126.夢の中のようなできごと
エイヘッド神殿にヨンキントの代わりになる新しい大神官が赴任するらしいと、アツリュウの耳に入った。ヤナをひたすら待っているアツリュウにとって、彼の居場所が無くなることは耐えがたいことだった。しかし、神殿の人事に領主代行は全く関りがない、どうにもできない悔しさで聞くしかなかった。
だが新しい大神官は噂だけで現れることは無かった。エイヘッドの情報が集まる商工ギルド長の息子であるタクマ―によれば、エイドドアドの神殿の神官長である御大が、都から来た新しい大神官を受け入れず追い返したとのことだった。
『国家権力を使ってお前に惚れている男を助け出してみたらどうだ、陛下を使って神殿に揺さぶりをかけてみろ』
スオウが言ったことを何度も考えている。だがアツリュウには自分に何ができるのか見いだせずにいた。今回、御大がとった行動にその「何か」の手がかりを見出した気がした。
アツリュウは『国家権力』とやらにどれだけの力があり、自分の手が果たして神殿に届くのかは分からなかったが、『自分ができること』と『権力』を最大限結び付け、ヤナを取り戻す決意をした。
まず領主代行の権力を使い、タクマ―の父であるエイヘッド商工ギルドの長に口をきいてもらい、エイドドアドの御大に面会する機会を得た。会うだけなら代行の自分でもできる、だが商工ギルドの信用が後ろ盾であることは大きな意味を成すのだ。
エイヘッド領の民が生き神様のように敬う御大は、アツリュウが会ってみると、純粋な信仰を根に持っている人物で、ヨンキントへの信頼が厚かった。
「絶対に、新しいエイヘッド大神官を着任させないでほしい」
アツリュウの頼みに、70歳を超える御大は、腹の底から声をだして笑った。彼を前に商工ギルドの口利きなど必要なかったのだとすぐに分かった。アツリュウの親友であるヨンキントを守って欲しいと、素直な気持ちのまま御大を頼った。御大もまたヨンキントの人となりに心酔した一人なのだ。
「エイヘッド大神官はヨンキント様以外におられません。頼まれずともこの老骨の最後の務めとして、けして誰も受け入れませぬ」
ヨンキントが戻る場所を失わせないための防波堤として、御大は中央の神殿と戦ってくれると了承してくれた。
次にアツリュウはセウヤに書簡を送った。
「あなたの力を貸してくれないか?」
アツリュウはセウヤに対して何の見返りも渡せないただの友人として彼に助けを求めた。
◇◇◇ ◇◇◇
季節は廻り、豊作の秋を得てエイヘッドの困窮も納まり、蓄えのある冬を迎えることができた。
冬の訪れの前に、バッシャールは連れてきたピプドゥの男たちの大多数を、大森林の道を使って国に帰らせた。彼がバッシャールとして立ち、13部族を率いると確固たる意志を見せたことで、バッシャールから離れなかった彼らも納得し、王の帰りをピプドゥで待つことにしたようだ。
グイド王とセウヤによって編成されたヒルディルド調査隊と共に、ピプドゥの男たちは森の人の助けをえて、大森林へと去って行った。
数人の部下を残し、ピプドゥの兵団の面倒から解放されたバッシャールはいよいよ身軽になって、エイヘッドとモーリヒルドを行き来しながら、楽しそうにヒルディルド国を探索している。宮廷に顔をだしてはグイド陛下の軍事顧問も精力的に行っている。
グイド王は初めの頃、彼に会うのが怖いと嫌がっていたらしいが、今ではセウヤへの愚痴も減り相変わらずの役者になって、バッシャールの前で強面で演じているらしい。
身長よりも雪が積もるエイヘッドの冬は、想像したこともない寒さだった。
濡れた手で金属を触ると、糊で貼りつけたように手にくっつく現象にアツリュウは怖れ慄いた。全ての物が凍り付き、雪で覆われた。
外が寒いだけに、エイヘッドの人々は屋内での楽しみをよく知っていた。研究熱心なリエリーは伝統的なエイヘッドの冬の楽しみ方を聞いてきては、真面目に準備をしてアツリュウを楽しませようとしてくれる。リエリーは生まれて初めて雪遊びを経験した。使用人の子供達に教わった雪だるまを作ると張り切って、それは大きな雪玉が2つできあがった。しかしあまりに大きく重くて、頭を持ち上げて体に乗せられず、「うーん」とプルプル頑張る彼女の姿があまりに可愛くてアツリュウは手伝わずに眺めていた。結局彼女は、二つとも体にして、小さめの頭用の雪玉を作ると、2体の雪だるまを作ってくれた。「アツリュウと私です」とにこにこ満足顔のリエリー、何もかもが可愛いすぎて困る。
寒いほどに、アツリュウはリエリーを温めることができる喜びがあり、冬ならではの幸せを彼女の心の温もりの中で知ることができた。
あまりに寒ければ代行の仕事は放りだして都に帰ろうと本気で思っていたアツリュウであったが、『猫月』12月にそれは手の込んだ誕生日の祝いをリエリーはしてくれて、アツリュウは20歳になった。来年もこのエイヘッドの地で、誕生日を妻に祝ってもらいたい。
エイヘッドを覆う白銀の雪は穢れなくどこまでも美しい。この地で彼女と生きていきたい、そう強く思った。
