103.あなただけの
リエリーは砂浜で、アツリュウが引く馬に乗り、乗馬を楽しんでいた。
白い砂が遠くまで続き、見上げる空は青く、水平線の向こうに入道雲が見えた。広がる海は穏やかで、青い海はキラキラと輝いている。
波がよせてきて、馬の脚を濡らす、そして馬はどんどん海の方へ歩いて行く、足首まで海に入った……リエリーは驚いて声も出ない。
もっと進んで、馬はどんどん海に入って行く、リエリーの膝がひんやりとした水の中に入ってしまった。
「アツリュウ!馬が海の中に入った!」
手綱を引いて、ザブザブと海に入っていくアツリュウが、振り返って「冷たくて気持ちがいいだろう?」と爽やかに笑った。
リエリーがモーリヒルドへは帰らないと決めた日から5日が経った。
小旅行で、アツリュウがリエリーを砂浜が綺麗な、海岸沿いの小さな町に連れて来てくれた。
海岸で遠乗りをするからと、何故か薄着にさせられて、海に来た。
アツリュウに「海に入るよ」とは言われていたが、まさか乗馬したまま海に入ると思っていなかったので、リエリーはびっくりして、馬の背であわあわ慌てた。
アツリュウはそんなリエリーにお構いなく、どんどんリエリーの乗る馬を引いて海に入って行く、とうとう馬の鞍の所まで海水に浸かってしまった。
青い透き通った水の中で、馬が泳ぐようにゆっくり進む。水の中に小さな魚が見えた。
リエリーは怖くなってきてアツリュウを呼ぶとすぐ隣まできてくれた。
「アツリュウ、こんなに深いところまで来ちゃった、どうしよう」
「馬は泳ぐんだよ。だから乗っていれば大丈夫」
アツリュウが海水をパシャパシャかけてきた。びっくりしてリエリーが馬の背にしがみついた時、ザッパンっとちょうど波がきて頭からびしょぬれになった。
アツリュウが大笑いした、悔しくてリエリーも水をすくって彼に掛けようとして、ぐらりと体が右に傾いた。そのまま落ちる! と身を固くしたところを、アツリュウが抱えてくれた。
私は泳げない! 抱っこの形で彼に必死にしがみついていると、アツリュウがずっと笑っている。
「リエリーここは足がつくから、大丈夫だよ、立ってごらん」
言われて立ってみると胸のあたりまで水がある、すぐにふわりと体が浮いてしまう、アツリュウにしがみついた。
「アツリュウいじわるしないで、びっくりするの」
「リエリーをびっくりさせるために来たんだよ」
波が寄せる度に体が揺れる、アツリュウがリエリーを横抱きにした。
「浮いてごらんリエリー、体の力を抜いて……」
アツリュウに肩を抱かれながら、そうっと体の力を抜いた。プカプカと体が浮いて、波と一緒に揺れる。彼が支えてくれているから怖くない。
「アツリュウ……びっくりするけど……とても楽しい」
真っ青な空がアツリュウの覗き込む顔で隠された。
アツリュウの髪の先から雫が落ちる。濡れていつもより癖が強くなった髪が、彼の額にかかる。どうしてだろう、濡れるアツリュウは男性を強く感じさせ、胸が苦しくなる程素敵で、リエリーは琥珀の瞳を求めるように見つめた。
アツリュウがこのうえなく優しく「リエリー」と呼び、顔を近づける。
海の中で抱きかかえられながらしたキスは塩味がして「しょっぱい」とリエリーが言うと、アツリュウが「ほんとだ」と驚いたように答えて、二人で笑った。
◇◇◇ ◇◇◇
海岸近くの小さな宿に泊まった。
同行した侍女に髪を洗ってもらい夕食終えると、アツリュウが卓の上に何やら広げ始めた。それは昨日エイドドアドへ出かけた時にアツリュウが買った、ハイシャン国の玩具だった。彼が「一緒にやろう」とわくわくした子供の目で待っている。
アツリュウは全ての時間をリエリーと過ごすと宣言した通り、あれからずっと一緒にいて、リエリーを楽しませることばかり考えているようだ。
エイドドアドで一緒に買い物をした時は、アツリュウがあれこれ何でもリエリーに買おうとするので困ってしまった。そして生まれて初めてリエリーはお店でお茶を飲んだ。帝国式の素敵な紅茶店だった。すごくドキドキしたけれど、アツリュウも初めてだと言って、二人で緊張して、そしてクスクス笑ってしまうくらいとても楽しかった。
アツリュウが、やろうと誘ってくれたその遊びは、盤上に駒を並べて陣地取りをするゲームだった。リエリーはやったことがなかったので、初めはアツリュに負けてばかりだったけれど、悔しくて何度もしているうちに、ついに彼に勝った。
「やっぱりね、リエリーは負けず嫌いだと思ったんだ。こんなに夢中でやり続けるとは、想像以上だった」
「だって、負けると悔しいの」
「まあ、でもこの一勝はまぐれだね、俺のほうがまだまだ強い」
「そんなことないもの、もう一回する!」
キボネに声をかけられて、夜も遅いからとリエリーはたしなめられて眠ることになった。
◇◇◇ ◇◇◇
寝具の中、リエリーはアツリュウに抱きしめられながら、うとうと心地よくまどろんでいた。
波の音が遠くに聞こえる。
あまりの幸福感に、眠るのが嫌で重い瞼を開けた。
眠そうな目で見つめている彼に、キスをしようとしたけれど、眠くて上手にできずあごに唇が当たった。
アツリュウが代わりにリエリーの額にキスをしてくれた。
「眠りたくないの」
「うん……俺も……眠りたくない。今日が終わって欲しくない……」
「アツリュウ、私があなたを守るから」
「分かっているよリエリー。あなたが誰よりも強く俺を守っていてくれることを知ってるから……」
アツリュウの腕に引き寄せられ強く抱きしめられる。
耳元で、彼の苦し気な声がリエリーと繰返す。
「それでも、もしも俺が先に逝くことになったら。その時はお願いだリエリー、生きてくれ」
「嫌……そんなことは無理なの……」
アツリュウが体を離して、手でリエリーの顔を包み込んで上を向かせる。
「リエリーお願いだ」
「そのお願いはききません。だって、あなたは私のものだから、絶対に兄様には渡さない」
リエリーは強くアツリュウを抱きしめた。
アツリュウが甘やかに息を吐いた。熱に浮かされたようにうっとりと彼は告げた。
「ああ、俺の全てはあなたのものだ。どこに連れていかれても、何をされても、殺されても、けして誰のものにもならない。リエリーあなただけのものだ」




