14.大切な友
「あの馬は、良い」
前回の宮殿訪問から1カ月経ち、リュウヤ殿下の月命日という口実で、セウヤ殿下はまた舞台に調査にいくと決めた。
王宮に向かう馬車の中で二人きりになり、セウヤが嬉しそうな顔を隠しもせず、『お嬢さん』を褒めるのをアツリュウは聞いていた。
セウヤはとても上機嫌で語った。リエリーは笑顔を見せることも増え、自分とお茶も一緒にするようになり、小さい声ではあるが会話が戻ってきた。喜ばしい、すべてあの特別な馬のお陰だ、あの馬に好物をたくさん与えておけという。
アツリュウはかしこまりましたと頭を下げた。話はそこで終わりかと思われたが、続きがあった。
「しかし私は、乗馬は許したが、厩舎にリエリーを連れ込んでいいとは言っていない」
連れ込む? 嫌な感じの言い回しだった。
「付き添いの従者に報告を受けたが、リエリーは馬の毛を整えたり、桶で水をやったりと馬の世話までしているそうではないか、しかもお前と二人きりで」
二人きりという言い方はどうかと思う。自分たちの周りには従者に姫の護衛に、姫の侍女にとずらりと控えている。さらに乗馬でも厩舎でも、自分は1度たりとも姫と会話していない、あからさまに見たこともない。慎み深くただの馬引きとして徹しているつもりだ。
けれど……
前回の乗馬での姫の姿が鮮明に頭に浮かぶ……
姫様が『お嬢さん』に水をあげたいと侍女に言い、侍女経由で良いですよと伝え姫様は初めて馬に水をあげた。
姫様が木桶に入れた水を、飲みやすいように馬の口元まで持ち上げた。
「お嬢さん、たくさん飲んでね」と可愛らしい声。
馬が水を飲みだすとその大きな飲み音に彼女が微笑む。馬に何かしてあげることが、彼女にとって大きな喜びなのだ。
木桶の重さに耐えかねて彼女の腕がふるふると震える。木桶を置けばいいのに、馬のためにと「うーん」と口を結んで頑張る姿が……
可愛い。
胸が詰まるように苦しい、けれどこの時間がずっと続けばよいと思う。
眩しい姫を、できるならばいつまでも見ていたい、それは許されることではないのに。
東屋でセウヤ殿下の後ろから、姫様を見つめたあの日。
自分は己がしたことの意味を理解していなかった。
あなたはまるで夢の中の人、手が届くはずもない、別世界に住む妖精のようだった。
今は分かる、彼女がただの16歳の少女だったのだと。
彼女は自身の全てを他人に捧げ続けて、これほど深い傷をおってなお、馬に何かしてあげたいと、それが嬉しいと微笑む。そんな姫様想うと胸が苦しい。どうしようもなく、あなたを守りたいと切望する気持ちを止められない。
馬の背に隠れながら、彼女がそうっと自分を見ていることを知っている。目が合うとすぐ視線を伏せる、そのしぐさに……
愚かにも……自分が彼女の特別なのだと錯覚する。
あの甘い感覚にすぐに溺れてしまう。
彼女は俺を慕っているのだと、あの瞳が告げている。
何と愚かで、恐ろしい。
俺はおかしくなり始めている……
「私は気づいたのだ。あの馬を引くのはお前でなくともよいと。リエリーが望むだけ乗馬は続けさせる。だが、次回から別の者を付ける、お前は護衛の仕事に専念しろ」
静かに心を満たしたかけがえのない姫との時間。いつかは終わりが来ると知っていた。でもどこかでまだずっと先なのだと楽観していた。明日も、また次も、あなたに会えると……
今、セウヤの一言で終わりを告げた。
「承知しました」
考える間もなくするりとその言葉は出た。
その後、有難いことに殿下は何も話さず、返事を求められることがなく沈黙が続いた。
何か問われても、言葉を返す自信がなかった。思った以上に胸がえぐられる。
