71.最高の組み合わせ
ムネゴトウ家に帰って、リエリーはすぐにカーリンに話しかけた。
「楽しみにしていた試験が最後までできなくて残念だったの。それで怒ってしまったのです、ごめんなさい」
たった一言で、カーリンは驚くほどあっさりと、自分の方が悪かったと謝ってくれた。
素直に気持ちを伝えると、相手も素直に気持ちを返してくれることを知った。
「あのね、リエリー。私はすごく短気ですぐに怒ってしまうの。そのことで何度も失敗しているのに、それを直すことができないの」
いつものカーリンらしからぬ弱気な事を言った。
「私はカーリンが、誰に対しても物怖じせずにはっきり物を言うことができて、かっこいいと思います」
「そんな風に言ってくれたら、良いように聞こえるけど、実際は人の話をちゃんと聞かないうちに決めつけて、思い込みで怒って相手を傷つけてしまう。これは私の欠点だよね」
確かに、怒っていきなり作業させないと言われたのはとても悲しかった。
「確かに急に怒るのは嫌ですけど……でも、相手に自分の考えを伝えられるのは、やっぱりすごいと思います。私にはできないです、私はカーリンに決めてもらってばかりですから」
カーリンが「何言ってるの?」と驚きの目にをした。
「リエリーが決めてもらうばっかり? 逆だよ、リエリーは自分で決めたことを絶対やり通そうとするじゃない。ものすごい頑固だよ」
「私は頑固ですか?」
「気づいてないの? 試験は計画通りに順番にやります! とか、仕事の買い物だから自分の物は買わないとか、一度こうするってきめたら、ぜんぜん人の言うこと聞かないもの。すごい頭が固い。でもこれはあなたの良い所でもあるよね、堅実で物事をやり遂げる強い意志がある」
そう言われて自分の言動を振り返ると、確かにその通りかもしれないと思った。
「私達って、最高の組み合わせだと思わない? 新しい事に挑戦する度胸があるけど飽きっぽい私と、急な変更は苦手だけど堅実な計画をたてて、すべきことは最後まで頑固に実行するリエリー。欠点をお互いに補ってるよ!」
カーリンが「私決めたよ!」と満面の笑みを見せた。
「リエリーを私の会社の特別顧問にする。モーリヒルドに帰ってからも手紙をやり取りして新製品の開発には関わってもらうから! よろしくね」
カーリンが握手のための右手を出した。
なんて嬉しいのだろう、『お互いの欠点を補い合う最高の組み合わせ』なんて言ってもらえる相手ができるなんて。
そしてわたしが会社の特別顧問!? 私が何かの役にたてるのかしら!
カーリンの手をギュッと握り返した。
『すごいじゃないかリエリー』
リュウヤ兄様の声が聞こえた。にこにこ笑って頭をすこし乱暴になぜる兄の手を、久しぶりに思い出した。
◇◇◇ ◇◇◇
またカーリンの会社の作業場で獣毛の臭いの研究をする毎日に戻った。
カーリンはとにかく短気でしょっちゅう怒ったり、機嫌を悪くしたりと気持ちの波が激しい人だと分かってきた。
けれど、落ち着いて素直な気持ちを伝えると「頭を冷やしてくる」と外に飛び出していき、帰ってくるとすぐに謝ってくれた。
素直な気持ちを伝えると、カーリンも素直な気持ちを返してくれる。それはヨンキントが教えてくれた魔法だった。
会社の従業員達が『お嬢ちゃんは猛獣使いみたいだね、あの社長を大人しくさせるんだからびっくりだよ』と楽しそうによく笑った。
エイヘッドに来て、安心している自分がいる。
いつ怒鳴られるのかと怯えていた。
ここにはそんな人は一人もいない。
カーリンも、ムネゴトウの皆も、オルゴンも、キボネも、ヨンキントも、スオウも、リエリーの話を最後まで聞いて「分かりましたよ」と返してくれる。
とても幸せだと感じる。こんなに優しい人に囲まれているのに、アツリュウは苦しんでいるとオルゴンは言った。だとしたらやはり、私がアツリュウを苦しめている原因なのだろうか。
私に会うのがそんなにも苦しいのだろうか……どうして……
どうしてアツリュウは私に会ってくれないのだろう?
