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61.売られた喧嘩は買う女

 カーリン達が領主城に戻ると、城前広場は兵士で埋め尽くされていた、どう考えても物凄い大事(おおごと)になっていることが分かった。


 港の封鎖(ふうさ)が……という声が聞こえて来た時、兄の魂はほとんど抜けたみたいになった。


 広場に降ろされた、兵士達が集められ整列していく。代行はこちらに声も掛けずに、隊長らしき兵士と話を始めた。

 

 カーリンがここからどうすればいいのか分からず、リエリーと二人立っていると、オルゴン補佐官が駆けて来た。唯一彼だけが「ご無事でなによりです」と優しい顔を見せてくれた。


 背の高い鋭い目つきの、でも顔立ちはすこぶる良い隊長らしき男が近づいてきて、カーリンの顔をまじまじと見た。なんだ失礼なと(にら)み返してやると、彼の口元が少し笑ったように見えた。

 

 低いいい声で隊長のスオウだと名乗った後「ムネゴトウのご令嬢、お話しを聞かせて頂く、姫君とタクマ―殿もこちらへ」と手招きした。


「あなたが私達の話を聞くのですか?」

 カーリンの問いかけに、スオウ隊長が「はい」と答えるのを聞いた瞬間、猛烈(もうれつ)に腹がっ立った。


「私達は代行様にお話しがあります」

 意外にも彼は「よろしいですよ」と返し、「代行こちらに来てください」と大きな声で呼んでくれた。


 代行が不機嫌な顔でやって来て、スオウ隊長の隣に立った。

「お話しがあるそうです代行」

「話はスオウ隊長が聞いてくれ、さっきそう頼んだはずだ」


 自分の眉間にしわが寄るのが分かった。

 この野郎また逃げるつもりだなそうはさせない。 


 カーリンはリエリーの手を握って、ぐいっと引っ張り代行の前に立たせた。

「リエリーから代行様にお話しがあります。今ここで聞いてください」


 代行はムッとした顔になったが、その場から立ち去ろうとはしなかった。

 スオウ隊長と呼ばれた人は会釈して離れたが、その彼に行かないでくれと、視線を向ける代行が増々気に食わない。


 リエリーは代行を見詰めている。彼女の緊張が伝わってくる。「がんばってリエリー」と伝えるためにカーリンは彼女の手をぎゅっと握ってあげた。


「話とはなんですか?私は兵士に指示を出さねばならないのです」


 負けないでリエリー、言うのよ。


「あ、あのアツリュウ、今日はごめんなさい。とても心配させました」

 代行が息を深く吐き出した。彼のすこし不機嫌な顔が緩んで、無表情と呼べるくらいになった。


「こちらも、姫様が残してくれた手紙を見つけるのに手間取ってしまいました。あなたは無事だったそれだけでもういいんです。今日のことは気にしないでください」


「私は明日帰ります。今日までありがとうございました、アツリュウどうか気を付けてください」

 そこでリエリーの言葉は途切れ、長い沈黙が続いた。


 二人は見詰め合って時が止まったように動かない。


 さっきまでの冷たさが嘘みたいに、彼は切なげにリエリーを見詰めて、それを一身に受け止めて見詰め返す彼女。


 二人だけの世界が突然始まっている……のか?


 あれ? これがリエリーが言っていた優しく見てくれるっていう……ダメダメ、しっかりするのよリエリーこんなんで満足したら駄目だってば。


「リエリーからお願いがあるそうです代行様」

 カーリンの声に代はハッとして、また厳しい顔つきに戻って口をぐっと結んだ。


 リエリーが怯えたような顔をしてこちらを見たけれど、がんばれと口の形で伝えると、うんと頷いた。


「あの……帰る前に、私はアツリュウと……お、お」

 リエリー言える、きっと言えるよ、もう少し。


「お、お茶を飲みたい……です」


 代行は、目をあけたまま意識が少し飛んでるみたいになった。しばらくして瞬きすると「お茶?」と聞き返した。


「はい、アツリュウとお茶を飲みたいです」


 リエリーはちゃんと伝えることができた。声はしっかりしていて、後ろで控えている隊長さんにもオルゴンさんにも届いたはずだ、みんな聞こえたでしょ、この健気なお願いを叶えてやって。


