112.グイド王との取り引き
リエリーがスオウとシュロム別邸を出ようとした時、警護兵に阻まれた。
スオウが剣を抜く。セウヤ兄がスオウがシュロム宮廷護衛団で2番目に強いと言っていた意味をリエリーは知ることになった。スオウは機械的に見えるほどに、何のためらいもなく剣を振るい敵を仕留めていく。人が切られるのをリエリーは目の当たりにした。惨劇の恐怖の中リエリーは進まねばならなかった。
多勢の中、いかにスオウが強くとも脱出は困難に思えた。しかしシンライガが動かないことが警備兵の判断を迷わせたようだ。そんな隙を見せる相手はスオウの敵ではなかった。彼は素早く血路を切り開き、リエリー達は館から逃げることに成功した。
リエリーが目を開けると、天井が見え体が揺られて蹄の音がする。馬車の中にいることが分かったが、どうやって馬車に乗ったのかも思い出せない、気が付くと座った姿勢で体は横たわっていた。
意識を失っていたことに気づいて、リエリーは勢いよく体を起こそうとしたが、すぐに肩を押さえられて起き上がれなかった。
「姫君、少しだけでも休んでください。顔に血の気が全くない、真っ白なお顔をされています。お嫌なのは分かりますが、どうかご無礼をお許しを。どこかの切り株に頭を乗せていると思ってください」
切り株?
馬車がガタガタと揺れる。スオウの声が頭の上から聞こえてくる、はっと気づくと、スオウの膝の上に頭を乗せているのだとようやく分かった。
アツリュウごめんなさい。と咄嗟に思った。
「アツリュウには後で私が殴られますので、姫君どうかお休みを。辻馬車に乗りました。これから私たちは王宮に向かいます。ですが、姫君お体は持ちますか? 意識を失われるほどに消耗しておられる」
リエリーはゆっくりと体を起こした。頭がふらふらしたが、アツリュウ以外の男性に触れているのはどうしても嫌だった。
スオウはけしてリエリーに触れないことを示すように、両手を後ろにまわしていた。
「姫君はヨンキント殿と合流することもできます。私がグイド陛下と交渉しましょう」
リエリーは先ほどのセウヤ兄の顔を思い出した。
「ねえ、スオウ。私は初めてセウヤ兄に怒りをぶつけました。あんなことを言ったのに、それでも兄は私に側にいろと命令する……どうしてそんなにも、私に側にいて欲しいのかしら……」
兄はまるで泣きわめく幼子のよう。あれほどに恐ろしかったセウヤ兄をすこし離れて見ている自分がいた。
「セウヤ兄様は、リュウヤ兄様を失った後は、世界に私しか存在しないと思っているのね。でも側にいてとあれほどまでに私を求めるなら、どうして私自身を見てくれないのかしら? アツリュウを壊したら、同時に私も壊れてしまうと分からないのかしら」
リエリーは独り言のように呟く。スオウはただ聞いていてくれた。
「人形のような私を兄が求めているのだとしても、兄にとって私は唯一の失いたくない欲しい物。だから私を本当に失うと恐怖した時、セウヤ兄様はアツリュウを差し出しても私を取り戻そうとするでしょう。今はそう信じることしか私に策はありません」
リエリーはブルーグレーの瞳に微笑んだ。
「だから、私はグイド陛下の所にいきます。セウヤ兄様にそれを見せつけねばなりません。スオウ私は大丈夫、やり遂げてみせます。王宮に行きましょう」
◇◇◇ ◇◇◇
グイド王の宮殿に着くと、まるでリエリーがくるのを知っていたかのように、すぐに中に通された。グイド王に目通りが叶うことを知らされたが、長旅でくたびれた格好のリエリーである。それでは陛下に失礼ですと攫われるようにリエリーはスオウから離され宮殿奥に連れ込まれた。
リエリーは湯あみをさせられ、髪を結われ、美しく飾りたてられた。ずらりと並ぶ女官達に囲まれて逃げようもない、戸惑いながら彼女らに身をまかせて、リエリーはグイド王に会う準備を整えさせられていた。
「どのお召し物になさいますか?」
品のいい女官は、何着もある筒着物を並べてリエリーに尋ねる。それはリエリーの体にぴったりと合わせて仕立てられた極上の絹の筒着物だった。陛下が姫様のためにあつらえた着物だと教えられリエリーは驚いた。着物だけではない、髪飾りは数えきれないほどに並んでいた。