春になり『隠れウサギ』の4月を迎えリエリーがもうすぐ18歳になる。
モーリヒルドの都で、遂にササナリ家恩賜の儀式が執り行われる日がやってくる。アツリュウとリエリーはモーリヒルドへと旅立った。
◇◇◇ ◇◇◇
王宮の儀式が執り行われる広間は、ビャクオム、シュロムの貴族諸侯が居並ぶ。豪華絢爛な式典は盛大に開催された。
ササナリ家恩賜の儀式はリエリー王女が主役である。
白い着物に金糸の刺繍が散りばめられ、長く裾を引いている。額を美しく飾る宝石の連なりが揺れる。あまりの美しさに人とは思えない、月から遣わされた女神。長い睫毛は伏せられ、神官の祝詞が慈愛の雨のように彼女に注がれる。
王女の婚約者のアツリュウはミタツルギ家の5男としてミタツルギ家当主の横に控えねばならなかった。まだ、彼女の隣には立てないもどかしさの中で、心震えるほどに美しいリエリーを見つめ続けた。
アツリュウにとってミタツルギ家当主のシュスリュウと会うことは想像することさえも厭わしい事態であった。だが式典で当主の位置に代理としてに並んだのは次男のセキリュウだった。セウヤ殿下からの厳命で私が来たとセキリュウは教えてくれた。
苦しい時もあった。たった一人で生きていかねばとずっと思っていた。けれど今は自分を守ってくれる者、そして味方になってくれる者が大勢いる。アツリュウは前方のシュロム王家の座にいるセウヤを見つめる、彼はすぐに気づいて視線を合わせてくれた。セウヤがアツリュウのために友人として動いてくれた。そしてセウヤはグイド陛下を動かし、今日の儀式を司る神官はエイヘッド大神官ヨンキントだ。
髪を下ろし額をエメラルドが飾りヨンキントを雅に輝かせている。濃淡の異なる緑色を重ね、金と銀がふんだんにあしらわれた袈裟が美しい。背の高い彼は煌びやかな、衣装と法具に囲まれると、普段の彼からは想像もできないほどに色を着こなし周りを圧する美丈夫になった。
威厳に満ちたエイヘッド大神官は、全くの迷いなくこの場を統べるものとして儀式を進行していく。
アツリュウはセウヤに送った書簡で、ササナリ家恩賜の儀式においては、エイヘッド領の神殿と神官の長であるエイヘッド大神官が取り仕切るよう願った。何百年も実施されていない儀式であるので、陛下が新たな決まり事をつくれば良い。
「恩賜の儀式はエイヘッド神官の務め」そうグイド陛下が取り決めた。
恩賜の儀式は、モーリヒルドの宮殿でビャクオム、シュロムの貴族諸侯が招かれ盛大に執り行われる。その儀式を司る神官をエイヘッド大神官とするならば、ヨウクウヒ王といえどエイヘッド大神官の肩書を持つヨンキントを隠したままにはできない。陛下の命に従って、儀式の表舞台にヨンキントを登場させる。
ヨウクウヒ王が新しいエイヘッド大神官を立てようとしても、エイヘッドの神官達を掌握している御大が突っぱねる。だからヨンキントはエイヘッド大神官の座を降りていない。
さらに、モーリヒルドでの儀式の後は、エイヘッド神殿での儀式も組み込み、エイヘッド大神官に執行させる。エイヘッド大神官がエイヘッド領で仕事をしなければ、ササナリ家恩賜の儀式が終わらないようにするのだ。ヨンキントを陛下の命のもとエイヘッドに戻す計画をアツリュウはたてたのだ。
儀式は滞りなく終わりリエリーはシュロムを離れササナリ家当主となった。
そして婚儀へと儀式は進む。
アツリュウ―は進み出て、ササナリ家当主リエリーの夫として陛下からの承認と神官からの言祝ぎをうける。
待ちわびたリエリーの隣に立つと、彼女はほとんど倒れそうな感じで目を潤ませていた。
遠目に儀式を見守っていたときは、凛としてただ美しく落ち着いているように見えたが、リエリーはもう限界に近いようだ。新しいササナリ家当主に相応しく、笹に隠れてしまうウサギなのだ。
すみれ色の瞳に、大丈夫だよと心で伝える。
彼女の目が少し細められて、甘えるようにみつめてくる。口の形だけで「アツリュウ」と呼んでくる。
うっとりと眺めていると、頭のうえからヤナの声が聞こえる。
ヤナは以前に比べると痩せて白くなった。目は感情を映さず、リエリーにもアツリュウにも特別な眼差しを全く見せず、淡々と神官として儀式を進めていく。
きっと父王に、自分達二人が特別な存在だと気づかれたくないのだろう。彼の優しい微笑みを見ることはできなかったけれど、その心の内をアツリュウは誰よりも分かっているつもりだ。
アツリュウとリエリーは誓詞をヨンキントの前で一緒に述べた。
「今日の生日の足日の吉日 夫婦の結びを固むるに至りましたことは月女神様の尊いお導きの賜物です。この喜びを終生忘れることなくいかなる時もお互いを信じ助け相和して平和な家を築きササナリ家の祖として繁栄をはかります。どうか幾久しくお守りください」
夢の中のことのようで、足が地についているのかもおぼつかない。誓詞を言い終わった時、アツリュウはササナリ家に婿入りし、本当のリエリーの夫になった。




