47.カーリン
「領主代行への取次は2カ月後って、どういうこと? 信じられないくらい先じゃない。なんでそんなに後回しにされなきゃなんないわけ?」
今年で19歳になるカーリンは、『リョマリョマ獣毛商』の社長である。
亜麻色の髪をきっちり結い上げているせいか、緑がかった茶色の目は少し釣り上がっている。太い眉と、強い意志を含んで結ばれた唇は、彼女が相当不機嫌であることを告げている。これから喧嘩でも始めるような気迫だ。
普通の令嬢よろしく微笑んだら、きっと年齢相応の可愛らしい女性であろうが、彼女は18歳で社長の座を勝ち取った、エイヘッドでただ一人の十代の女社長である。「可愛らしい」は今の彼女に必要のないものだった。
領主城の第一門をくぐった先の城前広場に、木枠で組み立てられた天幕が作られている。
『陳情申し立て受付所』なる場所が新しい領主代行が来てから作られた。カーリンはそこで、昨日と同じように順番待ちの列の中で立っていた。
新しく来た領主代行は、広く領民の声を聞いてくれるらしい。とは言っても領主代行に直接会えるのは、手続きを踏んで、領主側が必要と認めた相手だけだ。まあ、それは当たり前のことではある。
自分の父はエイヘッドでも1,2を争う大商家の主人で、エイドドアドの商工ギルドの会長もしている。領主代行にはもう何度も面会していると聞いた。領主が会うのは、父のようなエイヘッド領の有力者だけだ、それは常識として分かっている。
しかし……もしかしたら、新しい領主代行は私にも会ってくれるかもしれない……そんな希望をカーリンは持っていた。
ここで昨年までふんぞり返っていた、バンダイ・ミヤビハラ領主であれば、農夫などが陳情に来ようものなら、鞭打ちでもして追い返すだろう。庶民は城に近づくことも恐れていた。
しかし……この度やってきたミタツルギ家の領主代行は、陳情にやってきた者たちを無下に追い返したりはしない。一応話は代理の者が聞き、必要ありと認められれば、書面にまとめて領主代行に上げてくれるそうだ。
それが今カーリンが並んでいる。『陳情申し立て受付所』なる場所である。
「おい、聞いたかサワジリ村の話……」
前に並んでいる男が、隣の男に声を掛けている、見たところ漁師のようだ。
「聞いたよ、あすこは税の2重取りしてるの有名な話だったもんな……」
「村長と村の重役たちが出頭させられたらしい。新しい領主代行はどう裁きをつけるのか楽しみだな。公平な方だったら嬉しいが」
「まあ、まだどんな方かは分からないが、バンダイ様よりはずっとましだろう? こうして一応は俺たちのような者の話も聞いてくれるみたいだし……」
前の男たちの順番が来て、受付の男に話を始めた。昨年の土砂崩れで通行できなくなった、漁村と町を繋ぐ唯一の道を、なんとか復旧してほしいという切実な話だった。
ようやく、カーリンの順番が回ってきた。書面を勢いよく机に載せた。これは徹夜してまとめたんだから!