宮殿に来たことの無いリエリーは、ここが宮殿内のどこなのか分からない、けれど美しい中庭のある居室に通されて、ここは女性が住まうための特別な離れであることは見て取れた。
「私の護衛をここへ連れてきなさい」とリエリーは命じてみたが、女官たちは上品に微笑んで「ここに入れる男性は陛下お一人でございます」と答えるだけだった。
リエリーは食事を出された。アツリュウが連行されてから、眠ることも食べることもまともにしていなかった。食事は消化のよい粥や、優しい味付けの汁物でリエリーは口にするとほっと人心地つくことができた。お茶を頂きながら、部屋の窓から中庭を眺めると、気持ちが落ち着いてくる。あまりに居心地の良い場所だった。穏やかに暮らすために全ての物が完璧に配置されているように見える。
ここは側妃が住まうような場所かしら……そう思った時、ここに永遠に閉じ込められてしまうのではという恐ろしさが胸に広がった。
女官が静かにやって来て「陛下がお越しです」と告げた。ほとんど待たずに彼は開け放たれた扉から入ってきた。リエリーは礼の形で頭を下げて待っていると、面をあげるようにとの声に顔を上げた。
目の前の人はあまりに大きくて、リエリーは息を飲んだ。
恩赦の戦で見た一度だけ、それ以外に彼に間近に会うのは初めてだった。恐ろしさにしっかり顔を見ることもできなかった人だった。
真っすぐな長髪は、額の髪飾りで後ろに流されている。太い眉の下は彫が深く、切れ長の黒い目は鋭くつい今しがた人殺しをしてきたかのような目つきだ、大きな口は強く結ばれ、顎は割れている。上から見下ろされているせいもあるだろうが、とにかく威圧感があって足がすくむ。もし森の中で熊にであってしまったら、こんな気持ちになるのだろう。恐ろしいのに動いたら牙をむかれそうで一歩も動けない。
けれど……何故か、一目見てびっくりした気持ちが退くと、怖い気持ちが少しずつ小さくなっていく。
グイド王は入口から一歩中に入ると、ただ立って、リエリーが落ち着くのを待っていてくれるようだった。リエリーが観察する時間を彼は与えてくれたのだと分かった。
「私は怖いでしょう?」
グイド王の声は、リエリーが今まで聞いた中で一番低い話声だった。
リエリーは素直にコクリとうなづいた。
「私は誰からも怖がられる」
独り言のように彼は言ってから「座ってもよろしいか」と彼は聞く必要のない人であるのにそうリエリーに尋ねてくれた。
リエリーとグイドは小さな卓を真ん中に向かい合わせに座った。
「僕はあなたとこうして二人きりで過ごすことを、ずっと夢見ていました。リエリー殿来てくれてありがとう」
彼の穏やかな低い声、リエリーは何だがとても違和感があった。「ぼく」と彼は言った。成人男性として己をぼくと呼ぶには、この世でもっともかけ離れているような人に見える。
「陛下、お目通りを叶えてくださり感謝いたします」
「リエリー殿、感謝はしなくていい。何故ならあなたはすぐに僕を憎んで落胆するのだから」
「憎む?」
「ねえ、あなたは分かって自らきたのでしょう? 僕はもうあなたをここから出す気はありません」
リエリーはうつむいた。きっとそうなるとスオウもヨンキントも言っていた。だからここから彼と取引を始めなければならない、それでもずっと不思議に思っていたことを彼に聞いてみたかった。
「私は陛下とお話しをしたこともございません。どうして私をお望みになるのですか?」
「リエリー殿は僕の父をご覧になったことはありますか?」
グイドはリエリーの問いには返答を返さず、不思議なことを聞いてきた。リエリーが1度も機会がなかったと答えると、彼は口角をあげた。きっと微笑んだのだと思ったけれど、怖い顔がほんの少し緩んだだけだった。
「僕の父は細く貧相な体つきで、顔はいつも青白かった、心配事が胃にくる性質なので食べられず胃痛にいつも悩まされていた。喋り方はおどおどしていて、目つきは怯え、ちょっときつい言葉を掛けれれたら、嘘じゃなくて本当に3日寝込んだ。そういう誰からみても頼りない弱い人です」
