テーブルマナーを受けるには
リビング〜
やっぱり。
厳しそうな顔つきの中年女性がソファに座ってる。
やっぱり、嫌な予感通りだ……なんで?
少し年上のイケメン講師とかが異世界の定番じゃないの?
それで、テーブルマナー教わるだけなのに、ナイフとフォーク持つレッスンで手が触れたり顔近づけられたり、こんな距離で優しくされたら困るよぉ、私には王子様がいるのにぃ――みたいになるんじゃないの?
「おかえりなさい、ウタカタリーナ様」
はっ!?
現実を見なきゃ。異世界に転生してもこんな……怖い。
先生の顔つきもだけど、口調もトゲトゲしてる。
「あ、遅くなりまして申し訳ありません」
先生は黙って立ち上がって、こっち来た。
背筋の伸び方、歩き方、全体から、お作法の先生なのがわかる。
目の前に立った。私より背が高くて威圧感が凄い。
髪はアップにして、濃紺の長袖マーメイドドレス着てる。綺麗な人だけど恐い。
「テーブルマナー講師のリーダ•ポプラと申します」
えっと、私の名字なんだっけ?
「……ウタカタリーナです。よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします――」
冷たい感じで言いながら。
先生は私の顔からワンピースまで見下した。
料理用の地味でタイトな仕立ては庶民のよりいいけど、どこにでもあるワンピース。改めて見ると、とても令嬢が着るものじゃない。
「どちらに行っていらしたんです?」
冷たい聞き方。
「ウタカタリーナ、着替えていらっしゃい!」
お母様が悲鳴のように命じてきた。
「はい、お母様」
先生に答えてからにしよう。
「あの、お城に行ってました」
「お城に!? その格好で? メイドの仕事でもしているのかしら?」
私を地の底に落とすかのように見下した目つきと態度。遅刻してきたことへの怒りと下級令嬢への蔑みの気持ちが、にじみ出てる!
「そんなはずは……」
お母様の絶望的な声。
フフ、否定してあげないと。
「王子様と、お料理をしていたんです。動きやすくて汚れてもいいようにこんな格好をしていますの」
「まぁっ! 王子様とお料理!!?」
先生とお母様が同時に叫んだ。
特に、先生の驚きの顔。
フフ、ビックリした? ざまぁだわ。
これが、成り上がりの快感なのね――転生最高だわ!
「ま、まぁ……」
とりすました私の前で、先生も取り乱した態度を正しはじめた。
「お口では、なんとでも言えますわね」
証拠を求めてるのね。
いいですわ。
王子様にもらった手紙、中身は燃やしたけど封筒は残してる。それとポール•ベルーガが作ってくれたドレス。どちらを見せようか。
「こちらに、ついて来てください」
先生とお母様を引き連れて階段をのぼる。
まずは、封筒から見せて少し驚かせてからドレスでトドメをさそう。
「待っていてください」
廊下で待ってもらい、お部屋に急ぐ。
ドレッサーの鍵付きの引き出しから、封筒を取ってと。
封筒の表にはウタカタリーナ•ジュディチェルリ様、私の名字ジュディチェルリっていうんだ。裏にはセレナードと王子様の名前と国の紋章の封印がある。
これなら、間違いなく大丈夫。多分。
「お待たせしました。こちらを見てください」
先生は封筒を受け取ると、厳しい目つきで確認した。
「これは、王子様の名前と紋章……!」
フフ、驚いたわね。
でも、まだ。
「うぬぬ……」
顔を歪めて唸って、信じ切りたくないみたい。
「来てください」
衣装部屋へ。
大事に仕舞っておいたドレスを出して、トルソーに着せる。
いつ見ても、生地もデザインも仕上がりも美しい。
先生のほうを向き、片手でドレスを示す。
どうぞ、ご覧ください――!
「これは……! ポール•ベルーガの仕立てたドレス!? なぜ、ここに」
こんなボロ屋敷に。
そう言いたげに呟きながら、先生は部屋を見回してからドレスを食い入るように見た。
「わかりました。信じましょう」
静かに言ってから、先生は目を閉じた。
そのまま、動かなくなってる。
どうしたんだろう?
「……見えてきましたわ。ウタカタリーナ様、あなたが王子様とお食事している姿が」
「そ、そうですか?」
ドレス効果凄い。
これで、テーブルマナーが受けられそうね。
「あなたは、王子様の新たな婚約者候補なのでしょうね。違いますか?」
「え、えっと、はっきりと言われたわけではありませんけど」
はっきり断言できない。
お母様が、やきもきしているけど仕方ない。
ま、筆頭候補ではあるけどね。
だって、ヒロイン!!
のはずだから!!
えっ!?
先生が目をカッと見開いた!
まさか、覚醒……!?
