43.トビタトリの証言
オルゴンがトビタトリを連れて、執務室に戻ってきた。
「彼は、ミヤビハラ家の家令を長年務めている男で、バンダイ殿がこの領主城を去ってからは、エイヘッドを実質取り仕切っている」
オルゴンに紹介されて、トビタトリはスオウ隊長とサンバシ副隊長に名乗り、頭を下げた。
「それでは、海賊襲撃事件について、トビタドリが知っていることをスオウ隊長に話してくれ」
アツリュウに促され、彼は重い口調で話し出した。
「昨年の『獺月』10月28日に、バンダイ様はお怪我をなさいました。夜中に呼ばれて私がバンダイ様の元に参りますと、背中を刀で切られたようで、出血なさっており、すぐに医者を呼び手当をいたしました。幸い傷は深くなく、安静にしていれば命に別状は無いとのことでした。翌日、バンダイ様はモーリヒルドへ行くとおっしゃって、傷に触るとお止めしたのですが、出て行ってしまい、それきり領主城にお戻りになりません」
トビタドリが話終わり、長く沈黙が続いた。副隊長のサンバシが、それで?と次を促したが、トビタドリは、黙ったままだった。
「トビタドリ、バンダイ殿がお前に話したことも言ってくれ」
アツリュウに促され、彼は抑揚のない声で続けた。
「何があったのですか?とバンダイ様にお尋ねしましたが、海賊にやられたとおっしゃるだけで、詳しいことはなにも聞いておりません」
「バンダイ殿は、どこで、誰に切られたのだ?」
サンバシ副隊長の問いは、アツリュウも繰り返しトビタドリにしたものだった。
「分かりません」
「バンダイ殿は外出されていたのか? それとも館にいたのか?」
「それも分かりません、深夜でしたので、私は自室で休んでおりました。バンダイ様が外からお戻りになったのか、ずっと館にいたのか、でも私はバンダイ様を害した者を見ておりません。ですから領主城の外で怪我を負われたのだと思います」
「お前は家令でありながら、主の動向を把握していないのか? 出かけたかどうかも分からぬとは信じられない。バンダイ殿に同行していた者はいたのだろう? 護衛や御者が、それは分からないのか?」
「分かりません」
トビタドリはそれきり下を向いて、黙った。何を質問されても分かりませんとしか答えない。
「トビタドリ、もういい。仕事にもどってくれありがとう」
アツリュウがそう告げると、トビタドリは執務室を出て行った。
「事情を最も知っているであろうトビタドリから、今聞いていただいた以上の情報は得られていません。さらに、港警備を担うヒシダ総監の証言も、似たようなものです。怪我の翌日にエイドドアドの港に現れて、「海賊にやられた、後は任せた。港の警護を怠るな」バンダイが語ったのはそれだけだそうです。ヒシダ総監は、バンダイが海に出た記録は一切ないと言っています」
「代行は、トビタドリの言い分を信じているのですか?」
サンバシ副隊長の問いに「まさか」と答えた。
「口を割らせるような方法で尋問はしていないのですか?」
サンバシ副隊長が軍人の顔で問うた、拷問的なことをして口を割らせなかったのかということだ。
アツリュウは首を左右に振った。
「おそらく、あの男は拷問しても口を割らないでしょう」
オルゴンがサンバシ副隊長の問いに答えて話を続けた。
「あの男は脅されていると我々はみています。事前の調べで妻と娘1人がいることが分かっているが、現在その居場所がはっきりしない。本人は親類の家にいると答えるが、人質に取られている可能性が大きい。バンダイから「余計なことを話せば妻子を殺す」と」
オルゴンはこれは私たちの推測ですと加えて言った。
「ヒシダ総監に、バンダイがモーリヒルドへ去った時の同行者を尋ねたところ、医者の他に、護衛兵10人と侍従3人と侍女2人を連れていた。侍女は年配者と若い娘だったとのことです。私はそれがトビタドリの妻子と見ているのです」
アツリュウがそう告げると、サンバシ副隊長は口を割らせるのは無理そうですね、と顎に手をやった。
「モーリヒルドでのトビタドリの妻子の調査は、セウヤ殿下にお願いしてあります。セウヤ殿下の優秀なあれがすぐに探ってくれると思う。いまのところ返事待ちです。妻子の無事を約束できればトビタドリも話してくれるかもしれない……が、分からない……とにかくあの男は怯えているのです。いつもビクビクして、まるで誰かに命を狙われているかのように」
アツリュウは話ながら、内心冷や汗を流していた。スオウ隊長の厳しい視線に捕まっている。彼はアツリュウを睨んでずっと黙ったままだ。
「ここにも、トビタドリを見張っている者がいるということですか?余計なことを言えば殺すと脅されていると?」
「分からないのです。なんにしても現状はあの男からこれ以上、情報を引き出すのは難しいということです」
サンバシ副隊長の問いにアツリュウは答えて肩を落とした。
