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後悔の前触れ

1999年12月31日23:40pm


僕は今、最悪の危機に瀕している。


最悪とは、最も悪と言うことだ。


つまりベストオブザワースト。否、ワーストオブザワースト。


英語の文法的に正しいかは置いておいて、つまるところ今までで1番悪い状況ということだ。

最悪という言葉を口にすると、そんな簡単に口にする言葉じゃないとか、茶々を入れる輩がいる。

そういう奴は、きっと、「お前カブトムシ食べたことあるのかよ」とか真っ先に言うタイプだ。

もちろん僕はカブトムシを食べたこともないし、周りからもそう思われていることを知っている。

或いは、僕はそんな軽々しくカブトムシを口に運ぶやつではない、と認識されていることを強く願っている。

やばい、話が大きく逸れたので、最悪の話に戻す。

つまり、僕が言いたいのは、僕が今、軽い気持ちで最悪と言っているのではない、と言うことだ。

今の状況は、決定的に絶対的に普遍的に最悪なのだ。

そして何を以て最悪なのかと言えば、それは僕の人生において起こった事件中最悪であり、1900年代に発生した如何なる事件中最悪であり、今この瞬間の全人類中最悪と言えるだろう。


これぞまさにベストオブザワースト。否、ワーストオブザワースト。


前置きが長くなってしまったが、簡単に今の僕の状況を説明すると、こういうことになる。


僕は、自分の部屋で全裸になり、ティッシュを肛門に当てて、肛門をキュっとしている。


これだけでは言葉足らずだ。

それは自分も分かっている。

ということで、一つ一つ説明していこうと思う。


何故?言うまでもなく、意識を少しも肛門から離すためだ。


僕の名前はカケル。

今非常に類稀なる最悪な状況に置かれていることを除けば、どこにでもいる普通の高校生2年生だ。


僕は今、自分の部屋にいる。

それも家に一人きりで。両親は家に不在なのだ。

コンピューター関係の仕事をしている両親は、来るべき2000年問題に備えるため、会社に泊まり込みだか、どこかに出張やらでその対応に追われている、らしい。

2000年問題なんて、どこかのしがない作家が名付けたみたいなネーミングの問題が、本当にまもなく起こるのか?

一高校生の僕には正直関係のない話だ。

ただ、それが原因で、僕は年末から快適な一人生活を手に入れた。

年始まで続くのかどうかは2000年問題にかかっている。

僕としては、大ごとにならずに、ほどほどに頑張ってもらいたいところだ。


それが何故、どうしてこんな状況に陥ってしまったのだろうか?

その経緯を今から説明したい。


学校も冬休みに入り、外出する用事は皆無。

両親が旅立ったその日のうちに、僕は近所のスーパーで2週間ほどの食料(ほとんどカップ麺やお菓子、ジュース)を買い込み、引きこもり体制を整えた。


その帰り道、一匹の猫に出会った。

その猫はスーパーの買い物袋を大量に引っ提げて、ウキウキ気分で歩いている僕をじっと見ていた。

猫と目が合ってしまい、僕は思わず立ち止まった。

今思えば、一人暮らしに対する寂しさもあったのかもしれない。


「もしよかったら家に来いよ。」


僕はそう言い、再び歩き出す。

猫はまるでそれが当たり前のように、僕の後をついてきた。

僕は近所にあるペットショップへ寄り、猫の食料(キャットフードと猫缶)を買った。

そして再びウキウキ気分で帰路へ着いた。

自分の物以外の手荷物の重みを感じながら。


そうして僕と猫の生活は始まった。

と言っても、僕は食事と2日に1回のシャワーを除いて、好きな時にゲームをして、眠い時に寝るだけの生活だったが。

猫にはお腹が空いてそうな時にはキャットフードをあげた。


そして現在に至る。そして現在の状況はこうだ。


僕は部屋にいる。

後数分後には2000年を迎える。


新たなる世界への旅立ちに向けて、その瞬間に何をするのが一番相応しいか?