昨日出した物より、さらに要求を強く綴ってある。さあ、思いきり喋ってやる!と息を吸い込んだとき……
「ああ、あなたのお話しは昨日お聞きしました。再度来られても、決定はかわりません」
カーリンは吸い込んだ息を飲みこんだ。ムカッと来た気持ちをぐっと堪えて、言い返した。
「私は納得できません。急を要するんです。2か月後に面会なんて待てません」
受付の40代後半に見える男は、淡々と作業を進める感じで、カーリンの熱意を受け取ってくれない。
「あなたは代行にお会いできるんですよ、それがご不満とは驚きました。ここにいらっしゃる方々のほとんどは、面会は叶いません。あなたには2カ月お待ちになるだけで……」
「だから、2カ月後じゃ遅いんです。どうしてもすぐに補助金が必要なの! 獣毛産業がエイヘッドで死にかけてるの! そこのところを今すぐ新しい領主様に分かってもらわないと……」
顔の前に男の掌がばっと突き出されて、びっくりしてカーリンは言葉を詰まらせた。
「失礼。お話はそこまでで、昨日と決定は変わりません。お引き取りを……それでは次の方」
冷たく受付の男は言って、カーリンの後ろの女性に手招きをした。後ろの女性が「よろしいですか?」とカーリンに声をかけてくる、振り返ると男装の女性だった。知的な雰囲気で、品の良い雰囲気で会釈された。
自分が話を聞いてもらえず追い返させることに納得できないまま、カーリンは身を少し避けて、その女性に順番を譲った。しかしその場を離れるあきらめもつかない。この女性の話が終わったら、もう一度自分の話を聞いてもらおうとその場に居座った。
「学術研究のための、領内移動許可を申請します。こちらが書類です」
耳慣れない言葉に、カーリンは興味を魅かれた。学術研究?この方は何かの専門家なのかしら……
「私は首都モーリヒルドカリス女学院で教授をしていますヤマブキです。植物学の研究のため、ヒルディルド北部の、山岳地の植生を調べるためにエイヘッドを訪れました」
受付の男に問われて、女性が名乗るのを聞き、カーリンの胸は高鳴った。女性教授!
なんと素晴らしい響き。首都のモーリヒルドには女学院があり、女性でも専門学を学べると聞いたことがある。今や女性教授も誕生しているのだわ。ここエイヘッドとは大違い。ああ、この方とお話ししてみたい。
「こちらなら、すぐに許可をお出しできると思います。こちらの書面をお預かりします。明日また来ていただけますかヤマブキ教授、その時は並ばずに声を掛けてください、すぐ城内にお通します」
すらすらと答える受付の男に、ヤマブキ教授は笑顔でありがとうと言うと、後ろに控えている少女を彼女の前に促した。
「さあ、次はあなたの番ですよ、リエリー。お話しをして」
俯いていた少女が顔を上げた。今日はそんなに寒くはないのに、彼女は外套を着こんで、ぎゅっと縮こまって少し震えていた。顔はとても青く、疲れた顔をして、今にも倒れそうな様子である。
この子大丈夫かな?と顔をよく見ると、紫色の瞳のとても整った顔立ちだった。
この子すごい美少女……
「あの……私は……アツリュウ……アツリュウ・ミタツルギ代行に……あいに……」
か細い声に、受付の男が「なんですか?」と聞き返す。
少女は、胸に手を置いて、大きく息を吐いて、そして吸った。なんというか、自分で自分を励ましているように見えた。
「私は、シュロム王女のリエリー。ミタツルギ代行に……わた……わたしの……こ、婚約……しゃ…に、会いに……きました。だから……あの、アツリュウに……、ミタツルギだいこ……に」
「はい?」
受付の男の声は首をかしげた。そして小さい子をあやすような口調になった。
「ごめんよ、お嬢ちゃん、何を言っているのか、おじさんにはよくわからないんだけど」
「この子はリエリー王女ですよ」
隣のヤマブキ教授が、この子は私の姪御ですと言うような、たいしたことでも無いようにさらりと言った。
「え? 教授ご冗談をいわれても困ります。私も忙しいのです。その子はなんですか?あなたのお弟子さんかな?」
男が少し苛立ちを見せながら聞く、カーリンにもその気持ちはよく分かる。
この子何言ってるの?そんなしばらくお風呂にも入ってないような、髪の毛テカテカ光らせて。くたびれたどうみても庶民の服装で「王女です」言われても……
