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四国の乙姫

栫はそれを見送り山へと足を向けた。

 屋敷にはまだ多くの守り神が居候しているのである。

それこそが神の蔵という山が存在している理由でもあった。

 

 政一と乙と童とシロとクロが乗り込んだバスは蛇行した山道を少し上り、峠を越えると下り始めた。

 

 暫く下って温泉宿が見えるとその前の停留所で止まり人を数名乗せた。

 乗客はその人たちくらいである。

 が、政一はハッとすると

「そういえば、犬を乗せているのに……」

 と足元で丸まっているシロとクロを見た。

 

 それに童は隣に座り

「何も言わぬよ。そういう決まりゆえ」

 とにっこり笑って告げた。

 

 政一は考えつつ

「そうなんだ」

 と言い

「何か、生まれて初めてバスに乗るような気分だ」

 と心で呟いた。

 

 だが、その気持ちは列車でも味わうことになるのである。

 バスはJR神の蔵駅前で止まった。

 

 駅前には店も何もなく閑散としており駅も鄙びた古い駅舎であった。

 それは政一もわかっていた。

 しかし、そこで降りたのは政一だけであった。

 

 他の人々はそのまま乗っており、不思議そうに政一たちを見ていたのである。

 

 政一は反対にその人たちが何故降りないのか不思議に首を傾げたが、その先にもう一つJRの駅があったので他の人はそちらへ降りるのかもしれないと考えた。


 そして、駅舎に入って無人の改札を潜りハッとした。

「あ、もしかして……この駅って俗にいう秘境駅かも!」

 そう叫んだ。

 

 童は政一と手を握りしめながら

「秘境駅とは何ぞ?」

 と聞いた。


 政一はそれに

「あー、列車が止まるか止まらないか分からない駅」

 と答え、シロとクロを足元に乙と童の三人で時刻表の前に立った。

 

 ものの見事に全く時刻が書かれていない。


 政一は呆然と見て

「あ、そりゃ……誰も降りないな」

 と納得したのである。

「秘境駅どころか駅じゃねぇだろ! これ!!」

 そう心で突っ込んだ。

 

 その時、館内放送が流れた。

「17時12分発の博多行き新幹線のぞみが2番ホームに間もなく到着いたします」

 

 政一は目を見開くと向かいのホームを見た。

「急ごう」

 そう言って童と乙を連れて連絡橋を渡るとホームに降りて入ってくる新幹線を見た。

 

 こんな時刻表に停まる列車の時間すら書いていない駅に新幹線が停まるなんて

「もしかして、何かトラブルがあったのか? これってラッキー?」

 と思わず政一はつぶやいた。

 が、新幹線はホームで停まるとざわめく人々を尻目に扉を開いた。

『ホームでお待ちのお客様は9号車のグリーン車よりお入りください』

 

 ……。

 ……。

 童は政一の手を引くと

「あそこで帽子の人が手を振っておる」

 と告げた。

 

 政一は蒼褪めながら

「……アナウンスが個人向けに聞こえた」

 とぼやきながら9号車で待っている添乗員と合流し席へと案内された。

 

 グリーン車の中央を歩きながら人々の視線が痛かった。

 

 政一は乙と童とシロとクロと中央のボックス席に座りお金も払わないのに切符を手に入れた。

 全てが政一の常識の範囲を斜め上どころか雲を突き抜けていた。

 

 新幹線はそんな政一を乗せて出発し、まるで何もなかったように運行を再開した。


岡山に到着する頃になると周囲はすっかり暗くなっており政一は

「高松行きの列車もないし今日はホテルに泊まって明日の一番のマリンライナーで高松へ行ってそこから車の方がいいな」

 と考えた。


 夜遅くに車を走らせるよりは安全だと判断したのだ。

 

 童はそれに

「ホテルー!」

 と笑顔で政一の腕につかまりながらはねた。

 

