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8話 涙のランチタイム

 汐咲さんに連れられてやってきたのは誰もいない空き教室だった。


 空き教室とは言ったがほとんど物置部屋のようになっていて、広さも通常の教室の半分くらいだった。


 学校にこんなところがあったなんて知らなかったな。


 未だに現実味を感じることができていない僕は呑気にそんなことを思っていた。


 汐咲さんはそんな僕を放置して教室の窓を開けて換気したり、机や椅子を引っ張りだしたりしていた。


 「そこ、座って」


 彼女は椅子を指で指しながら僕にそう言うと、自分は先ほど開けた窓辺に寄り掛かった。


 窓から吹いてきたそよ風で彼女の髪がたなびく。


 なんとも絵になる光景であった。


 僕が指示に従って椅子に座ると、彼女はたなびく髪を手で押さえつけながら僕の方を見た。


「ねぇ、今日どうしたの?」


 そう僕に聞いてくる。


「別に、どうもしてないよ...」

 

「嘘、いつもよりずっと暗い顔してるよ」


「いつもって...、そこまで僕のこと知らないでしょ...」


 彼女に心配される自分が情けなくて、つい自嘲気味に言ってしまう。


 それでも彼女は僕に話しかけるのを止めなかった。


「もしかして......、私が原因なの?」


 それが彼女が一番聞きたかったことなのだろう。彼女の声は震えていた。


「汐咲さんは関係ないよ...」

 

 僕は強く否定したつもりだった。

 

 しかし僕の口からはただ弱弱しい小さな声だけが漏れた。


 昨日の夕食の時のような気まずい空気が流れる。


 しかし昨日と異なり、その空気を破ったのは彼女の方であった。


「じゃあどうして、さっきから一度も目を合わせてくれないの?


 その言葉に、僕は自分が無意識の内に下を向き、彼女の目を見ないようにしていたことに気づいた。


 すぐに顔を上げる。


 僕の瞳は涙で濡れた彼女の美しい瞳と交錯した。


 「やっぱり...私のせいなんだね」


 彼女は零れた涙を指で拭いながら教室の出口へ歩き出した。


 いつから泣いていたんだろう。


 去っていく彼女の後ろ姿を眺めながら、僕はぼんやりとそう考える。


 今、このまま別れたら、今後彼女と関わることも無くなる。


 そんな確信があった。


 きっとまたいつもの日常が戻ってくる。平和でありきたりな僕の日常が。


「ちょっと待って汐咲さん!」


 しかし絶対に後悔する。その確信もあった。


 僕は急いで教室を出ていこうとする汐咲さんの手を掴む。


「汐咲さんのせいじゃない!僕のせいだ!」


 思ったことをそのまま口に出す。



 そうだ。なんで僕は今朝逃げたんだ。


 人目が多すぎるから?彼女のオーラが凄いから?


 そんなのただ僕が弱いだけで、彼女は全く関係ないじゃないか。


 そもそも昨日は普通に接していたのに、なぜ今さら怖がったのか、それが疑問だった。


「今朝逃げてごめん、廊下で無視してごめん」


 しかし彼女の涙を見た時、その疑問は解消された。


 きっと僕はビビっていた。


 改めて周囲の人間から絶大な支持を集める彼女を見て、僕は必要以上に彼女を恐れてしまっていたのだ。


「全部僕が悪かった!もう一回チャンスが欲しい!」


 平和でありきたりな僕だけしかいない日常なんていらない。


 刺激的で退屈しない彼女との日常が欲しかった。


─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─


 その後、僕は椅子に座り直してこれまでのことを汐咲さんに話していた。


 はじめは暗い顔で聞いていた彼女だが、避けていた理由や今の僕の気持ちを正直に話すとすぐに元の明るい笑顔に戻っていった。


「ていうか周りの人たちそんな目で君のこと見てたの?後で(しずく)たちに言っておかないとな~」


「いや、あれは僕が気にしすぎてただけだし、それに僕なんかが汐咲さんに近づいたらああなるのは当然だよ」


「小清水君は優しすぎるって!たまにはガツンと言ってやったほうがいいよ!」


 僕たちは昨日のような和やかな雰囲気で会話をしていた。


「小清水君は私のことを上に見過ぎなんだよ、もっと自分に自信持ちなって」


「そんなこと言ったって、あの人気っぷりを見て自信持つのは難しいよ」


 極度に恐れないようにするとは言っても、流石に対等に見るのはまだ無理だ。


 そんなことを考えてると、ふと彼女がなにか思いついたような顔をした。


「あっ、じゃあさ、名前で呼び合うのはどう?こーゆうのはまず形からでしょ!」


 仲良くなるために名前で呼び合う。


 その彼女の提案は一理あるものだったが、僕は全力で首を横に振った。


「そっ、そういうのはお付き合いした男女がすることで...!僕たちはまだそこまでの関係じゃないというか、なんというか...」


 前時代的な考え方をする僕を見て、汐咲さんはニヤリと不敵な笑みを浮かべると、


「じゃあほんとに付き合っちゃう?()()()?」


 衝撃的な一言を言い放つ。


 .......ってええぇ?


「ちょっ、汐咲さん、何を言って...!」


「え~、ダメ?翠くん、やっぱり私のこと嫌い?」


 彼女は笑みを浮かべながら僕に近づいてくる。


 そして座っている僕の近くにしゃがみ込み、僕の顔を覗き込む。


 かっ、顔が近い!良い匂いがする!


 彼女は僕の膝に手を置いて、ふぅ、と艶めかしい吐息を漏らすと、



「ぷっ、あはは!冗談だよ~!」



 そういって立ち上がった。彼女の目には笑いすぎたのか涙が浮かんでいる。


「か、からかったの...?」


「今日は散々翠くんに困らされたからね、ちょっとした仕返しだよ!」

 

 彼女の目元の涙を指で拭うと、チロッと小さく舌を出してウィンクした。


 なんだ、からかわれてただけか...。そりゃそうだ、彼女が僕なんかと付き合うなんて言い出すはずがない。


 僕は安堵とちょびっとだけのガッカリ感で複雑な気持ちになっていた。


 (でも翠くん呼びは続けるんだな。)


 名前呼びをされることにこそばゆい感覚に襲われながらも、僕はこうして彼女と再び話せるようになったことに感謝していた。



 まだまだ昼休みは続く。

汐咲さんの涙腺は緩いです。


完読ありがとうございました!

少しでも面白いと思って下さったら下の☆を★にしてくれると嬉しいです!

次回にもどうぞご期待ください!

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