それのは各々意見があるだろうが、僕の意見はこれだ。


自慰。


1999年12月31日23:59:59から、2000年1月1日00:00:00になるその瞬間に、僕も逝く。

それ以外には考えられない。

そしてそれができるのは、今しかないのだ。

西暦的にも今しかない。

例えば来年だったら、両親が家にいて、集中できない。

僕の腹は決まった。


だから僕は、スペシャルな自慰に添える最高のAVを数日前から検討し、何度もプレテストを繰り返した。

そして、今日は一日中裸で、自分の感覚の一切を研ぎ澄ましていた。


でも、きっとそれが最初の間違い。


真っ暗な部屋の中で、光を灯すテレビ。

テレビの中では僕が選んだ最高の1作品の最高のシチュエーションが流れている。

艶っぽい声が最高のBGMだ。

僕はあえて立つという体位を選んだ。

手にはお肌に優しい柔らかいティッシュ。

それを贅沢に5枚重ね。

自分の息子を優しく包み込むために用意した物だが、僕は前ではなく、後ろの方を押さえるために使用している。


なぜなら。

僕は猛烈な腹痛に襲われている。


冬に一日中裸でいたこと、且つ朝からお菓子類を大量に服用していたことで、今僕はとてつもない腹痛に襲われている。


でもトイレには行けない。


何故なら、僕の部屋のドアと外側の廊下の間には、この生活のために両親が買ってくれたゲーム機の箱が挟まっているからだ。

それ以外にも、廊下に置きっぱなしにしていた物たちが渋滞を起こし、完全に詰まっていた。

ドアは僅か10cmほどしか開かない。

ハリウッド映画ばりにドアに体当たりするが、ドアの隙間は一向に広がらない。


これ、かなりやばいぞ。


このまま開かなかったら、僕はもうずっと部屋から出られない。

しかも両親はいつ帰ってくるか分からないし、最悪このまま死ぬんじゃないか?

いや、それよりも今、たまらなくトイレに行きたい。


行かなければならない。


もう我慢の限界だ。限界の限界はゆうに通り越している。

部屋にぶちまけてしまったら、僕は自分の下痢にまみれて2000年を迎えてしまう。

そして2000年を下痢にまみれて、両親が帰ってくる数日感すごさなければならないのか?


それは絶対に嫌だ。

でもドアは開かない。


10cmのドアの隙間から、猫がするりと身を滑り込ませてきた。

こいつは通れるんだ。

羨ましい。


「ねぇ、ちょっといい?」


猫はそう言った。

こいつ何を言っているんだ?

いやいや、ていうか猫が喋った?

どういうこと?


僕は戸惑いのあまり、思わずケツ筋を緩めそうになった。


「びっくりした?急に喋ったから?」

「……。」

「あれれ、もしかして聞こえてない?そんなことないよね?うまく喋れてないのかな?やっぱり語尾ににゃとかつけないとダメだった?いや、ダメだったかにゃ?」

「……いや、別に。」

「そっかそっかー、でも私も結構我慢してたんだよ。猫になってみたはいいけど、結構暇でさー、おしゃべりしたくてたまらなかったんだからね。」

「あっ、…そうなんですね。」

「そうそう、私としても、あんまり君を驚かせたくなかったから、出来るだけ猫らしい振る舞いを心がけていたんだけどねー。どう?結構いけてたでしょ?猫っぽかった?ねぇねぇ?」

「あっ、そうですね。」


いきなり猫に食い気味で話しかけられて、僕はただ相槌を打つしかなかった。

ていうか、なんで敬語使っちゃってんの?


「いやーでもさ、君もかなり面白いよね。この2週間ほど様子を見させてもらったけど、人間にもこんな本能的な人がいるとは思わなかったよ。好きな時に食べて、好きな時に寝る。そしてしたい時にする。まぁその方法に関しては、幾分文明的ではあるけど。」


猫はそういうと、横目でチラリとテレビの方を見た。

そう言えば、この会話をしている最中も、あれは流しっぱなしだった。

猫ではあるが、あれするところを見られて、僕は猛烈に恥ずかしくなった。


「いや、これは違うんです。決してそういうのではなくて。」

「まぁまぁ君も健全な青少年だから、私もある程度は、そういうこともあるんだろうなーなんて覚悟はしてたけど、まぁ、なんて言うか、若いね!」


僕は一体なぜこのような状況に陥ったのだそうか?

もうすぐ世紀の一瞬を迎えようとしているのに、ひどい腹痛に襲われていて、1秒でも早くトイレに行きたいのに行けず、裸でAVを見ている瞬間を猫に見られて、その猫が喋り出した。


僕は後々後悔していくことになる。

自分のさまざまな過ちを。


ただ、この時点での最初の過ちは、この猫に声をかけたことだった。


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