『どうして?』
その言葉がパチパチと爆ぜるように頭の中を刺激した。
あれ? なんだろう、頭の中がすごく変な感じがする。
『どうして?』と思うことを止められない。
◇◇◇ ◇◇◇
ムネゴトウ家のカーリンの部屋で、夕餉の後いつものようにお茶を頂きながらお喋りをしていた。
リエリーは今、自分の頭の中で起きていることをカーリンに話してみようと決心した。
「カーリン、聞いて欲しいことがあるのです」
カーリンは何でもどうぞ、と相変わらず焼き菓子をぱくぱく食べながら答えた。
「私、長い事『怒る』という気持ちが抜け落ちて人に対して怒ったことがありませんでした。それが最近カーリンと喧嘩して『怒る』の気持ちが私に戻ってきたのです」
「それは良い事だと思うよ。リエリー我慢しすぎだもの」
カーリンはうんうんと首を縦に振った。
「今日、他にも私から抜け落ちていた気持ちがあることに気づいたのです」
彼女のお菓子を食べる手が止まった。目が大きくなってぐっと力強くこちらを見た。
「私……『どうして?』とあまり思わないのだと気づいたのです」
「リエリー、それもっと話してみて!」
「今日私は、どうしてアツリュウは私に会ってくれないのかしらと思ったのです。その時、気づいたのです『どうして』と初めて彼に対して思ったと。今まで会えないと言われても、『仕方がない』とそのまま受け止めていました。理由は考えなかったです」
話すごとに、なんだか頭の中がはっきりしてくる。
「私は、人に何かをしなさいと言われると、やらなければと思うのです。でも、どうしてやらねばならないのか理由を問うことはしてこなかった。何故か『どうして?』が私の中から抜け落ちていたのです。自分に対してどうしてできないのだろうと思うことはよくあります、でも……どうして?と相手に対して思うことは少ないし、ましてや『どうして』と質問するなんてほとんど無いと気づきました」
突然カーリンが抱き着いてきて、びっくりして固まってしまった。
「リエリー嬉しいよ、そしてすごいよ自分で気づいたんだね。そうだよ、『どうして?』って思っていいし相手に聞いていいんだよ。それはリエリーの大切な気持ちだよ」
「一度『どうして?』と思ったら、それを考えるのを止められないの。カーリン、どうしてアツリュウは私に会ってくれないのかしら?」
「そうだよね、私もそれがずーと不思議だよ」
少し言うのがためらわれたが、思い切って今の気持ちを口にした。
「こんなことを言うのは、すごく我儘で、いけない事かもしれないのですけど。私は素直な気持ちを言います。あのね……、私ね……思うのだけど……」
「いいよ、大丈夫リエリー言ってもいいよ」
「会ってお話しすることは、そんなに大変な事ではないと思うの。すごく小さなことで……だから……アツリュウができないのは、なんだか……変……よね。私は1度くらい会ってもらってもいいと思うの……我儘かしら」
カーリンは立ち上がると「そうです、その通りです。代行ははっきり言って変です!」と大きな声を出した。「この前のように、家の人がびっくりして来てしまうから」と慌てて止めた。
「私はすごく感動している。リエリーのその気持ちを絶対に大切にしたい、そうだ!あの馬鹿野郎……失礼しました代行様に「どうして会えないんですか?」と聞きにいこう」
カーリンがわくわくした顔で提案してくれたが、それには良い返事を返せなかった。
「それは無理なのです」
「え? なんでよ、ここまできて遠慮するの?」
「そうではないのです。会えないから、どうして会えないの? と聞くことができないのです」
ああそうかー! とカーリンは悔しそうに目をぎゅっとした。
「どうしてと聞くには会わないといけない、でもそもそも会えないから聞く機会が無いと……なんという難問、これは困ったね」
そう言ったあと彼女は急にふふふっと少し不気味に笑いだした。
「ど、どうしたんですカーリン」
「私たちが最高の組み合わせだと、この前私言ったよね」
なんだか凄みのある言い方にドキドキしつつ、こくりと頷く。
「私達二人で、今度こそあの代行を捕まえる策を練ろう」
「アツリュウを捕まえる?」
カーリンはリエリーに顔を寄せて、ひそひそ声になった。誰も聞いていないのだからそんなことをする必要は無いと思うのに、まさに悪だくみといった様子だ。
「今までの私達は、ただ訪ねて行くだけだった。次は罠をしかけて、向こうから来るように仕向けて捕らえるのよ。何と言っても私たちは最高の組み合わせだからね、知恵を絞ればきっと成功する」
捕らえるという言葉がすごく不穏だ。すぐにはうなづけなかった。
「実はね、私はリエリーとしたいことがあるのよね。兄さんがせっかく買ってくれたドレスをリエリーはまだ着ていないでしょ。だから小さなパーティーをしてドレスを着たらどうかと思っていたの。だからそのパーティーに代行様を招待するのはどうかな?」
ドレスを着てアツリュに見てもらう。想像しただけで胸がふわーっとなって、甘く幸せになった直後に恥ずかしくなった。そして最後に「そんなこと絶対に無理だ」と首を横に激しく振った。
「アツリュウが来てくれるはずありません」
ふふっとまた彼女が不敵な笑みを見せた。
「そこなのよ、リエリー。私たちが策を弄するのはね、あいつがどうしても来たくなるような、または来るしかなくなるような状況をつくるの。ふふふ、見てなさい。絶対に捕まえてやる」
リエリーが賛成していないのにカーリンはもうすっかりその気になっている。彼女を止めるのは難しそうだ。
「アツリュウがどうしても来たくなるような方法なんてあるかしら……」




