2話 彼女が家に来る理由
汐咲 心美、レジで話しかけてきた女子の名前であり、僕の同級生の名前である。
彼女は僕と同じクラスであり、その派手な赤い髪と女子高生離れしているルックスはよく人の目を惹きつけ、彼女の周りにはいつも多くの人が集まっていた。
どちらかと言えば地味な僕は、彼女を一生関わり合いにならない人種だと思いながらいつも遠目に眺めているだけだった。
そんな彼女を、僕はスーパーの駐車場の隅で待っていた。
「あと30分でシフト終わるからちょっとだけ待っててくれるかな?」
彼女からお釣りとともに言い渡された言葉は、急な展開に思考停止していた僕の脳に更なる追い打ちをかけた。
(なんで汐咲さんは僕に待っててなんて言ったんだ!?)
(なんで汐咲さんはここで働いてるんだ!?)
(なんで汐咲さんはカレーに食いついたんだ?)
そんな3つのWHYが僕の頭の中を駆け巡る。
冷静になれば、最後の疑問は彼女がカゴの中を見ただけだと分かっただろうが、それでも残りの2つは謎だった。
(僕、カツアゲとかされちゃうのかな...)
30分経ってもなお取り乱していた僕のもとに、彼女は堂々とした足取りでやってきた。
中で着替えてきたのか、彼女は見慣れた制服の姿だった。
「ごめんね~、思ってたより作業が長引いちゃって!」
「ぼっ、僕!今お金持ってなくて!カツアゲならまた今度にしてください!」
「カツ揚げ?今日はカツカレーなの?リッチだねぇ!」
ビビッて意味の分からない言い訳をする僕とは対照的に、彼女の雰囲気は和やかなものだった。
「う~、アタシもバイト終わったらお腹減ったな~。」
彼女はそういうと、こっちをちらちらと見ながらグッと伸びをした。
僕はそれによって突き出された女子高生離れした彼女の双丘から目をそらすと、さっきから気になっていた疑問を口にした。
「なっ、何で僕を呼び止めたんですか?僕なんかしましたか?」
そういうと彼女は伸びの姿勢のまま少しだけ焦った顔をした。そして誤魔化すように言葉を発する。
「へ、へぇ~君"僕"って言うんだ~!意外~!」
明らかに何かを隠そうとしている言葉だった。
しかし、これはバカにされているのだろうか、僕の見た目は贔屓目に見ても俺とは言いそうにない地味系だ。
もしや自分では気づかないだけでワイルドな雰囲気でも纏い始めたのだろうか。って誤魔化されないぞ。
「誤魔化さないでくださいよ、僕も時間使ってここで待ってたんですから。」
ちょっと強気にでてみた。少なくとも僕に敵意は持っていないっぽいし。
すると彼女は観念したように口を開き、
「実は......前からときどき君のレジを担当することがあって、失礼だとは思ってたんだけど、買い物かごの中身からなに作るのかな~、って考えるのが楽しくて、」
「ちょっと待って下さい、"前から"ってことはずっといたんですか!?」
「う、うん。ちょうどひと月前くらいから......」
ひと月前、ってことはちょうど僕が一人暮らしを始めた頃だな。
いやでも、
「さすがにレジにいたら気づくと思うんですが。」
そういうと、彼女は気まずい顔をして
「少し変装してたんだよね~。」
「変装?」
「うん。知り合いに見られたら恥ずかしいから、バレないように地味な格好してたの。ウィッグ被ったり、お化粧いつもと変えてみたりしてね。」
それなら気が付かなくても無理はない、か?
