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78.怖いままやるんだよ

 遠乗りに行く日は、お茶会の数日後に決まったと知らされて、リエリーとカーリンは驚いて、日にちを何度も確認してしまった。


 スオウ隊長の仕事は早いとカーリンはしきりに感心していた。「お茶会でリエリーを説教してしまったことのお詫びかも、あなたを早く喜ばせてあげようとしてくれたんじゃない?」と言われた。


  乗馬服の準備が間に合わず、彼女に貸してもらうことになった。乗馬靴は大きさが合わないので、カーリンが買いに行こうと街に連れ出してくれた。


 海賊騒ぎで閉まっていた店も徐々に元に戻りつつあるとカーリンが教えてくれた。


 市街警備が街の主要な場所に常駐するようになり、さらに入り江では警備船を展開した大きな訓練がされる様子を見て、市民は噂ばかりでほったらかしだった『海賊騒ぎ』を、やみくもに恐れることが無くなった。


新しく着任した領主代行の海賊対策の効果が出て、少しずつではあるが、エイドドアドの街は活気を取り戻しているそうだ。


 アツリュウは優秀な代行なのだと、この1カ月ほどの滞在で折に触れいろんな場面で知る。リエリーは彼を尊敬する気持ちと同時に、護衛官として兄の後ろにいた時よりも、ずっと遠く手の届かない所にどんどん行ってしまうように感じた。


 カーリンに案内され街の専門店をいくつか覗いた。何もかもが珍しく、興味がある物に吸い込まれるように見入ってしまうリエリーを「はいはい、次はこっち」とカーリンが引っ張っる。楽しくて時があっという間に過ぎた。


 乗馬靴を購入した店でも、モーリヒルドの都では見たことのない靴がたくさん売られていた。目を引いたのは、冬の防寒として使うのであろう、毛皮の付いた靴だった。


「色んな風合いの毛皮があるのですね」

「こちらはタヌキやキツネの毛皮です、それから白いのはリョマリョマ、それからウサギの毛もありますよ」

 リエリーの質問に、店員が毛皮付の靴を棚から降ろして台に並べてくれた。


「リョマリョマの毛皮もあるの?」

 カーリンがすぐに反応した。


「うちの会社では靴用にリョマリョマの毛皮は卸していないけれど、仕入れはどちらから?」

 店員はリョマリョマの毛皮の靴をカーリンに手渡しながら答えた。


「これらは『森の人』が、物々交換として里の者達に渡したものが、当店の仕入れ先に流れてくるのです。数は少ないですが質の良い物ばかりですので、高値で流通しております」


「カーリン、私このリョマリョマの毛皮靴を買います!」


 とても興味が湧いた。この毛皮を研究材料にしたい!


 カーリンが「はあ?」とお決まりの呆れ声を出した。

「リエリーの初めての買い物なのに、結局、獣毛研究のために買うんだね。リエリーの頭の中はリョマリョマのことでいっぱいだ。あなたのお小遣いですからね、どうぞお好きな物を買ってちょうだい。」


                  ◇◇◇    ◇◇◇


 遠乗りを明日に控え、リエリーの心模様(こころもよう)は複雑だった。


 姿を遠くから見ることさえ(あきら)めかけていたアツリュウと、二人で出かけることができる。これから時々お茶も一緒にしてくれると約束してくれた。


 けれどそれは、カーリンとキボネが取り持ってくれた結果だ。「いいですよ」と返事をするアツリュウの表情は「この場で断ることができないから」と仕方なく了承したと伝わってきた。


 カーリンは「リエリーの気持ちをみんなが知ることが大事なの」と励ましてくれた。リエリーが気持ちを口にしたら、オルゴンが良いですねと受け止めてくれて、スオウがあっという間に準備してくれた。


 自分の気持ちを伝えたら、願いが叶ったのだ。こんな体験は長い事なかった。舞い上がるほどに嬉しい。


 でも……自分の気持ちを優先する代わりに、アツリュウの気持ちはどうなるのだろう。


 アツリュウの望まないことを、私の我儘(わがまま)でした結果、セウヤ兄様の怒りに触れて彼が罰せられたらどうしよう。それを考え出すと、兄への恐怖が胸の中でどんどん大きくなっていく。

 

 リエリーは前日の晩に『遠乗りには行けない』とカーリンに告げた。

 彼女は驚きもせず、少し馬鹿にした態度で聞いてきた。


「怖いの?」


 その通りだと思った。

「怖いです、アツリュウにきっと迷惑をかけます」

 カーリンはそうねとそっけなく言って、喧嘩(けんか)を始めるような目で見てくる。


「リエリーは何か新しいことをする時、怖く無くなるまで待つ気なの? 教えてあげる、そんな時はいくら待っても絶対にこない。何かを始める時、怖い気持ちは必ず付いてくるの、怖い気持ちのままやるんだよ」


「でも、彼に迷惑をかけたくないの」


「そうだね、代行に迷惑をかけてリエリーすごく嫌われるかもね。怖いよね。だけどさ、怖くない人なんていないんだよ。私は社長をしているけど、いつでも怖いよ。あの代行だって、たったの19歳で領主の仕事を任されてるんだよ、怖くない訳ない。でも代行はやってる。どうして怖いのにやれるのか、それはたった一つの理由だよ。なんだか分かる?」


 怖いのにそれでもやる理由? 必死で自分に問いかける、それは何?

 カーリンはリエリーが答えを見つける前に、きっぱりと告げた。


「それは自分がやるって決めたから」


 ぐっと迫ってくるカーリンの心はいつも燃えている。どうして彼女はこんなに強いのだろう。


 何も答えられずにいると「そんなに怖いならやめればいい。迷惑をかけて嫌われるのが怖いといって逃げ出しても、だれも困らない」と突き放すように言われた。


「なんかさ、あなたたち二人を見てたらお互い好きなんだろうなって、だから協力してあげたいと思ったよ。でもここまでしてもらっても、逃げるんだね。あっちも逃げるこっちも逃げる。お互い逃げてれば何にも始まらない。あのさあ、リエリーは本当に代行様が好きなの? もしかしたら違うんじゃ無い? 恩赦の戦をしてもらって、好きだと思い込んでるのかもよ。なんか協力するの馬鹿らしくなってきた」

 

 私は寝るよ、リエリー明日もし遠乗りに行くなら勝手に行ってね、私は仕事するから。とカーリンは言ってから、ポンポンとリエリーの肩をたたいた。


「あしたの遠乗りで代行に嫌われたら、私が慰めパーティーを開いてあげるよ。友達はね、上手くいかなかったときは慰め合うんだよ、好きなだけ泣いていいから。家で待ってるから、リエリー何があっても帰って来てね。大丈夫何が起きても死ぬことはないから」


 カーリンにそう言われて、リエリーは明日遠乗りに行こうと決めた。


『モーリヒルドにお帰りなさい、アツリュウ殿から走ってお逃げになりたいのだから』

 ヨンキントに言われた言葉がよみがえる。


「怖い気持ちのままアツリュウに会う。だってあなたから走って逃げたりしたくない」

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