9話 血のランチタイム
「そうだ!昨日のお礼まだ渡してなかったね」
僕の慌てっぷりを見てひとしきり笑った汐咲さんは、何かを取り出そうとして隣にあった鞄の中をごそごそとまさぐり始めた。
「いや、そんなに手間はかかってないから気にしないでよ」
「そー言わずにさ、受け取ってよ」
僕は大したことしてないと遠慮するが、彼女はずいぶん強情だ。
お礼とは一体なんだろうか。
昨日は材料費もそんなにかかってないからお金とかだと逆に困るのだが。
僕が何とかしてお礼を受け取らない理由を考えていると、彼女が手を止めて呟いた。
「......それに昨日は帰り道でも助けてもらっちゃったしさ」
彼女が何かを思い出しながら頬を染める。
その可愛らしい顔を見て、僕の中にあった断る理由がどこかへ吹き飛んでしまった。
......うん!確かに昨日は僕も結構頑張ったし、ちょっとくらい良い思いしてもいいよね!
「じゃあ、お言葉に甘えて有難く受け取るよ」
「ほんと!?嬉しい!」
彼女はそう言って僕の目の前の机にドン!となにか袋のようなものを置いた。
「......なにこれ?」
黒い色をした布製の袋を見て、正体に見当がつかなかった僕は率直にそう尋ねた。
「何って......お弁当だよ?」
おべんとー?
......あ!お弁当か!
「どこで買ってきたの?」
思いがけないプレゼントに、僕は目を丸くしてそう尋ねた。
少し失礼な質問だったか、彼女はムッと頬を膨らませると
「失礼な!私の手作りです~!」
そう抗議してきた。
「汐咲さんて料理できたの?」
僕の脳裏に浮かぶのは昨日の光景......、お米を洗うために洗剤を要求してきた彼女の姿であった。
「むっ、翠くんてば私を舐めすぎ。私だって料理くらいできるよ!」
そういって彼女は胸を張る。
......そのポーズは思春期男子には刺激が強いからやめてほしい。
僕は彼女から目線を逸らすと、目の前にあるお弁当(仮)を見た。
汐咲さんはああ言っているが本当に大丈夫なのか?
もしかしたら米の洗い方だけを知らなかっただけで他の料理は上手なのかも。
「じゃあ、開けるね......」
「どーぞ!」
僕はごくりと唾を飲み込んで恐る恐る弁当箱を開ける。
あれ?意外と普通だ。
怯えながら蓋を開けたものの中身はいたって普通のお弁当だった。
形の整えられた卵焼きにタコさんウインナー、ミートボールにハッシュドポテト、なんなら普通のお弁当よりも豪華かもしれない。
なんだ、ただの杞憂だったのか。
「すごい美味しそうだね」
ある意味で予想外な光景につい見たままの感想が口に出てしまう。
彼女はその言葉がよほど嬉しかったのか、机に手を突いて飛び跳ねる。
「でしょ!私けっこう頑張ったんだよ!」
「うん、正直驚いてるよ」
僕はそう言って袋の中に入っていた割りばしを手に取り、一番先に目についた卵焼きを口に入れた。
......美味しい!甘さと塩気のバランスが絶妙だ!
卵焼きって意外と綺麗に作るの難しいんだけどな、汐咲さんて実は料理上手?
僕はその味に安心しきって、他の料理にも手を付けた。
料理はどれも美味しいものばかりで、夢中で食べていたらすぐになくなってしまった。
「ありがとう汐咲さん!正直ここまで美味しいお弁当がもらえるとは思ってなかったよ!」
彼女はその言葉に満足したのか、笑顔で僕が完食した弁当箱を回収し、
「ほんと!?良かったぁ!じゃあこっちのも食べてくれる?」
そう言って別の袋を僕の目の前に置いた。
「え?さっきので終わりじゃないの?」
完全に油断しきっていた僕は、思わぬ展開に呆気にとられる。
「ん?ああそっちはね、お母さんが手伝ってくれたほうなの。お母さんてば、私が朝お弁当作ってたら急に目の色変えて手伝うなんて言うんだから」
なるほど、先ほどまで食べていたのは汐咲さんのお母さんの手が加わっていたのか。
妙に安心感のある味付けだなと思っていたが、そういうことか。
「私だってもう子供じゃないんだから、そんな心配しなくてもいいのにね」
彼女が何か言っているがもう僕の耳には入っていない。
この時、僕の注意は目の前にある禍々しいオーラを放つピンク色の箱に完全に奪われていた。
さっきまで食べてた方が母親の手伝いがあった方だということは、つまり。
「汐咲さん、こっちのお弁当は......」
「うん!私だけで作った正真正銘手作りお弁当だよ!」
やっぱりかー!