 乙は静かに

「お心のままに」

 と答えた。

 

 ただ問題は金である。

 政一は財布を見ると

「JRは無賃乗車したけど流石にホテルはな」

 と言い、駅と連絡しているJRが経営しているグランドピア岡山のフロントに行くと

「あの急ですけどホテルの部屋2部屋空いておりますでしょうか?」

 と聞いた。

 

 それに童は

「言っておくが、お館さまと同じ部屋と決まっておるぞ」

 と告げた。

 

 政一はぎょっと童を見た。

 乙も静かに頷いた。

 

 シロとクロもじっと政一を見ている。

 フロントの男性は微笑み

「ご安心ください。スイートルームへご案内いたします」

 と告げた。

 

 政一は「ごふっ」と咳すると

「あ、あの……おいくらでしょうか?」

 と小声で告げた。

 が、男性は冷静に

「支払いの必要ございません」

 と言い

「係りの者がご案内いたします」

 と後ろを見た。

 

 女性の客室係が政一たちを32階のスイートルームへ案内し

「ご夕食はお部屋でご用意させていただきます。他にも何か御用があればお伺いいたしますが?」

 と告げた。

 

 政一は心の中で「こわっ、ここまでくると反対に怖すぎだろっ」と突っ込みつつ

「あ、明日の朝一のマリンライナーに乗りたいのでチケットを。それから香川の駅周辺のレンタカー屋があれば教えていただけると助かります」

 と告げた。

 

 女性は笑顔で

「かしこまりました」

 と立ち去った。

 

 夕食は豪華な洋食であった。

 乙は食事をしないらしく政一と童の二人だけで食べた。

 

 政一は食べながら

「こんな豪華な食事……やっぱり旅行の時だけだったな」

 とふぅと呟きフッと

「……だがどこで誰と食べたか思い出せない」

 と目を細めた。

 

 童はそれに慌てて

「お館さま。いま童と食べてるじゃんね! おーしい!」

 と笑顔で告げた。

 

 政一はふふっふふっと乾いた笑いを零し

「これ以上進むと……病気じゃないかと心配になるな」

 と呟いた。

 

 乙は少し離れた場所に座りながら

「病ではございません。下界との決別が始まっているのです。恐らく本来の貴方さまになるために」

 と告げた。

 

 政一は乙を見ると

「決別? 本来の俺? どういうこと?」

 と聞いた。

 

 乙は静かに微笑み

「何れ……わかると思います。多くの記憶で悲しまぬようにとのことでしょう」

 と告げた。

 

 政一はフムッと

「でも忘れたくない思い出もあるのに勝手に奪われるのはな」

 と不服そうに小さくぼやいた。

 

 童はやり取りを見ながら

「乙姫が饒舌じゃ……珍しいじゃんね」

 と心で呟いた。

 

 その日の夜はそのままベッドで政一と童は眠った。

 ただ……政一は自分の上に乗って眠るシロとクロに

「俺の上に乗るなら小さくなってくれ」

 と告げた。

 

 重かったのだ。

 

 シロとクロは小さな手のひらサイズになると政一の上で眠った。

 政一は寝ながら

「やっぱり俺の上で寝るんかい!」

 と突っ込みつつもそのまま眠りの底へと落ちて行ったのである。

 

 翌朝、朝一でチェックアウトをする際に高松行きのマリンライナーのチケットと高松の駅前のレンタカー屋の予約票を受け取った。

 ただそこでも代金を請求されることはなかった。

 

 政一は受け取りながら

「これが普通だと思ったらダメだ。ぜいたくは敵! いつ普通の生活に戻っても大丈夫なように普通の感覚を忘れないようにしないとな! 普通大事!」

 と心の中で叫んでいた。

 

 始発のマリンライナーに乗り、高松駅で降り立つと用意されていたガソリン満タンの乗用車を借りて助手席にクロを座らせ、後ろの座席にシロと童と乙を乗せて香川駅前のレンタカー店を後にしたのである。

