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125.アツリュウが何度でも言うから大丈夫

 リエリーはカーリンと一緒にエイドドアドの街を馬車で移動していた。

 リエリーは定期的に、女神殿の女性医師の診察を受けていた。医師が王女を訪ねるのが当然なのだが、リエリーが自ら望んで神殿に通っている。美しい海辺の丘の神殿で祈りを捧げると心が安らぐので神殿に行くのが楽しみだった。今日はカーリンが付き添ってくれて、帰り道に二人で買い物をする予定である。


「体重も増えてきて、体調も良いですねと褒められました。飲んでいた薬草も今回は処方されませんでした」

 

「リエリー元気になって良かったね。あれどうしたの? そんな大きなため息をついて」


 急にカーリンに問われ驚く。ため息をついていたことに気づいていなかった。


「今までは良く眠れていたのですけど……ここ数日なかなか寝付けないし、夜起きてしまって……こんな弱虫ではだめだなと思うのだけれど……私って子供ですよね」


「どうしたの? リエリー心配事でもあるの」


「アツリュウと相談して、結婚はヨンキントが帰るまで待つことに決めました。それからは寝室は別にしているの。それが寂しくて……その、夜のことが無いからとかではなくて、今まで毎晩抱きしめられて眠っていて、それに慣れてしまって……その……それが急に無くなったら眠れなくなってしまったの」


 カーリンがくーっと変な声を出して、目を閉じて上を向いた。片目をあけて「ごめんリエリー」とすまなさそうな顔をする。


「悩んでるのは分かってるんだけど、あなたたちの甘々にあてられました。リエリーから逃げ回っていた変人である、あの代行が今ではベタベタの激甘ですからね。毎晩抱きしめられてましたか。でも、それなら寂しくなって当たり前でしょう。別に弱虫でもなんでもないよ。代行は何で今更慎ましい婚約者にもどったかな。もう妊娠騒ぎまであったのだから気にしなければいいのに」


 妊娠騒ぎを起こした本人が、全く他人事のように言った。


「アツリュウは人目を気にしているのではなくて、私の体を心配しているのです。まだ私がとても痩せているから、今赤ちゃんができたら体への負担が大きいだろうと考えるみたいです。私たちは、つい最近までセウヤ兄様のことを恐れていて、いつ引き離されるのか、もしかしたらアツリュウは殺されるのではないか、という強い不安の中にいたのです。将来のこととか頭になくて、ただ今一緒にいられることが嬉しくて求め合ってしまったというか……でも、その不安が無くなった今、現実的なことにも目がいくようになって、だから……私はもっと自分の立場に相応しい行動をしないといけなくて……」


「そんなの、赤ちゃんができるようなことをしないで、抱きしめて寝てもらえばいいじゃん」

「そんな……ことは……私の我儘かなと思って。だって私の体を気遣ってアツリュウが我慢しているのに、さらに我慢を強いるのは申し訳ないです」

 カーリンがそういうもんかなあ……と呟いてから「シオさんに相談してみたら?」と聞いた。


 カーリンの言葉にリエリーはもじもじと恥ずかしくなった。


「相談しました。そうしたらシオは、心配しなくてもアツリュウが我慢できなくなって、向こうから来るからと笑ってました。それで、アツリュウの心配事を解決するための方法を教えてくれたけど、私にはちょっと……恥ずかしすぎて無理です。はー、シオは本当に魅力的な大人の女性です。私はずっと母のように慕ってましたが、今ではとても母には見えません。お姉様です、それもすごく頼りになる……けど……まさかシオとこんな夜の話をすることになるとは思って無くて、気持ちが追い付かないというか……アツリュウとのこともすごく幸せですけど、慣れていなくてどうしていいか分からなくなることばかりで……」


 リエリーは増々頬に熱がいくのを感じて、真っ赤な顔になっていると思った。


「分かる! シオさんの大人の女性の余裕が素敵よね。大丈夫だよリエリー、シオさんがいたらリエリーの困りごとはどうにかしてくれそう。それにリエリー、色んなことが起きたばかりで戸惑うのは当然だよ。だってリエリー17歳だよ。それなのに命がけの戦をして代行を取り戻した。そりゃー不安になって、夜ぎゅーっとしてもらいたい気持ちは、乙女である私にはよーく分かる。遠慮しないで、もっと甘えていいよ、代行も甘えられたほうが嬉しいと思うよ」


