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121.2人の兄はどこへ

 アツリュウはエイヘッドに戻ってからずっとヤナのことを思っている。


 エイヘッド領主城に到着した日、出迎えてくれたオルゴン達との再会もそこそこに、1番に神殿に向かった。

 そこにヨンキントがいないということが、アツリュウにはしばらく理解できなかった。神殿の神官達が「大神官様はお戻りになっていません」と何度も説明する、それはたまたま今エイヘッドのどこかへ出かけているのであって、モーリヒルドからまだもどっていないなどそんなことはありえない……言葉は入ってくるのに、アツリュウの頭は受け入れることを拒否してしまう。


「先にエイヘッドに戻ります」ヤナは王宮で確かにそう言ったのだ。

 それなのに、何日経っても神殿に彼の姿はなく。アツリュウはヤナののんびりとした声も、穏やかな笑顔も見ることができずにいた。


               ◇◇◇    ◇◇◇


 エイヘッドにアツリュウとリエリー、サンバシそしてバッシャールが戻ってきて10日がたった。グイド陛下配下の者達と、セウヤ殿下がよこした者達が、バッシャールに張り付いて彼の動向を厳しく見張っている。お目付け役なのだろう、だがバッシャールはそんな者達に気をつかう義理はない、エイヘッドで勝手気ままに動きまわる。


 バッシャール程の男が何もせずにこの国にいる訳もないのだから、彼はここできっとピプドゥに有利になることを何か画策するだろう。でもバッシャールをヒルディルドに置くと決めたのはセウヤ殿下なのだから、バッシャールの手綱はセウヤ殿下が握ればいいことであって、アツリュウはピプドゥの第二王子という暴れ馬に乗る気はない。だからバッシャールの好きにさせていた。それがお目付け役たちを苛立たせる。

 バッシャールを手懐けるのが領主代行の役目だろう?と。


 王宮から派遣された男はとにかく上からものを言うが、結局のところバッシャールもアツリュウも相手にしていない。

 バッシャールはアツリュの言うことしか従わない姿勢を崩さないので、彼らの苛々は募るのだ。お目付け役達を適当にいなしつつ、アツリュウは遠慮のない物言いでバッシャールとやり合いながら、砦の解放と彼の部下たちの居場所づくりに忙しい毎日を送っていた。


 アツリュウとサンバシはエイヘッドに戻ってから殺人的な忙しさに翻弄されていた。その理由は1つ、スオウがいないからである。前からそうだとは知っていたが、アツリュウが理解していた3倍はスオウの事務処理能力は高かった。スオウが一人でこなしていたエイヘッド特別隊と領主お抱えの私兵とエイヘッド領の防衛に関する仕事が、どどんと山となって二人の前にそびえたった。


 バッシャールの件もあるというのに……アツリュウとサンバシは連日の激務に体の限界を迎えようとしていた。

 そうしてスオウはようやくエイヘッドに帰ってきてくれた。

 領主城に馬車が付くなり、待ちきれずに目の下にクマをつくったアツリュウとサンバシはスオウを迎えにいった。二人はものすごく機嫌が悪かった。スオウおまえのせいでもう俺たちはへろへろだ、何とかしろ! と襲いかかりそうな勢いで、顔を見るなりすぐにもたまった仕事の話をしようとした。

 しかしスオウは大砲の砲撃のごとく吹き飛ばすような一言をアツリュウとサンバシに浴びせた。


「私はシュロム近衛兵団を除隊した。だからエイヘッド特別隊隊長の任を降りた」


 返す言葉を見つけられずに、石像と化したアツリュウとサンバシの横を、感情を全く表さない顔でスオウが領主城に入って行く。あまりの衝撃に思考が停止しているアツリュウにふわりといい香りが届いた。微笑む美女がこちらを見て上品に礼をした。


「シオだ」アツリュウは心の中で思わずその名を呼んだ。

 ピプドゥ人の特徴を色濃く見せるリエリーの専属侍女をしていた人。スオウがするべきことがあると言っていたのは、彼女を見つけ出しリエリーの元に連れてくることだったのだと分かった。


 スオウのリエリー王女への献身がどれほど強いのか改めてアツリュウは知る。きっとリエリーすごく喜ぶ、スオウ優しい、おまえ良いやつ……て、ちょっと待て、全然いい奴じゃない!


「さ、サンバシ……スオウ除隊したって言った……か? え、幻聴だったかな」

 サンバシは石になったままピクリともしない。

「俺セウヤ殿下から、エイヘッド特別隊の隊長の後任の話とか何にも聞いてない。て言うことは……サンバシがこのまま副から隊長になるっていう……」


「あーそれ無理~、絶対無理~、俺死にたくない」

 サンバシが本気泣きした。


                 ◇◇◇   ◇◇◇


 スオウが帰ってきてから、リエリーはシオとの感動の再会があり、リエリーのあまりの喜びようにアツリュウは不覚にももらい泣きしてしまった。リエリーが心の中でシオの身を案じ続けていたことが痛いほどに伝わった。


 スオウに感謝を伝えると「シオは姫君のためにエイヘッドに留まってくれるだろうか」とめずらしく弱気に言う。アツリュウが彼女はリエリーから離れないと思うと伝えると「それだといいが」と、スオウはリエリーとシオをずっと眺めていた。


