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余呉湖の天女

翌朝、政一は目を覚ますといつものように転がり落ちたちっこいシロとクロを見て

「……もう慣れたけど」

 とぼやき、寝床から立ち上がると大きく伸びをして顔を洗いに部屋を出ると薪を持って歩いている童を見て縁側を飛び降りて

「童ちゃん……どうしたんだ!?」

 と駆け寄った。


 童はにっこり笑うと

「たいしたことないじゃんね」

 それより

「童、頑張ったぞ」

 お館さまは大船になったつもりで無茶をしないようにするじゃんね

 と告げた。


 政一はヒタリと汗を浮かべて

「童ちゃんの言ってることが全然わからないし……青痣作って……まさか栫さんが童ちゃんを折檻!?」

 と背後に立った栫に思わず飛び退いた。


 栫は無表情で政一を見ると

「裸足で飛び降りられたら怪我をなさいます」

 と言い

「朝食後に余呉湖の里へ行っていただきますのでお支度を」

 と告げた。


 政一は「あ、ああ」と答え、縁側に上がって足を栫が持ってきた濡れたタオルで拭くと服を着替えた。


 そして朝食を終えると童とシロとクロと共に館を出て何時もの守りが待つ道が交差している場所へと向かった。


 栫は少し坂になっているところを登っていく政一たちを見送り

「童、シロ、クロ……頼むぞ」

 と小さく呟いた。


 交差している場所には切れ長の目をして黒く長い髪を高髻に結い淡い紅の裳を纏った女性が立っていた。

 末という天女である。


 彼女は政一が来ると深く頭を下げて

「末でございます」

と告げた。

政一は「普通の人っぽい」と

「俺は御厨政一です」

宜しくお願いします

と笑みを浮かべた。

これまで何人か里に送り届けたが多くの場合が会話終了モードだったのだ。


末は笑むと

「私の方が里へお連れいただくのです、政一さま」

 と告げた。


 政一は「いえいえいえ」と答え、足取りも軽く歩き出した。

 童は隣で歩きながら

「いつもと違ってご機嫌じゃんね」

 お館さま

 と心で呟いた。


 神の蔵の山道を出てアスファルトの道路を少し下るといつものバス停がある。

 待っていると必ず止まってくれるバスだ。


 そして、そこからJRの神の蔵で降りて列車移動になる。

 政一はいつも通りに新幹線に乗り滋賀県の米原駅で降り立つと駅前のレンタカーで車を借りて余呉湖へと走らせた。


 琵琶湖の奥にありそこを少し行くと敦賀に抜ける形になる。

 風光明媚な緑の深い美しいところであった。


 余呉湖の里は名前の通りにその湖畔にある。

 ただその周囲は森林が取り囲み、人には見えないようになっている。


 政一は湖の周辺を通る道路から森林に入る土の道へとハンドルを切り覆い隠すように茂る木々の間を縫うように車を走らせた。

 そして、白い霧のような空間を抜けて目の前に広がった村の姿に目を見開いた。

 湖岸に隣接した村で十数軒の家が点々と立っていた。

 が、村の中央辺りで数名の男女が喧々囂々と言い合いをしているのが目に飛び込んできた。


 政一は車を思わず徐行させ

「……祭り? じゃないよな」

 と呟いて、窓を開けた。


「家の者が取ったと思っているのかね!! 失礼な!」

「誰もそんなことをいってねぇだろ!! だが、天衣が勝手に飛んで行ったりするわけないだろ!!」

「それこそあんたのところが盗んだんじゃないのか!」


 童はその村中に響く声を耳に

「祭りの声には聞こえないじゃんね」

 とさっぱり答えた。


 政一も頷いて

「俺にも聞こえない」

 と答え、後ろで俯くと末を見ると

「末さん、天衣と言うのは知ってますか?」

 と聞いた。

「何かそう聞こえたんですけど」


 末は政一に視線を向けると

「天衣とは、私の力を使うための源泉です」

 と答えた。


 それに政一と童は同時に目を見開いた。

 それが無くなったということは一大事である。


 政一は車を路肩に止めて慌てて降り立つと

「あの、詳しく聞いてきます」

 と足を踏み出しかけて、車から降り立った末に

「天衣は外へ持ち出すことはできませんし、今も村の中にあるので問題はございません」

 と微笑んで答え

「ただ……村の中に役目を忌避するものがいるということです」

 それこそが私たちの守りの力を失うものなのです

 と告げた。

「村の人々の心……信こそが私たち守りの何よりの力となるのです」

 だから私はこの村の者たちを慈しみ感謝するのです


 政一は少し笑んで

「そうなんだ」

 末さんには大切な人たちなんですね

 と言い、足を踏み出して言い合いをしている人たちの元へと進んだ。


 童もシロもクロも気を引き締めて進んだ。


 村の中央にある小さな空き地で5人ほどが集まっている。

 政一は彼らの元へ行くと

「あの、天衣は村の外へ持ち出されたわけではないので探せば見つかると思います」

 互いに相手を疑うよりみんなで探した方が良いと思います

 と告げた。


 それに壮年男性の一人が

「ああ!? だが家探しするってことはその家の者を疑っているってことだろうって……」

 と言いかけて、じっと政一を見て、後ろの童を見て、その少し離れた場所の末を見ると目を見開いた。

「も、も、も、もしや……神の蔵の御厨さま!?」

 まさかあそこに居られるのはお守りさま!?