「そうかしら……我儘でない?」

「リエリーは自分で勝手に結論を出して我慢する癖がついているよ。前にも言ったでしょ、お願いをして、それに応えるかどうかは相手が決める。だから代行はできない時はちゃんと断ってくれるから、代行を信じてお願いしてみたら? リエリーだって代行が一人で勝手に我慢するより、相談してほしいでしょ?」


「カーリンありがとう。アツリュウにお願いしてみます。アツリュウはね本当に優しくて、言ったら絶対にお願いをきいてくれると思うの。どうしてあんなに優しいのかしら……」


 カーリンがわざとらしくため息をついて「ごちそうさま」と呟いた。


「アツリュウは優しいだけではなくて、私の意思を大切にしてくれるの。だから私がやりたいことをすればいいよといつも応援してくれるのです。でも、領主代行として忙しくしているアツリュウを見ると、私もアツリュウを手伝いたいし、何か役に立ちたいのです。今まで、父や祖父からやりなさいと命令されたことをひたすらしてきたので、何をすべきか考えて自分で決めることは難しいことだと知りました。これから彼の妻になって支えていくのに、どうしたらいいか分からないの。私駄目ですね……」


「ねえ、リエリー。自分が駄目だと思うのは悪ことばかりではないけど、駄目だと決めたらそこで止まってしまうよ。顔を上げて自分をよく見て、駄目な所もあるけど、良い所もある。そして私から見るリエリーは良い所だらけで、その駄目だと思っているところでさえ、リエリーの素敵なところに見えるよ。大丈夫、一つずつでいいんんだよ。自分がやりたいと思ったことを口に出していいんだよ、あなたの周りには助けてくれる人がたくさんいるから」


 リエリーはカーリンの言葉が嬉しくて、隣の彼女にぎゅっとくっついた。

「私ね、一つしたいことがあるの。バッシャールが連れてきたピプドゥの兵士たちは、山小屋の近くに建てられた宿舎から出られないでしょう。だから慰問で歌をうたってあげたいの。それから、希望する人にはヒルディルド語を教えてあげたいのです」


「リエリーはあんな怖い思いをしたのに、ピプドゥの人たちに良くしてあげたいんだ。すごいな、やっぱり王女様の覚悟があるんだね。私は怖くて近づくこともできない」


「せっかくピプドゥ語が話せるのだから、役に立ちたいのです」


「リエリーにしかできないことだね。でも無茶しちゃだめだよ、安全には気をつけてって、あの不愛想な冷血護衛剣士様がいるから大丈夫か……ほんとあのスオウって人は声以外良いとことが無い」


 リエリーはひどい言いように苦笑いしてしまう。スオウはアツリュウの補佐官になったのに、リエリーの護衛でいることは辞めないつもりのようだ。今日も港町に出るリエリーの護衛として付いてきている。


「それでシオさんとスオウ護衛殿との仲は進展したの? 3点から得点は上がったの?」


 スオウは先日シオに求婚した。リエリーもその場にいたが、それは残念な求婚だった。跪いて求婚の言葉を述べたスオウの上から、シオがうっかり水たまりを踏んだみたいな残念な顔で「不合格、3点」と言い放った。ちょっと固まって動かないスオウに「3点というのは、100点満点中の3点ですよ」とさらに追い打ちをかけた。


「仕事終わりのついでみたいに、いきなり求婚されてもねえ……いやせめて、仕事が終わってから二人で会う約束ぐらいしろという……て、いうかもはやその3点は何の得点か謎だよ、私なら零点だね」

 

 スオウがそれから何もしないと聞いたカーリンが、花を送れとか食事に誘えとか、せっつくので、彼は言われた通りに先日素敵な花束をシオに送っていた……がしかしシオはそっけない。


 目的の買い物場所である宝飾店に着いた。リエリーとカーリンが護衛で付いてきたスオウに、今日は彼がシオに贈る物を購入するために来たのだと告げると、職務中にすることではないと非常に冷静に断ってきた。しかしながら、すごい剣幕で止まらないカーリンを黙らせることのほうが得策だと諦めたようで、リエリーとカーリンが目をキラキラさせて、興味津々で見つめる中でスオウは額飾りを1つ選んだ。赤いルビーの石はシオの印象にぴったりだとリエリーは思った。きっと彼はシオのことをよく見ているのだろう。



                 ◇◇◇   ◇◇◇


 その日の夜リエリーが寝支度を済ませて待っていると、いつものようにアツリュウがお休みを言いに来た。

「あのねアツリュウ、お願いがあるのです」

 ん? と言って頭を少し傾けて優しい顔をする。そのしぐさを見ただけで、リエリーは彼がこれからするお願いを絶対に聞き入れてくれることが分かる。胸がきゅっと苦しくなる。


