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102.リエリーって呼んだ

 リエリーは2日間、部屋から出られなかった。

 アツリュウと一緒に食事をしたり、部屋でお喋りをしたりするのだけれど、アツリュウはすぐにリエリーを彼の腕の中に閉じ込める。あの、あの……と抗議するのだが、リエリーは抱きかかえられて寝台に運ばれてしまう。ほとんどの時間を彼の腕の中で過ごした。

 

 3日目の昼、ぽーっとして目を覚ますと、着替えたアツリュウが寝台に座り、嬉しそうな顔でリエリーの頭を撫ぜている。彼の心地よい手にまた眠りに引き戻されそうになった。


「リエリーおはよう」

 小さなキスが降ってきて、眠い目を開けた。起きなくちゃと自分に言って、リエリーが身を起こすと、上掛(うわが)けが滑り落ちて、何も身に付けていない自分の体が(あら)わになった。

 きゃあと声を上げてしまい、そのまま上掛けにもぐろうとすると、アツリュウに抱きかかえられた。

「リエリーどうして隠すの? 昨日のことを忘れてしまった?」


 アツリュウの体にしがみつきながら、リエリーは「恥ずかしいから……」と必死の思いで伝えるのに、彼はくすくす笑う。アツリュウはちゃんと着替えているのに、ずるいと思った。


 アツリュウが笑うのをやめて、体は辛くないか、痛いところは無いかと心配顔で聞いてくる、さらに恥ずかしくなって、ふるふると首を振ってから彼の胸に顔を隠すと、「リエリー無理をさせてごめんね」と小さな声で彼が謝るのが聞こえた。


 ふと気が付いて、リエリーはアツリュウの胸から顔を上げた。

「アツリュウが私のことをリエリーって呼んだ」


 アツリュウがふにゃーっと笑った。

「忘れてしまったの? だってリエリーが俺のここにしがみついて……」

 言いながら彼はリエリーの首に手をまわしてしがみつく仕草をした。

「姫様は嫌なの、リエリーがいいのって俺に何度もお願いするから……」


 その時のことがぶわーっと思い出された。

 恥ずかしさのあまり、リエリーはまたアツリュウにしがみついて顔を隠した。

 お願いしました、私がしました。うう、恥ずかしいよう。



                 ◇◇◇   ◇◇◇


 リエリーが湯あみをして軽食をとると「ヤナのとこへ行こう」と、元気いっぱいのアツリュウに手を引かれて神殿に行くことになった。


 途中オルゴンに会ったり、顔なじみの護衛官に挨拶されたり、リエリーは人とすれ違う度に、なんとも気恥ずかしくて俯いてしまう。だって2日間もアツリュウと部屋に入って出てこなかったのだ。皆何をしていたか知っているのだと思うと、どうしていいか分からなくなる。でもアツリュウは恥ずかしそうな様子は無く、むしろ嬉しそうに会話している。


 キボネの姿は見なかったが、リエリーは彼に心から感謝している。彼が侍女をすぐに付けてくれて、湯あみやら食事やら、姿を見せずにキボネが完璧の配慮をしてくれたおかげで、アツリュウの勢いに昼も夜も分からなくなったリエリーはこの2日間を過ごすことができた。


 オルゴンは「姫様こいつはすぐ調子に乗りますから、言うことを全部聞かなくてもいいのですよ」と熊のぬいぐるみの優しい顔で言った。


 アツリュウがもはや何のためらいもなく、真っすぐに全身で愛情表現してくれるので、リエリーは嬉しすぎて夢かと思うほどであるけれど、アツリュウは陽気に飛び跳ねる子猫のように、ちょっと手に負えないくらい浮かれている。


 調子に乗るアツリュウは、リエリーが戸惑うほどに嬉しそうで……そして可愛いなと思った。


 神殿に着くと、ヨンキントは外出中で不在だった。神官が、行先はエイヘッド街の礼拝堂なのですぐお戻りになるでしょうと教えてくれた。


                 ◇◇◇   ◇◇◇


 神殿裏の庭園でヨンキントを待つことにした。

 庭園は夏の花が咲き乱れて色とりどりに美しかった。


 長椅子に二人で並んで座る、リエリーは繋いでいた手をするりと外すと、とても気に入っている、アツリュウの手首の骨の突起を指でクルクル触った。不思議な気がした、彼に何のためらいもなく触れることができる。彼に触れてもいいか聞くことも無く、好きな場所を好きなだけこうして触れる。