 その声に全員がぎょっと政一と童と末を見た。

 女性が慌てて

「こ、これは村長を呼ばなければ」

 と踵を返すと駆け出した。


 政一は慌てて

「あ……」

 俺が行きます、と言いかけている間に女性の姿は少し湖側にある大きな屋敷の中へと消え去った。


 他の男女は顔を見合わせると罰が悪そうに俯いた。

 

 政一は左端に立っていた女性を見ると

「あの、詳しく聞いても良いですか?」

 俺はあまり長く滞在できないのでその間に解決しないといけないと思うので

と告げた。


 それに女性は顔を上げると

「解決していただけるのですか?」

 と聞き、安堵の息を吐きだすと隣の男性に促されて唇を開いた。


「元々、天衣は村長の屋敷で管理しているのですが誰もが見ることが出来る屋敷の中でも湖岸の側の祠に安置されているのです」

 それがつい3日ほど前に祠から消え去ってしまって

「誰が盗ったかと皆がぎすぎすと」


 女性は慌てて

「わ、私ではございません!」

 と言い

「盗ったところで何の得もない話ですから」

 と告げた。


 政一は腕を組むと

「そんな大切なものなのに盗っても得がないのですか?」

 と聞いた。


 男性は苦笑して

「もちろんです」

 天衣を手に入れても

「俗っぽいですが売ることもできませんし持っている者が村長と言う決まりはありますが名乗るには盗んだことを明かさなければなりませんから」

 その時点で

 と告げた。

「なのでこういう騒ぎは初めてで」


 政一は考えながら

「確かに」

 普通はものを盗むのは何か得があるからで

「売ることも公にすることもできなければ……後は蒐集と言うことぐらいしかないか」

 と呟いた。


 そこへ先の村長を呼びに向かった女性に連れられて男性と少女と少年が姿を見せた。

 男性は政一を見ると深々と頭を下げて

「これは神の蔵からよくお越しくださいました」

 私は村長の阿部冬一郎と申します

 と言い、ふっと周辺を見回して目を細めると

「末さまを送っていただいたということですね」

 空気が変わっております

 と微笑んだ。


他の里の人たちは空気が変わったことには気付かなったのに彼は気付いたということだ。

 つまり、そういう家なのだろう。


 政一は驚きつつ

「わかる人なんだ」

 と心で呟いて

「俺は御厨政一です」

 お送りするだけのつもりでしたが天衣が無くなったと聞いたので

 と告げた。


 阿部冬一郎はふぅと深く息を吐き出すと

「私の不徳の致すところですが、その通りでございます」

 と答えた。

「今だ見つかっておらずに村の中も少々ギスギスしておりまして」

 外へ持ち出すこともできないですし

「盗んだところで何の得もないもので反対に皆から嫌厭されてしまうだけなのですが」


 政一は先ほど言い合いをしていた男女や全員を見回して

「ただ村から持ち出されてはいないので調べればわかると思います」

 と言い、ふっと笑みを浮かべると

「そうですね、村の人たち同士だと何かと問題があると思いますが俺は村の人間でないので俺が村中を隈なく調べましょうか?」

 と告げた。


 それに先ほど言い合っていた男性は

「おお、それなら俺は構わない」

 どうせないからな

 と胸を張った。


 女性も頷いて

「そうねぇ、同じ村人だと嫌だけど……御厨様なら」

 と呟いた。


 政一は笑みを浮かべると

「では、村中の人に急ぎ知らせてください」

 俺が一軒一軒お邪魔して調べると

 と告げた。


 阿部冬一郎は少し考えて「わかりました」と答え

「では、先に屋敷へ今回のことを詳しくお話いたします」

 と告げた。


 政一は頷いて

「はい」

 と答え、童を見て

「行こう」

 と呼びかけて足を踏み出した。


 少女と少年も後について足を進めた。


 政一はフッと肩越しに少女と少年を見て

「あの、娘さんと息子さんですか?」

 と聞いた。


 阿部冬一郎は笑むと

「ええ、娘の彩夏と息子の暖です」

 と答えた。

「色々忙しく構ってやれないのですが」


 政一は黙って付いてくる二人を横目に

「やはり村長って大変なんですね」

 と告げた。


 阿部冬一郎は苦笑しつつ

「代々引き継いできたものなので忙しくてやらなければならないんですが」

 娘たちには申し訳ないと思っています

 と告げた。


 それに阿部暖は踵を返すと走って反対の方へと立ち去った。


 政一はそれを見てクロを見ると

「クロ、暖君を追いかけてくれ」

 シロは話しまわる彼ら以外で急いで家を出る人がいたら追いかけてくれ

 と告げた。


 クロとシロはそれに素早く動いた。


 童は首を傾げながら政一を見ると

「しかし、お館さま……一軒一軒と言っても大変じゃんね」

 と告げた。


 政一は笑むと

「そこまで必要ないと思うけどね」

 と言い

「俺と童は村長さんから話をゆっくり聞いてから村人の家じゃなくて外回りから探そう」

 と告げた。


 それに後ろを歩いていた阿部彩夏と童は同時に

「「え??」」

 と声を零した。


 阿部冬一郎は笑むと

「やはりそういうおつもりでしたか」

 ありがとうございます

 と足を止めて頭を下げた。


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