68.計画した通りにやりたいのです
リエリーがさらさらと行程表を書いていくのを見て、カーリンは「ヤマブキ先生が弟子にしたいと言った意味が分かるわ」と感心したように言った。
リエリーは書く手を止めて、彼女を見上げ小首をかしげた。
「リエリーってすごいね、私が適当に言ったことを、分かりやすく整理して文章にまとめることができるんだね。こうやって表にしてもらうと、これからするべきことがすごくよく分かる。すごいよ最高の助手だよ」
リエリーがエイヘッドにしばらく滞在できることを知ったカーリンは、リョマリョマ獣毛商の仕事を手伝って欲しいと言う、私なんかにできるかしらと戸惑ったが、カーリンが『新製品の開発』を熱く語っているのを聞いていると、自分もわくわくしてくる。
今までお金を出して物を買った経験もない自分が、商品の開発をするなんて、想像もできないことだ、でもやってみたい。カーリンが一緒なら大丈夫と思えた。
リョマリョマの獣毛は不織布にして、絨毯や天幕にするのが従来品である。しかし防水のため油分を残すと強い獣臭が残ってしまう。
これからリエリーが取り組むのは、大衆向けの製品を作るために、この獣臭を取り除く方法を見つけること。まずはどの洗剤で何回洗浄するのが最適かを調べようと自分から提案した。
「まず5種類の洗剤で試験しようと思います。それぞれ洗浄回数を変えて、不織布の仕上がりと臭いを比べましょう。ですから1つの洗剤に付き、洗浄回数とそれに必要な獣毛と洗剤の量が……」
計算しながら紙に書いていく、するとカーリンがそれだと予算が足りなくなると言った。
計画は良いが、予算に納まるようにしなければ実行できないという。もう一度計画し直してちょうだいと言われてびっくりした。
王女として慎みをもって生活することをもちろん学んできた。散財することが良くないことは知っている。しかし金銭について多いとか少ないとかではなく、王女として相応しいかいなかが重要だった。だから決められた金額の中で、物を買うという感覚が分からない。
必要ならば購入すべきではないのだろうか?
カーリンは笑ってずばりと言った。
「無い物はどこからも出てこないよ、リエリー。よく考えてよ、無いお金はどこからもってくるの?」
お金が無いという感覚が分からないと素直に伝えた。そもそもお金を使ったことが無いのだもの。
「リエリーは最高の助手だけど、財布番にはぜったいにできないって肝に命じとく」
王女様って怖い怖い、お金が無いのが分からないってどういうこと?と震えて見せながらカーリンが笑った。
カーリンに見直しを手伝ってもらい、洗剤の種類を3つに減らした。明日からリョマリョマ獣毛商の作業場に行って、実際に不織布を作るのだ。
何かすることがあるのは有難い、アツリュウのことを考えずに他のことで頭を一杯にしていたい。久しぶりに嬉しい気持ちで床に就いた。
◇◇◇ ◇◇◇
リョマリョマ獣毛商の作業場は、港街のエイドドアドと、森の中のエイヘッドにそれぞれあり、エイヘッドの街に馬車で行く日もあった。
道すがら領主城を眺めることもあり、あすこにアツリュウがいるのだと恋しく想った。けれど彼に会う機会もなく、ただ忙しく商品開発の作業に没頭していると10日間があっという間に過ぎた。
作業に適した質素な服装で、黙々と作業をする自分に、作業場の者達は気さくに声を掛け、気遣ってくれる。たどたどしくしか喋れないのに、皆はとても優しかった。
まさか王女が臭い獣毛を洗うとは想像しないのだろう、カーリンが街で見つけて来たどこかの平民の娘だと思われているようだった。
獣毛の臭い取りの研究はパズルのようだった。
洗う回数を増やせば臭いは減る、けれど洗剤量は増えてお金が掛かる、洗いすぎると不織布の質も落ちる。臭い、洗剤種類、洗浄回数、品質、そしてお金、それらを全て考慮して、一番良い組み合わせを探すの簡単に正解のでない仕事だった。
せっかくいい物に近づいても、カーリンの「原価が高くなりすぎて商品化できない」という言葉に、何度もがっかりさせられた。
なかなかいい結果は出なかったが、毎日とても楽しかった。自分が計画した通りに順番に物事を進めていくのが心地よかった。
お祖父様に指示されて、様々に200年祭の準備をした。あの時は苦痛だと思っていたのに、同じような綿密に計画を立てていく作業でも楽しく感じることが不思議だった。
ある日、ちっとも取れない臭いにがっかりしていると、作業場の年配の女性が「良い香りを足してみたら」と提案してくれた。カーリンに話すと香料を入れてみようと話がすぐに決まった。
◇◇◇ ◇◇◇
「リエリーこの香水いい香り、自分用に1つ買ったらいいよ」
