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49.あなたは虎のようだ

「代行様、別室に夕食を用意させましたのでよろしかったらどうぞ。昼から何も召し上がっていないとお聞きしましたので」 


 カーリンは、王女様を見詰めたまま動かない代行様に声を掛けた。

 彼は「いりません」と短く答えた後、カーリンに振り返り「お気遣いありがとう」と頭を下げた。


 ヤマブキ教授の話を改めて聞いたが、何故リエリー姫様が一人で来たのかはまるで分からなかった。明日彼女が目を覚ましたら、本人に聞くしかない。


 オルゴン補佐官から、王女様を今夜はこの館で休ませて欲しいと依頼され、カーリンは「もちろんです」と快諾(かいだく)した。彼は「警護兵を館に配置するために、一度領主城に戻ります」と帰って行った。


 代行様は寝台の横に置いた椅子に座ったまま、もう長い事リエリー姫様を見詰めたまま動かない。その顔は悲痛で、こっちまで苦しくなる。「心配だ、心配だ、姫様のことが心配だ」という彼の心の声がだだもれに聞こえてくるようだ。

 

 これが……王女様と純愛の剣士様か……演劇の一幕を見せられているようだ。


 熱烈(ねつれつ)だな、二人想い合って……リエリー姫様可哀想に、あんなに会いたがっていた人が目の前にいるのに寝ているなんて。お薬が効いているから、きっと朝まで起きれないよね……


 カーリンがせめて二人きりにしてあげたいと思い、部屋から去ろうとすると、代行様が急に立ち上がった。


「お待ちください。ムネゴトウ家のご息女、お礼を申し上げるのが本当に遅くなってしまい……」

 彼はまるで剣士が忠誠を誓うかの如く、カーリンの前に膝を付いた。

「あなたのお陰で、姫様は助かりました。心から感謝します」


 礼の形をとって頭を垂れる彼を前に、カーリンは焦った。

「だ、代行様そんな大げさな、顔をあげてください。その、私は困っている人を助けただけで、そんなことは誰でもすることです。たまたま王女様だっただけで、その大したことではないのです」


 彼は顔を上げた「お願いしますから立ってください」とカーリンが頼むとようやく立ち上がってくれた。


「あなたは、とても心優しい方のようだ。今日あなたが、姫様の所に偶然居合わせてくれたことは、本当に幸運だった」


 「ありがとう」と告げる彼の目に、心からの感謝が見える。それに話し方も、代行様らしくなく丁寧で、好感がもてた。良いのは顔だけではないようだ、ふむ、これは私にとって絶好の機会なのでは? 


「偶然と申しますか……私が今日あの場所に居りましたのは、是非とも代行様にお会いしたかったからでございます」


 彼はおや?とカーリンにしっかりと視線を合わせたが何も答えなかった。表情は変わらなかったが、明らかに警戒された気がした。


「あの、お話しを聞いて頂けますでしょうか?」


 彼はリエリー姫様の近くに置かれた椅子を、部屋の中央に持ってきて座ると、どうぞと手で促した。

カーリンも、彼の前に椅子を置いて向き合って座った。どうやら聞いてくれるようだ。


「代行様はリョマリョマという動物を御存知(ごぞんじ)ですか?」


「リョマ? あの軍の天幕などに使われる獣毛のですか? 動物そのものは見たことはないですが、リョマの製品なら知っています。私はシュロム近衛兵士なので天幕などを使ったことはある」


「そうです、そのリョマリョマです。私はエイヘッド『リョマリョマ獣毛商』の社長をしているのです」


「あなたが社長?」

 カーリンは馴染みの反応に微笑んだ。彼女が社長だと名乗ると皆驚く。


「失礼ですが、あなたの御年齢をお聞きしてもよろしいか?」

「私は今年19歳です。社長になったのは昨年です」


「あなたは私と同い年だ。すごいな、女性で18歳で社長になられたのか」

「代行様も19歳で領主様のお仕事をなさるのでしょう? すごいことです」


 同い年と聞いて好感度が増した。気さくな物言いが話しやすく、思わず代行様に向かって「すごい」などと言ってしまったが、彼は気にしていないようだ。


「私の場合は成り行きで……べつに努力をしてなった訳ではない。あなたはどうやって社長になったのだ」

 彼は自分の話に興味をもってくれている、よしよし話に乗ってきたぞ。


「私の家、ムネゴトウ商会はありとあらゆるものを扱っています。特に大きな取引は『油』『製粉』『砂糖』そして『材木』などございます。ムネゴトウ家の一族の者は18歳になると、大なり小なり何かしらの事業を任されるのです。18歳から己の商才を一族に示して認めてもらう試験がはじまるのです」


「それで、あなたが任されたのが獣毛商ということか?」

 カーリンはにやりと笑った。


「それは男たちの話です。私は女ですから、その試験には参加させてもらえません」

「そうなのか……ではどうしてあなたは社長なのだ」

 

 こちらが思った通りの質問を彼がする。良い感じで話しは進んでいるぞと自分を励まし話を続ける。


「勝ち取ったのでございます。女でも、男と同じように商いをする機会をよこせと、父に認めさせました。なぜなら」

 ここからだ、ここで代行様を説得する!