……俺は確かに、過ぎたる幸せを味わいすぎたのだろう。
また当たり前の日常に戻るだけなのだ。アツリュウは己に必死に言い聞かせる。
拍子よく石畳の路地を蹴っていく必死に馬の足音に意識を向けて、深く考えないようにした。
姫様が元気になるのならば、それでいい、そこに自分が居なくても。
昨日来たばかりの宮殿に着いた。
セウヤ殿下は、多い時は週に3回ほど宮殿を訪れる。
先日は南ルールド帝国からの国賓の午餐会に王族として同席していた。
セウヤ殿下にはたいそうな肩書の役職がいくつかある。
とはいっても、シュロム王家、シュロム派の貴族には、名目だけの役職が与えられている。実際に政の中枢に関わることはできない。セウヤ殿下が担うのは名誉職としてその顔を見せることである。
外賓の接待や、褒章の授与を現王が行う後ろについて、補佐するような差しさわりのない、お飾り的な仕事である。ことあるごとに、ビャクオムより格下であることを、公の場でさらさねばならない。
セウヤの父ハリーヤは、その屈辱的な扱いに耐えられず、グイド王から命じられた公務は一切行わない。彼が13歳まで見て来た景色は全く逆の、ビャクオムが彼の祖父ミコヴァナの廷臣として、頭を垂れている姿である。彼は今だ、たった22歳の若造であるグイドに、臣下の礼をとることができない。
グイド王即位から、シュロムの公務はすべてシュロム第一王子リュウヤが行っていた。そして現在は第2王子のセウヤがその役を引き継いでいる。
セウヤ殿下は少しでもグイド王に近づき、兄の暗殺の証拠をつかみたいのだ。
セウヤは兄の無念を晴らすため、グイドに与えられた務めを水が流れるように、色も付けず温度もつけず、求められたことに過不足なく淡々とこなしていた。
セウヤ殿下の公務の内容によって、殿下の護衛の体制は変わる。今日の舞台の調査は、目立つ動きとならないよう、前回と同様、シンライガ団長、スオウ副団長、自分の3人の護衛と少人数で行う。
前回と同じく、極彩色の不気味で、薄暗い回廊を抜け、舞台に到着した。
厚く黒い雲が空を覆い、遠く山の際に稲光が見えた。山ではすでに激しい雨が降っていて、その雨雲はすぐにもこちらに来るようだった。庭園の木々がしなるように揺れ、秋の紅葉が始まった乾いた色の葉が舞い上がり、吹き流れていく。
得るものは何もなく、セウヤ殿下は不満顔のまま、帰ることを決めた。
回廊に戻り、シンライガ団長が石の重い扉を閉めると、足元もおぼつかない暗闇に、スオウ副団長が携帯してきたランプを付けた。回廊の彫り込まれた神獣たちが、ランプの光に浮き上がり不気味さを増す。
「止まれ!」
車椅子を押し、扉から三歩ほど離れただろうか。セウヤが鋭く命じ、すぐに全員立ち止まった。
「ランプをかざせ、そこだ」
セウヤが指さした先に、スオウ副団長が灯りを近づける。
「あかいはなだ」
護衛3人は、セウヤの言葉に何も返さなかった。セウヤの指さす先には、鼻の長い神獣が1頭、極彩色で塗られている。他の神獣とさして変わりはない。
「あかいはなだ、見ろ」
セウヤの意味不明の言葉に首を傾げながら、目を凝らす。
「確かに、この神獣は鼻が赤いですが、殿下、それが何か?」
「あかいはなおーせ」
不気味な調子をつけてセウヤは言い肩越しに振り返った。
一瞬で、あの日の光景が浮かんだ。
別邸に姫を訪ねて行った日、姫が、錯乱した『水鳥の上様』を鎮めようとしていた。あの時彼が歌うように繰り返していた言葉。特に意味もない言葉だと気にも留めなかった。
「この回廊にいる神獣で、赤い鼻の獣はこの1頭しかいない」
