3話 予定外×予想外
「着いたよ、ここが僕の家。」
「へぇ~、結構広いね~。」
そんなこんなで無事に僕の家についた。
結局、僕は彼女の熱意に負け、敬語はやめていた。調子に乗った彼女は自分のことを"心美ちゃん"と呼ばせようとしてきたが、それは断固として拒否した。
僕たちが家に入り、玄関で靴を脱ぎ始めたとき、彼女が口を開いた。
「ところでご両親は?一応お土産を持ってきたんだけど。」
「あ、今どっちも海外。」
「ふ~ん、ってえ?海外?」
「うん、あ。言ってなかったっけ?」
「聞いてないよ!?ちょっと待って、てことは今からこの家に二人きり!?」
そうか、そうなるのか。今日は本当に色々な事がありすぎてそこまで考えられなかった。
確かにそれを伝えれば彼女も無理に家にくることもなかっただろうな。
どうしようか。流石に二人きりはまずいよな。
と考えながらちらりと彼女を見ると、彼女もさすがに想定していなかったのか焦った顔をしてぶつぶつと何かを呟いていた。
両者が沈黙してどれ位経っただろうか、一瞬だったような、永かったような、不意に彼女が動き出した。
「お邪魔しまーす!」
「え?ちょっと!良いんですか!?」
驚いて禁止された敬語が出てしまうが、彼女は意に介さず靴を脱ぐ。
「い、良いの!もう当てがないんだから!」
と半ばやけになりながらそう言った。
揃えた靴が左右逆であることからも彼女の焦り具合が見て取れる。
そして彼女は一段高いところから僕を見下ろすと、腰に手を当てて僕を指さして言った。
「えっちなことはダメだからね!」
「しないよ!」
頓珍漢なことを言う彼女につい大きな声がでてしまった。
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
時刻は午後7時半、とっくにお腹はペコペコになっていた。
僕は買ってきた食材を冷蔵庫に入れつつ、夕飯を作る支度をしていた。
すると、リビングでくつろいでいた汐咲さんが、とてとてと履いていたスリッパの音を鳴らしながら近づいてきた。
「いつも自炊してるの?」
「まあね...、親に預けられたお金の量的にそんな外食はできないから。そのおかげでずいぶん料理の腕は上達したよ。」
「へえ~、偉いなぁ。私なんて料理は調理実習の時ぐらいしかしたことないや。」
それは意外だな、汐咲さんはなんでもできる完璧超人のイメージがあったが。
「いつもはどうしてるの?」
「たまにお母さんが作ってくれるけど、それ以外は外で食べてる...。」
彼女は暗い表情でそう言った。
しかしすぐさま表情をもとの眩しい笑顔に戻すと、
「でも野菜スティックとかよく食べてるし、お菓子はいつもやさい味だから栄養は偏ってないと思うよ!」
と自信満々に言った。
そういう問題じゃないと思うが...
僕は、自分の中の汐咲さんのイメージがガタガタと崩れていく音を聞いていた。
学校ではいつも周りに人がいて華々しいオーラを振りまいていた彼女だが、実際にはかなり大変な生活をしているらしい。
僕は冷蔵庫からいつもより多めに野菜を取り出すと、その野菜の皮をむき始めた。
その野菜を見て彼女も何を作るつもりか察したようで、少し興奮気味に
「あ!やっぱり今日はカレーなんだね!」
「結局これが一番簡単だからね。あ、食べられないものとかある?」
「私、自慢じゃないけど、なんでも美味しく食べられることが自慢なの!」
自慢なんかい。
彼女が犬だったらきっと今頃尻尾を振り回しているだろう、そう思えるほど彼女は今、顔を輝かせていた。
普段カレーを作るときは、めんどくさいので一気に一箱分のルーを使って大きな鍋に作り、三日ぐらいかけて消費する。
そのため二人分用意するのが簡単である。
それにカレーを不味いと思う人は少数だろう。
以上のことから(元々今日はそのつもりだったが)カレーを作ることにしたのだ。
僕が引き続き野菜を切っていると、
「ねえねえ、なんか手伝おっか?」
と彼女が手伝いを申し出てくれた。
僕は特に断る理由もないので、
「じゃあ汐咲さんはお米炊いといてもらえる?」
と彼女にお願いし、米の場所と炊飯器の使い方を軽く教えると、次に彼女は信じられない言葉を発した。
「了解!じゃあ洗剤の場所教えてくれる?」
は?
「ちょっと待って、なんで洗剤?」
「だってお米洗うんだから洗剤は必要でしょ?」
信じられなかった。確かに少し抜けたところがあるなとは薄々気づいていたが、まさかここまでだとは...