 

 逆もそう……アツリュウにどこを触れられても、私は受け入れている。

 たった2日間で、こんなにもアツリュウが近くにいる。嬉しくて浮かれているのは私も一緒だとリエリーは気が付いた。


「あのね、アツリュウ。私ね大発見をしたの」

「大発見とは!」


「ほら、アツリュウ言っていたでしょう? 『ハヤブサのアツリュウ』とみんなが呼ばないのは、言い(にく)いからじゃないかと。火竜や白虎は2文字なのに、隼は1文字なのが良くないと……」


 部屋でお喋りしていたときに、リエリーとアツリュは『ハヤブサ』の頭に付ける言葉をあれこれ探していた。「青ハヤブサ」とか「雪ハヤブサ」とか、どれもしっくりこなくて、いい言葉がみつからなかった。

「私ね、あらからずーっと考えて発見したの、むしろ長い方がしっくりくると」

 なになに? とわくわくした顔で聞いてくるアツリュウに、リエリーは得意げに答えた。


「くれないハヤブサのアツリュウとか、あかつきハヤブサのアツリュウとか、こういう4文字の言葉の方が言い(やす)いと思うの、どう? 言ってみてください!」


「あかつきハヤブサのアツリュウ……うわー本当だ! 良い、なんか良い!」

「ね、大発見でしょう」


 アツリュウが「うん」とうなづくと、リエリーを抱き上げて、彼の膝にのせてしまった。恥ずかしいから下ろしてと頼むのに、誰もいないからと聞いてくれない。


「リエリーすごい大発見! よーし、一番ぴったりくる言葉を探そう。うーん4文字でかっこいい言葉かあ」

 彼の膝に乗ると、リエリーはアツリュウの頭を見下ろす形になった。彼の肩に手を乗のせ、真剣に言葉を探すアツリュウを見守る。「茶虎(ちゃとら)ハヤブサのアツリュウは?」と聞くと、「それは猫だよ」と()ねた声で、彼がリエリーを見上げた。


 アツリュウが急に真剣な表情になってリエリーを見つめてくる。


「私の全てはあなたのもの、私の命はあなたのもの、愛しい人、キスをください」

 アツリュウが、愛おしく求める瞳でリエリーの頬に指で触れた。


「私の全てはあなたのもの、私の命はあなたのもの、愛しい人、キスをあげます」

 リエリーは、アツリュウの肩につかまり、上からゆっくり顔を近づけて唇を重ねた。


 唇が離れ、二人で目を閉じて額と額をくっつけた。


 物音がした。リエリーがはっと目を開けて、アツリュウの膝から降りようとしたが、アツリュウがぎゅっと抱きしめてきて、それをさせてくれなかった。


「仲良しですね」

 ヨンキントの声がした。

  

