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120.リエリーが見つけてくれるから大丈夫

 アツリュウとリエリーは王都モーリヒルドを離れ、大型帆船に乗ってエイヘッドに向かう船の甲板にいた。上流乗船者専用の甲板で帝国式の優雅な服装の人々が多い中、二人はおそろいの刺繍が施された色違いの筒着物を着ていた。

 少し近づけば、お互いの瞳の色がそれぞれの着物の色になっていて、仲睦まじさが見て取れる。幸せそうにお互いだけを見つめ合う若い恋人達の姿は、まるで絵物語の一場面のように美しい。アツリュウとリエリーは人目を惹いていることに全く気付かず、進む船から波打つ泡を覗き込みながら、楽しくお喋りしていた。


「それでねアツリュウ、ササナリの家紋の絵にね、ウサギがこっそり隠れているといいなと思うの。笹の葉はウサギさんの耳に似ているから、葉っぱを耳みたいにするとか」

 リエリーが両の掌をウサギの耳のように立てる。リエリーの無邪気な様子に、可愛いなあとアツリュウは心でつぶやいたつもりだったのに声になって出ていた。

「こういうのはどう? 丘の上に笹が生えている絵、でもよく見ると丘がウサギのお尻としっぽになってる」

「すごい! ウサギのお尻が隠し絵になってるの? それがいいな!」


 二人がわくわく話す横に「あのー」とサンバシが口をはさんだ。

 アツリュウをモーリヒルドまで連行するという、とんでもなく辛い仕事を任されてしまったサンバシは、アツリュウの無実を直訴しようと離宮で奮闘した挙句、牢に入れられていた。そのことにアツリュウが気づくのが遅くなり、リエリーとアツリュウがミタツルギ家でのんびりしている間も彼は悲しくも牢にいた。


 本来の彼の身分ではアツリュウ達と同じ甲板に入れないが、今回のエイヘッドへの帰り旅は、アツリュウのお詫びの気持ちから牢で過ごしたサンバシに上級の部屋を使ってもらっていた。


「盛り上がっているところですけど。家紋は専門家が決めるのでしょう? お二人が構図を考えても意味がないかと……しかもウサギのお尻とか……」

 サンバシのつっこみにリエリーが「でもでも」とにこやかに反論した。

「想像してみてください。ウサギさんのお尻としっぽが隠し絵になっているんです、すっごい可愛い。私エイヘッドに着いたら絵に描いてみます。上手くできたら王宮の陛下宛てに送ります。採用されるかも」


 アツリュウとリエリーがまた楽しそうに家紋の構図について話す横で、サンバシが「まったく子供みたいなところで盛り上がってお似合いの夫婦ですね」と呆れて言った。


「なあサンバシ、スオウはこの船に乗らなかったな」

 アツリュウは、別れ際のそっけないスオウとのやり取りを思い出しながらサンバシに聞いた。

「はい、スオウ隊長はモーリヒルドでやることが残ってるからすぐもどれない。と言っていました」


「俺もスオウから聞いた。でも具体的に何をするかは教えてくれなかった。早くエイヘッドにもどってくれるといいんだが。あっちではやることが山のように待っている。まずはバッシャールの根城を引き渡される。それから彼の部下たちピプドゥ人の扱いだ……」


 アツリュウはちょっと遠い目をしてため息をついた。

「エイヘッド領だけでどうにかできる問題ではない。グイド陛下とセウヤ殿下は、ゆくゆくはアリタ山の麓に砦を建設する予定だ。国境警備として軍も配備する。それがどうやらシュロム近衛兵ではなく、国軍になりそうだ。シュロム領内に国軍管轄地区ができるんだ、考えただけでも面倒そうだ」


「なるほど、代行は面倒事だけ処理させられて、実権は向こうに持っていかれると…… 陛下が砦の頭にどんな人間を送ってくるか……」


「それがセウヤ殿下がそこは引かなかった。エイヘッド領主が砦の頭を任命していいことになった。そうなると、最高の適任者が我々にはいる」


 アツリュウとサンバシは同時に言った。

「ヒシダ総監」

 アツリュウは自分は本当に人に恵まれていると今回つくづく思う。シュロム領に国軍が入ってくれば、シュロム兵士との衝突は大なり小なり起きるだろう、それらを取りまとめる人物として、国軍海兵出身のヒシダがなってくれれば非常にうまくやってくれるだろう。


