118.猫だったはずが
リエリーはアツリュウに伴われ、ミタツルギ家の王都モーリヒルドの邸宅を訪れていた。
アツリュウが謀反の猜疑で都に連行されていたことは公になっておらず、エイヘッドにいるはずの息子が突然来ると知らせを受けて、家のみんなは驚いたみたいだとアツリュウが教えてくれた。アツリュウの不名誉な話が世間に流されず良かったとリエリーはほっとした。
婚約者であるリエリーをアツリュウは父上と奥方に紹介できることを心から喜んでいるようだった。
二人はアツリュウとリエリーの結婚をセウヤ殿下もグイド王も認めてくれたことを聞き安心したようだ。
今までのセウヤ兄のアツリュウへの扱いを、リエリーはとても悲しく申し訳なく感じたが、アツリュウが連行されたことに話が及ぶと、リエリーが命がけで息子を救ったと知り、ギナーリュウは声を出すこともままならぬほどにしばらく震え、無事にアツリュウが出てこれたのは、あなた様のお陰です、このご恩はミタツルギ家一同けして忘れませんと感極まった顔で感謝された。奥方は話すこともできず、ただ泣いてリエリーを抱きしめてくれた。
アツリュウの家族に対面して、リエリーはとんでもなく緊張していた。いつもの口調に戻ってしまい「王女殿下、私どもにそのようにお話しにならずとも……」と二人に戸惑われたが「これがリエリーの普通です」とアツリュウが助け船をだしてくれた。
詳しい話を聞いていたら朝になってしまうからと、奥方が早々に話を切り上げてくれた。
正直なところ、リエリーは今日一日で様々なことを経験し、死ぬ思いも何度もした。ちょっと気を抜くと眠ってしまいそうなほど疲れていた。
明日の朝はゆっくりして「昼をご一緒しましょう、そこでまたお話を」とギナーリュウに促され、アツリュウとリエリーは休むことになった、けれどリエリーが寝支度を整え、案内された寝室にいると、アツリュウがしょんぼりと尻尾と耳を下げた猫になってリエリーにお休みを言いに来た。
「父上が、一緒の部屋で寝るのを許してくださらない。まだ婚約者の身でありながら同室がいいとは不埒なことを申すなと……だから、ごめんねリエリー、ここにいる間は別々なんだ……」
リエリーはあんまりにもアツリュウがくたっとうなだれているので、可愛くなって近くに行き、「明日すぐ会えますよ」と彼の頭を撫でた。
長椅子に座りアツリュウの頭を撫でていると、彼はすりすりと顔をリエリーに擦り付ける。ヨンキントに「アツリュウ殿は本物の猫なのです」と真面目な顔で教えられたのを思い出して、リエリーはたまらず笑ってしまった。体は疲れて眠いのに、こうしてゆったり何の心配もせずにアツリュウに触れていたかった。思えば兄にアツリュウを傷つけられる不安から解放された初めての夜だった。ああ私は幸せなんだと心から安心した。
「ねえ、リエリー」
アツリュウも疲れて眠いのだろう、目をとじてうっとりしながら聞いて来る。
「なあに」
「バッシャールはスオウかヤナが連れ出したの? リエリーは領主城で会ったの、それともモーリヒルドに来てから? あの男がよく俺のために山を下りてくれたなとびっくりしたよ」
リエリーはスオウがアツリュウを連れて行く前に1刻の猶予をくれたこと。その間に城を抜け出し、ウサギに乗ってほとんど一人で向かい、山小屋の近くでヨンキントと合流して二人でバッシャールの根城に乗り込んだことを伝えた。
アツリュウの全身が固くなった。彼は息をしていない、さっきまで膝枕で猫のようにふにゃふにゃしていた彼とはまったく反対の突き刺すような緊張感が漂う。彼が目を開いた時、リエリーは自分がとんでもないことを今しでかしたのだと瞬時に察した。アツリュの獣のような目はリエリーを見ていなかった。
荒々しく抱えられて寝台に降ろされた。アツリュウはリエリーの上に膝立ちで跨り両手をがっちり押さえつけ、身動きできないようにした。感情の高ぶりに息は浅く乱れて、細められたアツリュウの目は肉食獣じみていて怒りにたぎっている。視線は合っているのに、どこか別のものを見ているような、彼がどこかに行ってしまったような、見たことのない彼にリエリーは怯えた。
「奴にされたこと、言われたことを、どんな小さいことでもこぼさずに俺に言うんだ。絶対に全部言うんだリエリー」
アツリュウの凄みのある勢いに逆らえず、正直に一つずつ話した。話がバッシャールに対面したところまで進み、ジャミルが天幕から追い出されて、とうとうリエリーがバッシャールに追い詰められて……
「ピチパは2つのことしか選べない、自ら体を与えるか、私に犯されるかだ」と口にした瞬間、アツリュウが「うがぁ」と低い唸り声をあげた。
そこからリエリーはぬるい泥に沈められ、浅く漂わせられ、這い出そうとしても引きずりもどされるような責め苦を受け続けた。息を継ぐのも必至で、すぐに何がなんだか分からなくなり、身をよじって耐えきれずに声をあげた。