 

 香川からは地道で大歩危を目指した。

 通常は高速に乗る方が早いのだが、大歩危は迂回する形になるので地道の方が1時間少々で辿り着けて早かったのである。

 

 政一は家やビルが立ち並ぶコンパクト都市の香川を突き抜けて内陸部へと向かった。

 郊外に出ると一気に緑が増え山裾へと突入していく形になる。

 

 道こそアスファルトだが緑が両脇に生い茂る山の蛇行した道を車で走り、徐々に高度を上げるように登坂へと差し掛かった。

 

 そんな道を暫く走り、やがて岩肌と水が織りなす渓谷の横の道に出ると既に民家の姿はなく緑だけの世界となっていた。

 

 車を運転しながら不可思議なデジャヴを感じていた。

 知っているのだ。

 ちゃんと道が分かっているのだ。

 

 政一は山の坂道を登り、途中で二手に分かれた道の右側へハンドルを切ると更に緑が深くなっている道を進んだ。

 

 木々の枝は伸び夏のキツイ日差しを遮っている。

 その分だけ道路に伸びる影も濃く緑の色合いも深くなっていた。

 

 途中から薄く霧が広がり政一は注意しながら速度を落として更に坂を登り、不意に霧が晴れて拓けた視界の中に広がる山間の集落を目に

「ついた」

 と呟いた。

 

 童は後ろの座席から外を見て

「ここが乙姫の里か」

 と呟いた。

 

 乙姫は目を細めて

「懐かしい」

 と呟いた。

 

 集落には日本家屋がパッと見ただけで40から60近くあり一番奥の大きな屋敷の奥側に木々に囲まれた池があるのが目に入った。

 

 政一はそれを見ると

「あそこが乙さんの」

 と呟いた。

 そして、その大きな屋敷の前に車を止めると戸を開けて降り立った。

「どうしたらいいんだ?」

 とりあえず送るのは完了したけど

 

 あの栫が言うには外泊は三日だけと言う話だ。

 明日の昼前にはこちらを出ないとあの変な奴らにまた襲われる可能性があるのかもしれない。

 

 政一はそう考えて乙が降り立つと

「じゃあ、俺と童はこれで帰って良い?」

 と聞いた。

 

 その時、屋敷から一人の女性が飛び出してくると

「もしや、御厨さまでございましょうか?」

 と告げた。

 

 政一は目を見開いて

「あ、はい」

 御厨です

 と答えた。

 

 女性は頭を大きく下げて

「どうぞ、お屋敷の方へ」

 と告げた。

 が、政一は慌てて

「あ、いや」

 と言いかけた。

 

 しかし、乙は政一を見ると

「どうか屋敷へお願いいたします」

 と告げた。

 

 童も政一の腕を掴んで

「これも仕事じゃんね」

 お館さま

 と告げた。

 

 政一はふぅと息を吐きだすと

「仕事のマニュアルくれー」

 とぼやきながら屋敷の中へと入っていった。

 

 女性は屋敷の女中で彼女に案内されて家の中へと入ると三人の若い女性と一人の中年女性が頭を下げて待っていた。

 

 中年女性は政一を上座に招くと頭を下げて

「御厨さま、私は乙姫さまをお守りするこの里の主家・阿南家の女主人で常盤と申します」

 と告げた。

「そして隣から長女のすもも、次女のうめ、三女のさくらでございます」

 

 若い女性が常盤の隣から順にそれぞれの名前を名乗って頭を下げた。

 

 政一も頭を下げると

「俺の名前は御厨政一です」

 と告げた。

「それほど時間があるわけではないので」

 

 帰ろうか、と。と言いかけて、常盤が先に

「お待ちしておりました」

 主人が一週間ほど前に亡くなり

「この里が蛇に狙われていたことが分かりました」

 もう忍び込んでいるようです

「どうか蛇を見つけ出してください」

 と告げた。

 