「ヤナ、俺は報告にきたんだ! 俺と姫様はね……」

 そこまで勢いよく言ったアツリュウが、ちょっと口ごもって、ええと……と言葉を選ぼうとした。

 俺と姫様は……リエリーは続く言葉を想像したとたんに、恥ずかしくてぼっと顔に熱が上がった。


「はいはい、みなまで言わずとも見れば分かります。アツリュウありがとう来てくれて。私は最高に幸せですよ」


 ヨンキントから不思議な感じを受けた、リエリーが彼を見上げるといつもの微笑みがあって、それは慈愛のような穏やかなものであるのにとても強いものだった。


 恥ずかしいからと抗議してじたばたと動くと、アツリュウがやっとリエリーを膝から降ろしてくれた。

 リエリーを真ん中にして、長椅子に3人で座った。


「ヨンキントとアツリュウは名前で呼び合っているのですね、二人は仲良しさんですね」

 リエリーがアツリュウを見ると、「うんそうなんだ」と嬉しそうにうなづいた。


「ヤナはね、俺のことが大好きなんだ」

 リエリーは二人の顔を見た。

「知ってますよ、ヨンキントはいつもアツリュウが好きと言ってますから」


「私はリエリー様にアツリュウ殿が好きだと言ってましたか?」

 ヨンキントが珍しく驚いた感じで聞くのでリエリーも驚いた。


「私にだけでなく、皆に言ってますよ」

 首をかしげてヨンキントを見上げると、彼は口に手をあてて

少し照れていた。

「自分で気づいていなかった…… アツリュウが好きだと無意識に言っていたとは……」


 リエリーはふふっと笑ってしまった。

「私もヨンキントが大好きですよ、なんていうか……まるで……」


 アツリュウがリエリーの手をきゅっと握って「まるで……なに?」と体をくっつけてきた。


「お父様みたい……かな……と」

「お父様!」


 アツリュウとヨンキントが同時に言った。


「私は実のところ、父というものがよく分からないのです。父である前にシュロム王ですし……優しい関わりは記憶には無いのです。だから、私が漠然(ばくぜん)と想像する父親像のような……こんなふうに側にいてくれたらいいなあと思う父が、ヨンキントなのです」

 リエリーがぽつぽつと話すと、アツリュウがまた手を強く握ってくれた。


「でも、せめてお兄様にしてあげたら? ヤナまだ31だし17歳の娘はちょっと……」

 アツリュウの言葉に「いえ、むしろ父親の方がいいですね」とヨンキントが答えた。


「今、いろいろ想像してみましたが、兄、弟、叔父、友人など想定した中で、父親が最も誇らしく、嬉しいと実感しました。リエリー様の父親的存在、最高です! はいそこ、嫉妬しない」


「俺は嫉妬……してない」

「してますね、アツリュウはリエリー様に『特別感』出されるともう駄目になると知ってます。ふふ、でも父親役は譲りません」


 わかりましたよ、とアツリュウは口の中でごにょごにょ言った。


 アツリュウが大きくため息をついた。

「嫉妬と言われるなら、リエリーを一瞬たりとも目に映らせたく無い相手がいる。あの男がそのうち領主城に来てしまう」


「バッシャールですか? その後どうなったのです、彼の部下との話はついたのでしょうか」


 バッシャールと聞いて、リエリーはあの日のことを思い出し身を固くした。アツリュウがすぐに肩を抱き寄せてくれた。


「山小屋に帝国語の話せる奴の部下が来ていて、こちらの兵と話をしたんだが、どうもバッシャールと部下の話はまとまっていないらしい。バッシャールが出かけるから、後を任せる一番強い奴を決めろと命じたら、いまちょっとした戦争みたいになってるそうだ。あいつは高みの見物で呑気にしてるらしいけど、部下たちは最強の一人を決めるために戦いまくってる。山の中でしてくれて本当に良かった。だからバッシャールはすぐには来ないとは思う……が、でもいずれ奴は山から出てくる」


 アツリュウからバッシャールの話は聞いていた。リエリーはあの男にもう一度会うのは恐ろしく、絶対に嫌だと不安になる。


「バッシャールが城に滞在する間は、俺とリエリーはどこかに行って会わないようにする」

「アツリュウはバッシャールのことを部下に任せるのですか?」


 アツリュウは何の迷いもなく答えた。

「俺はもう仕事しない。バッシャールのことはスオウに任せるし、領地のことはオルゴンにしてもらう」


「アツリュウはもう仕事しないの?」


 ヨンキントの問いに、アツリュウはきっぱりと宣言した。

「しない、すべての時間はリエリーと過ごすから」


 リエリーにはアツリュウがどうしてそうするのか分かっていた。

 不安と悲しみが込み上げるのをぐっと押し戻して、リエリーも明るく宣言した。


「私も、アツリュウとずーっと一緒にいます」


「リエリー様。嫌なことを思いださせて申し訳ないのですが、教えてください。バッシャールはピプドゥ語であなたのことをピチパと呼びますが、どういう意味なのですか?」


 ヨンキントにそう聞かれ、あの男にピチパと呼ばれた時の怖気が思い出さた。繋いでいるアツリュウの手を強く握った。

「……小鳥」


 リエリーが言ったとたんにアツリュウに強く抱きしめられた。

「絶対に会わせない。心配するなリエリー、絶対にあの男には会わせない」

 

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