恥ずかしいならそもそもここでバイトするなとも思うが、まぁそれはいい。
それよりもまだ重要なことが聞けてない。
「それで、結局何で僕を待たせてたんですか?」
そう聞くと、彼女は深呼吸をし、意を決したような顔をして大きな声で僕に告げた。
「お願い!今から君の家で匿ってもらってほしいの!」
僕は本日二度目のフリーズをした。
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
「───だから普段は友達の家に行ってるんだけど、今日は全員彼氏とデートらしくて......って聞いてる?」
「う、うん、聞いてる聞いてる。」
あの突拍子もない提案に数秒間石像と化していた僕だが、彼女はその沈黙を肯定と受け取ったらしく、いつの間にか話は僕の家に向かう方向に固まっていた。
僕は自分の家に向かう道すがら、彼女からうちに来る理由を聞いていた。
彼女の口から語られたその理由は、家に来ることを今さら嫌ですとは到底言えないような内容だった。
なんでも、彼女の家の家庭状況はかなり複雑で、ヒステリーを繰り返す母親に愛想を尽かした父親が家を出ていき、そのため長い間母子家庭であったのだとか。
そして、最近になって母親が男を作ったらしく度々家に来るのだが、汐咲さんはその男のことが苦手で、男が家に来るときは外に食べに行くようにしていたらしい。
しかし、今日はどうしても友達との予定が合わず、どうしようか困っていた時に僕を見つけ、こうして頼み込んできたのだとか。
「だからって男の家に来るのはどうなんですか。」
「だってほんとにあいつムリなんだもん。私のこと変な目でジロジロ見てくるし...、その点小清水君は無害そうだしね。」
「誉め言葉だと思っておきます...って僕、名前言いましたっけ?」
「え?だって同じクラスでしょ?当然知ってるよ~。」
汐咲さんが僕みたいな日陰者を認知していたとは...
有名人に認知されるってこんな気分なのか。なんか恥ずかしいな。
「...ていうか私が知らない男にホイホイついてくような女だと思ってたってこと?」
「そこまでは思ってないですよ?」
実際はそこまで頭が回っていなかっただけだけど。
しかし、言い方が悪かったのか彼女はジトッとした目でこちらを横目に見ながら
「ちょっとは思ってたってこと?」
とこぼした。
その棘のある言い方に焦った僕は
「いや、汐咲さんって派手な見た目してるからそういうのに慣れているのかと...」
と最低な言い訳を口にしてしまった。
すると彼女は信じられないといった顔で
「ひど~い!私けっこうガード固い方なんだけど!」
そう訴えてきた。
「小清水君にそんな風に思われてたなんて...ちょっとショック...」
そして彼女は顔を手で覆い、肩を小刻みに震わせた。
噓だろ!?泣いてる!?ど、どうすれば!?
急いで僕は頭を下げた。
「ご、ごめんなさい!別に汐咲さんを蔑むような意図はなくて、言葉の綾というかなんというか!」
そうしどろもどろになりながら誠心誠意謝罪の言葉を続けていると、
「あっはは!冗談だよ~。そりゃこんな格好してたらそう思うのも無理ないよね~!」
顔を上げると彼女は涙を浮かべていた。悲しんで浮かべたのではなく、笑いすぎて浮かべていたようだったが。
なんだ、からかわれていたのか。
泣かせたわけじゃないとわかってホッとしていると、彼女は涙を指で拭いながら
「そういえばさ~、小清水君てなんで敬語なの?なんか距離感じるんだけど。」
「距離を置いてるんですよ。」
「えっ、何で?また泣いちゃうよ?」
「僕みたいなのがいきなり距離詰めたら迷惑かなと思いまして。」
そう本心を口にした。
僕と汐咲さんでは生きる世界が違いすぎて、今でも隣を歩くことに違和感を感じる。
事実、さっきから僕たちとすれ違う人たちは皆、汐咲さんに目を奪われてから僕を見て怪訝な顔をしていた。「なんだこいつは、奴隷か?」って感じで。
そんな僕の気持ちを無視して、彼女はいきなり僕の前に立ち、僕の手を両手で掴むと
「なんでそんな悲しいこと言うの!?同級生で同じクラスなのに距離なんて必要ないって!」
と大きな声で言われた。
ハッとして彼女の顔を見ると、彼女の顔は真っ赤に染まっていた。
それが夕焼けのせいだったのか、はたまた別の理由かは分からなかったが、不思議とその言葉は彼女の心からの言葉だと分かった。
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