驚くべきことをセウヤがサラリと言った。副団長がかざす灯りをたよりに、近くの神獣を確認する。
確かに、色とりどり、様々に塗られているが、赤い鼻はこの1頭しか見つけられなかった。しかし、彼はこの長い回廊の全ての神獣を見て、それに気づいたのいうのか……
驚きが覚めぬうちに、セウヤが「押してみろ」と命じた。
「赤い鼻を押せ、という意味かもしれぬ」
シンライガ団長が頭よりやや低い位置にある、その神獣の赤い鼻の部分を手のひらで押した。
ずずっと鼻が動き、石と石がすれる音がした。
シンライガ団長が驚きに動きを止める。その場にいる全員に戦慄が走る。
彼が殿下に目で、動かしてよいかもう一度許可を求めた。セウヤが一度深く息を吸い、唾を呑み込んだ。スオウ副団長が周りの気配をさぐり、だれもいないことを確認する。
セウヤが頷き、シンライガ団長が赤い鼻を押した。奥へと動く鼻を押し込めるところまで動かした。
ガチっと金属音がして、神獣の真下の石が、震えて動いた。
スオウ副団長がしゃがみこんで、下の石に触ると、まるで木戸のように横に流れて、小さな扉が開いた。
人が四つ這いになって、進めるほどの暗闇の穴が出現した。
「隠し通路だ」
シンライガ団長とスオウ副団長がランプを掲げて、通路の中をうかがっている間、セウヤは通路を見ていなかった。
彼は呆然としていた。みるみる蒼白になり息が荒くなっていく。
「殿下? どうしました」
彼を後ろから覗き込むと、いきなり腕を掴まれた。すごい力で握ってくる。
手ががくがくと震え、自分に縋りつくように身を寄せる。
スオウ副団長がセウヤの異変に気付く。
「殿下、どうなさいましたか? お顔が真っ青です。こちらの調査はひとまずやめて……」
「いいんだ。もう、行くしかないのだ……」
スオウ副団長の言葉をさえぎって、セウヤが絞るような声で言った。
「では、まず一人入ってみます、殿下はここで……」
シンライガ団長の言葉にセウヤが首を振った。
「この通路がどこに通じているのかは分かっている、スオウは通路から来い、シンライガ扉を開けろ、舞台に戻る」
セウヤは淡々と指示してながらも、目は別の物をみているように焦点を結んでいない、蝋人形のように顔は血の気を失っている。
セウヤに命じられるまま、シンライガ団長は扉を開け、通路に入ったスオウ副団長を残して、舞台に戻った。セウヤに言われるままに、『新月の舞』の側の扉横にある柱の前で待った。
音もなく、壁の一部が動いて、スオウ副団長が現れた。
シンライガ団長と、スオウ副団長が驚きに見つめ合う。
「殿下、この隠し通路はいったい……」
セウヤは顔を両手で覆い、俯いていた。泣いているように見えた。
肩が震えて、指先に力が入り、額に爪が食い込んだ。
舞台の空は暗く、滑らかな石の床に、ポツ、ポツと雨粒が落ちだした。
セウヤが顔を覆ったまま何か言った。聞き取れず、3人が耳を寄せる。
「……はとは何だ?」
「殿下、なんですか? 何とおっしゃいましたか?」
「ゆずりはとはなんだ」
『ゆずりは』という聞きなれない単語にシンライガ団長とアツリュウが目を合わせて首をふる、しかしスオウ副団長が答えた。
「ゆずり葉でしたら、樹木の名です。シャクナゲに似た、細長い葉を付ける木がございます」
「細長い葉……」
セウヤが顔を上げた。雨粒が次々と床を打つ、強い風に斜めに叩きつけられるように、雨が強くなっていく。雷光が光った。セウヤの今にも叫び出しそうな顔そこにあった。
「アツリュウ、アツリュウ」
セウヤが何度も呼んだ。
急いで正面にしゃがみこんで殿下どうしましたかと覗き込むと、彼が両肩を掴み、車椅子から落ちて前に倒れこんだ。
