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91.頭の中に見えるもの

 夜が明けて間もない浜辺に潮風が吹く。

 調査に訪れている漁村の2日目の朝、アツリュウは小さな港で、ちょうど水揚げされた魚を、勢い良い手さばきで仕分けしている漁師達を眺めていた。


「黒の集団の手がかりは、何も見つけられませんでしたね」

 サンバシが、彼の足元にすりすりと顔を擦り付けている猫を見ながらいった。そしてとうとう耐えきれなくなったのか、上官と話しているにも関わらず、しゃがんで頭を撫で始めた。


「さすが漁村の猫だけあって、太ってる。いい魚もらってるな!」

 すっかり弛んだ顔で、ナデナデを楽しんでいるサンバシに、アツリュウものんびり返した。


「猫も太るくらいだ。この村は平和で、漁も順調で見入りもいいようだ。賊を隠している気配はないな。大昔は、ここは海賊達の隠れ場所だったらしいぞ」


「へえ、あの爺さんが実は賊の一員で、夜は首をへし折りにくると……」

 サンバシのふざけた言い方に、にこにこ顔で、猫達に小魚を投げてやっている爺さんを見る。


 ふっとアツリュウは笑って「この村の黒の集団の調査は終わりにしよう」と伝えた。

「あとこの村でするのは、狼煙(のろし)台の管理について担当官からの報告を受けて、それから、土砂崩れで使えなくなった山道の状況確認と……」


 アツリュウが次にするべきことをつぶきながら確認していると、サンバシが、何か言いたそうにこちらを見てくる。「どうかしたか?」と声をかけた。


「代行は、領主代行としての役目も、エイヘッド特別隊司令官としての役目も、本当によく動かれて、19歳とは思えない有能ぶりですよね」


「俺が有能? まさか、皆は俺が若くて頼りないと思っているだろう?」

 サンバシが驚いて、手を左右に大きく振った


「何言っているんですか? 代行は俺たちの憧れの存在ですよ。めちゃ強いし、先日の作戦だって代行の計画で賊をおびき寄せるのに成功したんです。最強、かつ優秀、そして情も厚い、言うこと無しの最高の上官です!さらに領主代行としての仕事もどんどんこなす、皆尊敬してますよ。今回の調査も、代行が行くならと、同行希望者すごい数だったんですから」


 ちょっと意外すぎて、何と返せばいいのか迷った。

「俺はいつも自信がなくて……」


「そんなそぶりは全然感じさせない、いいかげんさが、いつも漂ってますけどね。そこも良い所です」

「そんなに褒められると、照れるな」


 エイヘッド特別隊の皆に信頼されていると分かり嬉しかった。これがヨンキント様が言っていた、「外から見る自分」なのだろうか、自分が思っているのと、サンバシの印象は違うのだなと知った。

 

「いや褒めたのかな、俺「いいかげん」て言いましたけど。それにしてもその可愛い少年の笑み振りまくのやめてくださいね。代行に本気で惚れてる奴らの数をこれ以上増やさないで欲しいです」


 気分が一気に下がった。

「可愛い言うなよ、背が低いのはおまえも同じだろ、ヨンキント様も、よく俺に言ってくるけど、可愛いってほんと失礼だよな」


 サンバシはあきれ顔で「背が低いから可愛いって言われると思ってたんですか?」とわざとらしく頭を振った。

「自分を知らないって怖いですよね。その、ヨンキント大神官様だって、あなたのこといつも目で追ってますよ。その可愛い笑顔で、彼も落としてるんじゃないですか? まあ、面白くて観察しているだけかもしれませんけど」


「うーん、俺の方がヨンキント様に落ちたんだよ、大好きなんだよあの方のこと」


 サンバシが深くため息をついた。

「あなたは、自分が周りからどう見えて、どんな印象を与えているのかを、もっとよく知った方がいいと思いますよ。」


「お前もヨンキント様と似たようなこと言うんだな」

「代行にそんなことを……大神官様は、本当に兄のようにあなたを可愛がってるんですね」

「まあな」と自慢げに笑うと、ああまたこの顔だ、とサンバシが肩をすくめた。


「そういえば、俺聞いたことありますよ、南方統括本部ミタツルギ大隊長は弟を溺愛してるって、もしかしてその溺愛されてる弟って代行のことですか?」


「エリュウ兄さんのことか?」

「うっわ、笑顔爆発。いいです、説明しなくても分かりました。大好きなお兄さんだってよく伝わりましたから」

「そうだな、ヨンキント様は、なんかエリュウ兄さんみたいだなとよく感じる。一緒にいると安心する」


 サンバシが、こんどは茶化さずに「そうですか」と頷いてくれた。


「安心する……か。代行のこと、俺は分かってるようで、分かっていなかった。そりゃあ不安ですよね、その年でいきなり領主代行になったんですからね」

 サンバシは珍しく、年上らしく落ち着いた雰囲気を見せた。


「やはりあなたはまだ、19歳なんだ。子供だって言いたいわけじゃないですよ、さっきもお伝えしましたが、これ以上ないほどに上官として有能だという気持ちは変わりません。でも……あなたの背負うものが、あまりに重い。代行の責務に押しつぶされそうになる時もあるでしょう……あなたにはまだ支えとなる者が必要だ。兄のように寄り添って、時に導いてくれる存在が……ヨンキント様もそうですけど」


