支配人
初老のオジ様だ。
恰幅の良い体に光るようなダークスーツ着てる。
芝居がかった感じで深々とお辞儀した。
「セレナード殿下。私はこの劇場の支配人、メト•ダンザインでございます」
ダンザイン!?
断罪ん。なんて、怖い名字。
「支配人か。こんばんは」
王子様のご挨拶。
私も続きたいけど。声が出ない。
なに? この嫌な予感は――
「支配人といっても一時的。仮初の、でございますがね」
「かりそめの?」
私と王子様は一緒に首をかしげた。
仮初の劇場支配人まで!?
ギンッ!! って瞳でこっち見た!
さっきのデスピーナに負けない凄い睨み。こ、怖……
なぜ、私を?
「ウタカタリーナ様ぁ……」
血のしたたるような声。怖い。
「バスキューレ•ジュディチェルリ男爵のご令嬢……」
バスキューレ?
ジュディチェルリ男爵。お父様!
お父様のこと知ってる劇場の支配人……
王都のオペラ劇場の――支配人になる話が来ているんだ。それで、本来支配人になる者から妬まれてというか恨まれているようでね――
お父様に支配人の座を奪われる人だ!!
……それで、こんな怖い目と声で私を。
私まで恨まれてるんだ。ざまぁされそう。怖い!
助けて、王子様!
ピッタリくっついたけど。王子様も支配人の怖い顔に見入って動けなくなってる。
「どうなさったのですか? 支配人」
「は!?」
冷徹さを取り戻した宰相様の問いかけ!
「ウタカタリーナ様に、何か?」
「い、いえ。なんでもございません」
視線をそらした。
何もしない、理性はまだあるんだ……
「き、今日の舞台は満足していただけましたでしょうか?」
「あ、ああ、とても素晴らしかったよ」
ぎこちなくだけど、王子様と談笑をはじめた。
私も笑っとこう。ほ、ほほほ。
もう無理。いきましょう、王子様。早く。
思わず、腕を引っ張ってしまった。
「あ、あぁ。行こうか。それじゃ、支配人。私達はこれで失礼するよ」
「また、お越しください……」
その言葉には――
血塗られた不吉な響きが確かに混ざっていた……
もう、来ないでおこう。
次来たら絶対、シャンデリアで叩き潰されるわ。
いや、シャンデリアが落ちるのは観客席だから、ロイヤルルームにいれば大丈夫か。いや、それなら別のざまぁを考えるでしょ……ロイヤルルームで密室殺人!? お父様も観に来てて、まとめて。ありうる!
先読みできてよかったわ。やっぱり劇場には来ないで無事回避して――またここでオペラ観たかったな……お父様も観たいだろうし、殺されるかもしれないから観に行かないでって言っても "大丈夫だよ" って笑って取り合ってくれないかも。お父さんってそういう謎の自信みせて言うことを聞いてくれないことあるし。異世界のお父さんもきっとそうだわ。私のお父様なら可能性はかなり高い――
この問題、なんとかしなきゃ!
王子様に相談しよう!
仮初の支配人の突き刺すような視線が背中に届かないとこまで行ってから。
「あの支配人、凄い目で君を見てたね」
王子様のほうが切り出してくれた。話が早い。
「あの支配人は、ウタカタリーナ様の父上に支配人の座を奪われそうになっているのですよ」
宰相様が説明してくれた。話が早い。
「ウタカタリーナの父上に支配人の座を?」
「宰相様、ご存知でしたの」
「ええ。先程は、支配人のただならぬ様子を見て刺激するのは危険と判断し、とぼけておきましたがね」
冷徹宰相様に戻ってくれてて助かった。
「ジュディチェルリ男爵だけでなくウタカタリーナ様にまで恨みを抱いているようですね。まぁ、娘が殿下とお近づきになったことで成り上がりはじめた父親に立場を奪われるとなっては、父娘両者を恨みに思うのも仕方ないかもしれませんが」
そんな冷徹に! 仕方ないで片付けられたら困りますわ!