僕はお礼を素直に受け取った数分前の僕を強く呪った。
もしかしたらまだ蓋を開ければ普通のお弁当がある可能性が.....いやないな!開ける前から不吉なオーラを放ってる!
ピンクという明るい色とは裏腹に、その弁当箱はまるで何かに憑かれているかのような怪しい雰囲気を纏っていた。
どうしようか、申し訳ないけど断ろうか...
そう考えて汐咲さんの方を見る。
ダメだ!今日一番楽しみだったって顔してる!
彼女は僕が弁当箱の蓋を開けるのを今か今かと待ちわびている。
もう諦めよう。
観念して僕は弁当箱の蓋を開けた。プラスチックをこんなに重く感じたのは初めてかもしれない。
「うっ」
中身を見た時思わず声がでた。
ぐちゃぐちゃに焦げた黒い物体、エイリアンみたいなウインナー、ところどころピンク色の生焼け肉、芋。
およそ料理とは思えないほどの混沌がその箱には詰まっていた。
「ちょっと汐咲さん、これって何?」
そう言って僕は黒い物体を指さした。
「それ?卵焼きだよ?」
彼女は当然でしょ、とでも言いたげな顔で答える。
なるほど、卵焼きか......
汐咲さんはずいぶんとヴェリーウェルダンな卵焼きが好みらしい。
「じゃあ、この芋は?」
続いて僕は、弁当箱の中で異彩を放っている小さなジャガイモについて聞いた。
一応洗ってあるのか泥はついていないが、未調理の芋をそのまま弁当箱に入れてあるのはどういう意図なんだろう。
「何って......芋だよ?」
しかし彼女から僕が望むような回答は得られなかった。
「なんで生なんですか?」
「素材の味を活かしたくて...」
なるほど、一理ある。......かもしれない。
だからって生はないだろう、生は。
僕が訝しげな目線で弁当を見ていると、彼女が不安そうな目でこちらを見てきた。
まずい!何か褒めるような場所を探さないと......!
「こっ、このウインナー可愛いね!エイリアンかな!?」
特に見つからなかったので苦し紛れにウインナーの造形を褒める。
「それウサギさんだよ!」
逆効果だったようだ。
彼女はそう言って頬を膨らませた。理不尽である。
それにしても、このお弁当の惨状......
「味見とかってしなかったの?」
よほどの味音痴でなかったら作ってる途中で気づくだろうに。
僕がそう聞くと彼女は何を思ったか急に顔を赤らめて
「だ、だって初めては翠くんに食べてほしかったから...」
その言葉は、知らない人が聞けば嬉しさで昇天するかもしれないものだったが、当事者の僕は全くそんな気分になれなかった。
どうする、これを食べたら確実に無事じゃ済まないぞ?
僕は身の危険を感じて食べることを躊躇する。
そんな僕を、汐咲さんは床にしゃがみ込んだ態勢で、机の上に頭の半分だけ出しつつ見てきた。
「食べないの?」
汐咲さんは期待に満ちた上目遣いで僕の方を見てくる。
「いただきます」
その魔性の瞳に逆らうことは不可能だった。
僕は倒れそうになりながらもその弁当を完食した。
その後、長かった昼休みも終わりのチャイムを告げたが、僕は残りの授業を今度は本当の腹痛で欠席した。
二度と汐咲さんに料理はさせない。
便器の上で僕はそう神に誓った。
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