 政一は目を見開いて飛び退くように立ち上がると

「へ? 蛇??」

 と声を零した。

 

 童がそれに

「乙姫もそれで戻ってきたんじゃんね」

 大丈夫

「お館さまに任せるじゃんね」

 と言い

「お館さま、蛇は人に憑りつき守りの力を喰らって力を得ようとする妖蛇のことじゃんね」

 とにっこりと告げた。

 

 政一はそれに

「え!? 妖蛇って?」

 と思わず声を零して、直ぐに口を押えた。

 

 昨日就任したばかりの新米モノです。と言っているようなものである。

 だが。

 乙姫の様子から恐らく新米だろうが古米だろうがそのつもりでここへ一緒に戻ってきたのだろうということは容易に想像できた。

 

 政一は深く深く息を吐きだし

「わかりました」

 と言い居住まいを正して

「阿南さん、ご主人が亡くなってから妖蛇に狙われていることに気づかれたということは何か気づくことがあったのですか?」

 と聞いた。

 

 阿南常盤は深く頷いた。

「主人は亡くなる間際にそう言い残したのです」

 と告げた。

 

 政一はいま部屋の中にいる全員を見て

「あ、あの順に一人ずつ話を聞いていこうと思いますので、阿南さん以外の方は全員部屋を出てください」

 と告げた。

 

 それに阿南常盤以外の三人の娘と女中も部屋を出た。

 政一はそれを見届けると

「童ちゃん、シロかクロに聞き耳立てている人いないか見張ってもらえるかな?」

 と告げた。

 

 童はそれに

「わかった」

 でもどうしてじゃ? 

 と聞いた。

 

 政一は笑むと

「だって、誰が蛇に憑りつかれているか分からないんだろ?」

 もし蛇が聞いて何か画策する内容だったら困るじゃないか

 と告げた。

 

 童は「おお」と頷くと

「わかった」

 と言うと

「シロ」

 と告げた。

 

 シロは立ち上がると襖を通り抜けて襖を背に座った。

 そして、童も立ち上がると反対側の襖を出て座った。

 

 政一は常盤を見ると

「では、話をお願いします」

 と告げた。

 

 常盤は頷くと

「主人の死について表向きは病死としておりますが……病死ではございません」

 と告げた。

 

 政一は目を見開いた。

 

 常盤はそれがさも当たり前のように話を更に続けた。

「主人は亡くなる前の日に私に乙姫さまをお守りするために乙姫さまに神の蔵へ行くように勧めたことを話してくれました」

 私たちは誰も突然乙姫さまが去られて不安になっていたのですが主人が計画していた事だったのです

「そして、あの日に『蛇が誰か分かった。花を散らせても木は守らねばならない』と、そして『乙姫さまにお戻りいただいて蛇を退治しようと思う』と言っていたのです」

 その翌日に……蛇の鱗の絞め痕が首と身体に

 

 そう言って初めて表情は変わらなかったものの頬に一筋の涙が落ちた。

 恐らく里を守るために気丈に振舞っているのだろう。

 

 政一は腕を組むと

「花は散っても木は守らなければならない……か」

 どういう意味なんだろ

 と視線を伏せた。

「あの、その……その他に全く関係ないことでもいいんですけど」

 いつもと違うと思うことはありませんでしたか? 

「亡くなった時の部屋の様子とか……その前とか」

 

 常盤は考えながら

「そういえば……主人は」

 と言いかけて背後でした声に言葉を止めた。

 

 童が中に声をかけたのだ。

「お館さま、女中がお茶を運んできた」

 どうするじゃんね? 