リエリーがなんと答えていいのか分からずにいると、彼は言葉を続けた。
「僕の祖父ムラド王はあなたもご存じの通り、僕にそっくりの外見で、大きく厳つく誰よりも強く見えた。実際中身も体の通り雄々しい獅子のごとく強いだけの人でした」
グイドは両手を組むと、卓の上に乗せ少し身をかがめリエリーに近づいた。
「リエリー殿、僕は父とビャクオム王だった祖父、どちらに似ていると思いますか?」
それはとても簡単な質問だった。グイド王の外見は前ムラド陛下の生き写しといっていいほどに似ていることは、ヒルディルド国の民なら皆知っている。そして彼の政も、ムラド陛下のように革新的だ。
「中身も外見もムラド前陛下によく似ておられると思います」
彼は目を細めた、長い睫毛が目を隠す、それは少し悲し気な顔に見えた。
「僕の中身は父そのもので、外見だけが祖父なのです。僕は父と同じ体で生まれたかった。そうすれば、怖くて剣も帯刀できない僕をみんな馬鹿にして、王にしようなどと誰も思わないだろうに。悲しいかな、この体で剣を持たないと、死を恐れぬ豪胆な男になってしまう。実際は血を見るのが恐ろしくて、剣なんて使えるはずもない。持っていたって抜くこともできない弱虫なのです」
グイドは少し驚いたようにリエリーの顔を覗き込む。
「あなたは驚くと目が丸くなるのだな、可愛らしい」
「あの、ご冗談を仰っているように聞こえます。あなたはとてもお強く見えるし、事実厳しい指導者として政を動かしていらっしゃる」
グイド王は「そのようにしか見えませんよね」と小さく呟いた。
「ねえリエリー殿、あなたの兄のリュウヤが僕につけたあだ名を特別に教えてあげます『ヒナ』ですよ、鳥の雛。僕はね毛も生えず目も開かず、口だけ開けてピーピー鳴いて、親鳥に餌を口にいれてもらう、あのこの世で最も力ない弱いものであるヒナなのです。外の世界にでると死んでしまうほど、臆病なのです。自分のまわりの全てが怖い」
リエリーにはこの大男が自分のことをからかっているとしか思えなかった。自信に満ち溢れ、周りの全てをひれ伏させる覇気を放つ男が「ヒナ」などと自分を呼んでも信じられるはずもなかった。
「僕が冗談を言っていると思っているのでしょう? でも想像して見てください。そのヒナの巣に大蛇がいて、牙をむけてヒナを食い殺そうとしている所を。僕は不幸にも、生まれ落ちたその瞬間から、ムラド王という大蛇に見張られていたので命令される通りに帝王学に励んで、王たるに相応しい男に育て上げられました。僕が祖父に従ったのは、たった一つの理由「怖い」ただそれだけです。そして会得したのです、特別な方法を、何だと思いますかリエリー殿?」
「特別な方法?」
グイドは頷き「僕を守る特別な方法」とくり返した。
「僕は演じるという特技を会得したのです。僕の全ては演じられている。堂々とした振る舞い、他を威圧する目つき、有無を言わせない統率力のある言動、それらすべては台本を覚えて演じているだけなのです。祖父と同じ体で、祖父の台本通りに演じるけれど、体の中には青白い顔でびくびくしている父がはいっている、それが僕なのです」
リエリーは目の前の男性をあるがままに見ようと、彼の漆黒の瞳を見つめた。彼は何も言わずただリエリーに見つめられるままに静かに待っていた。しかし、王がリエリーを翻弄するために嘘をついているのか、それとも真実を語っているのか、いくら見てもリエリーには分からなかった。
「僕は上手くやっていたと思います。でも祖父に命令されるままに南ルールド帝国に留学したその瞬間から、もう一歩も外に出られなくなった。祖父という大蛇から離れたら、僕が恐ろしい外界にでる理由などありませんから。その時僕の手を引いて外に連れ出してくれたのがリュウヤです」
グイドはまた口角をあげた、リエリーはぎこちないその表情が笑っているのだと分かった。
「父と母でさえ気づいてくれなかった演じる僕を、世界でたった一人リュウヤだけは気づいてくれた。おまえ何をそんなに怖がっているんだと、笑って「ヒナ」と呼んだ。分かりますか? リュウヤがどれほど僕にとって特別な存在になったか、リュウヤのいる世界にしか僕は存在できないのです」
