5話 帰り道と不審者
食事も終わり、さてそろそろ片付けにでも取り掛かろうかと思った矢先、汐咲さんが急に勢いよく立ち上がった。
「もうこんな時間!?やばい!補導される!」
その言葉に僕がちらりと時計を見ると、時刻は午後10時になろうというところであった。
たしかこの辺は、高校生が出歩いていい時間は午後11時までだったな。
「でも家この近くだよね?まだ余裕あるんじゃない?」
バイト先があのスーパーなら家はあまり遠くないだろう。
僕はそう推測した。
しかし彼女は焦りながらバッグを手で持つ。まさに今帰るといった態勢だ。
「私の家、最寄り駅から三つ先の駅の近くなの!」
「え!?じゃあ何であそこでバイトしてたの!?」
「その話はあとで!ゴメンだけど今日のお礼は明日学校でね!」
彼女は理解が追い付いてない俺に対して、「じゃあまたね!」とだけ言い残して家を出て行った。
最後まで嵐みたいな人だったな。
そんな感想だけが俺の中に残った。
...というか送っていくべきだったか。女性がこんな時間に一人で出歩くのは危険だよな。
ましてや彼女はものすごい美少女だ。
そう考えた俺は片づけを中断してすぐに彼女を追った。
家を出て少し経ったあと、駅までの道を辿っていたら彼女の姿が見えた。
ひとまず会えたことに安心して彼女に近づいていくと、見知らぬ人影が彼女の近くにいることに気づいた。
男はサングラスにマスクという、いかにも不審者といった風貌で彼女に話しかけている。
「お嬢さん一人?夜は危ないからおじさんが送ってあげるよ。」
「あの、ほんとに急いでるんで、すみません。」
彼女は怯えながら答えつつ、男を無視して歩き続ける。
しかし不審者はしつこく付きまとい、遂に彼女の手を掴んだ。
「夜はほんとに危ないよ!そうだ、おじさんが車で送ってあげよう!」
「きゃあ!」
彼女の悲鳴が聞こえたと同時に僕は走り出していた。
理由は自分でも分からなかった。
特に格闘技を習っていたわけでもないし、運動が得意なわけでもない。
特別度胸があるわけでもないし、王子様になりたいわけでもない。
どちらかと言えば目立ちたくないし、人に任せればいいとも思う。
だけど、
だけど、彼女の怯えた表情を見て思い出してしまった。
今日一日のことを、
僕の作ったカレーを世界一美味しいと言ってくれた彼女の笑顔を。
そう思ったら、すぐに理解できた。
ああ、なんだ。
ただ困ってる友達のことを放っておけないだけか。
胸のつかえが完全に取れた僕は彼女の腕に伸びる男の手を掴む。
「しょっ、しょの手を離せぇ!」
...なんで僕はこうも恰好がつかないんだろう。
「なっ、なんだ君は!」
驚いた不審者はそう問いかけてくる。
どうやら僕が舌を嚙んだことには触れないでくれるらしい。
「僕は...、彼女の友達です。」
勢いよく飛び出してきたはいいものの、そこからは完全にノープランだった。
汐咲さんは驚いた表情で僕を見た。
「小清水君!どうしてここに!?」
「いや、夜に一人は危ないと思って追ってきたんだけど...」
僕は彼女を守るように不審者との間に体を入れる。
「君が友達というのは本当かい?」
急に不審者が落ち着いた声で聞いてくる。意外と話は通じそうだ。
「はい、指をしゃぶりあう仲です。」
「私はしゃぶられてないけど!?」
汐咲さんが抗議してくるが関係ない。
こういう時はハッタリが重要なのだ。
「最近の子はそこまで進んでいるのか...」
男は愕然として呟く。
そして「これがジェネレーションギャップか。」と続けると、
「それなら彼女は君が責任を持って送り届けることだ。夜はほんとに危険だからね。」
そう言って去っていった。
え?もしかして本当に善意で言ってたの?
いや、騙されない。本当に善意ならあの見た目で話しかけないだろう。
僕がふぅと安堵して息を吐くと、汐咲さんが後ろから抱き着いてきた。
「あの~汐咲さん?どうされたんですか?」
彼女の予想外の行動に動転して、つい敬語が出てしまう。
「ごめん。ちょっとだけこのままでいさせて。」
彼女の声は震えていた。
まあ、あんな目にあったのだから当然か。
僕はほんのり香る甘い匂いと背中の感触を気にしないように、ただ立っていた。
数十秒後、やっと落ち着いたのか、彼女が僕から離れる。
少しばかりの名残惜しさを感じていると、彼女はすぐに僕の前に回った。
「ほんとに怖かったの。あの人ずっと付きまとってきて...」
彼女が僕の手を取る。
「でも君が来てくれてからは全然怖くなかった。」
彼女はさっきまで震えていたのが嘘のようにまっすぐにこちらを見つめ、
「ありがとう小清水くん!かっこよかったよ!」
そう言って今日一番の笑顔を見せた。
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