42.私の上官?
会議は、海賊襲撃事件に話題が移り、執行官のソバは「私はこれで」と執務室を出ていった。
キボネが、休憩しましょうと、お茶を出してくれた。アツリュウは茶碗を持ち上げながら、湯気の向こうにスオウ隊長を見た。エイヘッド特別隊を実際に見て、兵士の数に圧倒される。兵数的には中隊に近い、あれほどの数の兵士を、自分はいったい何者と戦わせるのだ。
領主城にもともといる警備兵、各市街に配備しているエイヘッドの警備兵、港警護を行う海兵、そしてこのエイヘッド特別隊。自分が責任を負う兵士の規模を考えると、頭がくらくらする。
「面白い香りの茶だ」
副隊長のコウタ・サンバシが茶を飲みながら、キボネに話しかけた。
「これはエイヘッドでよく飲まれるお茶だそうですよ、味が独特ですけど慣れるとおいしい。ここは都から離れていますから、食文化も違いがありますね」
「そうなんですか、珍しいものが食べられるかな。楽しみだ」
サンバシがそう言うと、キボネがいやいやと顔の前で手を振って、しばらくは無理ですよと慌てて答えた。
「ここの台所事情はね、エイヘッド料理を作るとかどうとか、そんな余裕は一切ないのです。今日食べられるものを確保できるかどうかって状態です。とにかく城の貯蔵庫が空っぽで、使用人もいないに等しい。私はもう駆けずり回って、大変な思いをしているんです。それなのに、アツリュウ様ときたらパンじゃなくて米が食べたいとか我儘言うし……」
「北の主食はやはり麦なんですか?」
サンバシが気軽な口調でキボネに質問する。27歳とスオウ隊長と同世代で若い。髪を短く刈り込んで、軍人らしくはきはき話す。物腰も丁寧で、威圧感がなく話しやすい。身長がアツリュウと同じくらいなので、初対面で親近感が湧いた。
「麦と芋が主食ですね、麦はパンにするだけでなく色々な食べ方をしています。でも、私のお仕えするミタツルギ家のエンドバード領は、エイヘッドのすぐ南ですので、食文化としてはエンドバードも似ています。都のミタツルギ家でも、似たような食事は出ていました。こちらの食事に馴染みはありますね」
「モーリヒルドでも、領主の方々は、その領地の料理を食べるものなんですね」
「半々くらいでしょうか、でもアツリュウ様はとにかく米好きで、子供の時は、夕食のあとにさらに米を食べるという……」
「キボネ、俺の話はもういいからやめろ」
はいはいと、いい加減な返事をしてキボネは続けた。
「それにしても、エイヘッド特別隊の皆さまの食糧を一緒に持ってきて頂き、本当に助かりました。料理人、居住被服の管理任、そして医官まで人員を連れてきてくださったので、良かったです。今の状況では、とても兵舎の方まで手が回りませんので」
「基本的には、エイヘッド特別隊の維持に必要な物資は、都から船で送られてくる。領主城の負担は人員、物資共に無い。必要な物はこちらで用意する。よろしいかな代行」
キボネの話を受けて、スオウ隊長が、そう言ってギロリとこちらを見た。
「そうなんだ……」とアツリュウは呟いた。
エイヘッド特別隊のことを、ここ数日ぐるぐる考えて悩んでいたけれども、そういう心配事も全部含めて、スオウ隊長は万全の準備でここに来ているんだ。
やはり、隙がない。それにしてもセウヤ殿下は俺になにも教えてくれない。
「隊員の俸給についても、エイヘッド特別隊はこちらの領地の財務とは切り離されている。シュロム近衛兵団の財務から出ている。ご承知のことと思うが」
「そうなんだ……」
アツリュウがまた呟くと。スオウ隊長が「甚だしく不安だ」と呟いて眉間にしわを寄せた。表情を変えない方なので珍しい物を見たが、できれば見たくない顔である。
「代行は、この仕事を受けるにあたって、セウヤ殿下とどのような取り決めをしてきたのだ」
スオウ隊長の問いに戸惑った。
「取り決めなんてないですよ、殿下が「やれ」私が「はい」以上です。スオウ隊長は違うんですか?」
スオウ隊長はしばし呆れた様子で、説明するのも無駄だと言いたげだったがそれでも口を開いた。
「私は任命を受けるにあたっては、現地の実態を調べた後、隊に必要な物を都から全て輸送することを条件に引き受けた。これから先、船が必要ならば船を、軍馬が必要であれば馬を、そちらもセウヤ殿下に確約してある。必要であればお申し付けを代行」
「すごい……セウヤ殿下とそんな取り決めをしたんですね。殿下相手にそんなことができるとは、スオウ隊長はやはりすごいですね。でも、ということは、エイヘッド特別隊は私の管理が無くても、スオウ隊長の管理下で独立して維持されているのですよね。だから、やっぱり、スオウ隊長は私の上官なのですか?」
「ちがう!」
部屋をビリビリさせるような怒鳴り声だった。
「いい加減にしろアツリュウ、お前が司令官だ!」
スオウ隊長は、彼の上官であるらしいアツリュウを思い切り呼び捨てにした。
サンバシがくくくっと声を殺して笑うと、あ、お茶をもう一杯、とキボネに茶碗を差し出した。