「俺はまだ代行だけど、もうあの港の要塞はぶっ壊す。はやくヒシダを身軽にしないと」

「いやいや、そう簡単に壊せませんて代行。面倒な手続きが雪崩のように襲って来ますよ」


「スオウに面倒な事務処理は全部やらせよう、あいつはそういうことすごい処理早いから」


 サンバシは深く頷いて、目をギラっとさせて戦闘前みないな顔をした。

「お互いに、スオウ隊長には貸しがありますからね、あの人のせいで俺は牢にいれられたようなもんだ」


 アツリュウも同じように目をギラつかせた。

「そうだ、俺たちはあいつをこきつかう権利がある。面倒ごとはなにからなにまでスオウにたのもう」


 アツリュウとサンバシは二人で悪い顔をして笑った。


「領主城で待ってる皆が代行の顔を見てどんなに喜ぶか、あなたと一緒にエイヘッドに帰ることができて、この気持ちをどう表していいか言葉が見つかりません。あなたがご無事で本当に良かった。純愛の騎士がまさかお姫様に救われるとは。リエリー様は勇敢な王女様ですね」


 アツリュウはリエリーの顔を見た。彼女はものすごい集中して何かを考え中だ。「あー家紋の構図のことしか考えてない」サンバシが呟くのを聞いて、全くその通りにしか見えない……とアツリュウも同感で、彼女の可愛いさに見とれていると「代行顔が緩み過ぎです」とサンバシに脇をつつかれた。



                 ◇◇◇   ◇◇◇


「奥方と連日忙しそうだったねリエリー、二人があっという間に仲良しになって本物の親子みたいだった」

 アツリュウとリエリーは船の二人の部屋に戻ってきて寝台の上に並んで座った。モーリヒルドのミタツルギ家での出来事を、リエリーは次々と話し出す、リエリーは時々お喋りが止まらなくなる。


 今まで自分を押し殺しすぎて、人と話すことができず閉じ込められていた気持ちが、解放されたのだろう。勢いよく喋り続けた後、はっとして「ごめんなさい」と恥ずかしそうにするリエリーを抱きしめて、「もっと話して欲しい」と伝える時、アツリュウはとても幸せだと思う。いろんなリエリーを知っていくその喜びを味わう


「エイヘッドに帰ったら、新しいアツリュウの筒着物をキボネに見せるのが楽しみです!」

「あーうん。楽しみなのはよかった……けど。それにしてもリエリーたくさん買い物したね」


 はい! と嬉しそうに返事をして、買った物のあれこれをリエリーはアツリュウに教えてくれる。

 リエリーは物を欲しがったり、選んだりすることが苦手だ。その彼女がミタツルギ家滞在中は、奥方と一緒に買い物を楽しんだ。あれが見たい、これも見たいと生き生きと選ぶ彼女を見て、アツリュウは嬉しかったけれど……それらすべてはアツリュウへの物ばかりだった。


 正直遠慮したかったが、奥方にたしなめられた。この嬉しそうなリエリーの気持ちを夫として受け止めなくてどうするか! とのことだ。大人しく着せ替え人形のように筒着物を着せられ、生地を当てられ、二人のはしゃぐ女性に付き合った。隙を見てなんとかリエリーにも着物を選んだ。何を着ても彼女は美しい、そのひとときはアツリュウも間違いなく目じりがさがった。


「アカリが私達に婚礼衣装を仕立ててくれるそうです。神殿での儀式の時に着る婚礼用筒着物と、その後の宴で着る筒着物。それから帝国式のドレスも作りたい言っていましたが、エイヘッドでお世話になっているムネゴトウの皆さんの話をしたら、きっと二人はリエリーを家族のように思っているだろうから、そこの奥様とお嬢さんにドレス選びは譲ると言ってました。でも私ドレスまで着なくていいと思うのですがアツリュウはどうですか?」


