裸の王様の帰還
「どうやら上手くいったみたいね。」
「はい。」
突然空から落下してきた神様と、無事にお姫様キャッチした僕は、周囲の人々の注目を引いたようで、ざわめきの後、大いなる歓声と拍手に囲まれた。
「どう?私の言った通りだったでしょ?ふんっ!ってしてコソコソーっ!よ。」
「はいはい。言いたいところはありますが、概ねそんな感じでした。」
「ふふっ。」
「ははっ。」
「ふふふっ。」
「はははっ。」
僕らは、周囲の人々の歓声の中で、達成感と安堵に包まれた。
まるでヒーローになった気分だ。
落下する女性を見事救うヒーロー。悪くない。
僕は疲労感の中に、これ以上ない恍惚とした感情を抱いて、人々の中心に立っていた。
がしかし、周りの様子がおかしい。
さっきまでは褒め称えていた歓声が、徐々にヒソヒソした声に変わり、温かな視線も、冷たい視線に変わっていった。
あれ?
一体どうしたんだろう?
もっと褒め称えていてもいいんだけど。
「ママー。あの人、服着てないよー。」
一人の子供が僕を指さしながらそう言うのが聞こえた。
そうだった。忘れていた。
「カケル、そう言えばあなた、カーテンしか着けてなかったわね。でも、そのマントはどうしたの?」
神様はどうやらまだ気付いていないようだ。
僕が下に何も身に付けていないことに。
お姫様抱っこのちょうどその下で、僕のあれが剥き出しになっているんだった。
どうして、あそこを隠してから時間を戻さなかったんだろう。
最後の詰めが甘かった。
僕は神様をお姫様抱っこしたまま言った。
「話せば長くなるんです。まずはこの場を去りましょうか。」
「……ねぇカケル。そろそろ降ろしてくれてもいいのよ。」
神様は頬を少し赤らめながら言った。
「そりゃあ私が可愛い偉大な女神様だから、いつまでもこうして抱き抱えていたい気持ちも分かるけど、流石に重たいだろうし、私もそこまで甘えん坊じゃあないわよ。」
僕はあれこれ言う神様と、周囲の変態扱いする罵倒を無視しながら、大通りを歩き、適当な小道に入った。
そろそろ腕がきつい。
マントの力ももう消え失せていた。
ただただ重い。もういいや。
「よいしょっと。」
僕はそう言うと、神様をゆっくり地面に立たせた。
「カケル、なかなかやるじゃない。やっぱり私が見込んだだけあるわ。」
「ありがとうございます。」
「ところで、そのマント……。」
神様の視線が僕のマントに移り、そして自然と気付いたようだ。
そりゃそうだ。マント一枚しか身に付けていないんだから。
神様の視線が、突き刺すような痛い視線に変わった。
僕はマントの両端を掴み、全身を包んだ。
「おほんっ!まぁ深くは聞かないでおくわ。あなたのその性癖は猫だった時から薄々気付いていたし、多感な思春期なんだから、まぁ色々説明できないことだってあるわ。」
「お気遣いありがとうございます。」
「ただ、あなたが身に付けているそのマントについて説明は必要よ。」
「このマントですか?」
裸でいることよりも説明が必要なマント。一体どんななぞなぞだ?
「もらったんです。」
「誰から?」
「分かりません。街で途方に暮れていたら、女性が声をかけてくれたんです。」
「どんな女性?」
「なんというか、うまく説明できないけど、……緑色の瞳でした。」
「……ふーん。」
「ほんとですよ。本当にそれだけなんです。」
「別に疑っていないわよ。そうね、例えば、ちょうどあんな感じの娘だったのかしら?」
神様はそう言うと、空を指さした。上を見ると、小道を挟むように建っている家の屋根に、一人の女性が立って僕らを見下ろしていた。
僕にマントをくれた女性だった。
「どうして分かったんですか?というかどうしてここに?」
神様の知り合い?
どうしてここにいるんだ?
僕らの後を追っていた?