そのまま崩れるように腰をついて、セウヤを支える。シンライガ団長がアツリュウの体を後ろから支えた。
「指輪だ、ゆずり葉の指輪」
セウヤが自分に縋りつくように腕を掴む。
『指輪はどこだ、ゆずり葉の指輪はどこだ、陛下のところに行かねばならぬ』
あの日、リエリーの祖父が叫んでいた言葉。
セウヤが激しく頭を振った、彼は取り乱し、苦しさから逃れるようにこちらの両腕を渾身の力で握ってくる。団長がセウヤを後ろから抱えるようにするが、彼はアツリュウから離れない。
「あの、指輪を見た」
雷鳴が轟く、雨が激しく床を叩き、セウヤの頭を濡らし、前髪が額に張り付いて、そこから雫が顔に流れていく。
「……うえが……」
セウヤが泣いているのか、雨が頬を伝っているのか分からなかった、けれど彼の目が助けてくれと叫んでいる。
アツリュウ助けてくれ、助けてくれ、私を助けてくれと……
「あの日……私は見たんだ、いつもと違う模様の指輪をしているのを」
4人ともずぶ濡れになって、舞台に座り込んで、セウヤ殿下を見詰める。
彼のあまりの取り乱しように、誰も口が聞けない。
「……父上が」
父と言ったとたん、セウヤは嘔吐した。自分の体に吐いてきて、苦し気に息を継ぐ。
ただセウヤの体を支えることしかできない、彼は吐き続ける。冷たい雨に体を濡らしながら、彼の嘔吐物の臭いと温かさがアツリュウの胸に広がる。呆然と見るだけで、体が動かない。
いきなり、体から重さが消えた。シンライガ団長がセウヤ殿下を抱きかかえている。
「戻る、スオウは隠し通路から戻り、扉を完全に閉めろ。アツリュウ、車椅子を持ってついてこい」
嘔吐物に濡れたまま、立ち上がる。激しい雨に、服の中まで雨が入り込んでいる。急いでシンライガ団長を追い、厚い石の扉を閉じた。
四つ這いで出てきたスオウ副団長と、隠し扉を閉めるのに苦労した。あれこれ試して、神獣の赤い鼻をいじると、また金属音がして、何とか扉を元通りにすることができた。
ずぶ濡れのまま、殿下を抱きかかえて急ぐ姿に、宮廷の者が異変を感じて、医官を呼びますからと呼び止めたが、シンライガ団長は短く断って、馬車に戻ると宮廷を後にした。
シンライガ団長に抱きかかえれらたまま、セウヤはどこを見ているか分からない視線で死んだように目を開けたまま動かなかった。
4人乗りの馬車に、殿下を抱いたままの長身のシンライガ団長と自分が向き合うと、中は驚くほどに狭かった。
稲妻が光って激しく雨が打ち付けてる。御者が馬をなだめるのに難儀しながら、ゆっくりとしか馬車は進まない。
「降ろせ……」
力なくセウヤが呟いたが、体制を狭い馬車で変えることが難しくシンライガ団長は謝りながらそのままセウヤを抱いていた。
「リュウヤ兄上は、父上が殺したのだ」
セウヤが上をぼんやりと眺めたまま、感情のこもらない声で言った。
「まさか、ハリーヤ殿下がそのような……」シンライガ団長が驚きに呟いた。
「私はリュウヤ兄上の葬儀の前日、兄上の遺体を調べていた。何度調べても異変を見つけられなかったが、あの晩遂に見つけたのだ。兄上の口の中は青黒かった。尋常な色ではなかった。私はすぐに毒の反応だと分かった。さらに体を調べると、背中の右肩甲骨の下のあたりに、針で刺されたような赤い点を見つけた。毒針にやられたのだと思った」
少しずつはっきりと話し出すセウヤの身を団長が起こした。膝に乗せられた彼はまるで幼子のように見えた。
「舞の舞台で、兄上に触ることができたのはグイドただ一人、だから私はあいつが兄上を殺したのだと疑わなかった。だが、あの隠し通路。あれがあれば、殺せる人間は他にもいることになる。そしてそれは、あの隠し通路を知る人物だ」