 リエリーの婚礼の筒着物姿も帝国式のドレス姿も、想像しただけで身もだえするほどに美しく、アツリュウはすぐ返事をできなかった。

「……リエリー……その……もしできたら、ドレスも着て欲しい。カーリン嬢に相談してみてくれる?」

「そう……ですか? 分かりました。私もアツリュウの筒着物姿も、帝国式の正装もどちらも見たいです」


 二人でお互いを想像し、しばらくぽやーっとした時間が流れた。


「結婚式はもちろんエイヘッド神殿でヤナにしてもらおうと決めているんだ」

「もちろんですアツリュウ。私たちの結婚式をお任せするのはヨンキント以外に考えられません」


 二人で見つめ合うと、アツリュウは嬉しさが強すぎて、耐えきれずリエリーを抱きしめ口づけると、長い事やめることができなかった。くたりと体の力抜けたリエリーをアツリュウは膝に抱き、髪に口づけながら話した。


「ヤナとは王宮で一度きりしか会えなかった。その時先にエイヘッドに帰るといっていたから、もう着いているかな」

「ヨンキントに会うのが楽しみですね。結婚式の話をしたらきっとにこにこして、すごく喜んでくれそう」


 アツリュウはリエリーの髪に指を差し込み、指に絡みつけては手ですいて、サラサラした銀髪の感触を楽しんだ。

「俺、結婚の許しを父上にもらってから、気持ちがとても楽になった。実はすぐに結婚したい気持ちと、陛下の儀式が整うまで待つべきだと自分を止める気持ちが、どちらも強くて苦しかったんだ」


 リエリーが下から手を伸ばして頬に触れてくる。アツリュウはその手を上から包んで己の頬をすりつけた。


「婚約者のうちにリエリーと関係を持ち、結婚を陛下の手順を待たずにしようとする俺は、父上をひどくがっかりさせてしまったと思ってた。父上は絶対に、待たずに結婚することに賛成してくれないだろうと諦めてた。でも、実際はすごく簡単に父上はアツリュウの好きにしたらいいと言ってくれた。あの後剣の鍛錬を一緒にした時も、叱られにいくんだとばかり……そうしたら……」


 込み上げてくる思いに言葉を詰まらせると、リエリーが優しく頬を撫でてくれる。


「父上は終始「おまえが結婚か」って嬉しそうで。もうしかたがないな、今夜から同室で過ごせばいいとか、まったくお前はしょうがない奴だとか、すごく穏やかな顔で言うんだ。……父上に反対されても結婚するぞと意気込んで、硬くなっていたのは俺ばかりで、なんていうか……父上はとっくに俺のことを、一人の大人として認めてくれてた。アツリュウが決めたことだ、あとは自分で責任をとれって……」


 アツリュウはすみれ色の瞳を覗き込みながら、こうして自分の気持ちを聞いて受け止めてくれる人がいることを実感した。リエリーが聞いてくれるから、口に出せる気持ちがある。


「俺はどこかで、父上の期待した人間にならないと見捨てられると思っていたのかもしれない。だから、今回父上の期待とは明らかに違うことをしたのに、父上の俺への態度が変わらなくて拍子抜けした。どんな俺でも息子であることは揺るがないと初めから知っていたのに、ずっと怖かったのかもしれない。俺は気づかないうちに、父上のために生きていたのかも。父上はそんなこと望んでいないのに、俺はどうしても父上が喜ぶか、悲しむか、それで物事を判断してしまうところがあった」


 膝に抱いていたリエリーが体を起こして、隣に座った。しっかりと視線を合わせて「アツリュウ」と真剣な顔をした。


「私今のお話しを聞いて、なんとなく感じていた不安のようなものがはっきりしました。アツリュウは今までお父様の期待に沿えるよう、お父様のために生きていたとすれば、今はどうなのです? 誰のために生きていますか?」


「それは……」アツリュウは考える必要も無い気がした。

「リエリーのために生きている」


 リエリーはぐっと体に力を込めた。彼女が今の返事に納得していないことが伝わってきた。


「私も同じです。私もアツリュウのために生きています。でもなんだか少し違う気がするのです。私今まで自分は欲を持たない人間のように感じていましたが、そうでない自分を知りました。私はきっとセウヤ兄様と同類の人間です。欲しい物は欲しい。誰が何と言おうと、自分のやりたいことはやりたい。傲慢なのです。だから私はアツリュウのために生きたい、それはアツリュウが私のものだから。私は自分のために生きている」


