アクートの妹は……
「私のために、卵粥を作ってくださりありがとうございます。とても、光栄で。とても、おいしかったですわ」
笑顔も美しいですわ。
「それは、よかった!」
王子様が嬉しそうな笑顔を返した。
とにかく、私も!
にっこ!!
「よかったですわ!」
デスピーナ、こっち見た!
さっきと違って……凄い強い瞳で見つめてくる。
――何を言いたいの? わかりませんわ。
わからないけど、
まだ悪役妹の可能性が消えきってないなら。私への対抗心から強気な瞳を向けてきてるなら。怖い。
だ、大丈夫よ。王子様がいるし。
「ウタカタリーナ様」
強い瞳のまま、話しかけてきた!
「な、なんでしょうか?」
「私の、オペラの代役を断ったそうですね。なぜ、ですの?」
「えっ、それは――」
プリマドンナを前に、ぽっと出の代役候補はただただ威圧されるのみ。
「私は、プリマドンナの代役なんてできませんわ」
「そうでしょうか? お兄様は、あなたの他に私の代役をできる方はいないとおっしゃっていますわ」
「それは――」
さっきより、キッ! て見てきた!
これは、敵意こもってますわ……
ブラコンなのね。兄はシスコンだし仕方ないか。
シスコン宰相様、うんうんうなずいてる。
「あなたなら、歌声だけでなく」
デスピーナは私を上から下まで見た。
「姿も私と似ているし」
やっぱり、似てるんだ。
シスコンも、うんうんうなずいてる。
庭園で私を見て歌声の持ち主だってわかったと言ってたけど、私が綺麗だからとかじゃなくて妹と姿が似てるからだったんだ?
ま、いいけど。私には王子様がいるし。
兄妹で仲良く、卵粥食べたかな?
「あなたなら、私の代わりができると思いますわ」
「いえ、そんなことはありませんわ」
妹の代わりなんて無理無理。
「どうして、できないんですの?」
「それは――」
改めて聞かれると、冷静になる。
自然と視線が王子様にいった――
「王子様と、料理するからですわ」
王子様が笑顔でこっち見て、うんうんうなずいてる。
デスピーナはいぶかしそう。
「王子様と、お料理を?」
「そうなんですの。お料理しかしていない私にプリマドンナなんて無理ですわ。ですから、代役ができない代わりに、いつも通り、お料理をしようと思いまして。卵粥を食べていただいて元気になっていただいてプリマドンナの座に戻っていただこうと思って来たんですの」
「そう、でしたの……」
納得しかけてるみたい。
「どう? 元気になれたかな?」
王子様の問いかけ。
「それは、もちろんですわ」
しっかりした返答。
「プリマドンナに戻れそうかな?」
「ええ、もちろんですわ」
しっかりした笑顔。
王子様の誘導のおかげで。プリマドンナの座に戻るほうに話が進んでくれた。
「そうですわ。無事オペラに出られることになりましたら、ぜひ、ご観覧にいらしてくださいませ」
「え?」
「え?」
デスピーナは驚く王子様には、にっこり微笑んだけど。
私には、さっきよりキッとした瞳を向けてきた。
自分の実力を見せたいという、挑戦が込められてますわ。
これは、観に行かねばなるまい。怖いけど。
「ぜひ、観に行きたいですわ。王子様」
「そ、そうだね」
王子様も気づいたのか、うろたえてる。
「心を込めて歌いますわ」
意味深……
「楽しみだね!」
王子様の誘導で明るい空気に、しなきゃ。
「楽しみですわ!」
「すぐに、ご観覧の手配をいたします!」
宰相様も、にっこにこだわ!
「まぁ。デスピーナの舞台をご覧いただけますの? 光栄なことですわ!」
いつの間にか現れた公爵夫人も笑顔!
デスピーナだけが強気な顔のまま、
「それじゃあ、オペラ劇場で。失礼するよ」
「失礼いたしますわ」
屋敷を出ていく私と王子様を見送った――
馬車のなか〜
ふう。
私と王子様は同時に一息ついた。
「妹さん、良い子みたいだったね」
王子様が意外そうな笑顔を向けてきた。
「はい。良い子、みたいでした」
まだ、はっきり断言はできないけど。
あの、強い瞳――怖い。
「卵粥、おいしいって言ってくれたし」
「はい!」
それは嘘偽り無く笑顔で言ってくれてた。
料理ルートでは、良い子なんだ――
きっと、多分。
このまま、料理ルートを突っ走ってみなきゃ。
「オペラ観に行くことになったね」
「そうですね」
突っ走るのはオペラを観た後か……
「オペラ興味ないけど、妹さんのオペラは観たくなったよ」
「私もです」
即答していた。ただ無性に観たくて。
「だけど」
王子様が困ったような笑顔で、こっち見た。
「観た後で、やりたくなったりしないか心配だな」
「えっ」
「私達もオペラやりましょう! とか言わないでね?」
「うっ」
その心配はあるわ。
もう観たくてうずうずしてるし。
触発されて。覚醒して。大いにありうる。
王子様を誘ってしまって――
察したのか、冷たくそっぽ向いた!?
「やりたくなったその時は、君一人でやって」
「王子様!!?」
そのセリフ、悪役令嬢じゃなくて私に言うの!?
――今さら恨んで、ざまぁしようなんて気にはならないけど!
それどころか、
「いやですわ、王子様。私はオペラしません」
笑って否定していた。
「私は料理ルートを行きます! そう、王子様と決めました。でしょ?」
「そうだったね!」
笑顔でこっち向いてくれた!
「じゃあ、オペラを楽しもうか!」
「はい!」
私と王子様に亀裂はもうできない!
肩もぴったりくっついて、馬車に揺られていく。
「そうだ、オペラ観に行くならドレスがいるね! このまま、仕立て屋のところに行こうか? プレゼントするよ!」
「はい! ありがとうございます!」
幸せ!
王子様にもらった綺麗なドレスを着て。
デスピーナのオペラを観に行く。
観ているうちに覚醒して気づいたら舞台に乱入してたとか、ならなきゃいいけど。
テノールード悪役王子を招いたパーティーで覚醒して食レポした時を思い出すとありそうで……
自分が怖い――