 代行は口に手を当ててうつむいた。思い悩んでいるように見える。おい、こんなささやかなお願いに何で悩むんだ。


「分かりました、では今日のことについてお話を聞かねばなりません、その時にお茶を出します。スオウに任せるつもりでしたが私も同席します、それでよろしいか?」


 リエリーの瞳が揺れた。今この瞬間に、彼女が傷ついたことが明らかに分かった。それなのに彼女はそれを隠すようにして「はい」と返事をした。


 そんなことではないと、代行は分かっていたはずだ。二人でお茶を飲みたいとリエリーが願っていることが、伝わらなかったはずがない……

 冷たい水を背中から浴びた気分だ。


「そ、それでは、あの……」

 泣きたいくらいだろうに、そんな顔を見せずにリエリーはポケットから絹の袋を出した。


「これを、受け取ってほしいのです、私が作りました。もうすごく過ぎてしまったけれどお誕生日の……」

「いえ、そういうものは受け取れません。私にお気遣いされることはおやめください。私はただの一兵士なのですから」


 代行は最後までリエリーに言わせなかった。

 お辞儀をすると「それではこちらへ」と彼は背を向けて歩き出した。


 スオウ隊長もオルゴン補佐官もちょっと言葉を無くした感じで代行を目で追っている、その間を代行はすたすたと歩いて去っていく。


 見るとリエリーが袋を差し出した手のまま固まっていた。彼女の瞳がみるみる潤んでいく、それを見た瞬間に頭の中で何かがプツリと切れた。


 あんた、このカーリン様を本気で怒らせたね。


「ちょっと待てい!だいこうー」


 カーリンのどでかい声が広場に響き渡り、がやがやしていた兵士達をも一瞬で黙らせた。


 この場にいる者達の視線が一斉に自分に向けられたことが分かった。そして、ピタリと立ち止まった代行が、振り返り怪訝(けげん)な顔を向ける。


 息をぐうーっと深く吸い込んだ。足を開いて、口周りに両手をかざした。


「みなさーん、きいてくださーい。リエリー様は妊娠してまーす。お腹の中に、代行様とのあかちゃんがいまーす。だから船旅なんて体にさわりまーす。明日帰るなんてで・き・ま・せーん」


 我ながらどでかい声が出た、会心の叫び声が響き渡った。


 その直後、ばっとその場にいる者の全ての視線が代行へと移った。

 誰も何も声を出さない、食い入るように代行は皆の視線を一心に受ける。


「え?」


 長い間をおいて間抜けな声で代行が言った。そのまま呆けた顔で立ったまま動かない。


 オルゴン補佐官が近づいてきて、リエリーの前に立つと丁寧なお辞儀をした。

「姫様、お尋ねしますことお許しください。今この者が言ったことは本当ですか?」

 落ち着いた優しい口調で彼が聞いた。


「あの、あの、私は……、よく……分かりません」


 リエリーは戸惑いを見せながらも大きな声ではっきりとそう言った。静まりかえった中で、皆にもその声は良く届いた。彼女がそう言った直後に、兵士達にざわめきが起こった。


「分からないって言ったぞ」

「否定してないよな、分からないってことは可能性があるってことだろ」

「やっぱ代行ほらあれだろ、例の……あれあれ純愛の剣士とかいう……」


 ざわざわざわざと兵士が口々にいろんなことを言うのが断片的に聞こえてくる。

 カーリンは勝利の笑みを浮かべた。

 リエリーがどう答えても上手くやってやろうと思ってたけど「分からない」は最高の返しをしてくれた。


 いい感じだ。代行よさあどう出る? 私は受けて立つ。


 オルゴン補佐官は「ふうむどうしたものか」と呟いて、スオウ隊長に目をやった。

「こういう話になれば、明日帰すというのは難しいですね」


 冷静な口調の彼にオルゴン補佐官が頷く。

「姫様、まず今日のところはお体を休めましょう。明日医者を呼びますので診て頂きます、モーリヒルドにお帰りになるのは医者の意見をよく聞いてから決めましょう。よろしいでしょうか?」


 彼の問いに、リエリーは何か答えようとしているが、混乱しているようで、あの、あのとしか言わない。

 

