36.ロドリゲス
アツリュウはヒシダ総監に丁寧に礼を述べ、今日はこれでこれで帰ることを告げた。
次回来たときは、木材搬送船の問題について、詳しく教えてもらえるよう頼んだ。
「帰る前に、一つ頼みがある」
アツリュウはそうヒシダに言ってから頭の中で何人が妥当なのかを考える。10人?、いや、こういう時は圧倒的な数の差が有効だろう。
「本日中にすぐ戻すので、兵士を30人連れていきたい、行く所がある」
こんな無茶な話を聞き入れてもらえるとは思っていない。さっき会ったばかりの男に、領主代行とはいえどこまで従えるだろうか? ヒシダ総監の反応を見た。
「どちらに行かれます? 」
「この街のミヤビハラ領主館だ。ロドリゲス殿に挨拶に行く」
ヒシダは、ほう? と聞こえないくらいの小さな声を出し、わずかだが唇の端が震えて、笑うのを我慢したように見えた。
「では兵士の準備ができましたら、お知らせします」
その返事を聞いて、アツリュウが逆にびっくりしてしまった。まさか彼が聞き入れるとは思わなかった。しかしそれなら遠慮なく使わせてもらおう。
「あ、あと荷車を1台」
アツリュウはそう付け足した。
圧倒的な兵士の数の差は無かった。
アツリュウがミヤビハラ領主館の前に来てみると、意外にも同数、いや屋敷中にいるであろう警備兵を集めたら、数では負けているほどに、ガチガチに警備がなされていた。
領主館に行くと言って、兵士を連れて出てきてから、オルゴンがこれ以上は無理だというくらい、眉根をよせたまま、ずっと不機嫌にしている。
館の前の門で、領主代行が来たから入れろと言ってみたが、当然入口の警備兵は断った。
しかし、ものすごい取り乱しようで、警護兵が続々と集まり、門を境にエイヘッド港警護兵と対峙した。
「領主代行の命だ、お通ししなさい」
ヒシダ総監が落ち着いて指示を出した。
飲み込んだ言葉を、口に出して反論したいが、なんと言っていいか分からない苦しい表情で、館の警護兵はヒシダ総監に従った。どうやら30人の兵士を借りるより、この方を一人連れてくれば足りたようだ。嬉しいことに彼は自ら付いてきてくれた。
門を進み、領主館の警護兵に取り囲まれながら、オルゴン、あと4人の護衛を連れ、帝国式の巨大な館に入った。
色ガラスの天井に吹き抜けのある広い空間と、正面にある真っ赤な絨毯をしきつめた長い登り階段に圧倒されて、アツリュウはしばし見入ってしまった。金色の調度、巨大な壺と絵画、あまりの豪華さに頭がくらくらした。
前後左右を4人の護衛兵に守らせながら、喚き散らしてロドリゲスと思われる男が降りてきた。
彼は緑と赤の極色の帝国流行の服を着こみ、気に入らないが、碧眼の美男子だった。夫人が美女と名高いので、似ているのだろう。
「何を勝手に入ってきたか、出ていけミタツルギ。おまえは妾が生んだ薄汚いドブネズミだそうだなあ。ドブネズミが、領主の館になんか入れる訳ないだろうが、出ていけ! 汚いドブネズミ」
ロドリゲスは護衛兵の後ろから怒鳴りつけると、やれ!、やれ!、と手を振りま合わして、アツリュウを切るように護衛に指示した。
捕縛ではなく、いきなり切りつけるのかと驚いた。彼でも領主代行は殿下の命だと知っているだろうに。
アツリュウは一人目を3手で肘突き、二人目を足払い、3人目を蹴りで、床に倒すと、4人目と対峙して、己の小剣の柄に手をかけた。
「ひいい、巨人殺し」
大きな声がホールに響いて、4人目が後ろに下がって、そのまま尻もちをついた。
その叫び声の衝撃に、アツリュウは不覚にも、戦いの最中に呆然として止まった。
まさか、この最果ての北の地にまで、その呼び名が浸透しているとは!
エイヘッドだけには、これから領主代行として、『隼アツリュウ』を定着させていこうと決意していた、己の計画が崩れ去った。
ああ、俺を『隼アツリュウ』と呼んでくれるのは、ヨンキント殿しかこの国には存在しないのか!