アツリュウ、わかるだろう?とセウヤが呟く。
あの隠し通路はとても古めかしかった。昨日今日できたものでは無い。
あの通路を造ったのは、あの宮殿の前の持ち主だ、すなわち200年余り王宮にいた者。
シュロムの王族。
そして、その開き方を語ったのは、セウヤの祖父。
『あかいはーなおせ。 ムラドを走らせる。 ゆずり葉の指輪を探せ』
彼はそう叫んでいた。
「父上はいつもシュロム王家家紋の『棕櫚の木』の指輪をしている。だがあの日は違った……」
「あの日とは、リュウヤ殿下が落ちた日でございますか?」
シンライガ団長の問いにセウヤがゆっくり首を振る。
「あの日だ、私が落ちた日。馬が突然走り出して放り出された。リュウヤ兄上の葬儀の日」
団長と二人、しばらく口が聞けなかった。
「なあアツリュウ、あいつはしきりに言っていただろう。走らせる、ムラドを走らせる、ゆずり葉の指輪でムラドを走らせると。おそらく、指輪に毒針が仕込んであるのだ。それに刺されると意思と関係なく走りだしてしまう神経毒なのだろう。だから、私の馬は突然走り出した。はっきり覚えている、馬に最後に触ったのは……」
暗い馬車の中で、セウヤが死んだ目をしている、絶望しながらその口元は笑っていた。
「父上だ。あの日父上が馬の首を撫ぜたんだ。ゆずり葉の指輪をした手で」
乾いた笑いがセウヤから浅い息と一緒に吐き出される。
「恐らく、シュロムの王家が、ビャクオムの脅威を感じた時に、いつでも王子を殺せるようにあの舞台が造られた。王権を持たない側の『新月』を舞う側に、隠し通路と身を隠す柱を造った。あの柱に隠れらたら、後ろから忍び寄ることができる。そして毒針を一刺しすれば簡単だ。あの舞台は走っていけば必ず落ちるようにできている」
セウヤは笑おうとして、声は音にならなかった。
「祖父はミコヴァナ王に命じられていたのだろう、ビャクオム・ムラドを殺せと、だがあいつはできなかった。だがその殺しの方法は、恐らく父上に引き継がれた。そして…… 兄上は走らされた。兄上が、兄上が……、成すべきことがたくさんあった、必ずそれを、きっと兄上なら成し遂げた、兄上が、私の兄上が……」
涙は出なかった、悲痛な叫びで何度も兄上と呼ぶのに、セウヤは泣くことができなかった。
シンライガ団長がセウヤを抱きしめた、彼は縋りついて何度も兄上と呼び続けた。
長い間そうしていて、セウヤは震えてしがみついたまま、団長に顔を埋めていた。
団長が、迷いを含んだ声でセウヤに語り掛けた。
「殿下……、私にはどうしても、解せないことがあるのです。どうしてハリーヤ殿下は、ご子息たちを害さねばならないのです。私にはその理由がわかりません。私なら、隠し通路から、グイド王を殺します。彼に子供はいない。そうすれば、シュアロムが王権を奪還することができるではないですか?」
「できないんだ……それはきっと、できない……」
セウヤはシンライガ団長にしがみつきながら、小さな声で苦し気につぶやいた。
「できない? どうして、グイド王に忍び寄って刺すだけでいい」
「兄上が……守るからだ……、新月側から、グイドの舞う満月側に行くには、必ず兄上の目に留まる。兄上は新月の側にいるのだから。そして兄上がグイドに近づく者を見つければ、兄は必ずグイドを守る、命に代えても」
セウヤは顔をあげ、兄上は……と言葉を繋ごうとして、言葉にならなかった。替わりに涙が両頬をとめどなく伝った。
「兄上は私に、言ったことがあるのだ。グイドは友だと。己の生涯をかけて守り抜く、大切な友だと」




