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92/129

92.できないんだ

 エイドドアドの港に着くと、アツリュウ達は馬をひたすら駆って、エイヘッド領主城へ直行した。

 城門を抜けるとオルゴンが待っていた。アツリュウは話しかけてくるのを制して「スオウはどこだ」と短く聞いた。


「スオウ隊長は執務室だ。おいその前に領主館へ行け」

 オルゴンを置いて、アツリュウが足早に執務室に向かっていくと、後ろから肩をつかまれた。


「おい、アツリュウ。まず姫様に会いに行け」

 オルゴンの手を振り払い、彼の顔を見ずに執務室へ突き進んだ、後ろからサンバシの「代行」と心配そうに呼びかける声が聞こえた。


 アツリュウが執務室に入ると、スオウが分隊長達と集まっていた。

「戻った。すぐに作戦を立てる。スオウ襲撃による被害状況と、新しい情報をくれ」


 追いついたオルゴンが、アツリュウを引っ張り、強引に顔を向き合わされた。

「アツリュウ、その前に姫様に会うんだ。領主館の奥方用の部屋にカーリン嬢といるから、今すぐ行ってやれ」


「行かない」

 オルゴンが目を見開いて、おまえ……と口にしたまま動かなくなった。彼を振り払うようにスオウに向き直った。


「おい」

 オルゴンの怒鳴り声が部屋に響いた。


「お前たち、外せ」

 スオウが低い声で分隊長達に指示すると、彼らが部屋から出て行く。閉まった扉を見ると、サンバシだけが、扉の前に立っていた。彼も驚いた顔で、アツリュウを見てくる。


「代行、私もまず王女殿下にお会いするべきだと……」

 サンバシが言い終わらないうちに「だから会わない。すぐにヨンキント様救出の作戦を立てると言っている。始めるぞ!」と怒鳴りつけた。


 アツリュウの顔を見るだけで、スオウもオルゴンも何も返事をしない。苛立ちに拳を握りしめた。


「ヒシダから襲撃の状況を聞いたのだろう? 姫様は人質に取られ、その後賊の首領の膝にのせられて脅された。どれほど恐ろしかったか。それにひどく自分を責めておられる。まず彼女に会って安心させてやれ」

 オルゴンの落ち着いた声に何も返事を返さなかった。


「アツリュウ、彼女を慰めてやれるのはおまえだけだ。婚約者なんだぞ」


「何度も言わせるな、行かない」

「何も言わなくてもいい、ただ顔を見せて抱きしめてやるんだ」


 オルゴンの目を見た瞬間、熱い塊が込み上げて、それを押し込めなければ泣いてしまうと思った。

「俺だってそうしたい……でも……できないんだよ」


 オルゴンの黒い目が、何を言い出すかと驚きを見せるのが分かった。


 目の前の男を納得させるために、アツリュウは誰にも知られたくないことを告げようとしていた、オルゴンを傷つけると分かっていた。


「なあ……オルゴン俺は変なんだよ」


 声が震える。


「俺はずっと、自分の意思で姫様に触らなかった。俺が姫様に相応しくないと思ったから……でも、本当は触らなかったんじゃない……触れないんだ」

 オルゴンが自分を見ている、その目に訴えるようにアツリュウは続けた。


「そのことをずっと、意識に上げないようにしてた。そんなこと無い、絶対無いって必死に自分に言って、考えないようにしてた」


 そのまま次の言葉を繋げるのが苦しくて、唇を噛んだ。誰も何も言わない、静かな部屋で自分の荒い息遣いだけが聞こえた。


「ここに帰ってくるまで、姫様のこと以外何も考えられなかった。怒りで狂いそうなんだ。今すぐ走っていって、抱きしめてやりたい。あの男に触られたところを、俺の手で全部確かめてぬぐい取りたい。抱きしめて、抱きしめて、もう大丈夫だと言って朝まで抱きしめて安心させてやりたい……だけど、できないんだよ、分かってくれよ……たのむから……分かってくれよ……」


「何を……言ってるんだアツリュウ……できないことなんて……」

 オルゴンの言葉に、目を閉じて拳を握りしめた。


「だから、できないと言っているだろう! もし姫様が俺を見て、抱き付いてきた時、俺が飛び跳ねて拒絶したらどれだけ彼女を傷つけるか、そんな思いを絶対にさせたくない。こんな恐ろしい目にあった後で、好きな男に振り払われたら、そんなひどいことがあるか!」


 気持ちを抑えようとするのに、声はどんどんでかくなっていく。


「触ろうとした瞬間に気づいたら、体が拒絶してるんだ。自分じゃどうにもできないんだ。もう駄目なんだ、俺はもう駄目なんだよ、オルゴン分かるだろ、どうしてこんな体になったのか。俺はもう、おまえの望むような……」

 ああ泣きたくない、歯をくいしばる。情けないほど声が震えた。


「父上や、おまえの望む一人前の男にはなれないんだよ……分かってくれよ……俺はもう駄目なんだよ……ごめんな……オルゴン」


 オルゴンの顔が歪んだ。ああ傷つけたんだと分かった。ごめんなともう一度口にしたが声にならなかった。


 スオウを見た、彼は無表情で立っている。その感情を見せない顔に今は救われる気がした。


「姫様をモーリヒルドに帰す。婚約は解消する。俺はもう姫様には一切関わらない」


 オルゴンが、黙ったまま歩いていき、扉を開けた。一度立ち止まったが、振り返らずに執務室を出て行った。 

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