「一体何が起きたのか、バンダイは何時、どこで、誰に切られたのか、何も分かっていないのです。しかし、推測するに、襲撃者は海賊ではない可能性が出て来た。お二人もそう思われませんか?」
サンバシ副隊長がスオウ隊長の顔を、どうですかね? と問うように見た。
スオウ隊長は、アツリュウを睨みつけてくる。腕を組んで、がっちり視線を合わせて、逸らしてくれない。怒ってる、すごい圧の目力で殺されそう。
「思われませんか?などと、私におっしゃるのはやめていただきたいのですが代行。私はあなたの部下ですので」
「いや……、あの、スオウ団長に上から物を言うのは私には無理……」
「隊長です代行。そしてその言葉遣いは改めていただきます、今ここから」
サンバシ副隊長がくくくっと笑うと、スオウ隊長の視線が、一瞬でサンバシ副隊長を刺し殺した。彼は背筋を伸ばして、真顔になった。
「不愉快なんですよ、先ほどから。代行が態度を改めないなら帰ってもよろしいでしょうか」
「そ……な、待ってください。じゃなくて、まて? ええと……」
アツリュウは深くため息を吐いた。
「スオウ団長に命令するとか、勘弁してください。そんなことしたら吐きそう……」
「吐いていただいて構いません代行、どうぞ今ここで吐いてください」
だから、怖いから。さっき上官ですかと聞いたのまだ怒ってるんですか。
「わかりまし……いや分かった」
4人の護衛たちも緊張した顔で静まりかえっている。皆分かってくれるかこの人の怖さを。
ええい、こうなったら言うしかない。言ってやる……ああ、だから何でそんなに睨むんですか怖いんですってば。
アツリュウは目をぎゅっと閉じて、スオウ隊長の要望に応えた。
「スオウ、君の意見を聞かせてくれ!」
アツリュウの渾身の声が部屋に響いたが、しばらくスオウ隊長は何も言わなかった。
目を開けて彼を見るとやっと口を開いた。
「何も……今の話では何も分かりません。特にお伝えする私の意見はありません」
静かな低いいつもの声で答えるとスオウ隊長は腕組みを解いた。
とりあえず、恐怖の睨みから彼の普通の冷たい視線に戻った。
咳ばらいをオルゴンが一つして、彼は話を再開した。
「トビタドリという男ですが、実直でよく働く。領地の管理はバンダイの指示通りに忠実に行ってきたようです。帳簿も非常に丁寧に記録してある。領主城には連日、各地の町長、村長を始め、有力者が代行の所に挨拶に訪れていますが、それらの人々の彼への対応を見るに、人望もあるようです。エイヘッドを長年取り仕切ってきた、なかなか有能な男です。正直なところ、今は彼がいないとエイヘッドの領地経営は成り立ちません。ここに必要な男です」
ですが……オルゴンは続ける。
「あの男が、脅されていようといまいと、バンダイの腹心であることは変わりません。我々はバンダイの目玉をこの領主城の真ん中に置いて、生活しているようなものです」
サンバシ副隊長が顎を擦りながら、情報が少なすぎる……とつぶいてからオルゴンに尋ねた。
「何か、事件の手がかりになるようなものは無いのですか?」
「事件と関連しているかは分からないのですが、この城に貯蔵されている食料があまりに少ない」
「灯り用の油も」キボネが付け加えた。
「帳簿を確認したところ、ちょうど事件があった獺月にごっそり無くなっているのです。トビタドリに確認すると、辞めて行った使用人たちに与えたというのです。そんな話は信じられないのですが……」
「食料はどれくらい無くなったのですか?」
スオウ隊長が初めて質問した。
「100人が2カ月食べていける量です。主に穀物、干し肉、芋など貯蔵の効く食料と、あと酒樽も無くなっている」
「そんな量を使用人に与えたと……やめた使用人達の行先はたどれているのですか?」
「その調査はまだ手が回っておりません」
オルゴンがそう答えると、それきり皆黙ってしまった。
「今後の動きですが、代行皆さんに指示を」
ながい沈黙の後で、オルゴンに促されが、うーんと唸って何も言えない。
「私は、領地の運営に掛かり切りなりそうです。海賊襲撃事件の調査には関われそうにありません、とにかく人員が足りない。モーリヒルドから連れてきた護衛の4人も補佐として私を手伝ってもらいます。もともと彼らはそのために人選しました。代行は護衛が必要でしたら、兵から自分で人選してください。彼らは私がお借りする」
オルゴンに言われ「分かった」と返事をする。護衛官をしていた自分に護衛を付けるのも不思議な感じだ。いったいいつ必要になるのだろう。
「それでは、今日のところは私はこれで下がります。エイヘッド特別隊との打ち合わせは、代行と正副隊長でお話しください。では失礼します」
オルゴンは4人の護衛を連れて出て行ってしまった。キボネも私もこれで、と一緒に行ってしまった。