「カーリン今日は獣毛に使う香料を探しにきたのですよ、自分の買い物ではありません」
エイドドアドの街で香料を扱うお店を訪れていた。綺麗な瓶にリボンが掛かった香水もたくさん並んでいた。とても綺麗で見ているだけで楽しめそうだったが、それは今日の目的と違うのだから楽しんではいけないと思った。
「でも、リエリーの記念すべき初めての買い物だよ、何か自分に買ってみなよ。領主代行様から王女殿下のお小遣いですってお金も預っているのに、リエリー全く使ってないでしょ」
「カーリン私の買い物は必要ありません。さあ店主に香料について聞いてみましょう」
にこやかだったカーリンの顔が急に不機嫌になった。
「リエリーって頭が固いよね、つまらないな」
ぶっきらぼうに言って、香水のことはもう勧めてこなかった。そのまま二人で店主の話を聞いて、良さそうな香料を買った。
その後、洗浄後に香料を入れる計画を練っていると、カーリンが香料をいれるのはやっぱりやめようと言い出した。
新しい行程表ができあがりそうだったので、どうしてそんなことを言うのか、気分が悪いなと感じた。この工程表を完成させてしまいたかった。
「考えてみたんだけどさ、いい匂いを付けたところで、製品を洗ってしまったら香料は取れてしまうじゃない。絨毯とかならめったに洗わないけれど、新製品はショールとかひざ掛けとかなんだから、洗うでしょ」
「そんな、今さらそんなことを言われても……私は計画をたててしまいまいた」
「え? 計画変更すればいいだけのことでしょ」
そのカーリンの一言にとても気分が悪くなるのがはっきりと分かった。計画を立てたことを途中でやめることに強い抵抗感がある。
決めたことは最後までやりきらなければならない。このもやもやした感じをどうしたらカーリンは分かってくれるだろうか。
言葉を探していると、カーリンはさらにリエリーを困惑させることを言った。
「香料はもういいよ、それよりさ、着色するってのはどう? 今までの製品は軍用だったから、機能重視で見た目は二の次だったけど、日用品なら鮮やかな色が付いていた方がいいと思うのよ、そちらの試作もしていきたいのよね」
リエリーの中で何かが溢れてしまった。これ以上新しいことが、どうやっても頭の中に入らない。
「そんなの、今できません。カーリンが言うから、洗剤の試験も途中なのに、香料の試験に我慢して切り替えたんです。それなのに、こんどは着色するなんて、順番通りにやるのができなくなります」
「なによ、リエリー怒ってるの?」
私は今怒っているのだろうか?
「違います、怒っていません。私は順番通りにしたほうがいいと言っています」
カーリンはあっという間に機嫌を悪くして「なによ」と怒った。
「じゃあ、着色の試作するのは良くないっていいたいの?」
リエリーは首を振った、そうではない、自分が言いたいのは計画通りで無いと言いたいのだ。
「着色の試作もしてみたいです。でもその前に、洗剤の試験を終えて、次に香料の試験をして、それから着色の試作を順番に、計画をたててするんです!」
大きな声でカーリンに言うと、彼女がムッとしたのが分かった。どうして分かってくれないのか苛々としてきた。
「何その偉そうな言い方。リエリーなんて獣毛に触ってまだ2週間のくせに、2年もこの仕事をしている社長の私に指図するの?」
ひどい言いようだった、指図なんてするわけがない。カーリンの方が獣毛について知っていることは百も承知だ。彼女を尊敬しているのに、どうして伝わらないのだろう。
「指図なんてしていません。ただ計画した順番通りに最後までしないといけないんです」
あーうるさい、とカーリンが言った。
「順番って何? リエリーどうしてそんなに頭が固いの? 順番なんてどうだっていいじゃん。良いと思えばする、良く無ければ止める、それだけのことでしょ」
順番なんてどうでもいいと言った? だってお祖父様が示した手順通りにしないと、200年祭ができなくなるからって、一つも間違えてはいけなくて、だから計画したことはちゃんとやらないといけなくて……
「ちょっと根を詰めて仕事をやり過ぎたんじゃないの? もういいよ、手伝ってくれなくても。しばらく休んでくれる? 明日は作業場に来ないで」
カーリンは作業場をどしどしと足を踏み鳴らして歩いて行くと、出ていってしまった。
そんな! 明日から作業できないの?
綿密に組まれた頭の中の計画が、たった今停止させられた。恐怖に似た衝撃を受けた。
計画した順番通りにできない……
カーリンひどい、社長だからって一方的すぎる。わっと熱いものが腹から頭に駆け上がってきた。
「カーリンの……」
幼い頃に覚えた、幼児の喧嘩の文句「ばか」と口に出そうとした自分に心底驚いた。
私カーリンに怒ってるんだ。