怖いことをされているのではない、すべては苦しいほどに甘くあえぐことしかできない、けれど彼はリエリーを責めたてる。何度も高みに登らせるのに、アツリュウは彼自身をどうしても与えてくれない。リエリーはいつしか訳が分からなくなり、自分を見失って、気が付いたらお願いだからくださいと、アツリュウにしがみついて懇願していた。けれど彼はくれないままに、執拗にリエリーを追いつめ続ける、リエリーは泣きじゃくって求めたが、彼はリエリーの欲しがるものをどうしても与えてくれず夜明けまで許してくれなかった。
ようやく白々とあたりが明るくなる頃、アツリュウの激情がおさまって、今までと同じようにゆっくり、とけるようにリエリーは与えられ満たされた。疲れ果ててそれは夢の中のことなのか、現実なのか分からないまま意識を失うように眠りに落ちた。
◇◇◇ ◇◇◇
「……リー、……エリー」
名を呼ばれているのは分かるのにどうしても瞼が重く開けられない。
滑々とした心地よい素肌に包まれながら、髪がすくように撫でられている。
首元に顔をよせ大好きな彼の香りをリエリーは吸い込み、甘い心地よさにまた夢に戻ろうとした。
「リエリー……起きて」
リエリーが何とか目を開けると、大好きなアツリュウの顔がある。うっとりと微笑むと、それはとても困った顔になった。やっと目が覚めてきた。
「リエリー昨日はごめん」
アツリュウが少し体を離してリエリーの体を見ている、つられて自分も目線を追って、びっくりした。
「わわわ、どうしましょうアツリュウ。私の体にたくさん赤いものが……何かしらこれ」
「それは……全部俺の口づけの跡……ごめんなさい、やりすぎた……」
「アツリュウは怒っていたの? あれはお仕置き?」
「いや……あの、バッシャールの根城にリエリーが乗り込んだと知って、あいつらにされたかもしれないことが、頭に浮かんできて、振り払っても次々浮かんで、リエリーが犯されたかもしれない恐怖というか、怒りというか、頭が沸騰して自分で自分を制御できなくなったんだ。けしてリエリーに対して怒っていた訳では……、いやリエリーにも怒っていた、心配しすぎておかしくなった」
「ごめんなさい」
「本当に自分がしたことの意味がわかっているのリエリー、もう2度とこんな無茶をしないで、たとえ俺の命がかかっていても」
「それは無理です。アツリュウの命を助けるためならなんでもします」
「それじゃあ聞くけど、リエリーを助けるためだからと俺がもう一度恩赦の戦をすることになったら、どんな気持ち?」
「嫌です! 恩赦の戦はもう絶対にしないで」
「そうだろう? リエリーは恩赦の戦と同じことをしたんだよ、いやそれよりひどい。だって死ぬだけでは済まないことになっていたかも。口に出すのも嫌だけど、リエリーにもうして欲しくないから言うよ、あすこの男たちに、何人もよってたかって暴力的に犯されてたかもしれないんだ、それを想像させられた俺の身になってくれ」
リエリーは自分がしたことの恐ろしさと、バッシャールが良い人だったからたまたま助かったことを理解した。アツリュウの想像したことを思うと死ぬよりひどいと言った意味も分かった。
「ごめんなさい、もうしません」
胸が痛くなって泣きそうになった。アツリュウを苦しませたことがすまなかった。
「だったら約束のキスをして」
請われるままにリエリーはアツリュウにキスをした。抱き合っているとアツリュウがもそもそ動いて、求めてくる雰囲気を感じた。
「ちょっと待ってアツリュウ、いま何時かしら?」
二人はハッとした。
使用人が二人が寝ている間に入ったのだろう、部屋には格子窓からの光が差し込んで、卓の上に昨夜はなかった新しい水差しが置いてあった。明るさからするにかなり陽は登っている時刻のようだ。
二人で昼前であることを祈って慌てていると、優しく声をかけて使用人が入ってきた。
リエリー様、朝のお仕度をいたしますと年配の女性は柔らかい雰囲気で、てきぱきと支度を始めた。
アツリュウはものすごく気まずそうに、服を身に付けてそろそろと部屋を出て行こうとすると、侍女が「坊ちゃん」と厳しい声で呼び止めた。
「ずいぶんとお待ちになっていましたが……お二方はお昼を先にお召し上がりになりました。坊ちゃんが起きたら、すぐ主様のところへ来るようにお伝えするよう申しつかりました」
アツリュウはギューッと目をつぶってから片目だけ開けると「怒ってた?」と聞き、「知りませんよそんなこと」とそっけなく彼女に返された。
アツリュウと彼女はとても気安い関係のようだ、アツリュウは「父上絶対怒ってる……」とぶつぶつ言っていたが、思い出したようにはっとして「彼女はキボネの母親だよ」とリエリーに教えてくれた。
「まあ、キボネには本当に良くしてもらっているのです」
「それは有難いお言葉でございますお姫様……」
キボネの母はリエリーの体に目をやった。体中に散る赤い跡に目を大きくする。
「まあ坊ちゃん!」
大きな驚きの声を聞いて、猫がシュタっと逃げるようにアツリュウが部屋から出て行った。