 

 政一は「ああ」と言うと

「良いよ」

 と告げた。

 

 すると女中が静かに入り

「お話し中に申し訳ないと思いましたが」

 と政一と常盤の前にお茶を置いた。

 

 常盤は微笑み

「いえ、すみませんね」

 八重さん

 と告げた。

 

 女中は首を振り

「いえ、奥様」

 では失礼いたします

 と頭を下げて立ち去ろうとした。

 

 政一は慌てて

「あ、すみません」

 あのー、名前……何さんでしたでしょうか? 

 と聞いた。

 

 それに女中は微笑むと

「私は斉藤八重と申します」

 と頭を下げた。

 

 政一は「ああ、斉藤さん」と言い

「あのご主人が亡くなる前に何か気になったことなかったですか?」

 家のこととか色々見ていると思うので

 と告げた。

 

 斉藤八重は「はぁ」と盆を手にう~むと悩みながら

「これと言って……」

 と言い

「そういえば、二週間ほど前に修学旅行へ昔に一緒に行った時のお話をいたしましたわ」

 と微笑んだ。

「京都と奈良と大阪を回った時のお話を」

 やはり奈良が一番いいなと仰ったので私もその頃を思い出して

「懐かしいですと奈良も良いですけど京都も大阪も良かったとご一緒にその頃のお話を」

 

 ……なのに……

 そう言って視線を伏せた。

 

 政一は頷いて

「斉藤さんは幼馴染でもあったんですね」

 と告げた。

 

 彼女は静かに頷いた。

 

 政一は「足を止めさせてすみません、ありがとうございます」と会釈した。

 彼女は頷いて立ち去った。

 

 常盤はふぅと息を吐きだし

「主人と八重は幼馴染で仲が良かったのです」

 里の守りの役目がなければ

 と呟き

「それでも主人はとても優しい人でしたから」

 それに八重もいろいろ耐えてくれております

 と告げた。

 

 政一は「はあ」と言い

「それで先ほど言おうとしていたことを」

 と促した。

「何かいつもと違うことがあったんですよね?」

 

 常盤は頷くと

「ええ、主人は実業家的なところがあり、その、あまり文学などに興味のない人だったのですが……亡くなる一週間ほど前から急に百人一首を部屋に」

 と告げた。

 

 政一は目を見開くと

「は?」

 百人一首??

 と戸惑いながら呟いた。

 

 ダイイングメッセージとか。

 謎の書き置きとか。

 そういうのかと思ったら百人一首とは。

 

 常盤は立ち上がると床の間にある引き出しから小倉百人一首を出してきた。

「これです」

 亡くなった時にこれに手を伸ばしていたようで

 

 政一は戸惑いながら百人一首を手にした。

 ごくごく普通の百人一首だ。

 

 政一も一度は遊んだことがあった。

「……誰と遊んだのかも……思い出せないけどな!」

 そう思いながら目を細めた。

 

 太陽はゆっくりと南天を目指しながら登っていた。

 空は青く晴れ渡り白い雲がゆるりと渡っていく。

 

 政一は常盤から話を聞くと、今度は長女のすももを呼び話を聞いた。

 彼女は切なげに微笑み

「私もうめもさくらもお父様が好きで」

 三人で乙姫と里を守っていこうと誓っておりました

 と告げた。

 

 政一は頷いて

「その亡くなる前に気になったことはありませんか?」

 と聞いた。

 

 すももは考えながら

「そういえば、亡くなる少し前でしたけど何があっても三人で力を合わせて里を守るようにとお父様は里は三人いて万全になるから三人の娘を持ったと」

 全員等しく愛しているといっておられました

「だから私も頷きました」

 と答えた。

 

 政一は視線を伏せながら

「きっと身の危険を感じていたんだな」

 と心で呟いた。

 

 次女のうめは政一の問いかけに

「私もお姉さまやさくらと同じように三人仲良くと」

 あともし蛇を誰か疑う時は記憶を問わずに心を問えと

「けれどそれは私の心の中だけに留めるようにと他言してはだめだと言ってました」

 と告げた。

「お姉さまは阿南の家を纏める」

 さくらは里を運営する

「きっと私が里と阿南の家を守るものになるからだと思って」

 分かりましたと答えました

 