心の中でがっくりと首を折った
意外なことに、次々と集まる警護兵に何も指示せず、ロドリゲスは叫んで2階に走って行った。
どうしていいか、出方を迷っている兵士に、後からゆっくり来たヒシダが指示をだして、秩序をもどす。
「バンダイ領主殿の執務室に案内するように」
蒼白の顔で立ち尽くす執事らしき人物に声をかけると、震えながら彼は応じた。
領主の執務室は無く居室に通された。主人のいない部屋で、襲撃事件の手がかりになりそうな資料はないか、アツリュウ達は手分けして探した。それらしいものを引っ張り出しては、部屋の床に積んでいく。
部屋に向かって走ってくる足音がして、勢いよく息を荒くしたロドリゲスが入ってきた。
彼は銃を構え、銃口をアツリュウに向けていた。
すぐに、彼の護衛が動こうとしたが、アツリュウは手でそれを制した。
アツリュウはロドリゲスに向き合った。火縄銃の火縄が焼ける匂いが部屋に立ち込めた。
銃を持ってくるために、さっき彼は急いで引き返したのかと合点がいった。
ロドリゲスは、構えてはいるももの、明らかに使い慣れていない姿勢だ。
「誰かに装填してもらいましたか、慣れないと手順が多くて面倒ですからね」
アツリュウは笑いながら、銃口の前にわざと立った。ロドリゲスの身長の半分ほどもある長い銃身である、手元が震えると銃口は大きく揺れた。
「撃つ前にお伝えしておきますが、それは暴発する。手と顎が吹っ飛びますよ」
ロドリゲス口が、え?の形になった。
「貴殿知っているか? どうして我が国の兵は今だ銃を装備できないか。国産の銃は暴発するからだ。火薬も銃もつくりが粗悪で、かなりの確率で暴発する。そして質のいい帝国式の最新銃はべらぼうに高価だ。だから…… まだこちらが重宝されている。」
アツリュウは剣を指さし、トントンと叩いてみせた。
「貴殿が構えているのは、国産の装飾用の銃。そもそも撃つよう精巧につくられていない。いや、でも必ず暴発するとはいえないか、私を撃つことはできるかも、やってみるか?」
ロドリゲスには入って来た時の勢いはもはやなく、しかし銃を下すこともできず、足までがくがくさせながら構え続ける。火縄が焼けて、ジリジリと音をたてて短くなっていく。
「暴発して手を失うか、領主代行の私を殺すか。そして、それがどういう意味かあなたもお分かりだろう。私を傷つける、すなわちセウヤ殿下の命に背くということ。殿下はあなたの首を刎ねるだろう。失うのはどちらがいいですかね。手? それとも首?」
ひっと怖気づいた彼の、引き金に充てる指が緩んだ。
瞬間に、アツリュウはすっと銃口より前に体をいれ、銃をひねって、たやすく彼の手から奪った。
アツリュウは、すばやく銃を構えて、ロドリゲスの額に銃口の狙いをピタリと当てた。
形勢が一瞬で逆転し、ロドリゲスは硬直して直立した。恐怖のあまり、銃口から目玉を逸らすことができないまま、口がひらいてがくがくした。
「オルゴン補佐官」
アツリュウは体を寸分も動かさず、ロドリゲスに狙いをさだめたまま、後ろに控える彼に声をかけた。
「はい何でしょう、代行」
オルゴンも、何事も起きていないかのような、いつもの口調で返事をした。
「私はこれから、海賊襲撃事件の詳細を聞き出すために、このように銃をロドリゲス殿の頭にに突き付けて、彼を尋問したい。それは私の領主代行の権限に含まれるだろうか?」
おお、おお、っとロドリゲスが何かを言おうとして、後ろにさがる。彼がさがればそのまま、アツリュウも進み銃口を外さず、彼を壁側まで追い込んだ。
「それはなりません。ロドリゲス様はミヤビハラ領主様のご嫡男。いくら代行といえども、そのような非礼は許されません」
アツリュウは素早く銃を降ろすと、体を前に進めて、ロドリゲスを壁際に追い込んだまま、至近距離に立った。
「申し訳ございません、ロドリゲス殿。私は代行になりまだ日も浅い故に、己の役目の権限がまだよく分かっておらぬのです。どうかお許しください。私は頭が悪いのです。貴殿もご存じのように、私は汚いドブネズミなので」
アツリュウはさらに間を詰め、ギンギンに睨みつけながら、ロドリゲスの顔に自分の顔をごく近くまで寄せてこれでもかと視線を合わせた。