 見つめるばかりで言葉に出せないでいると、アツリュウはふわりとリエリーを抱き上げた。寝台に座ると膝に抱いて「なんだいリエリー」と覗き込んでくる。リエリーはアツリュウの目にかかった前髪を手ですいて後ろに流した。


「今夜はリエリーを抱きしめて眠りたい……うわっリエリーの目がまん丸。そんなに驚ろかなくても」

「どうして私のお願い事が分かったの?」


 すごく困ったような顔をしてははっと笑うと、アツリュウの額がリエリーの額にくっついてぐりぐりしてくる。いつものすりすりではなくちょっと痛かった。

「それがリエリーのお願いしたいことだったの? もしかして何日か我慢してたのか」


 こくんと頷くと、アツリュウがすぐに望んだとおりに寝具の中で横になり、リエリーの体をがっちり抱きしめて「これでいい?」と髪にキスをしてくれた。


「リエリーは長いこと我慢病にかかっていたから、油断するとすぐ我慢してしまうんだよ。だから俺にして欲しいことがあったら、なんでもすぐ言って欲しい」


 このごろ夜は涼しくなってきたので、アツリュウの腕の中の温もりが心地よい。それに、どうして彼はこんなにいい匂いがするのだろうといつも不思議、この香りに包まれていると頭の中がふわふわする。


「でも、アツリュウは代行のお仕事でいつも忙しいから邪魔をしたくないの。私も何かお手伝いしたいのだけど、何ができるのか分からないの」


 アツリュウの手がリエリーのうなじから髪の中にさしこまれ、引き寄せられる。唇を額にくっつけたまま話すので、彼の熱い息を額に感じた。


「あのね、リエリーは人のために頑張り過ぎちゃう病にもかかっていたんだよ、だからそれも治さないと。代行の手伝いなんてしなくていいよ、俺はリエリーのやりたいことを思い切りしてほしい」


「でも私、アツリュウの役にもっと立ちたいの」

 アツリュウの唇は額から離れて、頭に移り、ぱくぱく食べるようにキスをしてくるので、くすぐったくてひゃっと身をすくめた。


「あのね言っておくけど、リエリーを大事にできないなら、俺は領主の仕事なんてすぐ辞める。領主なんて俺じゃなくてもできる仕事。でもリエリーを幸せにするのは絶対に俺がしたいこと、誰にも譲らない。だから、領主の仕事なんてそんなに真面目に考えてないよ、リエリーのことに比べたらどうでもいい」


 リエリーは彼の腕の中で、あれ?っと思った。アツリュウが全力で領主代行の仕事に向かっていて、彼にとってこの仕事はとても重要なのだろうと思っていたから、どうでもいいなんて意外だった。


「俺ってさ、意外と何でも真面目に頑張っちゃうんだよね。でも、真面目にやってはいるけど、正直代行の仕事はどうでもいい。今はまだ手の抜き方が分からないけど、ゆくゆくは、どんどん人に任せて、自分はやりたい事だけしたい」


「アツリュウのやりたい事って何ですか?」

 アツリュウが体を少し離して「当ててみて」とリエリーの顔を覗き込んでくる。薄闇のなか表情ははっきりしないけれど、きっと目がわくわくしている気がした。


「あ、馬です! アツリュウは馬が大好きだから」


 笑顔の口の形のまま、アツリュウが唇をぐーっとリエリーの唇に押し付けてくる。キスというより猫が鼻をくっつけてくる挨拶のようだった。


「うん、その通り馬だよ! ここは牧草も良い土地だから、馬の飼育に適している。あー、早く面倒事は人に全部押し付けて、俺は馬に専念したい。それを夢見て頑張る。だからさ、俺は自分のやりたい事のために忙しくしているの。だからリエリーにも自分のしたいことをして欲しい。俺を助けるとか考えなくていいよ」

 いつも多忙なアツリュウを見ると、罪悪感のような気持ちが湧いて自分はするべきことをしていない気持ちになっていた。でも彼の話でなんだか、ちょっと気が抜けた気がした。


「リエリーは今集中している、リョマリョマの研究を好きなだけ楽しむといいよ。それはいつかはエイヘッドの産業に役立つだろうし、リエリーが言う領主の手伝いになってるいるよ」