 サンバシがいつになく優しい顔になった。

「代行……スオウ隊長がエイヘッドに来てくれてよかったですね」


 アツリュウはばっと表情を変えて、食ってかかるように言った。

「あいつの話は今したくない!」


 サンバシが大笑いした。

「そうでした、スオウ隊長から逃げてきたんですもんね。毎晩お疲れ様です」


 でもな……とアツリュウは口のなかでごにょごにょ言って横を向いた。

「あいつのことは頼りにしている。できればずっといて欲しい」


「直接伝えたらいいじゃないですか。でも一緒に寝てる時に言ったらだめですよ、その顔でその台詞はやばいですって」

「一緒に寝ているといういい方はやめろ! 一時的に同室を利用中と言え。あとよく分からない俺の顔の話はいい加減やめろ、叩き切るぞ!」


 にやにやしたサンバシの顔が兵士の表情に変わって、素早く直立した。

「代行、港に警備船が入ってきました。緊急の案件かもしれません」


               ◇◇◇   ◇◇◇


 サンバシが連れて来た兵士を集め、アツリュウ達は船留めでエイヘッド領旗の警備船を迎えた。

 ヒシダ総監が厳しい顔で降りて来た。危急の事態が起きたことはその表情から明らかだった。


「どうした、ヒシダ何があった」

 背の高い彼が、アツリュウの前に立った。しかし彼はすぐには口を開かなかった。

 

「代行、ご報告があります。しかし、まず、私の申し上げることを復唱してください」

 何を、もたついたことを言っているのか、アツリュウは戸惑ったが、ヒシダは無駄なことをいう男ではない、分かったと返事した。


「王女殿下は無事、繰り返して言ってください」

「姫様に何かあったのか!」


「代行、復唱してください」

「……王女殿下は無事」


 アツリュウが、苛立ちとともに復唱すると、ヒシダは落ち着いた声で続けた。


「王女殿下は領主城にいる」

 ぞわぞわとした不快感が背中を這ってくる。姫様になにかあったのだ、不安の中で言われた通りに復唱した。


「報告します。王女殿下は昨日午後六つ時、エイヘッドムネゴトウ館で、黒の集団の襲撃を受けました」

 

 全身の血が一気に恐怖とともに頭に駆け上がって、気が付いたら叫んでいた。

 ヒシダに詰め寄る。


「姫様は、姫様は、無事なのか」アツリュウは口にしてから、さっきヒシダに復唱させられたことが、意識に戻って来た。不安に落ちそうな自分を必死で抑えて、姫様は無事なのだと己に言い聞かせた。

 爪が食い込む程に手を握りしめた。痛みを感じて、少し落ち着いた。


 ヒシダが報告を続けた。

「ピプドゥ人と思われる黒装束の集団が、ムネゴトウ館に侵入。王女殿下を人質に取り、館の者を拘束。その後エイヘッド大神官ヨンキント様を(さら)って逃走し消息は不明。警備兵と交戦しましたが集団の捕縛と追跡には失敗しました」


 アツリュウは、頭の中で作られてしまう映像を唖然として見ていた。

 姫様が人質に取られる(さま)が、ヨンキント様が連れ去られる(さま)がまざまざと映し出される。


「すぐに領主城にお戻りを」

 焦点の合わない人形のようになって、アツリュウは警備船に乗り込んだ。


            ◇◇◇   ◇◇◇


 警備船はエイドドアド港に向かう。船内でさらに詳しい襲撃の状況をヒシダから聞いた。


「ピプドゥの第2王子というのは、どんな人物なんです。ヒシダ総監ご存じですか」

 サンバシの問いに、ヒシダは首を振った。


「ピプドゥでは昨年大きな政変があったそうです。それは私達も耳にしていましたが、詳しい内情はあまり流れてこない」

 アツリュウは頷く。ピプドゥ国の王が殺されて、甥が王位に就いたことは知っていた。だがそれ以上のことに興味を向けていなかったので何も知らない。


「領主城からの知らせによると、第2王子のアーディル・ファサード・バッシャールという男は、父である王と、兄である王太子を焼き殺した。さらに王太子の妊娠中の正妃も死体で見つかり、それも第2王子が殺したとみられているそうです。王位の簒奪(さんだつ)をもくろんだが、王兄の息子が討伐(とうばつ)し、第2王子は死んだことになっているそうです」


 ヒシダの言葉に、サンバシが一体何人殺してるんだと、指を折った。

「腹の赤ん坊も入れたら、4人か。恐ろしい男だな」


「いや5人だ。現ピプドゥ王の父である、殺された王の兄も一緒に焼き殺されたそうだ」

「そんな悪人がエイヘッドに潜伏していたのか……ピプドゥから逃げてきたんでしょうね」


 サンバシとヒシダが話すのを、アツリュウは黙って聞きながら、いったいどうやって彼らがエイヘッドにたどり着いたのか不可思議だった。


 ピプドゥ国は南ルールド帝国よりもさらに遠い。ヒルディルド国に来るには、帝国から出る大型帆船でしか大洋を渡ってこれない。しかし彼らの外見は肌の色や彫の深い顔つきでピプドゥ人とすぐわかる。集団でばれずに船に乗れるとも思えない……