 オルゴン補佐官に促されて、リエリーは城へと歩き出す。カーリンが手を繋いだまま一緒に行こうとすると、後ろからすごい力で引っ張られ、リエリーの手を放すしかなかった。


 見たことも無い眉毛の形をした兄がいた。

 カーリンはそのまますごい力で抱えられるように、引きずられて代行の前まで連れて行かれた。


「もうしわけございません。妹がとりかえしのつかないことをしてしまいました」


 兄は頭をつかんでくると、ねじ伏せるように膝を付かせ、二人で土下座する形を取らされた。

 カーリンが見上げると、代行はさっきと同じ顔のまま呆けている。


 すぐに兄に頭を抑えつけられ地面に額をつけさせられた。

「まあまあ、そう手荒になさるものではありません」

 やわらかな声が上からして、抱きかかえられるように身を起こされた。この声はヨンキント様。


 呆然としたまま固まっている代行は、なにも目に入っていない様子だ。

 背の高いヨンキント様が体をかがめて代行様の目を覗き込む「アツリュウ殿」と声を掛けられると、代行ははっと意識を取り戻したように息を吸った。


「ヨンキント様、どうしよう」


 代行は明らかに取り乱して、幼い少年にもどったようにヨンキント様の腕を両手で(つか)んだ。


 リエリーがオルゴン補佐官に連れられて行く後ろ姿が見えた。入れ違いに、髪の短い代行と同じくらいの体格の上官らしい制服の兵士がこちらに走って来る。


「代行お取込みのところすみませんが、ちょっと来ていただけますか? エイドドアド市長が代行に会わせろとすごい剣幕なんです。対応している兵士ではもう限界で……」


 彼にそう言われても代行はヨンキント様に(すが)るようにくっついている。

「ヨンキント様教えてくれ、妊娠しているか検査する時、医者は何をするんだ。彼女はどこか触られるのか?」


 代行が必死な感じで彼に問いかける。髪の短い兵士が「え! 気にするとこそこ?」と呆れて突っ込んだ。


「いやー私は神官ですから、そういうことは(うと)くて……でもお医者様ですよ、そんな心配しなくても」

 代行は首をぶるぶる振った。嫌だそんな……と小さい声だけれどちゃんと聞こえた。


「すげえ、医者でも見せたくないんだ。すごい独占欲だな。俺はてっきりこの姉ちゃんの冗談だと思って笑って聞いてたけど、これはマジか、王女様は本当に妊娠してるんだな」


 いやしてないよ、この男はまだ手も握ってない。とカーリンは心の中で代行の潔白を(つぶや)いてやった。


「あーそれなら、すごいお年を召したお爺さんのような医者に診てもらったら?」

 ヨンキント様が笑いを(こら)えながらそう言ったが、代行はなんか苦しそうにもだえる。きっと何か想像しているのだろう。


「あ! エイドドアドの女神神殿に、確か医師でもある女性神官がおりますよ」

 ヨンキント様がそう告げると、兄が「代行様」と大きな声をあげた。


「このタクマ―、その女性医師をぜったいに連れて参りますのでご安心ください。何に代えましても私が絶対に連れて参ります!」

「ありがとうタクマ―殿」


 代行は情けない顔で兄の手をとった。代行をこんな顔にしてやったことに気が晴ればれとしてくる。そしてリエリーは明日帰らなくてもよくなった。


 私の勝ちだな代行よ、私は売られた喧嘩(けんか)は買う覚えておけ。ふんっと鼻で笑ってやった。

 

 とうとうヨンキント様が堪えていたのを止められないと言った風に、笑いだした。

「じゃあ代行はもらっていきます」

 そう言って髪の短い兵士は後ろから代行を抱えると、ずるずると引きずっていく。代行はされるがままに、半分呆けた感じで引きずられていった。


 しばらく体を二つに折って笑い続けていたヨンキント様が、ようやく落ち着いてこちらを見た。


「カーリン殿、見事リエリー様をエイヘッドに引き留めた。あなたはなかなかの策士(さくし)ですね。この北の地で終わるにはもったいない人物だ。あなた中央で力を試したいとは思いませんか?私は皆さんご存じの通りの上級神官ですからね、あなたが望めば口をきいてあげますよ。都に出たくなったら声をかけてください。では」

 カーリンが返事をする間もなくヨンキント様は去っていった。


「もう俺は、絶対に激痩(げきや)せする。寝られなくなる、お兄ちゃんをどこまでいたぶるんだようおまえは。怖い怖いよ女はこわいよー」


「ではこちらへ」すこぶるいい低い声が聞こえて、見るとスオウ隊長が立っていた、この人はどうやらさっきからずっとここで自分を見張っていたようだ、鋭い視線で待っている。カーリンは泣き出した兄の手を引いて今日しでかしたことの取り調べを受けるため城に歩き出した。


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