが決まりましたの」
「隣国の王族方々にオペラを観せるんですか――!」
「はい。そうなると、テノールード殿下とご一緒にソプラノーラ様が観にいらっしゃるでしょう?」
「そ、そうですね……」
ソプラノーラ悪役令嬢!
やはり、嫌な予感は当たった。
おもてなし料理食べにだけでなくオペラも観に来る……
となると、どうなるの? なにかヤバいの?
問いかける視線を向けると、デスピーナ様は震える唇を開いた。
「ソプラノーラ様はこの国にいらした頃の、私の前のプリマドンナでしたの」
間違いないわ。あの貫禄は。
「ソプラノーラ様の歌声と演技は圧倒的でしたわ……」
どんななんだろ。怖い。
私が聞かされたら声圧で体ビリビリして動けなくなって気絶させられて気づいたらゴミ捨て場にいるとか?
「あの頃の私はソプラノーラ様に憧れるばかりでしたわ。私の歌や演技に、ご感想を求めることもできませんでしたの。私がプリマドンナをしている舞台を観てどう思われるか。不安で不安で!」
デスピーナはガタガタと体を震わせた。
元悪役妹をここまで怯えさせるなんて。
さすが悪役令嬢。やはり、ラスボスか――!
私にはどうすることもできませんわ。ガタガタ。
励ますくらいしか……
そう、そうだ!
私には何もできない!
代わりにデスピーナにしてもらえばいいんだ!
私が本来進むはずだった輝かしい正解オペラルート!
それを託せるのは、デスピーナしかいない!!
これが、オペラへの答えだ!!
ガシッと力強く、手を握ってと。
「デスピーナ様! あなたなら大丈夫ですわ!!」
「ウタカタリーナ様……!?」
見開かれた瞳。力強くうなずいてみせる。
「おこがましい言い方ですけど! 王子様にも綺麗な歌声だねと褒めていただき宰相様も魅了してプリマドンナの代役を頼まれた私が! オペラーラ王国のプリマドンナに相応しいと認めるのはデスピーナ様だけですわ!」
本当に? と問いかける瞳が見つめてくる。
力強く見つめ続ける。負けない!
信じさせる!!
「デスピーナ様ならソプラノーラ様にも認めていただけます!!」
衝撃を受けたようにデスピーナ様は震えた。
数秒の沈黙の後。
こくんとうなずいてくれた。
力強い眼差しが見つめ返してくる。笑ってくれた。
「ありがとうございます。ウタカタリーナ様にそう言っていただけたら、なぜかとっても自信がつきましたわ!」
「よかったですわぁ!」
本来――
オペラルートのヒロインになるはずだった私のお墨付きだもんね。力強いやろ?
「ウタカタリーナ様に今宵のオペラの感想を改めて聞きに押しかけたのも、自信が欲しかったからですの」
デスピーナ様は力なく本音をこぼしだした。
「ルバート様のこともパトロンのことも気がかりでしたけど。一番はソプラノーラ様に舞台を観ていただくこと。そのためにウタカタリーナ様に私の歌声を認めていただきたかったんですわ……」
「そうだったんですね」
「ウタカタリーナ様のおかげで、なんの憂いもなく舞台に立てますわ!」
デスピーナ様はすっくと立ち上がり、自信に満ちた笑顔をみせた。
ルバート様のことで可愛くなったり。
パトロンの件でみんなを心配する優しさをみせたり。
プリマドンナとして自立したカッコよさをみせたり。
私よりヒロインしてる……
オペラルートのヒロインの座、任せましたわ。
ソプラノーラ悪役令嬢のことも頼みます。
私も、料理ルートで頑張らなきゃ!
同じくすっくと立ち上がり、自信に満ちた笑顔を返す!
私たちは、満足げな笑顔を交わせた――