「話があってきた」

 スオウはシオをリエリーに引き合わせると、早々にアツリュウの執務室に来てくれた。アツリュウは言いたいことも、頼みたいことも山のように抱えていたので彼が来てくれて嬉しかった。しかし、彼はシュロム近衛兵団を除隊したと言った。もしや別れの挨拶に来たのではと、嬉しさ以上に不安が大きかった。


 スオウがアツリュウの前に立つと一つ礼をした。

「エイヘッド代行殿、私を雇って欲しい」


 アツリュウの心の中がぱあっと明るくなってさっきまでの不安が消えた。スオウは自分の側にいて支えてくれるつもりで帰って来てくれたんだ。嬉しい、スオウ大好きだ。


「もちろんです! ぜひ私の補佐官になってください。これから代行が取れてエイヘッド領主になっても、ずっとそばで私を支えて欲しい。ありがとうスオウ! 俺は言えなかったけど、ずっと思ってたんだ。スオウにいつまでも俺のそばに……」


「いや、補佐官をするつもりはない」

 スオウのすぱっと切るような断りに、アツリュウは嬉しさに盛り上がった笑顔を引っ込められないまま固まった。


「私をリエリー王女殿下の専属護衛官として雇って欲しい」

「え? リエリーの護衛官。じゃあ俺は? 俺の仕事は手伝ってくれないの?」


「それはできない。私は姫君に全てを捧げると忠誠を誓った身だ。これからは姫君のために生きるときめたのだ」

 一瞬にして嫉妬心と戸惑いと怒りが混ぜ合わさって、噴火のように吹き上がった。


「リエリーのために生きるのは俺だけの特権だ。スオウ、リエリーにまさか特別な感情を持っていないだろうな。そのときはあなたであっても許さない、リエリーをあなたに渡すつもりは無い」


 アツリュウの燃え盛る敵意を、真っ向から受けてたつようにブルーグレーの瞳は怒りを見せた。彼の声には強い感情が込められていた。


「姫君に特別な感情はあるに決まっている。一生お仕えしたいと思う方だあたりまえだろう。だが、おまえが邪推するような愛の対象には断じてならない。純粋な主君にむける忠誠心と幼いころより見守ってきた親心に似た愛情だ。何度でも言う、私は姫君に強い特別な感情がある。その特別な思いに一片も恥じるところは無い」


 男として自分はどうするべきなんだろう。スオウの気持ちは理解した。純粋に剣士としてリエリーを守りたいとスオウは願っている。だがこれほど強い思いを自分が好きな女にに向ける男が近くにいるのが嫌だ。重い、おまえのリエリーに向ける思いが重過ぎる。


「ちょっと考えさせてくれ」

 アツリュウは頭の中で色々な場面を想像した。

 スオウがリエリーの護衛官していたら、場合によっては部屋の中にもいたりして、それで俺はスオウの前でリエリーとキスとか、抱きしめたりとか、そういうことをする、え? こいつの前ですりすり甘えたりするとこ見られるのか、嫌だ! そんなの無理。あ! 夜間警護とかで寝室の扉とかにも立ったりする? そしたら、夜のリエリーの可愛い声とかが……ていうか、こいつが扉の向こうにいる状態で俺はするのか? できるのか? 嘘だろ、なに拷問? 無理だろ。


 アツリュウは深呼吸した。領主代行らしく社交的な笑顔でさらっと告げた。

「お断りします。王女殿下の護衛としてあなたを雇うことはできません」


「そうか分かった」

 意外にもスオウはあっさり引き下がったのでアツリュウは驚いた。


「ならば、王女殿下に直接許しを得て、お側に置いてもらう。給金がないのは致し方ない今までの貯えでなんとかする」


 まさかの無給でもリエリーの護衛剣士に自分からなります宣言。

 絶望的な状況。自分にスオウの固い意志を覆すことなど不可能。甲冑の兵士に丸腰で立ち向かう気分。このままでは負ける。だがリエリーとの幸せな毎日のために、スオウに後ろに立たれる生活は絶対嫌なんだ。


「あなたがいつでもリエリーの側に控えていると、俺の気持ちが休まりません。結果リエリーを幸せにできず、最終的にスオウがいることでリエリーの幸せが減ります。だから彼女の専属護衛官は諦めてください」

 アツリュウは頭を下げた。


 スオウは長い事アツリュウを見ていた。ここまで言えば彼は引いてくれるだろうと期待を込めて待った。

「慣れてくれ。私は目の前でお前が姫君に何をしても気にしない。護衛官はそういうものだ」


 アツリュウは最終手段にでることにした。

「どうしても俺は耐えられない。ですので領主代行としてスオウがリエリーの側にいることを禁じます」


 スオウは目を閉じ上を向いた。

「了解した。ならば私はエイヘッドを去る。もうアツリュウと姫君の前に現れないと約束しよう」


 アツリュウは強い胸の痛みを感じた。リエリーのことばっかりで自分を構ってもらえない寂しさを感じて、泣いたセウヤの気持ちが分かる気がした。おまえなど嫌いだと思うのに、アツリュウはスオウに向ける自分の気持ちを知っていた。


「俺の負けです。あなたがいなくなるのは嫌です。リエリーの護衛官になってください、ちゃんと代行として雇います」


 スオウがほっとした顔をして深く礼をしをした。


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