腐った豆のせいじゃない
満月に照らされながら噴水に腰掛けて語り合う。
ロマンチックな私達を、遠くから見ていたらしい。
次の日、私は城で待ち構えていた悪役令嬢に、
「モブのくせに!」
と平手打ちを食らったが、
「やめてくれ。この令嬢は私の大事な人なんだ」
王子様が助けてくれた。
「大丈夫かい?」
「はい、王子様……」
おかけで、モブからヒロインの座に躍り出ることになった。
そんなことは後でいい。
王子様も後でよさそうにしているし。
私達は、キッチンに直行した。
ここは中世風異世界だけど、なんちゃってらしく都合よく水道とガスと電気もある。水回りとガスコンロ台、石窯もある。調理道具も揃っている。食材置き場には大量の材料がある。
お城だけにキッチンも食堂も広い。王子様が料理するということで、専用のスペースをもらうことができた。
私はタイトなワンピースにエプロンをつけた。
王子様は軍服の上を脱いでエプロンをつけると、ホワイトシャツの袖をまくった。手を洗って準備完了。
「まずはカレーだけど。国中のスパイスを集めるように、もう頼んであって到着待ちなんだ」
「そうですか、では、待っている間どうしましょうか?」
「うーん、やっぱり、味噌汁飲みながら待ちたいなぁ」
私達は、味噌汁作りに取りかかった。
まずは味噌作り。
大豆に似た豆を腐らせる、発酵作業から。
味噌も醤油も大豆を発酵させて作る。私と王子様の共通認識はここまで。後は闇雲な試行錯誤になりそう。
「料理本に手がかりがありませんかねぇ」
「本になかったら、国中の料理人や豆の専門家とか博識な者達に助言を求めようか」
「そうですね」
そうしている間に豆の発酵が進み、副産物で納豆ができたりした。
「納豆だ! 懐かしいですね!」
「懐かしいな! 絶対、醤油がほしいな!」
豆を発酵させる間にスパイスが届き、カレー作りにも取りかかった。
「このスパイスの匂いはカレーっぽいぞ」
「これもカレーっぽいです」
「そうだね……だけど、カレーっぽいのじゃなく、カレーを作りたい。他の料理も完璧なものにしたい」
「そうですね」
「何年かかっても」
「はい」
私達は決意の眼差しを交わした。
ヒロインなんて後でいいと思ったけど。
王子様のまっすぐな瞳がカッコよすぎて、このままそばにいたら……
見つめあう私達を見ていたらしい。
次の日、キッチンで発酵中の豆を味見した王子様が、
「うっ、なんだ……舌が痺れる!」
「舌が? 豆が腐ってるから……」
舌どころか全身を痺れさせて、王子様は倒れてしまった!
「王子様!? しっかりしてくださいっ」
「まぁっ、王子様! どうなさったの!?」
悪役令嬢!!
と、取り巻き令嬢たち!
なんてタイミングのよさ。
悪役令嬢か取り巻きの誰かが、痺れ薬?を入れて、見計らって……
悪役令嬢、こっち来た。
マーメイドドレスではなく、スカートふわふわの豪華なドレスを着ている。超美人で似合ってるし女王のような迫力がある。
「おどきなさい!」
綺麗な声だけど声量が凄くて迫力満点で怖い!
私はどいてしまい、取り巻き令嬢たちに取り押さえられてしまった!
王子様は悪役令嬢の手の中に。
悪役令嬢、こっち睨んできた。凄い怖い……
「あなた、殿下に痺れ薬を盛ったわね!」
痺れ薬! 悪役令嬢がそれを言い出すなんてやっぱり。自分で盛って私に罪をなすりつける気なんだ!
「殿下に近づいたのは、これが目的だったのね。なんて人なの!」
「私じゃありません! あ、あなたが盛ったんでしょう!?」
だって、あなたは悪役令嬢だもんね。本当は良い人でヒロインとかじゃないよね?
「私が入れたですって? 自分で入れておきながら、私に罪をなすりつけるのね。なんて恐ろしい人なの」
全然恐ろしがってない堂々とした態度。
間違いなく悪役令嬢だ。
私は弱気で罪のないモブ令嬢ですわ――――覚醒!
「わ、私は、痺れ薬を入れたりなんかしていません……」
「声が小さいですわよ……そんな声では心に響きませんわ!!」
悪役令嬢がガチギレした!?