次々と降り注ぐ疑問を前に、僕は声に出せずにただ上を見上げていた。
女性は屋根の上から飛び降りた。
数メートルの高さなのだが、なんの造作もなく優雅に着地した。
「あんた、一体どうしてここにいるのよ。」
「久しぶりに会ったのに、ずいぶん冷たいのね。あなたの迷い子を助けてあげたっていうのに。」
「それはついてはどうもありがとう。おかげで助かったわ。」
「あの、お二人は知り合いなんですか?」
「まぁ、少々ね。」
女性がにっこり微笑みながら答えた。
「あのねぇカケル、あなたがもらったそのマントは、神界の物なのよ。あなたもその力の恩恵に授かったでしょ?」
「確かに。このマントが光を放って、すごく速く動けたり、力が沸いたり……。」
「それがこのマントの力。でも、神界の物を人間界に持ってくるのは本来ご法度なのよ。このマントはそれほど高位の物ではないけど、中にはその力で人間界に大きな影響を及ぼしてしまう恐れがある物もあるからよ。」
「へぇー、そうなんですか。」
このマントも、実際使って分かったが、かなりの影響度を持っていると思うのだが、もっとすごい物があるということか。
「あなたも薄々気付いているんでしょ?だって、あなたが縛られているその鎖だって、……。」
「ワイとゼータも来ているの?」
「もちろんよ。ラグナロクの開催だもの。」
「ラグナロク!?うそでしょ?」
「せめてそれだけは教えてあげようと思って。ということで、神界の物はすでにタブーではないの。」
「ふん!相変わらず人を見下すのが好きなのね。」
「あなたこそ、相変わらずひねくれてるわね。私はただ、この世界の創造主の一人であるあなたに同情しているだけなのに。」
「ありがとうございます!カケル、そのマントを返しなさい。」
「えっ!?でもこれしか着てないんですけど。」
「もらったんじゃなくて、ちょっとの間だけ借りてただけなんでしょ?」
「嫌ですよ。これなくなったら、本当に全裸になっちゃう。」
「いいから。つべこべ言わずさっさと脱ぎなさいよ。」
「そのマントはあなたにじゃなくて、彼にあげたのよ。彼の所有物なんだから、あなたがあれこれ言う権利はないと思うけど。」
「カケルは私の所有物なの!だからこのマントも私の物よ。」
その後、多少のいざこざの後々、結局僕はマントを返して全裸となった。
女性は別れを告げると、どこかへ去って行った。
きっとこの女性もまた女神なのだろう。
何故なら、神界の物であるマントを持っている点、神様と親しげに会話をしていた点を考慮したら、誰だって気づく。
そして僕は路地裏で隠れている間に、神様は身につけていたキャップを適当なお店で売って若干のお金を得て、僕のパンツと上着を買ってきてもらった。
そして、残ったお金で賄えそうな宿屋に入った。
AVの衣装の一部は、この世界では珍しいデザインで、そこそこのお金になったようだ。
もう日はすっかり暮れていた。
「あああああああーーーーーーーーーー。」
僕と神様は同時にベッドに倒れ込んだ。
今日一日で、一体どれだけの酷い目にあったことか。
そして、これから一体どうなってしまうのか。
と言うか今の状況すら把握できていない。
「ねぇねぇ、ご飯にする?それともお風呂?それとも、わ…た…し?」
「ご飯はお金がない。お風呂もお金がない。神様は……、遠慮しておきます。」
「つれないわね。」
「疲れてるんです。もうこのまま寝ちゃいたいけど、一旦状況を整理させて下さい。このまま寝ちゃったら、もう一泊するお金もないし、明日宿を出なくちゃいけないんですよ。」
「と言っても、私が知っていることもほとんどないわよ。」
「じゃあ聞きますけど、……。」
「どうぞ。」
「どうして僕を置いて行ったんですか?」
「置いて行ったんじゃないわよ。拐われたの、突然。」
「じゃあ、どうして僕にしか神様が見えてなかったんですか?」
「あえてそうしていたの。この世界に来てから、何やら不穏な空気を感じ取っていたのよ。特に街に入ってからはより強くね。だから警戒して、一旦カケルにしか見えないように実体を隠していたの。」」
「じゃあ、今も僕にしか見えていないんですか?」
「今はご覧の通り、鎖で力を全て封じられているから、普通の人間と同じよ。姿も見えるし、触れることだってできるのよ。うふん。」
「怪しい。」
「じゃあ触ってみて。カケルの好きなところを触っていいわよ。だって私はカケルの所有物なんだもの。」
「さっきは僕のことを自分の所有物って言ってたじゃないですか。」
「お互いがお互いの所有物って素敵な関係だと思わない?」
「なんかちょっと重そうな関係ですが……」
「ほれほれ、触るの?触らないの?それとも触りたいけど触る度胸がないのか、し、ら???」
「仮に今本当に触れられたとしても、さっき姿を隠していた時だって触れることはできました。触れられることが、神様が実在していることの証明にはなりません。」
「ふふん、やっぱりなかなか鋭いところがあるわね。いいわ、あの時何が起こったのか、包み隠さず説明してあげる。」
神様の独白が始まる。
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