僕はすぐさま頭を切り替えて汐咲さんに告げた。
「やっぱり大丈夫です、汐咲さんはリビングでくつろいでいてください。」
「え?遠慮しないでよ~、私だってただでご馳走になるわけいかないしさ。」
「いや!マジで大丈夫です!ここは僕に任せてください!僕は米にもこだわりたいので!」
「そ、そう?ならお言葉に甘えてゆっくりさせてもらうね」
彼女は怪訝な表情を浮かべながらもリビングに戻っていった。
危なかった。なんとか明日この家で学生二人の遺体が発見される事件は防ぐことができたぞ。
その後、僕は着々と具材を切り分け、鍋でそれらを炒めてから水を投入し、灰汁を取りながら煮込んでいた。
汐咲さんはというと、リビングでソファに座りながらスマホをいじっていた。
改めてこの光景が未だに現実だとは思えないな。あの汐咲さんが僕の家にいるだなんて。
想像とちょっと違った部分はあったけれど、彼女は可憐さの変わらず、それを意識すると心臓が早鐘を打ち始める。
しばらく見惚れていると鍋が噴きこぼれていることに気づき、慌てて火を弱めてルーを投入した。
ルーが溶けてから隠し味や調味料を投入し、鍋をかき混ぜていると、不意に汐咲さんが両手を僕の肩にのせて横から顔を出してきた。
「おぉ~!いい匂い~!」
僕の鼻にカレーとは別の甘い匂いが入ってくる。
横を見ると至近距離に彼女の綺麗な顔があり、背中にはなにやら柔らかい感触を感じる。
僕は慌てて身を引いた。
しかしそのとき鍋に手が触れてしまい
「あ”っつ”い”!」
「だっ、大丈夫!?」
熱された鍋に触れたことで反射的に飛びのいてしまうが、汐咲さんが僕に体重をかけていたためバランスを崩す。
何かに掴まろうとした手が虚空を切ると、二人共ども足を滑らせる。
(あぶない!)
汐咲さんだけは守ろうと、倒れこむ途中必死に彼女の体を庇い、仰向けに倒れこむ。
どすん!
鈍い音と痛みに顔を歪めながら、胸の中で未だ状況を掴めていない彼女の顔を覗き込む。
予想外に近い彼女の顔に、心臓の鼓動が先ほどよりも早くなったのを感じた。
いや、まずは安全を確認しないと、
「だ、大丈夫だった?」
彼女はその言葉にハッと小さく息を吸うと、
「ごっ、ごめんなさい!私が不用意に近づくから...。」
仰向けになった僕の上で勢いよく謝ってきた。
「いや、僕がビックリしてバランスを崩したせいだよ。ごめんね。」
僕も謝って一刻も早くこの非常によろしくない態勢から抜け出そうとするが、彼女はまるで亡霊のように「ごめんなさい...ごめんなさい...」と繰り返している。
そして涙目で僕の手を見ると、
「やけどしてるの...?」
と僕の赤く腫れた指を見て言った。
「あぁ、すぐに冷やせば大丈夫だよ。それか唾でもつけとけば治るって。」
僕は安心させるためにわざとおどけてそう言った。
実際何度も自炊を繰り返してきた僕にとって、やけどすることは珍しくもなかった。
しかし彼女は相当参っていたのか、急に僕の手を取り僕の指を口に咥えた。
「ちょっと何してんの汐咲さん!?」
驚いた俺は勢いよく彼女の口から指を引っこ抜いた。
「だ、だって小清水君が唾でもつけとけば治るって...」
「ものの喩えだよ!本当に治るわけないじゃないか!」
俺がすごい勢いでそう抗議すると、彼女もやっと冷静さを取り戻したのか顔を真っ赤にして立ち上がった。
「そ、そうだよね!私の汚い唾なんかで治るわけないよね!あはは!何やってんだろ私!」
そう勢いよく捲し立てる。
そして彼女はくるんと後ろを向くと、赤い顔を両手でパンパンと叩きながら
「ううぅ、私のファースト指咥えが...」
なんだそれ、それなら僕もファースト指咥えられだったんだけど。
俺は呆れながら立ち上がると、すぐにシンクで指を洗い流した。
......ちょっと勿体ない気がする。
俺はぶんぶんと邪念を振り払うように頭を揺すると、汐咲さんに向き直った。
そして未だにぶつぶつとなにか言っている彼女に対して、
「もうカレーできたよ。そろそろ食べよう。」
そう疲れ切った声で呼びかけた。
なんでご飯食べる前にこんなに疲れないといけないんだろう。
まあいいや。早く食べよう。
カレーは少しだけ焦げていた。
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