「私はエイヘッドでしか取れない、このリョマリョマの毛を絶やしたくないという強い願いがあるからです! リョマリョマの製品はエイヘッドでしか作られていません。ヒルディルド国で唯一の場所、言い方を変えれば、リョマリョマの毛は世界で唯一エイヘッドにしかないのです」


 カーリンはぐぐぐっと力を入れて、代行様を見る。


「私はリョマリョマの製品に誇りをもっています。エイヘッドの伝統ある産業を守っているという自負がございます。しかし……今、少しばかり問題を抱えております」


 そこでカーリンは言葉を区切り、しばらく黙った。相手からそれは何ですか?と問われるのを待ったが、残念ながら彼は何も言わない。しばし二人の間に沈黙が流れた。意外にこの代行様は手強いかもしれない。


「実は、資金繰りが思わしくありません。代行様もご存じと思いますが、エイドドアドの港の関係で流通が(とどこお)っているのも一因です」


 カーリンは問題の一番の原因は言わず、港のことだけを告げた。

 彼は静かに聞いている。この話に興味を持っているのかは表情からは読み取れない。


「代行様がいらして、港の問題をいずれは解決してくださると信じております。しかし、それまでの間、少しばかり資金の援助をしていただきたいのです」


 カーリンは本題を思い切って告げた。さて反応はどうだろう?探るように彼を観察した。


「あなたは、陳情受付でその話を伝えたのか?」


「はい、昨日申請しまして、2か月後に面会できる旨ご返事いただきました。しかし、2か月後では遅いのです。なんとかご検討ねがえませんか?」


「私には、その2か月後を(くつがえ)すことはできないな」

 彼は冷静な声で、残念な返事を返してきた。


「どうしてですか?」


「私がここに領主代行として着任してから、するべきことは連日どんどん増えていく。目の前に山のように積み上げられていくんだ」

 それは分かる気がした。カーリンは頷いた。


「しかし、私は経験のない19歳だ。今は部下を信用し、彼らが並べてくれた優先順位に従って、一つずつ仕事をしている。あなたが話した獣毛がエイヘッドにとってどれほど重要かは、今の私には正直分からない。だが、私の部下はそれを2か月後の山の下の方に置いたのだ。私がその山の下から、あなたの要望を引っ張り出せば……仕事の山は崩れてしまう。絶対に後回しにしてはいけない危急(ききゅう)の仕事が、埋もれてしまうかもしれない」


 私の言っていることが分かるかな、と彼は優しい口調で聞いてきた。不本意ながら頷くしかなかった。


「だから、あなたの願いを私の一存で決めて、金を出すことはできない。他の者と同じ手順で申請してほしい。あなたの希望を叶えられず心苦しいのだが……どうだろう、納得してもらえるか?」


 とても誠意のある返事だと思った。この方は真剣に私の話を聞き、自分の立場を飾らずに正直に見せて、理由までしっかり告げて断った。


 顔も中身もなかな良い男だということは分かったが、今重要なのはそこではなく、ここからどうやって切り返すかだ……うーん、この代行様を動かす何か良い言い方はないだろうか……


「おもしろいなあ」


 カーリンがどう話を続けようか考えていると、彼がそう言った。意味が分からず目をぱちぱちしてしまった。


「エイヘッドには、このように商才ある女性が活躍しているのだな。あなたは社長の座を勝ち取ったと言った。並大抵のことではなかっただろう。今だって社長が楽な仕事だとも思えない。でもとても、なんて言うのだろう、こういうのを……あなたはとても……」


 代行様は言葉を探して、うーんと言いながら、口に手を当てて考えている。


「あなたは、虎みたいに襲ってきそうで怖いよ。失礼悪い意味じゃない。すごく勢いがあると言いたいのだ。そしてその勢いがとても頼もしい。社長とはこうあるべきだという、上に立つ者の気迫がある。私はそれが面白いと思う」


 意外なことを言われて、褒められているのか、(けな)されているのか、いやどう聞いても褒めれているように感じて、なんだ心がくすぐったかった。


「いきなり領主代行になってしまい、正直自分に務まるか日々不安なのだ。しかし、同い年で女性のあなたが社長をしていると知って、負けてはいられないと感じた。私も腹を決めてやっていかねばな。あなたのような虎の勢いはだせないかもしれないが……」


 彼は小さく声を出して笑った。美男子の笑顔の攻撃力すごい、なんか丸め込まれた。カーリンは代行様の話に、何か分からないうちに気分よくさせられ、この話は自分が負けたと認めた。補助金の話はこれ以上は無理だ。


「私はあなたという人物を覚え、リョマの獣毛についても興味を持った。何も約束できないが、代行である私の頭にその2つを入れた。これから先、私が必要性を認め、出せる金があった時迅速(じんそく)に対応する。」


「分かりました。お話を聞いてくださって、ありがとうございます」

 カーリンが頭を下げると、彼が頼みがあると言った。


「今領主城は人手不足だ。商いの知識がある者に是非補佐をしてほしいのだが、良い人物がいたら紹介してほしい。もちろんあなたのような女性も歓迎する。あなたは社長で忙しいだろうから、城で働いて貰うのは諦めるが、もし心当たりがあったら教えて欲しい」


 こっちの依頼は断っておいて、頼み事するのか。と代行様の(したた)かさを認識しつつ、笑顔で「探しておきます」と答えた。


 自分は女性ということで、社長になってから下に見られて嫌な言葉を掛けられるのは日常だ。でもこの人は公平に私を扱ってくれる。とてもいい気分だなと満足した。交渉は負けたけれど……


 話はそれでお終いになり、侍女が持ってきたお茶を彼はようやく飲んでくれた。そしてまた、彼はリエリー姫様の横に椅子を置くと、そのまま夜が明けるまで、彼女の顔を見ていた。


 成り行きで代行になったと彼は言った。愛する王女様を一人にして、どうして彼はここに来なければならなかったのか……そして何故、王女様はたった一人で会いに来たのか……


 この演劇のような出来事の続きはどうなっていくのだろう? 


 健気なリエリー姫にも、誠実な代行様にも今日会ったばかりだと言うのに、心をぐいっと持って行かれた。二人のことから目が離せない。

 カーリンは後ろから眺めながら、この二人には幸せになって欲しいなと思った。

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