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114.王であるからこそ

 スオウは宮殿でリエリーから引き離され、グイド王からリエリー王女はもう宮殿から出さないと教えられた。グイド王はスオウに戻ってセウヤ王子とアツリュウに告げろと笑った「ミタツルギに伝えろ、リエリー王女はすぐにでも私の子を身籠るとな」


 スオウはセウヤを裏切った身だ、もはやセウヤの元には戻らない。彼はヨンキントが用意した潜伏先に身を寄せていた。


「策はついえた……」

 スオウがヨンキントとバッシャールに告げると、バッシャールは鼻で笑った、それを聞いてスオウは腹立ちを覚えたが、バッシャールは遠くを見る目をして、何か辛いものを見ているように悲し気だった。彼はスオウの視線に気づくと、すぐに不遜な顔にもどった。


「まあ仕方あるまい。グイド王はヒルディルド国を人質にとってしても、リエリーの方が価値があったということだ。彼女が最後の策として、自分を差し出すかわりにあの坊やを助けてと願うのか、王に逆らって自死するかはリエリーの選択だ。もう我々の手の届くところではない」


「私と姫君はセウヤ殿下に捕らわれてしまった。だが姫君はセウヤ殿下と気丈に戦い、殿下を言い負かした。セウヤ殿下はそうとうの衝撃を受けているようだった。自分が最も憎んで軽蔑している父と同じであると姫君に断罪されて、殿下は心を揺さぶられたように見えた。それが、アツリュウに対する怒りに変わるのか、アツリュウを許すことになるのか……どちらにセウヤ殿下の心が倒れるのかは分からない」


 スオウはヨンキントを力なく見た。


「戦ったのは姫君だけだ、私は見守ることしかできず、宮殿ではあっという間に引き離された。あなたの言う通り私は無能だ。すまないヨンキント殿」


「リエリーは戦いそして負けた。戦士として生きることを決めた瞬間から、勝利か敗北そのどちらかしか手にできない。これは彼女の戦いだ、だれも手を出せない。勝利の獲物を喰らうのも、敗北の屍を敵に喰らわれるのも彼女だけの特権だ、受け入れろお前達、それが戦争だろう?」


 バッシャールは黙りこくる二人に言って、さて、それではどうするかなと顎をこすった。


「では私をグイド王の所に連れて行ってくれ神官」

 ヨンキントはバッシャールを疎ましそうに見て「行ってどうするのです?」と問うた。


「どうするとは? 何故そんなことを問う? 私は初めの目的を果たすまでだ。バッシャールとしてヒルディルド国の権力者と交渉し、己に都合のいい状況をつくりに行く。南ルール―ドと有利な条件で取引ができるよう、できるだけグイド王を利用させてもらう。リエリーの話は終わった」


              ◇◇◇   ◇◇◇


 アツリュウはあの恩赦の日に1度だけみまえたビャクオム・ゲッケイ・グイド王の前で頭を垂れていた。グイド王は玉座に座し、謁見の間には両側にずらりと衛兵が並んでいる、高座から離れた場所でアツリュウは長いこと跪いていた。

 目通りをグイド王は許し、セウヤの後ろに控えていたアツリュウに、前に出るように申し付けた。だが彼は何も言葉を発せず、ひたすらアツリュウを眺めるだけだった。


 グイド王はアツリュウに頭を上げさせぬまま、離れた玉座から低い声で告げた。


「ミタツルギよ、リエリー殿は私の妃になることを了承してくれた。今まで彼女を守ってくれたことに礼を言う、だがそなたの役目は終わった。二度と私の妃に近づくことを許さぬ。王宮に上がれるのも今日が最後だ」


 アツリュウは跪きながら、体に力を入れた。

「陛下……」

 アツリュウが声を出すと、グイドが冷たい声でそれ以上言わせなかった。


「そなたに発言する許しをしていない」

 アツリュウは悔しさに体に力を入れることしかできない、リエリーどうしてこんな男の所に飛び込んでしまったのだ。


「私と彼女の子供は、どんな髪色と瞳の色だろうか……今から楽しみだ。彼女は本当に愛らしい。心配するなミタツルギ、私はリエリー殿を大切に愛しみ甘やかすと約束しようもちろん今夜からな。そなたのことを想って彼女は泣くかもしれないな、それを慰めてやるのも楽しみだ」


 アツリュウの怒りに震える肩をグイドは満足げに笑っているのだと、見なくても感じとれた。

 どうすればリエリーを取り戻せるのか、アツリュウには成すすべもなかった。自分の無事を伝えることさえできないだろう。


「己がしてきた事といえど、こうして同じことをしている人間を見ると、あまりの滑稽さに虫唾が走る。グイド……惨めだな。私とお前はこんなにも惨めなのか……」


 セウヤの声に、グイドは不愉快な顔を向けた。


「リエリーを閉じ込めて、もし思い通りにならなければ、アツリュウを殺すと耳元で囁けばいい、そうやって私の妹を思い通りにするつもりなのだろう? 今までのリエリーならそれで上手くいく、惨めな私達にはお勧めのやり方だ。だがグイド、リエリーは変わってしまった。もう閉じ込めることはできないのだ」

