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73.招待状

 執務室で、アツリュウ達はいつもの話を繰り返していた。


「10月に食料を奪ったとなれば、冬を越すための食糧と見るのが妥当でしょう。『黒の集団』は冬をエイヘッドで越し、そしてまだここに留まっているのか、立ち去ったのか」


 アツリュウの問いに、スオウとサンバシは考える顔のまま答えない。これは幾度(いくど)となく3人でしてきた問いだ。


 昨年10月にこの城を占拠した黒ずくめの集団を『黒の集団』と名付け、対策を考え続けている。


 何のためにエイヘッドに潜伏(せんぷく)しているのか? 彼らの目的が全く見えてこない。


 エイヘッドで反乱を起こし、領地を奪うのであれば、数カ月間の領主不在だった空の領主城を占拠(せんきょ)するのはたやすい。だが彼らは姿を見せていない。


 潜伏していることが目的であれば、このエイヘッドの地は集団が身を隠すには適した地とはいえない。


 なぜなら、陸路の出口は『赤ん坊の首』を通るしかなく、海路は入り江になっていて、外洋に出るには出口はエイドドアド港一つ。


 陸と海のたった2か所を押さえれば、エイヘッド領から出られなくなるのだ。


 広大な面積の領土に比して、人が暮らせる場所が非常に狭い、街道も港も少ない、とても小さな領地なのだ。


「海賊の残党(ざんとう)がどこかに拠点(きょてん)をつくっているのでしょうか?」サンバシが問う。 

 

「海賊の殲滅(せんめつ)作戦があったのは10年前だとヒシダが話していた。10年間なりを潜めていた者達がいきなり現れて城を占拠するだろうか……彼らの手口はどう考えても訓練された兵士集団としか思えない」

 サンバシの疑問への答えも何度も口にした言葉だ。答えが見えない問いを繰り返している。


「兵士集団だと仮定して、どこに属する兵士とみるか……グイド王の意向で動くビャクオムの兵、反旗(はんき)を示すシュロム近衛兵、兵士経験者に訓練された集団、それか……国外から来た兵」


 スオウの仮定以外の兵団は思い付かなかった。


「国外の兵ですか? ハイシャン国の兵が、エイヘッドに潜伏する利点とは何でしょう」

 サンバシの返事にスオウは「ハイシャン国とは限定できない」と低く答えた。


「隣のハイシャンでなかったら、帝国の兵団ですか! 南ルールド? それとも北ルールド?」


「王都から遠く離れ、港も小さい、この北の地を占拠する利点が見えない。ここは攻め(やす)く、守り(がた)い。エイドドアド港を盗ったところで、ミタツルギ家のエンドバードの海軍にすぐ叩かれる。隠れるにも不利、占拠するにも不利、おまけに村々は困窮して食料不足……こんな場所をわざわざ選んで潜伏するのは変ですよ」


 そうアツリュウが問いかけるとスオウが答えた。

「では選ぶことができなかったと想定しよう。何らかの理由でエイヘッドに潜伏するしかない状況にある」


 ここに居るしかない……


「何かから隠れているということですか?」

 スオウに問うが、答えなど彼ももっていないことは分かっていた。


「また彼らは姿を見せると思いますか?」

 ブルーグレーの瞳が鋭く睨んできた。

「代行は向こうから出てくるまで待つおつもりか?」


潜伏拠点(せんぷくきょてん)になりそうな場所の捜索範囲(そうさくはんい)を広げて見ましょう。北東の漁村に調べてみたい場所があります。だが不用意に近づくと、少人数なら返り討ちにあう。だから捜索方法はよく相談したい。彼らの手口は暗殺術のようだ……警護兵の首を折ってくる連中だから油断はできない」

 

 本当に恐ろしい集団を相手にしている。自分は彼らを果たして見つけることができるのか、考えるとアツリュウの気持ちは重くなるばかりだ。


 見つけたとして勝てるのか?強敵を相手にどれほどの損失がでるのか……その責任は自分にあるのだ。


                ◇◇◇    ◇◇◇


 執務室の扉が叩かれ、キボネの声がした。


 彼が入って来て、休憩のための茶をそれぞれの前に並べていく、緊張した気持ちが緩んで、アツリュ何を考えるでもなく、茶から立つ湯気を見ていた。


「お手紙をお預かりしています」

 キボネが表情も変えずにそう言って、スオウとサンバシに手紙らしきものを手渡した。


「は? 俺に手紙ですか。変だな、モーリヒルドからの俺当ての手紙は、部屋に届けてもらってますよ。なんすか? こんな場所で急に」


 サンバシはそう言いながら、封筒から中身を引っ張り出した。彼が手にした物には、遠目にもはっきりと分かる美しい花や葉が色とりどりに描かれていた。相当に手の込んだ、時間をかけて手描きされたものだ。


 二つ折りにされた美しい紙をサンバシが開く、彼の目が驚くほど大きくなった。


「うわ、これ王女殿下からだ!」


 大声で言った瞬間に、サンバシがアツリュウの方を向いて、問うように視線を合わせた。

「これ代行宛ての手紙ではないですか? なんで王女殿下が俺に?」と聞いてきた。


 姫様からの手紙がサンバシに?


 キボネを食い入るように見てしまう。彼は涼しい顔で「サンバシ副隊長宛てで間違いございません」と目も合わせずに言うと、失礼しますと出て行った。


「これは、招待状だ!」

 サンバシが興奮して言うと、またこちらを問うように見てくる。


「代行、私はこのご招待をお受けしてもいいでしょうか? 王女殿下からのお誘いなど大変な光栄ですし、これから先一生無い事だと思いますので、お許しいただけるならば私はぜひ行きたい」


 お誘い? なんの誘いを姫様から受けているんだサンバシ。

 行くってどこに?