グイド王は顔を歪め目を伏せた。
「リュウヤのいない世界に……生きていても意味が無い」
全く同じ言葉をリエリーは何度聞かされたことだろう。リエリーは驚愕に目を見開いた。
この人はセウヤ兄様だ。
リュウヤ兄様を失い、未来に絶望し狂っていくセウヤ兄様……
グイド王はセウヤと同じだったのだ。リュウヤ兄様を失うという地獄に落とされた人。
「さっきの質問に答えましょうリエリー殿。あなたが、恩赦の戦で愛する男の名を泣き叫んで取り乱している姿を見てから、雷に打たれたように痺れてもうあなたのことしか考えられなくなった」
グイドは立ち上がると、ゆっくりとリエリーの隣に来て跪いた。大柄な彼は膝をついてもリエリーのすぐ近くに顔がある、怖くなって身を引くと彼はリエリーの左手をそっと握った。驚きに強く手を引いたが、彼は放してくれない。強い眼差しが迫ってくる。
「あなたはリュウヤと同じ体で出来ていて、その身にはリュウヤの思い出が詰まっている、そしてリュウヤが心から愛した妹君。そのあなたが僕を慰め、あの男を愛するように命をかけて包み込んでくれるなら、僕は生きていける。外で強い王をいくらでも演じましょう。あなたがその体で僕を抱いてくれるなら、どれほど怖くても演じ続けましょう。リエリー殿、僕を愛して、あなたしかいないのだ、リュウヤのいないこの世界に僕を存在させてくれるのは、もう唯一あなただけなのだ、お願いだ僕の側にいて欲しい」
グイドの眼差しの強さに、逃げられないとリエリーは恐怖に縛られた。無意識に勢いよく立ち上がっていた。そしてそれはとても愚かな選択だった、リエリーは椅子に膝の裏を当ててしまい、後ろに体が倒れそうになる、グイドは握っている手を引き、左腕でリエリーを抱きとめた。あっという間にリエリーはグイドの腕の中に入ってしまった。
彼はあまりに大きく力強かった、リエリーはすぐに渾身の力で抜け出そうとしたが、逆に彼からきつく抱きしめられるだけだった、びくともしない彼の腕の中で恐怖に震える。彼の右手が、リエリーの頬と顎を包み上を向かされた。アツリュウの固い掌とは違い、柔らかいそれはがっちりとつかんできて抵抗できない。グイドの太い親指がリエリーの唇に触れた。
「この唇をあの男は何度も……」
低い声が近づいたと思った刹那、グイドに口をふさがれた。
口づけられている! そう理解した瞬間にリエリーの体は沸騰するように怒りで満たされた。
力が緩んだ時、リエリーは思い切りグイドを突き飛ばした、反動で自分の体も椅子ごと後ろに倒れた。そのまま後ろにずるずる下がると壁に背が当たった。座りこんだまま、服の袖で唇を強くこすった。痛むのもかまわずに強くこすり続けていると、涙がぼろぼろと頬を伝った。卓の横に立ち尽くすグイドを憎しみを込めて睨みつけた。
「私はアツリュウのものです。触らないで」
グイドは立ったまま近づいてはこなかった。
「だったらどうしてここにきたのです。こうして僕に閉じ込められると分かっていたでしょう?」
「私は……あなたにアツリュウを救う手助けをして欲しいのです。私は愛する人を救いたいのです」
リエリーは悲し気な彼の顔に気持ちをぶつけるように叫んだ。
「あなたは残酷な人だ。愛してほしいと乞い願う男に、どうしてあなたが愛する男を助けさせるのだ。僕を見て、僕はあなたに愛されたい。あの男なら他にいくらでも女がいる、でも僕にはあなたしかいない。あなたでなければ意味がないんだ」
彼はただ悲し気にうつむいていた。強面の顔は厳しいだけなのに、力なく泣き出しそうな年下の少年のように見えた。
リエリーが唇をこするのをやめて、袖をはなすと布は血がにじんでいた。
残酷だと言うグイドは正しいとリエリーは己を恥じた。この人は手紙と贈り物を送り続け、愛していると自分に伝え続けていた。その気持ちを知っていた、けれど王という権力が欲しくてリエリーはこの人と取引にきたのだ。
「私をあなたにあげることはできません……でも代わりに……」
リエリーが言い終わる前にグイドが言葉を切った。