 セウヤは車椅子を自ら動かしアツリュウの隣に並んだ。


「グイドよく聞け、このままではリエリーは死ぬ。お前のものになるくらいなら、リエリーは自らを殺す。リュウヤ兄上が大切に愛しんだリエリーをお前が殺すのだ。それが起きた時、私たちに本当の破滅が訪れる」


 セウヤは車椅子をグイドの方に進めた。

「グイド想像しろ、自ら死を選んだリエリーの屍を見ている自分を。その隣に立つリュウヤ兄上を。兄上はお前を憎むだろう、心から軽蔑するだろう、絶対にお前を許さない。リュウヤ兄上は私とお前を許さない、その覚悟があるのかグイド!」


「だまれセウヤ!」

 低い獣のような唸り声とともにグイドが怒鳴った。


「たった一つくらい許されてもいいはずだ。私はずっと自分を殺してきた、これからも殺し続ける。だからリュウヤだって許してくれるはずだ。リエリー殿が欲しい。私は国王だ誰にも否と言わせはしない」


 セウヤは呆れたように息を吐き、情けない顔で笑った。笑い声は空しく響いて広間に消えた。


「グイド、リュウヤ兄上が許しても、兄である私が許しても、おまえとリエリーの結婚は許されない。忘れたのか? 自分で宣言したことなのに?」


「何を言っているのだセウヤ」

 セウヤは「馬鹿だなお前は」と呟いた。


「おまえが恩赦の戦でアツリュウに与えた褒章だ。リエリーは自ら選んだ相手と結婚できる。だからお前がどんなに強引にリエリーを妃にしても、リエリーがアツリュウと結婚したいと言えばお前は止めようがない。このリエリーの権利はヒルディルド国の民衆が証人だ。国全ての民衆に約束したことを王が反故にするのか? 王の威信にかかわるぞ、おまえは王であるからこそリエリーを妃にできない。唯一の方法はリエリー自らに選んでもらうことだけだ」


 グイドはセウヤを睨みつけたままピクリとも動かなかった。アツリュウは頭を下げたままグイド王が次に告げる言葉を待った。長い静寂だけがある。どれほど待ってもグイドは何も言わなかった。


「グイド……私は今不安でしかたがない。リエリーが自死を選んでいたらと胸騒ぎがする。頼むグイド、リエリーに会わせてくれないか? 私はアツリュウを殺すとリエリーを脅した。お前のせいではない、私のせいでリエリーは自らの死を選んでしまうかもしれない。お願いだグイド、リエリーにアツリュウを見せて無事を知らせてやってほしい」

 セウヤはグイドに頭を下げた。


「ミタツルギ……面をあげよ」

 静かな王の声にアツリュウは顔をあげ、漆黒の瞳を仰ぎ見た。


「私がそなたを殺しても、リエリー殿は手に入らないのか…… 恩赦の戦のあの日、リエリー殿がおまえのために自らを差し出すのを待てばよかったのに、卑怯と言われてかっとなった。私はずっと卑怯な男であるのに、どうしてあの時だけ我慢できなかったかな……」

 独り言のようにグイドは言った。そして「言いたいことがあれば申してよい」とアツリュウに許しを与えた。


「陛下……私がエイヘッドへ行ったのは、リエリー王女殿下から逃げるためでした。私は己を罪人のように感じていて彼女に相応しくないと思っていたのです。あの時、もう彼女を遠くから見ることも諦めました。独りで生きていく人生を覚悟したとき、一つだけ大事に持って行ったものがあるのです。それは陛下から賜った剣名です。剣名は誉だけでできている高潔なものです。自分の全てが穢れていると感じる私にとって、剣名という穢れなき美しいものが自分の一部になることは大いなる救いでした。陛下は私のことを(うと)んじていらっしゃるのに、どうして剣名をくださったのですか?」


 グイドは大きく息を吸い、少し穏やかな顔になった。

「あの日そなたは死ぬだろうと私は疑わなかった。だから死を覚悟し、なおも諦めず戦い抜いたそなたの勇敢さに感服した。だがそなたは自身の褒章を望まなかった。私は命をかけたそなたに報いてやりたかった。だから剣名を贈った。……それに……身分の低いそなたにとって、剣名は王女との結婚の助けになるだろうと思った」


 グイドは目を閉じ、両手を組んだ。

「どうやってもそなたに勝てないことは知っていた。だがな、あの日言われた通り私は卑怯なのだ。正々堂々と何かに立ち向かったことなど、人生において一度もない。卑怯にしかリエリー殿を手に入れられない。私はこの体という入れ物が厭わしい……本当にそうだなミタツルギ、剣名は誉だけでできている、私ももらってみたいものだ。誰も私に与えてはくれないがな……ミタツルギそなたが羨ましい」


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