「うん。ありがとうアツリュウ、なんだか気持ちが楽になりました。忙しいアツリュウを見ると自分は駄目だなって苦しくなっていたの」


「ねえリエリー、前にアツリュウは人のために自分を消してしまうと言っただろう、俺は確かにそういう所があると思う。でも自分ではどうしていいか分からないんだ。だからリエリーが私が見つけてあげるから大丈夫と言ってくれてすごく安心した」

 アツリュウが強く抱きしめてくる。


「リエリーは自分のために何かをすると、いけないことのように感じるんだよ、人のために生きなきゃって無意識に思ってる。だから俺も、リエリーが自分自身を忘れているときは見つけてあげるからね、リエリーは好きなことをしてもいいよって何度でも言うから。だから大丈夫」


 アツリュウに出会ってからずっと、私は彼がどんな時も私を守ってくれると知っていた。冷たく突き放されていた時でさえ、何かあれば絶対に守ってくれるそう確信していた。今は体だけではなくて、アツリュウは私の心も守ってくれるのだと教えてくれた。私はこの人に心も体も愛されているのだと信じることができる。喜びが心から溢れて、どうしていいかわらなくなるほどに強い幸福感に満たされる、抱き付くことしかできなかった。


「愛していますアツリュウ」

「知っているよ、何度も、何度も、リエリーが教えてくれたから。幸せで苦しい……愛しているリエリー」


 リエリーが口づけしようとすると、アツリュウが「うーんちょっと待って」と辛そうに待ったをかけた。

「いまキスすると、ぜったいに我慢できなくなる」

 リエリーも口にはだせないけれどアツリュウと同じ気持ちだったので、彼の胸に顔をうずめてため息をついた。すごく恥ずかしかったけれど小さい声で「シオに教わったのしてみますか?」と勇気を出して言ってみた。


「うーん、今それ言われるとすごい誘惑だけど。でもやめとく。だってリエリー恥ずかしいっていってただろう……無理すること無いし……その、結婚してからちょっとずつ試してみよう。それにしても、あの大人の秘密が、こんなにすぐ分かるとは思わなかったね。俺は永遠の謎で終わるんだと思っていたよ。リエリーもびっくりしたよね」


 リエリーはアツリュウがしないと言ったので正直ほっとした。無理強いしないアツリュウは優しいなといつも思う。

「ピプドゥの女性は、男性から守られる価値ある存在で、だからこそ対等にものを言ったり、自分を大切に扱うようにはっきり要求するのですって。だから夜のことも女性が主導権を持つことは全然恥ずかしいことではなくて普通のことです。ってシオは言うの……ちょっと私には頭が追いつかないです」


「いや、追いつかなくて全然大丈夫だよ、俺だって頭追いつかないよ。でもさ、俺たちまだ20歳にもなってないんだよ、あの人たち30歳だからねそりゃあ大人だよ、同じになんてできるはずないしそれに全部ピプドゥ式にする必要だってないし……」


 言いながらアツリュウがくすくす笑い出した。

「どうしたの?」

「昨年の今頃はさ、お嬢さんの背にリエリーを乗せていたなあと思い出した。あの時は、話すどころか、見ることも我慢してた。それなのに一年後にこうして抱き合って大人の秘密とか話してるんだ。一年前の俺に教えてやったら、びっくりするだろうなって考えたら笑ってしまった」


「あの時にはもうアツリュウのことが大好きだったの」

「俺もだよ、大好きでずっと見つめていたかったから、見ないようにするのがすごい苦しかった」


「なんだか創世神話の英雄ポーリンの帰還みたい。ポーリンはね、戦から故郷に帰ってきたら、すべてが雪に覆われて凍っていて絶望するの。でも神様がよく見なさいって教えてくれて、そうしたら、本当の姿はお花畑の春の世界だったの。絶望にしか見えないものが本当は希望だったというお話し。アツリュウといっしょにいた苦しい時、本当はずっとアツリュウに愛されていたんだなって、絶望だと思っていた世界がずっと幸せだったなんて、あの時の私には見えなかった」


「リエリーが氷漬けの俺をとかしてくれたんだよ、俺の女神様ありがとう」

 

 どうしても我慢できなくなってキスをしてしまい、それはあっという間に深くなってやめることができなくなった。口づけの合間に、熱い声でアツリュウがとても遠慮がちにお願いしてくる。切なげな愛おしい人のおねだりにリエリーは抗うこともできず、シオに教わった中で一番リエリーが恥ずかしくなくて無難な方法を二人で試してみることにした。

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