74.自ら招いた一人ぼっち
アツリュウは広間で定例の報告会議をしていた。各責任者が20名程集まり、それぞれから報告を受ける。
7月『家守月』になり、寒冷地であるエイヘッドにも夏が訪れた。
来月収穫を迎える春蒔き大麦も、このままいけば豊作になるだろうとのこと。困窮していた村々の支援も順調に進んで、危急の案件が減ってきている。
買い取った木材で、エイヘッド街に新しい領庁舎を建設する案を話し合った。領主城は手狭で、これから増える文官達の仕事場を城外に作る計画だ。
領地経営として必要と分かっていても、人と金を大きく動かすことに強い不安を感じていた。しかしこの頃はソバ執行官から教わっている財務の知識で、やみくもに不安になることが減った。どこに注視して管理するのかが分かってきたように思う。
不安の替わりに具体的に確認することが増えて、とにかく忙しい。……必死で階段を一段登れば、次の段が待っている。自分が未熟なのは分かっている、けれど必死でしがみついて登っても、頭の上には延々に続く階段が見えるだけだ。
領主代行として目を配らなければならないことは、途切れることなく湧いて来る。それらを処理しながら、「黒の集団」について対策を練り続ける。
頭の中は常に考え事で詰め込まれ、心休まる時間が無い。
必死に働き続けて、そうして心を忙殺していると、姫様から逃げることができた。
こうして代行としてするべきことで時間を埋め尽くしていれば、心の中で好きなだけ姫様を愛おしく想いながら、会わずに生きていくことができる。
そのはずなのに……
午前の定例会議が終わり、午後の予定についてオルゴンが話をしだした。
彼は午後から休みを取るのだという、それからエイヘッド特別隊の正副隊長も同じく休みを取る、何か急ぎの案件は誰それに取り次ぐようにと指示を出した。
オルゴンと、スオウとサンバシが午後から休みを取る?
もしや、姫様の招待状の何かが午後から始まるのか!?
腹がむかむかと不快になる。その感じをアツリュウはここ数日ずっと味わっている。
姫様が何をするのか、サンバシには聞けない、スオウにはもっと聞けない。だって俺は婚約者なんだぞ、俺だけ知らないなんておかしいじゃないか!
どうしても我慢できなくて、キボネにそれとなく探りを入れるのに、あいつは何にも教えてくれない。
「さあ、なんでしょうね……姫様に直接お聞きになったら」としか言わない。
オルゴンとはしばらくまともに口をきいてないから、やはり聞けない。
もしやと思い、ヨンキント様も招かれているのではと会いに行った。
愚かだった、あの人から何か情報を引き出すことなどできるはずがない。結局、ヨンキント様と姫様が楽しく二人で刺繍をした話を聞かされ、アツリュウは一瞬で嫉妬の沼に叩き落された。あらからずっと苦しく沼で溺れている。
ああああ、気になる。みんな姫様と何をするんだ。
どうしてなんだ姫様。俺に会いたいと何度も言ってくれただろう?
俺と二人でお茶を飲みたいと可愛くお願いしてくれただろう?
どうして俺には招待状をくれないんだ。
お茶を飲みたいと言ってくれたあの時の姫様は可愛くて、愛おしくて、胸がぎゅっと握られる心地がした。
姫様が自分からお茶を飲みたいと言ってくれたのだ。自分を殺して何にも望まずに、お祖父様の為だけに生きてきた姫様が、俺にお願い事をしてくれたんだぞ!
それなのに……俺は、断った。
俺は招待されなくて当然のことを姫様にしてきた。それに……招待されたところで、俺は行けるのか?
たぶん……俺はまた断るのだ。そうして彼女をまた傷つけるのだ。
自ら招いた一人ぼっち……
姫様に会いたい、会いたい、会いたい、会いたくて死にそうだ。もう3週間も顔を見ていない。
アツリュウが会議の終わりの声を掛けないので、広間には人が残ってザワザワと雑談していた。早く終わりだと言えばいいのにぐずぐずしていた。この後皆は姫様と何かするんだろかと思うと悔しい。
アツリュウは午後からエイドドアドの要人に会うことになっている。そのために、なんだか知らないがキボネに上等な礼服を着させられ筒着物の長い裾が邪魔で気に入らない。
なんでこんなに着飾らなくちゃいけないんだ、誰に会うのか名前も知らされてない。
「オルゴン、俺は午後から誰と会うんだ、エイドドアドの要人って何者だよ」
不機嫌に聞くと「何の話だ、誰も来ないぞ」とそっけない返事が返ってきた。
なんで? と思って呆けていると、サンバシが近づいてきて「代行会議は終わりでいいですか?お茶会が始まりますよ、行きましょう」と小さな声で囁いた。
お茶会!
