99.責め
馬車がエイヘッドの町を抜け、森の中の道に入る。リエリーは全身に入れていた力を抜いて目を開けた。
もう、ここからは領主城さえ見えない。
馬の蹄の音だけが響く。
ただ一度でよかった、愛する人に抱きしめて欲しかった。そう思った時、涙がぼろぼろとリエリーの頬を伝って落ちた。息を吸うとしゃくりあげた音になり、リエリーは涙がこぼれるままに、声を殺して泣いた。
さようならと言えなかった。
最後に、笑顔で別れたかった。
ああ、でも何もかも今更どうでもいいのだ。どう別れようと、もう永遠に会えないのだから。
アツリュウが猫の刺繍の中に、姫様を入れて欲しいと願ってくれた時、変な意地を張らずに自分の猫を刺繍すれば良かった。そうすればせめてあのハンカチの中では、アツリュウと一緒にいられたのに。
これからは何も考えず王女という人形になって、兄様の側にいればいい…… もう誰でもいい、グイド王であろうと、どこかの知らない人であろうと、ただそこに居ればいいのだろうから。
これでやっと、アツリュウはセウヤ兄様から離れて自由に……私のせいで、責めを負わされることも無く……
責め……
これから先も、自分はずっとセウヤ兄様に責められて生きていくのだろうか。なんて苦しいのだろう、エイヘッドに来て、やっと息が吸えるようになったのに、また苦しみの中で生きていくのだ。
助けてほしい、ああ、リュウヤ兄様がいたら私を助けてくれるかしら?
セウヤ兄様からアツリュウを守ってくれ……
ドクン……と鼓動が大きく鳴った。
身の奥から、ドクドクと激しく鳴る、湧き上がる感情の塊。
「リュウヤ兄様」
その名が、リエリーの口からこぼれ出た。
「止めて……」
リエリーは頬の涙をぬぐった。
「馬車を止めて……」
リエリーは今まで出したことの無い大声で言った。
「馬車を止めなさい!」
御者がリエリーの声に馬車を止めると、しばらくして馬車の扉が開いた。
スオウが馬を降りて「姫君いかがなされたか」と問うた。
「スオウ、セウヤ兄様は私に、責めはアツリュウに負わせるといいました。その責めとはなんですか」
リエリーは馬車を降り、スオウの前に立つと真っすぐに見据えて問うた。
スオウは何も答えず、ただリエリーを見返すだけだった。
「姫君馬車にお戻りを」
「答えなさいスオウ責めとはなんですか」
「命を取る」
スオウは、はっきりと言い切った。ブルーグレーの瞳は真っすぐにこちらを見ている。
スオウの言葉は冗談でもない、大げさでもない。
怒り狂っていたセウヤ兄の顔。泣いて縋っても、彼はリエリーの願いを無視した。
そして兄はやって見せた、リエリーの目の前で、アツリュウを恩赦の戦に出して血だらけにして……
あの時、セウヤ兄様はアツリュウを殺した。
そしてこれからも、アツリュウを殺すのだ、リエリーの目の前で、おまえの責めだと言って。
「リュウヤお兄様なら、そんなこと絶対にしない。妹の最愛の人を目の前で殺すなんてことを……」
リエリーはスオウに投げつけるように、怒りを込めて言った。
「リュウヤお兄様はそんなこと絶対にしない」
スオウが深くうなづいた。
「リュウヤ殿下はけしてそんなことをなさらない」
「スオウ、私をアツリュウの所へ連れて行って」
彼は冷たい目のまま動かなかった。
「なりません。姫君はモーリヒルドへお戻りいただく」
リエリーは大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。もう迷わない。
「スオウ、私を領主城に帰しなさい。これは王女命令です」
ブルーグレーの瞳が驚きに大きくなる。
「あなたは私の剣士です。逆らうことは許しません。スオウ私の命に従いなさい」