「あなたに、全てを教えたくなりましたわ。食堂に参りましょう。レッスンを始めます」
「は、はい」
全てって。どんな、どれくらいだろう。
食堂〜
先生はテーブルの上に巨大なトランクを置いて開いた。
お皿、カップ、ナイフ、フォーク、スプーン、大小色々な食器類がベルトで固定されて入ってる。
これ、全部覚えるの?
レッスンは深夜まで続いた――ってやつ?
…………深呼吸して、覚悟を決めよう。
王子様との幸せな料理ルートのためなんだ。
「よろしく、お願いします!」
もう一度、気合いを入れて頼む。
先生も力強く、うなずいてくれた。
「では、椅子にお座りになるところから」
「はい」
先生のお手本を真似て椅子に座ると、やる気と緊張感が増してきた!
「そういえば」
カトラリーの準備をしながら。
先生は冷静に話してる。
なんでしょう?
「ドレスを見て思い出しました。いつぞや、テノールード王子様をお招きしたパーティーで派手に食べている姿を見ましたよ」
見てたんだ。お恥ずかし!
「お行儀のほうはまぁ置いておいて、あんなに動いて大げさな割に食べ方は綺麗でしたわ」
「そうですか!?」
綺麗に食べるのも、おいしそうに見せる技ってどこかで聞いたのよね。食べ方気をつけてよかった。
「ですが、取り皿とスプーン、フォークの選び方使い方はまるでなってなかったですわね」
「申し訳ありません」
そこまで、気が回らなかった。
これから、そこをレッスンしていくのね!
「では、まず、立食パーティーのマナーからにしましょうか? それとも、王子様と二人きりでテーブルでお食事するご予定でもおありかしら?」
フフ、先生の瞳の冷静さのなかにある、どう? そんなことほんとにある? あなたが王子様と? と言いたげな最後の疑い。晴らしてあげましょう。
「はい、実は。明日のお昼、お食事をご一緒しますの」
「まぁっ! 明日、さっそく……」
驚きのあまり、フリーズしてる。
また、私と王子様が食事しているところを想像してるみたい。その想像の百倍は仲良しですわよ。お見せしたいですわぁ。
そのためにも、
「テーブルでのお食事のレッスンから、お願いいたします!」
「わかりました。始めましょう!」
気合いを入れた私と先生。
お母様も加わって、レッスン開始。
まずは、基本的なマナー。カトラリーの並び、スープスプーンでしょ、オードブルナイフとフォーク、フィッシュナイフとフォーク、お肉用、デザート用、家じゃこんなに使わないけど。使い方は、お母様も言っていたとおり身についてる。
「基本は身についていますね」
「ありがとうございます」
「では……明日、どんなお料理を召し上がるか、わかりますかしら?」
「明日のメニューはわかりませんが、今日食べた料理なら」
「まぁっ! 今日もご一緒に!?」
フフ。
「はい。サバノミソニという魚料理と」
「お皿はどんな?」
「はい。こんな白いお皿で」
先生はカトラリーを並べはじめた。
「こんな小さなガラスに入った、オヒタシという野菜料理と」
「ガラスはありませんが、これくらいの器かしら?」
「それくらいです」
小さな器に丁度よさげな、この小さなフォークは何かしら?
「先生、このフォークは?」
「それは、オヒメサマフォークといいます」
オヒメサマフォーク!? 可愛いな。
オヒメサマ……いつか、王子様のお姫様に。
フォークをジッと見つめてしまった私を見る先生が、フッと笑った気がした。お姫様になりたいの? と言いたげな。いや、先生はもう私をお姫様にしようとしてるんだ! やる気がまた湧いてきた。
「それから、スープを飲みました。木の器で」
「まぁ、お城で木の器とは。それは王子様か、どなたかのこだわりかしら?」
「はい。王子様はスープにこだわっているんです。ミソシルという具だくさんのスープです」
「ご一緒に作っているというのね?」
「はい。サバノミソニもオヒタシも。少し前には、カツ丼というものも」
「そういえば、先の戦いの際に、お料理を作って勲章を授与された令嬢がいたとか。あなたでしたの、ウタカタリーナ様」
私の名前を呼ぶ声。
感動のような、敬服したような、今までと明らかに違う響きがあったわ。フフ、先生はもう私の味方。
ね、先生?
嬉しそうに、笑っている。
「あなたにお教えするのが、これからますます楽しみになりましたわ」
なってみせましょう!
王子様の婚約者に!!
お姫様に!!!
……大丈夫? 大丈夫。このままいけば。
でも、油断しないように気をしっかり持たなきゃ。
ナイフとフォークもしっかり持って。
そうだ、先生に、お箸を持ってきてあげよう。箸も国中に広まるかもしれないし。
――レッスンは夜まで続き。
お帰りになった、お父様も加わって先生のレッスンを受けながらディナーを食べて終了した。




