転生、浮気、自由、黒幕
1.浮気、転生、自由、黒幕
「こんの、クソ浮気野郎が!」
――パァンッ!
前世の記憶を思い出したのは、4番目の彼女のエレナに強烈な平手打ちをお見舞いされた瞬間だった。
「二度と私の前に現れないでよねッ! このクズ!」
俺は痛む頬を押さえ、たった今俺を振ったエレナが立ち去るのを呆然と見送りながら考える。
――どうやらここは、前世で死ぬほどプレイした【グリモワール・ファンタジー】というゲームの世界らしい。
たった今起こった痴話喧嘩の一部始終を見ていた人たちが、チラチラと俺のことを哀れな目で見てくるがそれどころじゃない。
「マジか……」
【グリモワール・ファンタジー】。略してグリファン。
広い世界を舞台にしたオープンワールド形式のRPG。
領地スローライフをしたり、ご飯屋さんを開いたり、鍛冶屋をしたり、NPCをストーキングしたり、魔王をRTAで倒したりと、なんでもできる高い自由度が売りのゲームだ。
ブラック企業で死ぬほどこき使われていた前世の俺はこのゲームにどハマりした。
この自由なゲームの世界で生きてみたいと、本気で思っていた。
そして今の俺、アルバ・エンフィール。
城塞都市エルダムを治めるエンフィール辺境伯家の三男。年齢は15歳。明るい金髪と、青い瞳。自分でいうのもなんだがイケメンだ。
しかし、その見た目とは裏腹に、剣の訓練やらお勉強やらをサボりまくる問題児でもある。
……しかも、この魔法が普及した世界で魔力が使えないというオマケ付き。
一番の趣味はこっそり抜け出した街での女遊び。つくづくクズだな。まぁ見た目だけは悪くないからモテるんだ、俺は。
要するに、俺は周りからまったく期待されていない落ちこぼれの問題児ってわけ。
……まぁ、そのことは正直どうでもいい。
問題なのは、ここが【グリファン】の世界だとすると、俺は破滅してしまうことだ。それも遠くない未来に。
俺の父親であるクラウス辺境伯は厳格な性格で、怠惰を嫌う。そんな父親に俺の怠惰な生活が許されるわけもなく、16歳の誕生日に見限られたアルバはあっさりと追放されてしまう。
そして、戦う術を持たないアルバはそのまま森の中で魔物に殺されてしまう。丁寧に作り上げられた【グリファン】のなかでも珍しい手抜きストーリー。
アルバみたいに適当に生きていると破滅しますよ? ……そんな制作者の皮肉が聞こえてくる。
「ふっふっふ……」
こんな悪役にもなりきれないクズの脇役に転生したら、普通は落ち込むだろう。
でも、俺にとっては最高のキャラだ。なんせ、貴族なのにほとんど期待されていない。
――つまり、自由ってことだ。
それに、アルバにはこのゲームをやりこんだプレイヤーしかしらない裏設定もあるしな。
「にしても強烈なビンタだったな……。もう二度とごめんだ」
いまだ残るビンタのダメージにフラフラと立ち上がる。いつのまにかエレナはいなくなっていた。
……とりあえず、家に帰ろう。周りの目も痛いしな。
◇◇◇
「アルバ様、おかえりなさいませ」
いつもの抜け道から屋敷に戻った俺を出迎えたのは、お付きのメイドのプリシラだった。
キラキラと輝く金髪のショートカット。少し垂れ目気味な瞳は吸い込まれそうな青。しっかりして大人びて見えるが、年齢は俺より少し上の17歳。
……本当にプリシラだ。いつも見ているはずなのになぜか新鮮。かなりの推しキャラだったから感動すら覚える。
「ご昼食ができております。冷めないうちにお召し上がりください」
午前中の授業をサボって屋敷を抜け出したことは咎められなかった。まぁ彼女にとっては俺のサボりは日常茶飯事だからな。
「ああ、ありがとう。今行くよ」
「はい……? で、ではこちらへ」
俺の普段とは違う態度に、眉をひそめるプリシラ。普段お礼なんて言わないから驚いたんだろう。
アルバとしての記憶はあるが、今の人格はどちらかというと前世の方だ。ちゃんと感謝は伝えないとな。
食堂に着くと、テーブルの上には豪華な朝食が用意されていた。
……めちゃくちゃ美味そう。前世ではウィダー○ンゼリーばかり飲んでいたからな。思わず腹が鳴る。
「いただきます」
手を合わせて、まずは前菜のサラダをパクり。
うん、シャキシャキとしてすごく美味しい。これから毎日これが食べれるんだな。最高だ。
「……朝から騒がしいな。静かに食べることもできないのか?」
隣から冷たい声。
顔を向けるとアルバの兄、ルークがコチラを冷たい目で見ていた。
「悪いね、騒がしくて」
「……ふん」
俺の言葉が届いていないのか、ルークは鼻を鳴らしながらコチラを一瞥するだけだった。
「おい、そこの」
ルークは飲み物を一口飲むと、立ち上がって近くの使用人に声をかける。
「後は処分しておいてくれ」
まだ半分も食べていないのに、なんてもったいない。なら俺が全部食べちゃおうか。
食堂を出ていくルークを見届けたあと、目の前のお肉を一口。じゅわっと肉汁が口の中に広がっていく。
「う、うまっ! おい、これはなんの肉だ?」
「今朝、市場で競り落としましたホーンラビットのお肉でございます」
料理長と思われる人が笑顔でそう答える。
「……みんなは一緒に食べないのか?」
「アルバ様、嬉しいお言葉ですがそれはできません。ですが、あなた様の笑顔が見れただけでも幸せですよ」
……そういえば、アルバは貴族だった。使用人と食事を一緒に取るなんて、普通に考えたらありえない。
でもみんな笑顔になってくれた。
ご飯を食べただけでこんなに喜んでもらえるなんて。これからもたくさん食べないとな。
◇◇◇
食事を終えた俺は、部屋に戻りながらプリシラと会話を楽しんだ。普段は無口で無愛想だった俺の変化に、プリシラは少し戸惑っていた。
でも、最後の方はプリシラも笑顔になって「今日のアルバ様とお話しするのは楽しいです」と言ってくれた。
「ふぅ。ちょっと食べすぎたかな」
食事を終え、部屋で一息つく。
ちなみに料理はめちゃくちゃ美味しかった。ごちそうさまです!