 政一はそれに

「記憶を問わず……心を問えか」

 と呟いた。

 

 その後に三女のさくらを呼んだ。

 彼女に対しても同じ質問をすると

「はい、私もお二人のお姉さまと同じように三人仲良くと」

 と告げた。

「すももお姉さまもうめお姉さまも大好きなのではいと答えました」

 そして阿南の家も里もお前たち全員が幸せになることを考えるようにと

「私が里を運営する役を負うからだと思います」

 誰かだけの、一族だけの、そういう幸せだけでなくみんなが幸せでないとだめだということだと思いました

「それこそが里を安定させるのだと思いますので父の遺言を守ってお姉さまたちと頑張ろうと思っています」

 

 政一は頷いた。

 続いて、料理長の小倉辰二郎を呼び同じように話を聞いた。

 小倉辰二郎は首を振ると

「いえ、俺から見ても変なところは……と言っても旦那さまと挨拶を交わすくらいで」

 時々あれが旨かったとかこれが旨かったといってくださるのですが

「もっと注意深く見ていれば」

 と涙を拭った。

 

 家の仕切りをしていた菅原市雄も呼び同じように聞いた。

 菅原市雄は質問に

「確かに急に旦那さまが百人一首をご所望されて……ご用意させていただきました」

 こういっては何ですが旦那さまは俳句や百人一首などを身近に置いて読まれたり勉強されたりするタイプではございませんでしたので

「どちらかと言うと経営者的なリアリストでしたので」

 と告げた。

「ああ、ただ……百人一首と言うとお名前をそこからお付けになられましたね」

 もっとも

「お名前は旦那さまではなく母さま方がつけられましたけれど」

 

 政一は少し考えて

「あの」

 と唇を開いて言葉をつづけた。

 

 それに菅原は大きく頷いた。

 

 政一は彼が立ち去ると一人小倉百人一首の蓋を取り一枚ずつそっと取り出して中を見て一枚を手にすると目を細めた。

「なるほど、だから記憶を問わず心を問えか」

 妖蛇は記憶を得ても心は蛇のままなんだ

 

 政一は童の座っている襖を見ると

「童」

 と呼んだ。

 

 童は立ち上がると中へと入り

「どうしたじゃんね」

 妖蛇がわかったとか

 と呟いた。

 

 政一は頷いた。

「乙姫と話をしたいんだけど」

 

 童はそれにシロのいる方を見て

「シロ、乙姫を呼んでくるのじゃ」

 と告げた。

 

 政一は乙姫がシロと共に姿を見せると童に再び見張りについてもらい

「妖蛇が分かりました」

 と言い

「ただ花は散らせても木は守らなければならないのです」

 と告げた。

「妖蛇だけを」

 彼女には里を去ってもらいます

「恐らく誰も真実を口にすることはないと思います」

 

 乙姫は頷いて

「ありがとうございます」

 妖蛇は私の方で

「明日の朝に池の淵にお越しください」

 と告げて立ち去った。

 

 政一は頷いた。

 

 その後、常盤だけを呼び全てを話した。

 彼女は驚いたものの

「三人とも里を守る大切な娘たちです」

 お約束お守りいたします

 と告げた。

 

 その後、昼食を食べると里の案内を受けて散策がてら見て回り、一夜を過ごした。

 翌朝、まだ空が白んでいる頃に政一は童に起こされてシロとクロと4人で池のほとりへと姿を見せた。

 

 他の人間はまだ眠っていたのである。

 池の真ん中に大蛇がプッカリと浮かんでおり一人の女性が愕然と座っていた。

 

 斉藤八重であった。

 彼女は泣きながら

「……きっと心の何処かに娘だけを特別に思う気持ちがあったのだと思います」

 そのために取り返しのつかないことを

 と泣き伏した。

 

