35.バンダイしか見たことのない海賊
「なんなりとご質問ください。すべてお答えします」
ヒシダ総監は人払いして、部屋に二人になると、とても落ち着いた雰囲気でそう言った。
「先ほどから……ずいぶん腹を割って話してくださるのですね」
命令口調で話すことに疲れて、目上に対する言葉使いにもどってしまい、ため息を小さく吐いた。
ヒシダは可笑しそうに微笑んだ。
「ギナーリュウ殿にはよくしていただきましたから。息子殿が来ると聞いて、実は楽しみにしておりました。お父上から私のことは聞いていませんか?」
たぶん分かりやすく驚いた顔をしていたと思う。
はい? 入口でのやりとりは何だったのだ? からかわれたのか?
「私は貧しい家の出でして、若い時国軍に入りました。シュロム王の領土で育ちながら、ビャクオムのために働くことを選びました。ムラド陛下は兵士を実力で登用してくださったので」
アツリュウは都でヒシダの経歴を調べた時、国軍にいたことを知って珍しいと感じていた。
「シュロムの近衛兵士達と顔を合わせれば、裏切り者とそしられました。しかしあなたの父上だけは常に公平で、私のことを時にシュロムとの軋轢から守ってくださった。恩義を感じておりますよ」
ん? ちょっと待てよ。
父上が近衛兵士の将だった時、オルゴンンは参謀として常に一緒だったはず、ということはまさか……
「あの……もしやゴウ・ゴルゴンをご存じ……か?」
「ああ、あの髭の酒飲み……今日は一緒に来ると思っておりましたよ」
あの野郎、よくも黙っていやがったな、何が死体を引き取りにくるだ、後でぜったい仕返ししてやる。
寝ている間に自慢のひげを剃り落してやるぞ!
エイヘッド領主バンダイ・ミヤビハラ。彼は昨年の『獺月』10月、海賊に襲撃を受け、背中に刀傷の重傷を負った。
それ以外の詳しい情報がどこを当たっても得られない。ヒシダ総監以上にこの事件の真相を知る者はいないだろう。いよいよ事件の核心を知ることができる。アツリュウは事件について尋ねた。
「私がお答えできますのはこの3点」
彼はすでに準備していたのであろう書類を1枚机に置いた。
「1つ、襲撃があった日はバンダイ様の言によると『10月28日深夜』」
「2つ、バンダイ様は29日正午、港詰め所に馬車で到着。医師を同行してモーリヒルドに戻られる旨を承る。怪我の程度は、後ろから右利きの者に切りつけられたと思われる、肩から背中心までの斜めの刀傷。医師によれば命に別状はないが、治療と安静が必要」
「3つ、バンダイ様が私にお告げになった内容『海賊に切られた。私はモーリヒルドで治療を受ける。後のことは頼んだ。港の守りを怠るな』」
以上でございます。とヒシダ総監は書類にまとめられた内容と同じことを告げた。
「馬車で港に到着とあるが、どこからバンダイ殿は来たのだ」
「バンダイ様はおっしゃいませんでしたが、医師はエイヘッド領主館から来たと申しておりました」
「バンダイ殿が、海に出た記録はあるのか?」
「私の知る限り、バンダイ様は海に出ておりません」
「エイヘッドでは、海賊の侵入を領主城まで許すような現状なのか?」
「ここ10年海賊は出没しておりません」
「ヒシダ……全く要領を得ない。バンダイ殿はでは誰に切られたのだ」
ヒシダ総監は真面目な顔でアツリュウに視線を合わせた。先ほどまでの親しい様子は取り払われていた。
「バンダイ様の言に従いますと、海賊」
アツリュウは深くため息をついた。
「あなたの考えを聞かせて欲しい」
ヒシダ総監は口を開かない。眼光は鋭くなった。
「私の考えを申し上げることは拒否します」
意外な言葉だった。
「なぜ言えないのだ?」
「私はバンダイ様に思うところは色々ございます。代行は赤ん坊の首を渡ってこちらに来られたと聞いた。村をご覧になったのでしょう? そして私の部下はその村々から来ているのです」
「私の言いたいことをお察しと思います」と言われ、アツリュウは彼が貧しい村の現状をヒシダが憂いているとことが伝わりうなづいた。
「しかしながら、私はミヤビハラ家が治めるこのエイヘッドで生まれ育った。そして昨日まで私のお仕えする主はバンダイ様でした」
彼は低く、揺るぎのない口調でアツリュウに告げた。
「私は、私の知る全ての事実を代行にお伝えする。けして偽らないと誓います。だが、私の推測をあなたにお伝えすることは拒否いたす。私の推測が、我が主の不利に働くことに繋がるのであれば、忠誠を誓った主に背くことになるからです」
アツリュウとヒシダ総監はしばらく黙って向き合った。
「事件の真相はあなたが突き止めるのですアツリュウ・ミタツルギ領主代行」
ヒシダが語気強く告げた。
「あなたが探し出した事実を私の前に並べてください、私は事実について知る限りをお答えする。だが、私の推測はけして述べない。納得いただけるか」
アツリュウは頷くしかなかった。
『アツリュウ、お前の敵はバンダイしか見たことのない海賊だ』
セウヤ殿下の言葉が頭に響いた。バンダイしか見たことのない……なんなのだいったい。
今の話からすると、海賊ではない線も探らねばならない。だが、領地が廃領される危険まで冒して、バンダイが帰ってこれないほどに怯える相手。
自分はその姿の見えない相手を、突き止めることができるだろうか?
何から手を付ければいいのか見当もつかない。途方に暮れる思いがした。