「ひとつ、お伝えしておくことがあります。これは個人的なことですが、私はあなたが心の底から気に食わないのです。私はこれから領主城で生活しますが、もちろんそこは、あなたの場所でもあると存じております。しかし」
壁に張り付いて、面白いほど足が震えるロドリゲスにさらに顔を寄せ、寸で鼻が触れるほどまで迫った。
「あなたが近くにいたら、私はうっかり権限を越えたことをしてしまうかもしれない。だから、領主城には近づかないと約束して欲しいのです」
ロドリゲスは口を開けたまま、硬直して動かない。
「返事は?」
はひっ、と彼が返事らしきものをした。
「それは分かり合えてよかっ、」
「た」の音と同時に、アツリュウは勢いよくロドリゲスに頭突きを喰らわせた。
ロドリゲスの額と、後頭部が壁にと、ぶつかる音が2回響いて、彼は痛みに悶絶してへたり込んだ。
「ああ済みません、わざとじゃないんです。お辞儀をしようとしたら当たってしまった。私は本当に頭が悪い、何をしてしまうか分からない。ロドリゲス殿これはいけません。あなたはもう、ずっとこの館から出ないのがよろしい、そうだ」
痛みに、頭を抱えて唸るロドリゲスに、アツリュウはにっこり笑って彼の手に無理やり銃を握らせた。
「この綺麗な銃をお部屋で磨いて過ごすといいですよ」
◇◇◇ ◇◇◇
「どうしてくれるんだ、日が暮れたじゃないか!」とオルゴンの怒りが終わらない。
アツリュウ一行は、エイヘッドの街を歩いていた。しかし今日の宿は決まっていない。
ミヤビハラ家の領主館を後にし、30人の借りた兵士と、残念なくらいしか集まらず、荷車の中央に小さく載った資料らしきものをヒシダ総監に託して詰め所に帰ってもらった。
「だから、今日中にエイヘッドの領都へ馬車で行って、領主城に泊まることになっていただろうが。どうするんだ、もう日暮れだ間に合わないじゃないか、なんで領主館に行ったんだ。今日は港の警備詰め所に行くだけの予定だった。そのために、エイドドアドに来たんだろうが」
アツリュウは初めこそ「済みませんでした」と謝っていたが、彼の怒りがしつこいのでだんだん苛々してきた。
「ちがう! 俺の予定は初めから、あのロドリゲスの面を見に行くことが、エイドドアドでする最優先事項だったんだ! 」
「見てないだろ、殴っただろうが」
「殴ってない、頭突きだ」
「同じだ、この馬鹿坊主が!」
4人の護衛兵と従者が、まあまあと間に入って、なだめてくれるのだが、アツリュウもオルゴンも怒りが収まらない。
「だいたい、初めからオルゴンは間違っている。俺の部下のくせに、代行様にその態度はなんだ!」
「お前がちゃんとした大人だったら、敬ってもやる。それなのに、お前ときたら近衛兵士になっても子供のままだ、俺は知ってるんだぞ」
知っている? え、何を?
アツリュウは少しだけ勢いが緩んだ。
「お前がセウヤ殿下の専属護衛官になってからも、窓から出入りしているのをなあ」
なんという情けなさ、とオルゴは頭を抱えて見せた。
「いや、あれは…… ちょっと中庭を横切っただけで……」
「同じだ馬鹿者。いいか、よく聞けよ、もしお前がここでもまた窓から出入りするようなことが1度でもあったら……」
どんどん日は落ちて暗くなっていく中で、オルゴンの髪の無い頭だけがはっきり見える。
彼の絶対に逃がさんぞ、という迫力に、猫のように首根っこを持ち上げられた幼い日々を体が思い出す。
「エイヘッド特別隊が、全員整列している前で『代行、窓からの出入りはおやめください』と言ってやる」
ああ、それだけはやめて!
このオヤジは知っているんだ。俺がいきなり一個小隊なんて、すごい数の兵士を任されて、どうやって指揮していいかびびって怖がっているのを。そんなこと兵士皆の前で言われたら、速攻舐められてしまう。それは困る。
「ごめんなさい、ごめんなさい。許してください。見つけますこれから最高の宿を」
アツリュウと名を呼んで、オルゴンは少し真面目な顔に戻った。
グイっと首に片腕が巻き付けられ、抱くように顔を近づけてきた。
「ここで、お前の好きにやっていい。でもな、戦争を始める前には、一言俺に言ってから始めてくれ」
今度こそ、本当に悪かったという反省の顔をして、アツリュウは頷いた。