 政一は彼女に

「さくらさんの為にもちゃんと生きてください」

 と言うと

「里に戻ることはできなくなりますが……近くで見守ることはできると思います」

 と告げた。

 

 八重は静かに頷いて里を離れる決意を固めたのである。

 

 政一はそっと見送りに出ていた常盤に会釈をすると車に童とシロとクロと彼女を乗せてアクセルを踏んだ。

 

 乙姫もそれを見送り微笑みを浮かべた。

「里へお送りいただき」

 妖蛇も暴いていただき

「これから政一さまのご負担を少しでも無くすためにこの四国を守ってまいりましょう」

 

 ……必ず……

 

 政一は白い靄の中を中止ながら徐行し、それが晴れて一般の道に出ると

「よし、2時までに帰らないとな」

 と呟いた。

 

 時間は午前6時。

 8時間ある。

 

 近くの集落で彼女が「ここで生きていきます」と言うと彼女を下ろして一路JR香川駅へと向かった。

 

 車を返して直ぐに駅に入ると時刻表を見て一番早く出るマリンライナーのチケットをゲットし……無料で……到着すると乗り込んだ。

 

 外泊猶予は三日。

 つまり今日の午後2時がタイムリミットなのだ。

 

 マリンライナーに乗って岡山へと向かいながら政一は足元にシロとクロを侍らせながら童に

「けど、なぜ三日?」

 と聞いた。

 

 童はそれに

「お館さまの輝きが強すぎてシロかクロだけだと三日超えると抑えられなくなるのじゃ」

 今回は栫もお館さまが初仕事と言うことでシロとクロをよこしてくれたので4日くらいは持ったかもしれぬが

「持たないかも知れぬ」

 と告げた。

 

 政一は目を細めると

「それが抑えられなくなったら……」

 とここへ来る前の騒動を思い出して、ぞーと身体を震わせた。

 

 いわゆる妖や魑魅魍魎に襲われるということだ。

 

 政一はむ~んと顔をしかめながら

「まったく、人を好き勝手に改造するなんて……人権蹂躙も甚だしい!」

 と呟いた。

 

 それに童は心の中で

「その輝きはお館さまがもともと持っているもので……栫も童もシロもクロもお館さまを蹂躙しておらぬ」

 そもそも人犬などと短縮して呼ぶのはだめなのじゃ

 と呟いた。

 

 そして、不意に

「そういえばお館さまは何故斉藤八重が妖蛇だとわかったのじゃ?」

 と聞いた。

 

 政一はそれに「ああ」と言うと唇を開いた。

「阿南家の亡くなった主人が小倉百人一首を死に際にしめしていたことと花は散らせても木は守らなければと言う言葉と奈良が好きだといったことと菅原さんが末娘のさくらさんが八重さんの子供だといったことかな」

 

 小倉百人一首には奈良の桜を八重、京都の桜を九重と言って京の都を褒める歌があるんだ

「恐らくさくらさんの名前はその歌から取ったんだと思う」

 そしてそれをつけたのは八重さん自身だと思う

 

「でも妖蛇はその心まで手には入れられなかったから『京都も大阪も良かった』と言ったんだ」

 主人が気づいたのもそれだと思う

「恐らく修学旅行へ行って彼女が言ったのは八重桜と揶揄されても奈良が好きだということだったと思う」

 あの妖蛇は記憶を利用して自分は間違いなく斉藤八重だと証明するつもりで墓穴を掘っていたんだ

 

 政一は童を優しく見ると

「思い出はさ、ただの記憶じゃないんだ」

 そこに心が刻印されているんだ

 と言い

「俺にはもう……その残り香しか無くなってきてるけど」

 と窓の外の流れる風景を見つめた。

 

 その瞳が切なく童の目に映った。

 お役目と言えど……きっとそれはとても悲しいことなのだと童に初めて分かったのである。


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