 リエリーは困ったように笑った。

「でも、アツリュウは私のために生きると決めたら、アツリュウを消してでも私を優先してしまいそう。そして心配なのが、それを無意識にしてしまいそうに感じます。ねえアツリュウ。あなたが幸せでなければ、あなたがどんなに私に尽くしてくれても、わたしは幸せになれませんよ。私の望むアツリュウではなく、あなたが望むアツリュウになってほしいの」


「俺が望む自分は、リエリーのために生きることだよ」

 アツリュウはそう返すことしかできなかったが、彼女の伝えようとしている自分が消えるという感覚をアツリュウは知っている気がした。でもそれは後になって振り返ったら分かることで、それが起きているときは自分のためだと信じている。どうすればいいのか頭の中で整理するには時間がかかりそうだった。


「うーん。なんだか私の言いたいことがしっかり伝わっていない気がします。でも大丈夫、私がこれから隣でアツリュウを見張って、アツリュウが自分のことを忘れてしまったら、ちゃんと私がアツリュウを見つけ出しますから。安心してください」


 リエリーがギューッとアツリュウを抱きしめた。安心してくださいという言葉が、胸のなかをもぞもぞさせた。いつかのヤナの言葉が蘇る。

 『助けてっていったらいいじゃないですか。きっと喜んで抱きしめてくれますよ』


 そうだ。これからはリエリーを守っていくだけではなくて……

 困った時、辛い時は「助けて」って求めていいのだ。俺が消えてしまいそうになっても……リエリーが見つけてくれる。

 アツリュウはリエリーの胸に顔をうずめ、思い切り甘えてすりすり顔を動かすとリエリーがきゃっと声をあげた。


「リエリーと一つになりたい。そうすればリエリーと俺の堺はなくなって一つになるからリエリーのために生きても俺のためになる」

 アツリュウはリエリーを寝台に押し倒した。

「今すぐ一つになりたい」


 リエリーがアツリュウの体のしたでじたばたした。

「駄目です、まだ昼前です。私はすることがたくさんあるのです!」

「何をするの?」


「ササナリの紋章づくり!」

 

 アツリュウはがくっと体の力が抜けた。リエリーは一度夢中になるとその熱意たるやすさまじい。

「それからね」

「ん? 何まだすることがあるの?」

「はい、ハヤブサアツリュウの頭に着ける言葉がまだ決まっていません」


 アツリュウは体を少し起こしてリエリーの顔を得意げに見た。

「それなら最高の名がもう決まった。サンバシと行きの船で考えた。あいつが良いのをみつけてくれた」


 リエリーの目が丸くなったあと、ちょっと口をとがらせて不満げに「なんです?」と聞いた。

「コハクハヤブサのアツリュウ」


「あー、琥珀! アツリュウの瞳の色だからぴったり。そして3文字……だけど、すごい!うん言い(やす)い」


 リエリーがあーあー、と声を出してアツリュウの下で不満げに身を振る。

「くやしいです。すごいくやしい」

「なにが悔しいのリエリー?」


「だって、ぴったりの言葉なんだもの。これ以上のは無い最高な感じ」

「そうだろう? サンバシと俺もそう思った」


「嫌だ悔しい。私がアツリュウに見つけてあげたかった。サンバシさんに取られた感じ」


 アツリュウはリエリーをぎゅっとした。うれしい、これはもしや。

「リエリー焼きもちやいてるの? サンバシに」


 リエリーもぎゅーっとアツリュウを抱きしめ返してくる。

「これが焼きもちって気持ちなの? サンバシさんに対して許せない気持ち、それは私の役なのに!ってくやしい」


 アツリュウはリエリーが「悔しいよう」と口をとがらせるのがあまりにも可愛くて、パクっと食べた。そのまま我慢できるはずもなく、先ほどしたいと言ったことを実行した。


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