「アルバさま。お昼からは歴史のお勉強があります。そのあとは剣のお稽古もありますので準備をお願いします。あと少しで家庭教師の方が来ますので、ここでお待ちくださいね」
「ああ、分かったよ」
プリシラが食後の紅茶を淹れながら言う。
「うまっ! プリシラ、この紅茶すごく美味しいよ」
プリシラの淹れてくれた紅茶は絶品だった。仕事中に眠気覚ましで飲んでいたコーヒーがまるで泥水に思えるくらいに。
「はい、ありがとうございます。おかわりもございますので、ゆっくりお楽しみください」
なんて優しいんだ、プリシラは。さすが俺の推しキャラ。
「……プリシラ。俺って君から見てどんな印象?」
気になっていたことを尋ねてみる。今のアルバが周りからどう思われてるか確かめないとな。
「はい。素晴らしいお方だと思っております」
「そうじゃなくて、もっと正直に教えてほしい」
そう真剣な表情で返すと、プリシラは少し戸惑った表情になる。
「ハッキリと言っても構わない。いや、むしろ言ってほしい。これから改善したいんだ」
「……怒りませんか?」
「怒らない」
「絶対ですか?」
「絶対の絶対」
やたらと念を押してくるな。アルバの普段の性格はそれほどに酷かったのだろう。
意を決した様子でプリシラが口を開く。
「怠惰です」
……ん?
「朝は起きないですし、授業は出てくれません。お礼は言ってくれないですし、食事も一口食べてポイします」
な、なんて酷い野郎だ。怠惰というよりただの性格悪い奴じゃないか。
「……でも、こうやってお話しているとなんだか楽しいです。普段はあまりお話をしてくれませんので。それに、紅茶も美味しいと言っていただけて凄く嬉しかったです。私は、今日のアルバ様が好きです。……ってすみません、長かったですね」
「い、いや、ありがとう。すごく嬉しいよ。俺もプリシラのことは大好きだし、感謝してる」
原作でもずっと好きだったプリシラにこう言ってもらえるなんて。
というか、まさかここまでハッキリ言ってくれると思わなかった。原作で真面目と書かれていたが、まさにその通りなんだろう。
「ありがとうございます。そんなに嬉しいお言葉を頂けるなんて……」
瞳をウルウルとさせながら、俺を見つめるプリシラ。
――俺は自由に生きたい。
俺の考える自由とは、誰の目も気にすることなく、何かに縛られることもなく、ただ心のままに生きることだ。
せっかくアルバになれたのだ。前世では叶わなかった自由を謳歌したい。
でも好き勝手に生きるのは違う。
ちゃんとやるべきことをやり、その上で楽しく生きる。
それが俺のモットーだ。
その為には俺だけじゃなく、周りにも笑顔になってもらわないと。それが本当の自由ってやつだからな。
「プリシラ。今日から始まる剣の訓練の講師は、あの【銀煌の剣姫】エテルノか?」
「そうです。エテルノ様でございます」
「……そうか、ありがとう」
やっぱりそうか。あのエテルノか。
「それでは私は一旦失礼しますね。サボろうとしてもダメですよ? エテルノ様は厳しいと評判ですからね」
ティーセットを片付け、俺に釘を刺してから部屋を出ていくプリシラ。
一人になった部屋でこれからのことを考える。
このゲームの特徴は自由度の高さだ。普通のルートもそれなりに自由だが、それじゃ物足りない。
俺が目指すのは黒幕ルート。
自由度S、危険度S、そしてルートに入る難易度SS。
普通にプレイしていたらまず入れない裏ルート。
俺が第一発見者のこのルートへの道のりは険しいだろう。
しかし、俺なら出来る。総プレイ時間1万時間。グリファンを知り尽くした俺の知識と、アルバの潜在能力があれば必ず――!