「黒の集団の首領が本当にピプドゥの第2王子だとすれば、彼はヒルディルド国に庇護(ひご)を求めたいのではないか、というのがスオウ隊長の考えです」


「そんな大罪人の肩をもったら、ヒルディルド国とピプドゥ国が戦争になる」

 サンバシの言葉に、「そこなのですが」とヒシダが難しい顔をした。


「南ルールド帝国がどう考えるかは未知数なのです。現ピプドゥ王は王の甥、アディールは第2王子、その王位継承順からみれば、第2王子の方が王位に相応しい。南ルールド帝国は、第2王子が正当な王であると主張して兵を貸す形にすれば、帝国の兵でピプドゥに攻め入る大儀名分ができる」


「うわ、ピプドゥだけでなく、南ルールド帝国も絡んでくる話なんですか!」

 サンバシが驚きの声をあげる。


「第2王子を上手く利用すれば、南ルールド帝国は実質ピプドゥを手に入れることができる。第2王子は自分の利用価値を知っているでしょう。スオウ隊長は、彼は恐らく、ヨンキント様の命と引き換えに、ヒルディルド国の王族との交渉の機会を欲しがるのではないかと読んでいます。南ルールド帝国と友好国であるヒルディルド国を通して、南ルールドに渡りたいのではないでしょうか」


 第2王子の出現で、大国同士の駆け引きに、東の果ての小国ヒルディルドは巻き込まれる可能性があるのだ。あまりに大きな話に身震いするほど恐ろしい。


「それから……ヨンキント様がヨウクウヒ王家の第3王子だと名乗った件だが……」

 アツリュウは、報告に聞いた彼のことを口にだすのは重かった。もし本当だとすればどう受け止めていいのか分からない。


「それについての真偽(しんぎ)は分かりません。ピプドゥの第2王子は初め、王女殿下を連れ去るそぶりを見せていたそうです。しかし、第2王子は彼女がシュロム王女だとは気づかなかった。そこに、ヨンキント様が王子だと名乗り出ることで、自分の方が利用できるとピプドゥの第2王子に思わせたかったのでしょう」


 ヨンキント様は機転をきかせ、ピプドゥの第2王子の興味を自分に惹きつけて、姫様を守ってくれたのだ。そんなことをすれば、自分が連れ去られると分かっていたのに……自ら、姫様の身代わりになった。


 ヨンキント様の優しい顔が脳裏に浮かぶ、アツリュウは彼の無事をただひたすら祈った。


「ヨウクウヒの王様は、全ての神官の最上位に立つ、モーリヒルド大神殿の御柱(おんじゅ)でしょう? あの御柱様は70歳後半です。ヨンキント様が息子なら若過ぎませんか? ええと、王が50歳近くなってできた子ってことになります。ヨウクウヒの第1、第2王子は今50代ですよね、彼らの子供なら分かりますけど、なんでまた、聞いたこともないヨウクウヒの第3王子なんて言ったのか……」


 サンバシの疑問にヒシダが、額に手を当てて、しばらく考え込んでいた。

「もう20年以上前の話だが、私が国軍海兵団にいたときに聞いたことがあった気がする。年齢は分からないが、病弱で外に出たことのないヨウクウヒの第3王子がいて、亡霊王子などと呼ばれていると」


「ヨンキント様なら、突然思い付いて、はったりで言いそうですよね。本物の王子ではなさそう」

 考えこんでいるアツリュウにサンバシが、力なくははっと笑った。そうかもしれない、ヨンキント様なら、そんな嘘ももっともらしくつくかもしれないとうなづいた。


 報告を聞き終え、話すことも尽きて、アツリュウはひたすら船がエイドドアド港に着くのを待った。

 余りの激情に、もはや椅子に座ることもできず、両腕で自分を抱き込んで、船室の(すみ)に座り込んだ。

 

 ヒシダから聞いた襲撃の様子が、止めようもなく鮮明に浮かぶ。頭の中を支配するおぞましい映像をひたすら見続けた。


 姫様が黒装束の男に、後ろから抱き込まれて、首に刃を当てられている。

 湧き上がる怒り、今すぐ殺してやりたい、よくも、俺の姫様に……よくも……


 ぎりぎりと奥歯を噛みしめ、叫び出したい衝動を耐える。


 彼女が、黒装束の男の膝に抱かれている。男の手が震える彼女の髪に触れる……頬に……体に……

 

 がっと、強い力で腕をつかまれた。アツリュウが驚きに顔を上げるとサンバシが目を見開いている。

「だめだ代行、血が出ている」

 サンバシは腕を離してくれない、アツリュウはもっと体を(かき)きむしりたい強い衝動があったが大人しく腕の力を抜いた。

 

 サンバシはそのまま港に着くまで、アツリュウの腕を強く握っていてくれた。


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