 そして、どうしてお前は俺がそれを知っている前提(ぜんてい)で話すんだ。


 アツリュウの心の中は突風が吹き荒れて、なんだ? なんだ? と頭の中は疑問で埋め尽くされる。


 今すぐ立ち上がって、その招待状とやらを奪い中を確認したい衝動(しょうどう)にかられた。しかし、そんな動揺(どうよう)を見せる訳にはいかない。


 『何のことだか分からないからその招待状とやらを見せてくれ』と喉まで出かかるのだが、婚約者としての自尊心が邪魔をしてどうしても言えない。婚約者なのに知らないのですかと聞かれたくない。


 アツリュウは全神経を総動員(そうどういん)して平静を装い、サンバシの目を見ずに「サンバシの好きにしたらいい」と答えたが、明らかに声が震えてしまい、必要も無いのに机の資料を持ち上げて読むふりをした。


「ありがとうございます。代行のお許しが頂けたので私は絶対に参加させてもらいます。どうやってお返事したらいいのかな、キボネに言えばいいのかな。王女殿下に直接お返事できたら最高だな。俺が王女様に話しかける理由ができるなんて……家族に自慢したい」


 サンバシは嬉しいなあと子供みたいに招待状を持ち上げている。アツリュウは中身が見えないかとちらちら目をやったが、美しく描かれた植物や、帝国風の飾り字で書かれた招待状という文字が見えるだけだった。


 サンバシは急に立ち上がると「こんな大切なものは早く部屋に持っていって仕舞いたい、少し席を外します」と執務室を出て行った。


 あんなに喜んで、彼はいったい姫様から何に招待されたというんだ! くそう、サンバシどうして肝心なことを言わないんだ!


 スオウと執務室に二人になった。彼は城の見取り図に書き込まれた『黒の集団』の予想侵入経路を眺めている。

 先ほどキボネから受け取った手紙は彼の目の前の机の上に置かれたままになっていた。


 あれも姫様からの招待状なのか?

 どうしてスオウとサンバシに届いたんだ?


 いったい何人招待されているんだろう、そして最も知りたいのは姫様は『何を?』『どこで?』『何時(いつ)』するつもりなんだ。気になる、気になり過ぎる。


 スオウが早くそれを開けて確認しないかと彼に届いた手紙から目が(そら)らせない。

 いつの間にか、スオウが書類から顔をあげて、アツリュウをじっと見ていることに気づいた、バチリと目が合った。


「代行も気になりますか?」

 低い声が聞いてくる。


 そこには何の感情も含まれてないのに、「これが気になるのか?」「どうしてお前には届いていないのか?」「婚約者なのにどうして姫様はお前にだけくれないのか」と指摘(してき)されているような気分になってくる。


「何も気にならない」早口に返事をした。

「私は気になっています」

「へ?」


「この予想侵入経路が正しいと仮定すると、この侵入カ所の警備兵は殺されています。そして建物に入ったこの地点、ここでも殺されている。しかし他の場所では警備兵達は、気絶させられ縛られている。こうして見取り図で見ると実に合理的だ。『黒の集団』はむやみに殺人をしていない印象が強い。人命を極力奪わない主義なのか、単なる効率の問題なのか分かりませんが、殺人集団という訳ではないですね、あくまでも食料強奪が目的だったのだと分かります」


 意識が『黒の集団』にもどされた。スオウは招待状のことは気にしていないようだ。


「それは私も気になっていました。トリビトリと進めている亡くなった兵士たちの確認で、あの晩の警備兵の数に対して殺された人数は少ないように感じます。彼の話を聞いた時は皆殺しにあったのだと思ったが違う、彼らは兵士全員を殺す必要が無かったということです。」

 不安から、小さく息を吐いて話を続けた。


「むやみに人命を奪わないという善意を感じるよりも、むしろ恐怖感が高まりました。この集団の動きの無駄の無さが、増々兵士集団であることを示しているように感じます。言葉の指示なく、暗闇で思い通りに兵士を動かしている、殺せるのにわざわざ生かしてやる余裕まで見せいる。『黒の集団』統率者とはいったい何者なのか、この人間はおそらく戦場で指揮を経験したことのある者でしょう」


 彼と二人きりであることもあり正直な気持ちを告げた。


「得たいが知れない相手だが、相当頭の切れる奴だと確信しています。俺は(かしこ)くない、切り合いには自信がありますが、頭脳戦だったら勝ち目がないと……自信が無い……」


 彼が優しい返事を返さないことは知っている、それでも冷たい色のブルーグレーの瞳に告白した。


「スオウ、俺は怖くてたまらない。勝てる気がしないんだ」


 彼はしばらく何も言わなかった、けれど視線は()らされなかった。


「俺も怖い、だが私はお前が賢くないとは思っていない。勝てる気はしている」

 スオウは少し興奮してるかのように、瞳孔がほんの(わず)か大きくなった。


「怖いが、面白い。そう思わないかアツリュウ? 剣の相手は強いほどに血が騒ぐ、おまえだって同じだろう? 俺は怖いと思うほどに、高揚(こうよう)してくる。知るほどにゾクゾクしてくる」

 彼は冷たい顔のまま、唇の(はし)を上げて不敵(ふてき)に笑った。

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