遂に謎は解き明かされた、姫様はお茶会を催して皆を招待してるんだ!
サンバシよ、お前は行きましょうと言ったか? 俺が招待されていないなどと夢にも思っていない顔だな。俺はもう哀れな死体なんだよ、お前は楽しいんで来い……俺は屍になって独りでいるから……
待ち顔のサンバシにアツリュウは首を横に振って見せた。勘のいいサンバシはそれで察してくれたようだ。ものすごく済まなそうな顔をした。その同情が今の俺には痛い……
口の形だけで、サンバシが「よばれてないの?」と聞いてきた。目を閉じで、正直にうなづいた。
隠したところですぐばれる。だってお茶会に俺は居ないんだから。
皆がまだ部屋にいるのに机に突っ伏した。
「何だ代行はお茶会に行かないのか?」
それは広間にいる皆に聞こえる声量だった、スオウが何を話し出すのか気になるのだろう、部屋の騒めきが静まった。
直感的にまずいと思った。早く会議を終了させて、皆を外に出さねば……
「少し気になっていたのだが、おまえもしかして、姫様のお茶会に招待されていないのか?」
「あー、待った隊長。それを言っては駄目です」
サンバシが叫んだ。スオウは彼を見ると明らかに不服そうにした。
「私は事実確認をしただけだ」
ここに居るのは非常に優秀な者達だ。
姫様、お茶会、呼ばれていない、この3単語で皆は何が起きているのかを察したに違いない……
「スオウ隊長、駄目ですよ。なんでみんなの前で代行にとどめを刺すんです、この人ほとんど絶命してるのに」
ひそひそ声だがサンバシの声はよく聞こえた。
よろよろと顔を上げて「みんなご苦労。今日の定例会議は終わりだ、解散」と声を絞り出した。
皆がバラバラと部屋を出る中、スオウが近づいて「それでは代行、我々は姫君のお茶会に行ってくる、後を頼む」と声を掛けてきた。
これか、人としていただけない酷いことを言っておいて、本人には自覚がないというスオウの欠点。
弟さん方、こいつまたやらかしましたよ。19歳のいたいけな俺を公開処刑しやがった。
「スオウ隊長あんまりです。後なんか頼んでも、今日の代行は何にもできません。そうだ、スオウ隊長はお茶会なんて興味がなさそうですから、代行に付いていてあげたらどうです。1人は気の毒ですから」
サンバシが、物凄く迷惑な提案をしてきた。嫌だスオウと一緒にいるなんて。
「私は今日のお茶会を楽しみにしていた。だから参加する」
「え?楽しみだったのですか?」
サンバシが驚いて聞いた。アツリュウも意外だった、お茶会とか興味ないように見えるのに。
「私は6年前、姫君の専属護衛官をしていたことがある。あの頃は天使の呼称に相応しく、目に映るだけで心癒されるそれは可憐な少女でいらした。心根も大変優しく清らかで、そのような姫君の護衛を務めることは光栄なことだった」
無表情のままのスオウの口からすらすら出てくる姫様のとの思い出話が、呆然としている俺の心に、断りも無くドカドカと入ってきて気持ちを踏み荒らしていく。
「今は女性として美しく成長なされて、この頃は笑顔も増え喜ばしいことだと感じている。護衛官として見守ってきた姫君が私を招待してくれたのだ。こんな嬉しいことはないだろう? 私は行かせてもらう」
え? なにそれ、俺ちょっともうこれ以上受け入れられないのだけど……
スオウと姫様ってなんか特別に親しかったのか? それも6年前から? どういうこと、天使みたいに可憐とか女性として美しいとか……え? え?
「とどめを刺したあとに、さらに刺した……スオウ隊長は鬼なんですか? 今ここで、自分は王女様と長い付き合いがあるって宣言してどうするつもりなんです。代行はもはや魂が抜けてますよ」
「お前の言っている意味がよく分からないサンバシ。代行は招かれてないなら仕方がないだろう。我々は行こう。ではな代行」
皆が出て行った広間に取り残された。キボネが机の後片付けをてきぱきとしている。
「代行はこれからどこで過ごされますか? 昼食をお持ちします」
「執務室で仕事をする。要人とやらに会わなくていいみたいだから」
「分かりました、では執務室に届けさせます。私はお茶会の給仕がありますので、午後はそちらにいます。何かありましたら別の者を呼んでください。それでは失礼します」
キボネは冷たい視線をちらりと見せて出て行った。