「リエリー、あなた何か王女だと証明できる物など持っていますか?」
少女は驚いて、ヤマブキ教授を見上げ首を左右に振った。
「困りましたね。まあ彼女の言うことを信じていただくしか……領主代行殿が見れば分かるのではないですか?彼女が本物かどうか」
ヤマブキ教授は、自分の連れであるだろうに、なんというか他人事のような冷静な言い方だった。
「おい、まだかよ。早く進んでくれよ」
後ろの男が大声で言うと、少女がびくっと身を縮こまらせた。
「アツリュウが私を見たら、すぐに分かります……お願いします、どうしても……アツリュウに会わないと……会って、伝えないと……」
少女が話し終わる前に、受付の男は呆れたように笑った。
「いやいや、無理だよお嬢ちゃん。王女様っていうのはね、侍女だの衛兵だの引き連れて、馬車でお越しになるんだよ。きっと身ぎれいな着物かなにかでさ……あんた自分の姿をよく見てみな、何日お風呂に入ってないの? ちょっと臭うくらいだよ」
それはこんな16か17歳くらいの少女に言っていい言葉では無かった。自分だって女だ、そんなこと人が大勢いる前で言われたらものすごい傷つく「ちょっとあんた、その言い方」と思わず声が出た。
「ああもう、あなたもです、お引き取りください。お嬢ちゃん何か夢見ているのか知らないけど、顔色も悪いしゆっくり休みなよ。さあさあ帰って、では次の方」
男が追い払うように告げると、ヤマブキ教授が落ち着いた声で返した。
「私の信用にかけて、この子は王女であると再度お伝えします。けれど、あなたが信じられないことも理解できます。冗談を申していると取られてもしかたのないことですが、それでもお願いしたい、王女が来たと代行殿にお伝えいただきたい。明日私はこの子を連れてもう一度参ります」
「だ、だめです」とさっきよりも、ずっと大きな声で、少女が首を振った。
「早く、早く、知らせないといけないんです。アツリュウに会わないと、いけないんです。お願いします。中に入れなくてもいいのです。会って、お話しができれば……一目会えれば、それでいいんです」
彼女は苦しそうに肩で息をする。必死の様子は嘘をついているように見えなかった。
「ここで、待っています。だから、お願いです。会わせてくださいアツリュウに……」
そこまで言うと、彼女はへなへなと力が抜けるようにへたり込んだ。尻もちを付いて、両手を地について何とか体を支えているが、表情は意識を失う寸前のように虚ろで頭がぐらぐらしている。
「ちょっと、あなた大丈夫?」
カーリンは慌てて、少女の肩を支えた、ヤマブキ教授も大丈夫ですかと覗き込む。
「アツリュ……アツリュウに……」
そうつぶきながら、少女は意識を失ってしまった。額に手を載せると、ひどく熱い。
「大変、この子熱があります」
ヤマブキ教授とカーリンで、リエリーと名乗った少女を陳情受付所から少し離れた場所に運んだ。
「困りました、宿までどうやって戻ればいいか……あと医者にも見せてやらないと」
ヤマブキ教授が困り顔で、リエリーの額に手を当てている。
「あの、良かったら、家に来てください。私はムネゴトウ家のカーリンと言います。ムネゴトウ家の別邸がエイヘッドにもあるので、そこにご案内します。私が乗ってきた馬車で行きましょう、御者を呼んで来ますから、彼女を運ばせます」
「大変有難いお申し出ですが、あなたは?」
「怪しいものではないですよ、自分で言うのもなんですが、ムネゴトウ家と言えば、エイヘッドで有名な商家で誰でも知ってます。ご心配なさらないで。それより、王女様をはやく休ませてあげないといけません」
ヤマブキ教授が、じっとカーリンを見返した。不思議そうな顔をしている。
「あなたは、この子の話を信じるのですか?」
カーリンは笑顔をつくった。
「信じますよ、だって、彼女は嘘をついていないと思う。一目会って話をするだけでいいって、言ってるときすごく必死そうだった。王女なのかはまだ、少し疑ってるところはあるんだけど、彼女の本気さは嘘じゃない」
「ありがとう。それではあなたを信用して、お世話になることにします」
ヤマブキ教授は頭を下げた。