こ、怖い! 覚醒しなきゃよかった。
誰か、助けて……
「そ、そうだ、彼女はそんなことは、しない」
王子様、痺れながらも私を庇ってくれました。
「殿下っ、どうして庇うんですの? どうして痺れ薬を入れてないと言えるのです?」
「それは、入れるはずがないからだ」
「なぜ、入れるはずがないんです?」
「それは」
私達は、味噌汁を完成させようと必死ですもんね。
痺れ薬を入れるはずがない。でも、説明するとなると難しい。味噌汁という変った料理を完成させたいから、痺れ薬を入れるはずがない。とか?
「と、とにかく、私と彼女の聖域から出ていってくれ。君だけでなく、全ての令嬢の立ち入りを禁ずる」
とにかくで強引に押し出し、聖域というパワーワードでひるませた。さすが、王子様です……いいのかなこれで? 悪役令嬢達は納得してない様子ですわ。
「くっ、殿下……私はあなたの婚約者ですのよ? その私を差し置いて下級令嬢と料理作りしたり、心配した私を追い出したり。ひどいですわ……」
悲しげな悪役令嬢、いや、婚約者令嬢。
私が勝手に悪役令嬢と思ってるだけでヒロインなのかも。でも、登場のタイミング的に痺れ薬盛った可能性高いし。わかりませんわ。
「すまない。君が婚約者ということは忘れてないよ?」
王子様は悪役令嬢と思ってなさそう。
婚約者ってことは忘れてたっぽいけど。
「料理しか頭になかったんだ。あ、後で話し合おう。今日はすまない、体も痺れているし」
「わかりましたわ……医者を呼びます」
婚約者令嬢、取り巻き令嬢を連れて行った――
「王子様、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫。なんとかね……それにしても修羅場だったな。君は、おれの婚約者が痺れ薬を盛ったって言ったね。本当にそうなのかな?」
「あの人がただの婚約者じゃなく悪役令嬢なら……悪役令嬢の道をつらぬく悪役令嬢なら」
「婚約者が悪役令嬢だったら、おれ達はどうなるのかな? この異世界の元ネタがわからなくて、本来のストーリーがわからないんだ」
「私もわからないんです。ただ、他の令嬢と仲良くなって婚約者とこじれている王子様は、ざまぁ対象ですから気をつけてください」
「ざまぁされるのか、おれは。料理作ってるだけなのに。誤解を解かないとな」
誤解を。
私と仲良く料理してるのは誤解。
私はヒロインじゃないんだ。
出しゃばる気にもなれないし、仕方ないか。
料理は続けたいな……
「しばらく、君と料理するのは止めたほうがいいね?」
「えっ、はい……」
そうなるよね、仕方ないか。
悲しいな。
「そんな顔しないで」
「えっ」
悲しい顔してしまった。
王子様は優しく笑ってる――
「豆の発酵を待つ間に誤解を解いて、また一緒に料理しよう」
「はいっ」
王子様、やっぱり好き!
ヒロインになりたいなぁ――
「殿下! ご無事ですか!?」
医者が来てくれた。
「どうやら、痺れ薬を盛られたらしいんだ」
「なんということ! すぐに治療いたします」
王子様、従者達に運ばれていく。
ついて行きたいけど、婚約者令嬢がいるから遠慮しよう。取り巻き令嬢達の中に入るのもためらう。見守る従者さん達の中に入って見送りましょう。
「もうすぐ、隣国の王子がやって来るという時に」
「殿下の身に、なにもなければいいが」
隣国の王子!?
絶対、王子様になにかありますわぁ。
「あの、隣国の王子様が来るんですか?」
「そうだよ。歓迎パーティーも開かれるんだ」
歓迎パーティー。
隣国の王子と王子様と婚約者令嬢ももちろんいるよね。役者は揃う。私が欠席すればいいかな?
「もしも、パーティーの料理にも痺れ薬なんか盛られたらことだな」
「キッチンの警備を強化しなくては!」
キッチン。その心配もあった。
「キッチンは……王子様の聖域なんです。守ってください!」
「え、聖域?」
「はい!」
「わかった!」
わかってくれてよかった。
後の問題は、王子様の体調の回復と、歓迎パーティー……