「バッシャールを私に与えると言うのでしょう? 僕はいらない。教えてあげます。僕は何もかも知っている。なぜならヨンキントは私の間者だから、彼から逐一報告を受けてきた」
リエリーはヨンキントと聞いて「え?」と声をあげた。
「驚いた? あなたはヨンキントにずっと裏切られていたのですよ」
リエリーは山小屋でのスオウとヨンキントのやり取りを思い出した。
『私も保身を諦めます。父に私を与えます……』
ヨンキントはグイド王と取引していた……けれどアツリュウを救うために何か重大な事を彼は諦めて、グイドから離れたのだ……
「南ルールド帝国の機嫌を取るためにバッシャールが欲しいか? 答えは「いらない」だ。わたしはあなたさえいてくれれは他に欲しいものはない」
リエリーは震えながら声を出した、情けなさと怒りで涙が止まらない。
「ではバッシャールを隠して南ルールドに彼がヒルディルド国にいることを知らせます。バッシャールを差し出さなければ南ルールドが攻めてきますよ、それでも彼が欲しくないと仰いますか?」
グイドは顔付きを変えた。リエリーの前に来ると膝をついて顔を近づけてくる。リエリーは身を縮めるしかなかった。
「ずいぶんと世俗にまみれた汚い取引をするのですね、あなたの口からこんな脅しを聞くなんてとても悲しい。僕だったらあなたにこんなことは絶対に言わせない。僕の腕の中で世の汚れから守って、好きなだけ甘やかして少しずつ大人にしてあげるのに。清らかなままのあなたを守ってあげるのに」
リエリーは何も答えることができなかった。触れるほどに近くにいるグイドの手がいつ伸びてくるのか恐ろしくてたまらなかった。
「いいでしょう、リエリー殿やってみるといい。南ルールドが戦艦を寄越して大砲で港を砲撃する様子を、あなたの隣で眺めてあげる。僕はべつに構いませんよヒルディルドがどうなったって、だってリエリー王女が始めた戦争だ、止めたければあなたがバッシャールを差し出せばいい。あなたは、国を盾に僕を脅す覚悟など初めからないのだ。人から借りてきた策を言ってみたところで、僕を動かすことはできない」
リエリーはいよいよ理解した。もう目の前の男を説得する言葉を自分は何一つ持っていない、グイドの言う通りだった、国を盾に脅すなどリエリーにできるはずもなかったのだ。
「あなたはまだ分からないの? 僕はあなたが欲しいそれだけだ。これからこの宮で一緒の時を過ごしていこう。リュウヤの思い出を話して、リュウヤを側に感じて、リュウヤと共に生きていく。きっとあなたは気づくはずだ、それがどれほど僕達を幸せにするか。大丈夫僕はあなたを何よりも大切して愛する。だってあなた以上に愛するものなどこの世に無いのだから」
リエリーは自分がどれほど愚かな選択をしたか自覚した。アツリュウを救うためにビャクオム王を利用しようとした。けれど彼はビャクオムの王である前に、リュウヤを失って地獄に落ち、ひたすらに手を伸ばしてリエリーに救いを求める亡者だったのだ。
セウヤ兄様も、グイド王もリエリーが欲しいと叫ぶ。
けれど彼らにリエリーの姿は映ってはいない、リエリーの中に失ったリュウヤを求めているだけなのだ……
グイドの目を見ていることができずに、小さく体を縮こませて丸くなって震えた。
彼の手がリエリーの髪をなでる。ひたすら体を固くして恐ろしさに耐えた。情けなかった、自分でこの状況を招いたのだ。自ら彼の前に身を差し出したのだ。
「これから僕はまた祖父の書いた台本を演じてきます。夜になったら戻ってくるので寛いで待っていてください。これから毎晩僕はあなたを腕に抱いて眠る。心配しないで、僕は辛抱強く待ちます。あなたが愛してくれるまで、あなたの嫌がることはしない。けれどあの男には知らせる。グイド王はリエリー王女を抱いているとね、もしあの男が生きているならですが」
グイド王は立ち上がった。
「僕が味わっている苦しみをミタツルギにも教えてやる」
彼はそう呟くと部屋を出て行った。
何もかもセウヤ兄様と同じ……
リエリーを閉じ込めるのも、アツリュウを傷つけるのも……
「リュウヤ兄様」
リエリーは一人、今はもういない兄の名を呼んだ。