「王子様、助けてください! 私のせいで恨まれるなんて嫌ですわぁ!!」
「そうだよね!」
一緒に焦って、うんうんうなずいてくれてる。
「こんな急に、支配人の座を奪ってまで成り上がりさせていただかなくていいですわ!」
「謙虚な方だ」
宰相様のお褒めの言葉。
「品格を持った貴族であろうと、成り上がるためなら人の座など奪ってしまえと悪びれない者も多いなかで」
お父様はそんな感じで悪い顔してましたけどね……
「支配人になる話を取り消すならば、陛下に話さなければなりません。この件はウタカタリーナ様の父上の身分を引き上げようとの、陛下のお心遣いからでたことですので」
「そうか。父上の気遣いだったんだ」
王子様の父上。王様、ありがとうございます……
「それで恨まれそうになってることは言ったほうがいいね。その上で、他に成り上がる方法がないか聞いてみるよ」
「ありがとうございます!」
成り上がる方向で話してくれるんだ! 有り難いですわ。
お父様も有り難く思ってくれるはず。
王都のオペラ劇場の支配人になる野望は果たせなくなるけど。それはほら、私が王子様とお近づきになったおかげのことだし。私の影響でまた事態が変わるのは仕方ないことよね――
馬車乗車〜
ふぅ。無事にオペラ劇場を出られた。
「では、殿下、ウタカタリーナ様。私はここで失礼いたします」
「ありがとう、テラー。今宵は本当に素晴らしい一時を過ごせたよ」
「本当ですわぁ」
「ありがとうございます……!」
宰相様ったら、また泣きそうになってる。
「妹さんによろしく! じゃあね、テラー。また明日!」
「ごきげんようですわ!」
お辞儀したまま宰相様が見送るなか、馬車発車。
「ふぅ」
私と王子様は同時に背もたれに埋もれた。
「色々あったけど、楽しかったね!」
「はい!」
とりあえずといった感じでだけど。笑顔を交わせた!
「さて」
王子様が、前を見すえた。
「城に帰ったら父上と母上と話さないとな。支配人の件を話す前にオペラの感想を聞かれるだろうね」
「感想を」
「素直に素晴らしかったです! と絶賛しておくけど。オペラしたくなったか!? とか、しないの? とか聞かれそうだな……」
困ってる。私も聞きたい。我慢できない!
「したく、なりませんでしたか?」
「ルバート君の歌声を聞いたときはヤバかったね!」
あっさり笑った。やっぱり対抗心があったんだ!
「覚醒しそうになりましたか!?」
「うーん。あれが、覚醒しそうな感覚だったのかなぁ?」
「覚醒したらチートが発動してたかもしれませんよ?」
「チートかぁ。オペラのチートは使えなくてもいいかな!」
くっ、チート使いたい気持ちよりオペラしたくない気持ちが勝るなんて。王子様がオペラするの観たい気持ち諦めるしかないのか……
「がっかりした顔してるね。そんなに、おれがオペラしてるとこ観たい?」
「それはもちろんっ、オペラーラ王国の王子様のオペラですから。観たいです」
「オペラーラ王国の王子のオペラか。観たいよね――」
悩みだした。期待。
「やっぱりできない!」
「ですかぁ」
期待できるほど悩まなかった。
「まぁまぁ。ほら、料理してるときに気分良くなって歌いだすとかあるかもしれないから。それで我慢して?」
「そう、ですね。それは私もあるかもしれません」
笑いあえた。これでいいんだ! 私と王子様は。
「父上と母上にも、そう言って説得するわけにはいかないかなぁ」
また悩んでる。
自分のことで大変なのに。私のお父様のことまで話さないといけないし。私も王子様の力にならなきゃ。
「王子様。私もオペラしなくていいように説得に全力で協力します! そのために、おもてなし料理を成功させるんですよね!?」
「ありがとう! そうだね。必ず、おもてなし料理を成功させよう!」
「はい!」
心が一つになったのがわかる!
おでことおでこもくっついて。これがゼロ距離!?
見つめあったら、もう――
「料理で思い出したよ」
「え?」
「レストランのディナーを予約してるんだ。このまま、一緒に行こう?」
「ディナー……」
ロマンチックな雰囲気だったのに。
食欲には勝てない。
めちゃくちゃお腹すいてきた!
「行きましょう!」
おいしい料理食べて。
料理ルートに勢いをつけよう!
いざ、レストランへ――




