余呉湖の天女
彩夏は父親に
「どういうことですか? お父様」
と聞いた。
阿部冬一郎は微笑み
「家に入って隈なく探すとなると家の中で隠していた場合はバレてしまうだろう?」
と告げた。
彼女は頷いて
「はい」
と答えた。
阿部冬一郎は「そういう時は彩夏ならどうする?」と聞いた。
彼女は少し考えて
「家の中に隠していたとしたら……私ながらこっそり家以外の」
と言いかけて目を見開いた。
政一は笑むと
「盗った人に対しての罰は必要だけど……この村は特殊だから村人全員にわかって村八分になると生死にかかわるだろ?」
だから盗った人が分かったとしても村長に処置を頼む形で
「一番は天衣が戻ることだからね」
と答えた。
彩夏は目を見開て政一を見つめた。
「……は、はい」
その時、大きな声が響いた。
童と政一は同時に声の方を見て駆け出した。
村の入口に近い木々の茂る場所に天衣を手にした阿部暖が一体の鬼に足を掴まれて倒れていた。
連絡に回っていた男は驚いて
「お坊ちゃん!!」
と呼ぶと鍬を手に鬼へと向かった。
が、弾き飛ばされた。
クロは男が地に叩きつけられそうなところを背中で庇い鬼に向かって吠えた。
阿部冬一郎は驚きながら
「暖! まさか」
と声を零した。
それに暖は泣きながら
「お父さんがいつも……村のことばかりで……寂しかったし……それに」
身体壊しても村、村って!!
「それが嫌だったんだ!!」
と叫んだ。
それに集まってきていた村人はハッとして顔を見合わせた。
政一は前に出ると
「とにかく、今は暖君を救わないと!」
と告げた。
童は前に出ると
「童が鬼の動きを封じるじゃんね!」
その間に誰か助けるじゃんね!
と赤い糸を鬼に向けてはなった。
鬼はにやりと笑うと
「やはり、お前の攻撃はそれか」
と言うと腕で糸を絡めた。
だが、暖から手が離れたのである。
政一が駆け出す前に阿部冬一郎が駆け出して暖を抱き上げると離れた。
童はそれを見て糸から手を放すと
「糸だけじゃないじゃんね」
みんな離れるんじゃ!
と言い懐から煙幕玉を鬼の足元に投げて中へと飛び込んだ。
シロもクロも飛び込んだ。
政一は周囲を見回して
「煙に巻かれないように離れてください!!」
と叫んだ。
全員が慌てて距離を取った。
煙の中からふわりと天衣が上へと舞った。
それに離れた場所にいた末は祈るように手を伸ばしヒラリと飛んできたそれを受け止めた。
煙が消え去ると鬼は倒れており、童もシロもクロも無傷で立っていた。
政一は安堵して
「良かった」
と足を踏み出しかけて、ゆらりと草木が揺れたそこから数匹の鬼が姿を見せた。
全員が慌てて村の方へと後退った。
が、末は天衣を羽織ると両手を組み合わせ
「お前たちが踏み込んで良い土地ではありません!」
立ち去りなさい!!
と告げた。
瞬間に強い虹彩が環となって広がり倒れていた鬼も入ろうとしていた数匹の鬼も弾き飛ばした。
里の守りが強化され鬼が入ることが出来なくなったのである。
末は政一と童とシロとクロの前へ行くと
「ありがとうございます」
先ほどの鬼たちは恐らくもうこの周辺にはいないでしょう
「かなり遠くまで弾き飛ばしましたので」
と告げた。
阿部冬一郎は安堵の息を吐き出だしたものの暖の頬を叩いた。
「お前は! 村を預かる阿部家の子供に生まれながらなんてこと!!」
それに先ほど言い争っていた女性が再び叩こうとした阿部冬一郎の手を掴み
「村長さん、もうこれくらいで」
私たちもいかんかったんですよ
「何でもかんでも村長さんに頼って……お坊ちゃんが寂しいのもお嬢様が寂しいのもわかりますよ」
と告げた。
阿部暖は泣きながら
「ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」
と顔を伏せて蹲った。
それを彩夏は抱きしめ
「暖、気付いていたのにごめんね」
と泣きながら告げた。
阿部冬一郎は2人を抱きしめて
「本当にすまない」
だが私の後をお前たちが次いで行くことになる
「この一帯を守る長の役目を」
その大切さを私はちゃんと教えていかなければならないな
と強く強く力を込めて告げた。
村人も顔を見合わせて笑みを浮かべた。
政一は童を見ると
「ありがとう、童ちゃん」
それからシロとクロもありがとう
と言い
「でも、良かった」
と告げた。
末は政一に
「ありがとうございます、政一さま」
と頭を下げた。
政一は「いやいや、俺は何もできなかったし非力なんで」と答えた。
それに末は笑みを深め
「政一さま、例え武に優れていなくても貴方さまには貴方さましかできないことがあります」
それで身を守る方法を手に入れることです
「その内なる力はまだ今の貴方さまには大きすぎて恐らく制御することが出来ないのだと思います」
それを制御する術を手に入れてください
「それを貴方さまも望んでおられる」
と告げた。
政一はそれに
「俺の中にある力を制御する」
と呟いた。
末は頷いて
「必ずできます」
と告げた。
政一は笑むと
「やってみようと思う」
ありがとう、末
と告げた。
そして、村人や阿部冬一郎を見ると
「問題も収まったし、帰ることにします」
と告げた。
阿部冬一郎は頭を下げて
「ありがとうございました」
御厨様
と告げた。
政一と童とシロとクロは村人の家で停めていた車に乗り込むと村の結界を出て米原に向かって湖畔にそって車を走らせた。
気付くと空は茜色に染まり夕刻であることを知らせていた。
童は助手席に座りながら
「お館さま……童はおなかすいたじゃんね」
お昼抜きだったじゃろ?
と告げた。
政一はクゥとお腹が鳴ると同時に
「確かに!」
と言うと
「米原の駅でレストランに入って夕ご飯食べよう!」
と笑みを見せた。
それに童もシロもクロもドンチャンドンチャンと喜んだ。
政一は運転しながら
「暴れるなー」
と叫んだ。